半導体業界はAIだけを見ていてよいのか――電池・電源産業がもたらす次の成長機会

  • 2026-08-18

AIの死角にある巨大市場――電池産業の拡大と競争構造の変質

生成AIブームの到来以降、半導体業界の議論はHBM(High Bandwidth Memory)、GPU(Graphics Processing Unit)、先端ロジック、そしてデータセンター向け電力インフラに集中してきました。半導体市場最大の成長ドライバーがAIであることは疑いようがなく、その議論の熱量は今後もしばらく続くと考えられます。

しかし、AIだけを見ていてよいのでしょうか。電池もまた、開発と生産の両面で半導体産業の未来を左右する重要な要素です。実際、電池産業は急速に発展しており、EV、定置用蓄電、データセンター電源、再生可能エネルギー、産業機器、フィジカルAIを横断して、産業と社会を支える基盤技術になりつつあります。世界の電池需要は2024年に1TWhを突破し、EV電池が全体の85%超を占めており、EV電池需要だけでも2030年には3TWh超へと3倍以上に拡大する見込みです1。この変化はセルメーカーだけの問題ではありません。パワー半導体、MCU(Micro Controller Unit)、アナログIC、絶縁IC、センサー、通信IC、実装材料など、日本企業が強みを持つ領域の需要と製品仕様を大きく変える可能性があります。

電池市場は、需要構造にも特徴があります。AI半導体の需要は当面、少数のハイパースケーラーと先端デバイスに投資が集中しやすい単一チャネル型ですが、電池関連需要はモビリティ、電力、産業、住宅、通信インフラへと用途を広げながら拡大しています。EVは依然として最大の需要源ですが、その存在感を急速に高めているのが定置用蓄電です。再生可能エネルギーの導入拡大や電力系統の柔軟性確保を背景に、系統用を中心とした導入が進んでいます。用途が複数産業に分散しているため、特定顧客への依存を抑えられる一方、EV販売、電力市場制度、補助政策など、それぞれ異なる需要変動要因を持つ市場でもあります。

ただし、その競争構造には厳しい現実があります。量産規模と供給網の面で中国が圧倒的な地位を築いており、日本企業がシェアで正面から対峙するのは容易ではありません。2025年、中国は世界の電池セル生産量と製造能力のいずれについても8割超を占めました。正極材の前駆体やLFP(リン酸鉄リチウムイオン電池)材料、負極材などの中流工程でも、中国に製造能力と技術知見が高度に集中しています2。中国企業は規模の経済だけでなく、資源精製、材料、製造装置、セル、パック、PCS(パワーコンディショナ)、蓄電システム、EV、リサイクルまでを結ぶエコシステムを築き、コスト、立上げ速度、顧客提案力を同時に高めています。電池メーカーはもはや単なるセル供給者ではなく、材料から完成システムまでを束ねる産業ハブへと変化し、量産型リチウムイオン電池における主導権はすでに他国へと移りました。

一方で、日本は決して投資を怠っているわけではありません。政府は半導体に続き、電池にも多額の投資を進めています。2026年に「蓄電池産業戦略」を「蓄電池・電源産業戦略」へ改訂し、2030年から2030年代半ばに国内製造基盤150GWh/年を確立すること、2035年に日本企業の蓄電池関連売上高を2025年比で3倍にすること、2030年頃に全固体電池を本格実用化することを掲げました。国内でも送電網への蓄電池接続申請は大幅に拡大しており、政策と民間投資の両面から国内基盤の強化が進んでいます3

問題は投資の有無ではなく、戦い方の設計です。中国企業が築いた量産規模とエコシステムを前提とすれば、セル生産量だけで真正面から追いつくことは現実的ではありません。必要なのは「電池市場が伸びるからセル工場を増やす」という発想だけではなく、政策支援を量産競争力、市場形成、標準化、顧客との共同設計へつなぎ、どの制御・部材・システム領域で不可欠な地位を取るかを選択することです。

本コラムでは、電池産業の構造変化を出発点として、半導体企業がどの市場を狙い、どの技術に投資し、どの企業と共創すべきかを整理します。

AIデータセンターとフィジカルAIを支える電池――AI半導体との一体化

電池はAIの外側だけでなく、AIそのものの成立条件の内側にも深く埋め込まれつつあります。

サーバー側から見ると、AIデータセンターの大規模化に伴い、UPS(無停電電源装置)は電源系の中核的な構成要素であり続けます。これに加え、一部のデータセンターでは、定置用蓄電池を非常時のバックアップだけでなく、系統制約への対応、ピーク負荷の抑制、再生可能エネルギーとの連携に活用する動きも広がりつつあります。もっとも、こうした用途が全ての施設で同時に採用されているわけではなく、系統制度、電力価格、設置面積、安全要件によって構成は異なります。

