サイバーレジリエンスとリスクファイナンス:企業に求められるサイバー保険の最適化

  • 2026-03-03

はじめに

サイバー攻撃による被害が深刻化する中、その被害額が企業の財政に与える影響も増してきています。企業はこうしたリスクを軽減・予防し、サイバーレジリエンスを高めるためにセキュリティ対策を強化しなければなりません。加えて、自組織でカバーしきれないケースに備えたリスクの移転対応など、リスクファイナンスのあり方についても検討する必要があります。リスクファイナンスについては、サイバー被害が発生した際に自己資金で対応する場合の引き当てと、第三者へリスク移転するサイバー保険が考えられます1

一方、サイバー保険への加入については多くの企業で受け身的な姿勢にとどまっており、このことが自社に最適なサイバー保険の選択や、有効なリスクファイナンスの実施などを困難にする一因にもなっています。企業では、サイバーセキュリティ対策の強化やデジタル法規制の準拠などを積極的に進めるとともに、サイバー保険を含むサイバーリスクへの対応の最適化を目指すことが求められます。リスクファイナンスおよびサイバー保険の最適化は今やCEOやCFOだけではなく、CISOなどのセキュリティ責任者も理解すべき経営課題なのです。

サイバー保険を見直す企業が増加中

個人情報の保護などのコンプライアンス順守、サイバーセキュリティや製品・サービスのセキュリティ対策、サイバーインシデントの報告などが企業に求められていることに加えて、増加傾向にあるサイバー攻撃の被害額、サイバー保険の補償条件に関する訴訟の発生などを受けて、サイバー保険戦略を見直す企業が増えてきています。

PwCが毎年グローバルで行っているサイバーリスクに関する調査の最新版「2026 Global Digital Trust Insights Survey」の調査結果(図表1)では、今後1年間に自社のサイバー保険ポリシーを見直すと回答した企業は、サイバー保険の利活用度や成熟度が高いとされている米英や、サイバー保険の利活用を国家政策的に推進している中国では割合が高い傾向にあることが分かりました。

図表1:サイバー保険を見直すと回答した社数と割合(国別)

サイバー保険の見直しが増加している背景としては、以下の要因が考えられます(図表2)。

  • サイバーリスク:ランサムウェア攻撃の高度化、巧妙化や被害額の増加などにより、企業側で補償限度額や対象範囲を定期的に調整することが求められている
  • 保険市場:サイバーリスクの増加・複雑化を受け、保険会社が引受基準を厳格化しつつある
  • 法規制:多くの国・地域におけるサイバーセキュリティ、データ保護、製品セキュリティといった法規制の厳格化により、既存保険の見直し需要につながっている
  • 技術環境:クラウドやSaaS、Operational Technology(OT)/産業用制御システム(ICS)、IoTの普及により、従来型IT中心の補償では不十分になったことで、最新技術に伴うリスクに合わせて見直す必要が発生している
  • 経営・財政:サイバー保険価格の高騰を受け、限度額の妥当性、リスク保有と移転との最適なバランスなどサイバー保険最適化の必要性が高まっている

図表2:サイバー保険の見直しをもたらす主な要因

企業主導によるサイバー保険の最適化

サイバー保険は昨今、保険価格の高額化や引き受け条件の厳格化などの傾向にあります。企業にとって望ましい補償条件の獲得のためには、サイバー保険における受け身的な対応ではなく、企業主導によるサイバー保険最適化の姿勢と対応が求められています。

その対応にあたっては、以下5つの領域において企業が積極的に「サイバー保険最適化に向けたあるべき姿」を構築することが鍵となると考えられます(図表3)。

  • 経営戦略:経営戦略を踏まえサイバーリスク許容度を検討、保有するリスクとサイバー保険に転嫁するリスクを事業構造に基づき定義
  • 組織ガバナンス:経営層がサイバーリスクを管理監督し、一貫した意思決定の下、統制、責任分担を明確化
  • サイバーセキュリティ対策:保険引き受け条件を自社主導で再定義する高いサイバーセキュリティ対策の実施
  • コンプライアンス:法規制、社内規程、契約条件に整合した統制を実施し、保険免責リスクを最小化
  • オペレーション:インシデント対応体制、運用プロセス、教育体制を整備し、保険支払いに必要な証跡を管理

