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生成AIやAIエージェントの活用が広がる中、企業のITリスクマネジメントにも変化が求められています。従来型の人手でのリスク評価と確認では事業やシステムの変化に追随しきれない場面が増えているからです。では、AIを活用してITリスク評価を高度化するために何が必要なのでしょうか。本稿ではITリスク評価の自動化と統合リスク管理に取り組むメルペイの白井充氏を迎え、同社が進める「アセスメント&アドバイスアーキテクチャ」の狙い、実装上の課題、そして今後の展望などについて伺いました。(本文敬称略)
登壇者
株式会社メルペイ
IT Risk部 Manager
白井 充氏
PwC Japan有限責任監査法人
シニアマネージャー
中野 美夏
※ 本稿は「Digital Trust Forum 2026」のセッション9「メルペイが考えるAI時代のITリスクマネジメントの現在地と進化」の内容を基に、再構成したものです。
左から、中野 美夏、白井 充氏
中野:
最初に、白井さんが所属しているIT Risk部の役割を教えてください。
白井:
IT Risk部は、3ラインモデルにおける二線組織として、システムリスク管理を担っています。具体的にはシステムリスク管理態勢の高度化や、システム管理の仕組みが、組織内で円滑に運用されるよう支援しています。
中野:
ありがとうございます。白井さんとの議論に入る前に、ITリスクマネジメントを取り巻く状況を整理します。
ITリスク統制に求められる評価は、「評価サイクルの高頻度化」「評価の深度拡大」「分野・対象企業の拡大」という三つの方向で高度化・拡大しています。
図表1:ITリスク統制が求められる分野
年次や半期ごとの確認にとどまらず、短いサイクルで統制の実効性を把握する必要が高まっています。また、評価対象も規程や管理体制といったマネジメントシステムだけでなく、システム上に実装された統制が実際に機能しているかというレベルまで広がっています。さらに、法規制対応やサプライチェーン管理など、トラストが求められる企業・分野の範囲も拡大しています。
こうした変化に対応するには、人手による定期的な確認だけでは限界があります。そのため、ITリスク統制を自動化し、継続的に評価・モニタリングする重要性が高まっています。
海外でも同様の動きがあります。例えば、米国政府向けクラウドサービスのセキュリティ認証制度であるFedRAMPでも、管理策の80%を自動化することを目標に、パイロットプロジェクトが進められています。
さてこのような国内外の動きを踏まえ、メルペイではリスクアセスメントの高度化に向けて、どのような取り組みを進められているのでしょうか。ご紹介をお願いします。
白井:
私たちはITリスクマネジメントの高度化を進める前提として、グループ全体で「AIネイティブ化」に取り組んでいます。これはAI活用を前提に、業務プロセスや管理体制を組織全体で見直す取り組みです。私自身も2025年7月から12月まで社内のAIタスクフォースに参画しました。
取り組みは短期と中長期の二つの時間軸で進めました。短期では「クイックウィン」として、主にLLMを使って既存業務を効率化・改善し、小さな成功体験を積み重ねました。
一方、中長期では「メルカリ」「メルペイ」「メルコイン」の業務領域を33のドメインに分け、それぞれにAIネイティブ化推進のオーナーを置きました。その上で、ドメインごとにAIネイティブ化を通じて業務プロセスや管理体制を抜本的に変えられる領域がないかを検討し、ロードマップを作成しました。
株式会社メルペイ IT Risk部 Manager 白井 充氏
中野:
グループ全体のAIネイティブ化を進める中で、ITリスクマネジメントの領域でも見直しを進めているということですね。ITリスクマネジメントではどのようにAI活用を進めているのでしょうか。
白井:
私たちはITリスクマネジメントへのAI活用に向けて、大きく三つの取り組みを進めています。
一つ目はデータ基盤の構築です。AIを活用する上で最も難しいのは、どの情報を「正」として扱うかを決めることです。特にITリスクマネジメントでは、評価にどの情報を使うかが重要になるため、グループ全体でのデータ基盤整備に取り組んでいます。
二つ目は環境変化への即応です。外部規制や要求事項は年々厳しくなっています。その一方で、メルカリグループでは新規事業や新たなプロジェクト開発も継続的に進んでいます。こうした外部環境と内部環境の変化を早期に把握し、社内できちんとアクションを起こす仕組みの構築に取り組んでいます。
