特別対談:デジタルトラストの構築に向けたPwCのアクション

第一三共が挑む グローバル創薬企業を支えるセキュリティガバナンスの高度化

  • 2026-09-25

事業のグローバル化が進むほど、セキュリティガバナンスは難しくなります。各国・地域で異なる事業環境、法規制、成熟度、文化の中で、共通の基準をどう浸透させるのか――。さらに製薬企業では、研究開発や製造、サプライチェーンを止めないことも重要な経営課題です。本セッションでは、第一三共でグローバルセキュリティガバナンスの高度化を推進する野村庸介氏を迎え、グローバル共通のスタンダード策定や海外拠点のアセスメント、工場のOT(Operational Technology:制御・運用技術)セキュリティ、コーポレート部門との連携など、実効性あるガバナンスを根付かせる取り組みについて伺いました。(本文敬称略)

登壇者

第一三共株式会社
DX企画部 情報セキュリティグループ (2026年3月 対談当時 情報セキュリティグループ長)
野村 庸介 氏

PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
河合 菜央

※ 本稿は「Digital Trust Forum 2026」のセッション7「第一三共が挑む グローバル創薬企業を支えるセキュリティガバナンスの高度化」の内容を基に、再構成したものです。

左から、河合 菜央、野村 庸介 氏

戦略事業への個別対応――工場のOTセキュリティ強化

河合:
ここまで、グローバル共通のスタンダード策定とアセスメントによる実態把握について伺いました。次に戦略事業への個別対応についてお聞きします。製薬企業にとって、医薬品の安定供給を支える製造現場のセキュリティは重要なテーマです。第一三共では、OTセキュリティでどのような取り組みを進めているのでしょうか。

野村:
OTセキュリティは、戦略事業への個別対応であると同時に、コーポレート・事業部門の業務にセキュリティを組み込む取り組みでもあります。

第一三共にとって、医薬品を製造・出荷し、患者さんに届けることは極めて重要です。近年のサイバー脅威を踏まえると、製造設備やOT環境に特有のセキュリティ対応が欠かせません。そのため、グローバルDXのメンバーだけでなく、製造やサプライチェーンを統括する本社組織、各工場と連携し、OTセキュリティの強化を進めています。

特徴は、この本社組織や工場関係者の既存プロセスに、業務・技術の両面でセキュリティ要件を組み込んでいる点です。例えば技術対策では、新たな工場設備の立ち上げの初期段階からセキュリティ設計を考慮する必要があります。そこで、製造設備の設計組織や設備導入を担うビジネスパートナーにセキュア・バイ・デザインの考え方を説明し、必要な対策を組み込んだアーキテクチャ設計を進めています。

河合:
一般的に、工場のセキュリティ推進では実態把握の難しさが課題です。PwCコンサルティングが国内インフラ企業を対象に実施したOTセキュリティ対策の課題動向調査でも、80%の企業が資産管理を未実施で、そのうち32%は「必要な対策を理解できている」と回答していました。環境やリスクの把握が十分でないまま、対策できていると認識している可能性があります。

​図表3:OT資産管理とセキュリティ対策状況​

OT資産管理とセキュリティ対策状況​ ,

第一三共では、OT環境をどのように把握し、リスクを特定しているのでしょうか。

野村:
OT資産の全体像の把握は、グローバル製造拠点を持つ企業にとって共通の難しいテーマです。当社も継続的な取り組みとして、各工場の管理・運用組織と連携しながら可視化を進めています。

ここで有効だったのが、OTセキュリティ強化を、工場を統括する本社組織との共同プロジェクトとして進めてきたことです。同組織のプロジェクトリードがOTセキュリティの必要性を工場側に伝え、現場を巻き込んだことが大きなポイントでした。また、数年分のプロジェクト予算をセキュリティ機能側で準備し、取り組みを押しつけるのではなく、誰がどのような役割で進めるべきかを丁寧に協議して整理したことも、関係者の理解と協力につながりました。

技術対策では、この本社組織と協力できているため、新設備導入のタイミングを逃さずOTセキュリティ設計を組み込めています。導入プロジェクトと連携して設備やネットワークアーキテクチャ、運用方法を把握し、リスクを関係者間で共有した上で、セキュアなアーキテクチャを設計しています。工場建築や製造設備のビジネスパートナーとも議論しながら、業務要件とセキュリティ要件の両立を目指しています。

また、製造プロセスは、医薬品の製造管理・品質管理基準であるGMP(Good Manufacturing Practice)に準拠する必要があります。GMPとセキュリティ管理のプロセスは統合した方が効率的になる可能性が高い一方、統合は簡単ではなく新たな問題も生じうるため、今後のチャレンジと考えています。

河合:
工場側の業務にOTセキュリティを定着させる上で、今後の課題は何でしょうか。

野村:
現在は、私たちグローバルサイバーセキュリティが中心となり、各工場の関係者を支援するプロジェクト体制で進めています。ただ、各工場が主体となって日常業務として運用する段階に至るには、工場側の業務負荷やセキュリティ活動への不慣れもあり、まだ時間がかかると見ています。

そのため、技術的な監視はグローバルサイバーセキュリティが担って工場側の負担を抑えるなど、関係組織の役割分担を整理しています。今後は、OTセキュリティ監視を通じてOT資産の把握を効率化するなど、工場側にも付加価値を感じてもらえる形にしていくことが課題です。

合意形成を重視したグローバルサイバーセキュリティ体制

河合:
最後にグローバルサイバーセキュリティチーム内での合意形成について伺います。日本、米国、欧州のメンバーと、どのように協議しながら施策を進めているのでしょうか。

野村:
現在は、日本、米国、欧州のメンバーで構成するグローバルサイバーセキュリティチーム内で、ルールや進め方を協議しながら各施策を進めています。

戦略立案や施策の企画では、リソースの状況も踏まえ、日本メンバーが中心となって素案を作成し、グローバルメンバーとの議論を通じて修正しながら、活動計画や予算に落とし込んでいます。合意形成には時間がかかりますが、全員が納得感を持って進められる点で有効です。主要メンバー間の信頼関係づくりにもつながっています。

オンラインミーティングに加え、年1回以上は対面で集まり、ナレッジを共有しています。セキュリティ人材は決して潤沢ではありませんが、グローバルで見れば、必要な専門性や経験は一通りそろっています。それぞれが強みを発揮できれば、当社のサイバーセキュリティは前進できると考えています。

一方で、グローバル共通化と重要ビジネスへの最適化を同時に進めるには、リソース面の制約があります。今後は、機能の標準化や外部サービスの活用により、リソースの最適化を図っていきます。

また、2026年1月には、第一三共グループのCISO(最高情報セキュリティ責任者)に相当する新たなヘッド・オブ・グローバルサイバーセキュリティが着任しました。今後、グローバルサイバーセキュリティガバナンスの一部見直しを予定していますが、実務メンバー間の連携体制はすでに構築できており、大きな懸念はありません。新たなリーダーの下で、DXの推進とビジネスを支えるセキュリティに引き続き取り組んでいきます。

河合:
本日は貴重なお話をありがとうございました。

主要メンバー

河合 菜央

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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