図表3:サイバー保険最適化における5つの領域

企業主導によるサイバー保険最適化のメリット

企業主導でサイバー保険を最適化するということは、企業が「保険会社の提示条件を受け入れる側」ではなく、「自ら補償設計・条件交渉を主導する側」へと立場を転換することを意味します。サイバーセキュリティ態勢やインシデント対応力、サイバーセキュリティガバナンスの整備はアンダーライター(保険引受人)評価を大幅に改善し、保険価格の最適化や免責条件の緩和など、より良い契約条件を獲得する交渉力にもつながります。そして、保険とセキュリティ投資を統合的に最適化することから、サイバー保険は単なる支出ではなく、財務リスクとサイバーリスクの双方をコントロールする戦略的ツールとしても利用することが可能です(図表4)。

図表4:企業主導による項目別メリット

大企業がサイバー保険や損害保険を利用する目的としては、資金の観点ではなくむしろ企業価値の維持と経営の安定性向上が主なものに挙げられます。発生頻度や損害の正確な評価が難しいサイバーリスクを全て自己負担とすると、資金繰りに思わぬ影響を与え、投資計画や資本コスト、格付にも影響を与えかねません。サイバー保険はサイバー被害を「予見可能な固定費」に転換し、バランスシートと資本配分の安定性を高めます。このことから、資金に余裕がある企業の場合でも合理的な選択となり得るのです。

また、サプライチェーンや金融機関、投資家は「重大事故時の企業のレジリエンス」を重視するようになっています。こうした点からも、サイバー保険加入は格付機関や取引先に対する信用の補強に役立つでしょう。実際の取引においても、サイバー保険加入が条件となる事例が増えており、契約上の制約や交渉における優劣にも影響をもたらします。

もっとも、積極的投資の推進という点で、保険は予期せぬ大損害による投資中断のリスクを避ける役割を持っています。このことは、サイバー保険を「払えるかどうか」で判断するのではなく、「財政と企業価値を守りながら積極的な経営を継続するための戦略的手段」と捉えることを示唆しています。

まとめ

サイバー攻撃による財務被害が深刻化する中、自社でカバーしきれない損害リスクをサイバー保険で移転するといったリスクファイナンスは、企業にとって有効な選択肢です。現に、グローバルではサイバー被害の深刻化や、個人情報・サイバーセキュリティの法規制強化、保険の補償条件を巡る訴訟、サイバー保険料の高騰などを背景に、サイバー保険戦略の見直しが進んでいます。

一方で、日本では多くの企業において、リスクファイナンス戦略に基づいた企業主導のサイバー保険最適化が実施できていない状況です。企業自らがサイバー保険を最適化する際には、自社のビジネスを踏まえて想定される脅威シナリオを検討し、深刻な損害が予想されるシナリオから優先順位に沿ってセキュリティ対策の高度化を実施した上で、カバーしきれない損害についてはサイバー保険によるリスク移転を検討すべきでしょう。また、サイバー保険の選択においては、経営戦略などを踏まえたリスク許容度に基づいてあるべき姿を定義し、自社のニーズに合致した補償設計や条件に関する交渉を行うことが重要です。このように、自社ビジネスのあるべき姿に照らして、主導的にサイバー保険をはじめとしたリスクファイナンスを活用することが、増大するサイバーリスクに対処する上で有効な方法となります。

1 サイバー被害とリスクファイナンス:組織のサイバーレジリエンスとサイバー保険のあり方、https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/awareness-cyber-security/cyber-insurance.html、2026年1月8日閲覧

執筆者

丸山 満彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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村上 純一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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上杉 謙二

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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エレドン ビリゲ

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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上野 浩

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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