三つ目は意思決定支援の強化です。あらゆる取り組みにはリスクがあります。企業には、リスクを識別・評価し、対応方針を決めた上で、残るリスクを受容する判断が求められます。重要なのは「どのリスクが残存し」「何を、どこまで受容すべきか」を経営陣に示し、迅速な判断につなげることです。
私たちは意思決定支援の強化に向けて「アセスメント&アドバイスアーキテクチャ」という仕組みを構築しています。これはリスク評価の結果を迅速に整理し、経営判断につなげることを目的としたものです。具体的には評価対象の情報をもとに、あらかじめ定めた評価軸に沿ってAIがリスクを評価し、判断材料として整理します。
図表2:Assessment & Advice Architecture
出典:メルペイ
アセスメント&アドバイスアーキテクチャの仕組みはシンプルです。まず、評価対象となる資料や情報をインプットします。次に、評価の観点と評価軸を定めます。セキュリティであればセキュリティの評価ルール、新規ビジネスであれば新規ビジネスのリスク基準、ITリスクであればITリスクに関する基準を設定するといった具合です。
そして設定した評価軸に沿ってAIが評価を行い、結果と助言を所定の形式で返します。これはエグゼクティブサマリーのようなレポート形式にすることもあれば、評価項目ごとに結果をリスト化することもあります。
中野:
アセスメント&アドバイスアーキテクチャは、具体的にどのような領域で活用されているのでしょうか。
白井:
活用領域の一つ目は、新商品などのリスク評価です。新サービスや新ビジネスを始める際に、それが当社にどの程度のリスクをもたらすのか、事業として実施できるのかを評価します。具体的にはグループ全体の状況、ビジネス要件、過去の判断事例、リスク評価基準をもとにAIでレビューします。これにより、属人化を抑えながら、初期段階から網羅的にリスクを確認できます。効果としてはスピード以上に、リスクの見落としを防ぐ「質」の向上が大きいと考えています。
二つ目は、開発プロジェクトリスクの評価です。当社が採用するアジャイル開発では、要件定義からリリースまでが短いサイクルで進みます。その過程で、計画やシステム要件、基本設計、ソースコードも絶えず更新されていきます。そのため、リスク評価も変化に追随する必要があります。情報が固まるのを待ってから評価していては、変化のスピードに追いつけません。更新される情報を踏まえて適時に確認していく評価の在り方が、AIの活用によって現実的になってきました。
三つ目は、システムリスク管理態勢の評価です。これは私が主務とする領域です。当社のようなフィンテック企業は、歴史ある大手金融機関と同水準の管理態勢を、スピーディーに構築し、実効性を高める必要があります。AIはその立ち上がりを加速させるための重要な手段だと考えています。
システムリスク管理の評価項目や手続きは膨大で、人手だけで継続的に見直すには限界があります。そこで、関連するガイドラインや社内規程をもとに、LLMで評価手続きを作成します。その上で、規程や管理体制が適切に整備されているかを確認します。これにより、外部規制などの変化にも、より適時に対応できる体制を目指しています。
中野:
AI活用による評価の質についてはいかがでしょうか。従来人間が行っていた評価をAIが一部担う場合、AI特有の課題もあると思いますがその点にはどのように対応していますか。
白井:
人間が実施する場合の課題もあります。リスク領域のナレッジや人材を、一つの事業会社で抱え続けるのは簡単ではありません。その中でLLMを活用した評価手続きの質は、システムリスク評価を経験してきた者の目から見ても、一定の水準に達していると感じています。
もちろん、AIの評価結果をそのまま用いるわけではなく、最終的な妥当性は人が確認する必要があります。私自身もリスク評価の経験がありますので、その結果が妥当かどうかを判断できる段階には来ていると考えています。
PwC Japan有限責任監査法人 シニアマネージャー 中野 美夏
中野:
次にAIを活用したITリスク評価を実際に進める際の要点について伺います。IT統制の高度化に取り組む企業にとって、特に重要なポイントは何でしょうか。
白井:
最も重要なのはデータ基盤の構築です。AIエージェントを活用し、人の関与を減らしていくには、どのデータを「正」として使うのかを明確にしておく必要があります。
ただし、データ基盤の整備は簡単ではありません。当社グループでは33の業務領域にプロセスオーナーを置いていますが、すべての業務プロセスでデータの網羅性、完全性、正確性が担保されているわけではありません。
そのため、担保できていない領域では、「何が不足しているのか」「どのような仕組みを整えればよいのか」を一つずつ確認する必要があります。その上で、データの網羅性、完全性、正確性を担保するための仕組みや運用プロセスを整えていきます。地道な取り組みですが、AI活用を本格化する上で欠かせない基盤だと考えています。
中野:
AI評価では、どのデータを「正」として使うかが重要になるということですね。一方で、データは日々更新され、評価の目的によって必要な情報も変わります。そうした中で、データの整合性や信頼性をどのように確保しているのでしょうか。
白井:
評価に使う情報は特定時点の状態を示す「ストック情報」と、日々変化する「フロー情報」を分けて考える必要があります。
例えば、監査のように特定時点の状態を正確に評価する場合は、基準日を定め、その時点のストック情報を使います。一方、外部規制や社内プロジェクトの変化に即応する場合は、日々更新されるフロー情報を捉え、次のアクションにつなげる必要があります。
重要なのは、それぞれの情報の性質と信頼性を定義し、用途に応じて使い分けることです。フロー情報は速報性がある一方、ストック情報ほどの確度はありません。その前提を明確にした上で、評価に組み込む設計にしています。
中野:
AIを活用したリスク評価の仕組みを形にするには、相応のご苦労もあったかと思います。これまでを振り返って、特に難しかった点、逆に進めやすかった点があれば教えてください。
白井:
取り組みはまだ現在進行形ですが、振り返ると進めやすかった点と、今後難しさが増すと考えている点の二つがあります。
一つ目は、本来は難しいものの、当社では比較的進めやすかった点です。こうした取り組みは一つの部署や各業務領域だけでは完結せず、経営として進める意思がなければ実現しません。当社にはグループ全体でAIネイティブ化を進める方針があったため、各取り組みを進めやすい土台がありました。
二つ目は、今後難しさが増すと考えている点です。特に、アセスメント&アドバイスアーキテクチャの「観点」と「評価軸」をどう構築し、維持するかです。評価軸は一度作れば終わりではなく、外部環境や社内環境の変化に応じて見直す必要があります。専門家の知見を明文化する取り組みでもあり、それを継続的にどう反映していくかが課題です。
加えて、LLMの進化に合わせたプロンプトの調整や、評価結果の提示方法も重要です。最も難しいのは評価軸の設計ですが、それを踏まえて安定した結果につなげる部分にも難しさを感じています。
中野:
ここからは将来の展望について伺います。今後、アセスメント&アドバイスアーキテクチャの実装をどのように進めていくお考えでしょうか。
白井:
明確な定量目標を置いているわけではありませんが、アセスメント&アドバイスアーキテクチャを実現するための仕組み自体は、1年程度、遅くとも2年以内には整備できると考えています。この仕組みが実現すれば、新規事業やプロジェクトを、これまでとは異なるスピード感で進められるようになると考えています。
一方で、どのデータを「正」とするか、そのデータがどこにあるのかを整理し、多様なリスクに応じた評価軸を作るには、もう少し時間がかかる可能性があります。ただ、LLMの活用によって作業自体のスピードも上がっており、想定より早く実現できる可能性もあると感じています。
中野:
AIによるリスク評価が進むと、判断そのものをどこまでAIに委ねられるのかという論点も出てきます。白井さんはAIに委ねられる領域と、人間が担い続けるべき領域をどのように見ていますか。
白井:
個人的には、判断をすべてAIに委ねることは難しいと考えています。判断には必ず行動が伴い、その結果に対する責任も発生します。特に、後戻りできない不可逆な判断については、人間が関与し続ける必要があると思います。
一方で、人間の関与を減らせる領域はあるはずです。例えば、後から修正できる作業や、影響が軽微な業務であれば、AIに任せる範囲を広げられる可能性があります。その範囲は、費用対効果やリスクとのバランスを見ながら判断していくことになると思います。
中野:
ありがとうございました。
左から、中野 美夏、白井 充氏
中野 美夏
シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人
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