世界のデータセンター電力消費は、2024年の約415TWhから、IEA(国際エネルギー機関)の基本ケースでは2030年に約945TWhへ倍増する見通しです。増加分のうち、AIの普及を主因とするアクセラレーテッドサーバーが約半分を占めると予測されています4。AIチップが高性能化し、ラックあたりの電力密度が上昇するほど、UPS、電力変換、配電、冷却、場合によっては定置用蓄電を含む電源インフラの重要性も高まります。AIデータセンターは一律に「電池を内蔵した計算インフラ」へ変わるというより、計算設備と電力・蓄電設備を統合的に設計する必要性が強まっていると捉えるのが適切です。

エッジ側では、AIが物理世界に出るとき、電池は文字どおりAIチップと一体で設計される部品になります。産業用ロボットの世界市場は労働力不足を背景に急拡大しており、AIの実装先として存在感を高めつつあります。中でも注目されるのがヒューマノイドロボットです。ヒューマノイドを含む多用途ロボット市場は2030年頃を境に急拡大し、2040年には約60兆円規模に達する見通しです5。ただし現状のヒューマノイドは、稼働時間が短時間にとどまることが商用化の最大のボトルネックとなっており、電池のエネルギー密度、重量、安全性の同時ブレークスルーが不可欠です。市場規模自体は当面限定的ですが、電池性能がそのままロボット性能の上限を規定するという意味で、電池関連半導体の技術要件を先行して引き上げる需要層となります。動くAI、持ち運べるAI、自律するAIは、いずれもAIチップの効率と電池のエネルギー密度の掛け合わせによって性能が決まります。半導体設計とバッテリー設計、そしてパワーマネジメント設計は、同じ設計上の制約を共有しています。

サーバー側でもエッジ側でも、AI競争の勝敗はチップ単体では決まりません。特にフィジカルAIでは、AI半導体、電池、パワーマネジメントを共通の設計制約の下で検討する必要があります。データセンター側でも、AI半導体を支える電源・蓄電・配電インフラを戦略の視野に入れる必要性が高まっています(図表1)。

図表1:AI市場拡大に伴う半導体・電池・電源インフラへの要求変化

AIの高度化と社会実装の進展により、サーバー側・エッジ側の双方で、半導体性能の高度化と電池・電源システムの進化が同時に求められる。AI半導体と電池・電源システムは、切り離せない設計課題となりつつある

AI市場拡大に伴う 半導体・電池・電源インフラへの要求変化

電池技術の多様化と移行障壁――半導体需要の重心はどう変わるか

電池を戦略市場として位置付けるには、需要規模だけでなく、電池そのものの技術的局面と産業構造の変化を理解しておく必要があります。量産型リチウムイオン電池では中国主導の構造が固まりつつある一方、化学系の多様化と用途の広がりは、半導体側の需要にも新たな重心を生み出しつつあります。

高性能化の焦点は、液系リチウムイオンから半固体、全固体へと連なる次世代化学系への移行と、ナトリウムイオンに代表される代替化学系の台頭という二つの流れで整理できます。全固体電池については、界面制御、歩留まり、耐久性、コストなどの製造課題が残り、商業規模での本格量産は2030年以降になる可能性が高いとみられています1。ナトリウムイオン電池は、リチウム、ニッケル、コバルトへの依存を抑えられる点に特徴があり、短距離EV、二輪・三輪車、産業機器、定置用蓄電などへの展開が期待されますが、リチウム価格の低下によってLFPとの価格差が縮まり、2025年の定置用蓄電ではLFPが世界導入量の9割超を占めているため、短期間で主流方式へ移行するとみるのは早計です2。用途ごとに最適な化学系が並列で発展する多様化フェーズに入りつつあり、単一のアーキテクチャで全用途をカバーする発想は成立しにくくなります。

産業構造の面では、中国企業が規模の経済、サプライチェーン連携、垂直統合を背景に競争優位を築き、単発の設備投資では追随困難な段階に入っています。LFP正極材、正極前駆体、黒鉛系負極材などの中流工程でも、製造能力と技術知見が中国に集中しており、半固体、全固体、ナトリウムイオンといった新化学系でもこうした既存企業が先行する可能性があります。ただし、次世代電池の競争構造が現在のリチウムイオン電池と全く同じになることまで確定したわけではありません。また、完成車・エネルギー企業の一部では電池セルや半導体の一部を内製する動きがありますが、全てを内部で完結しているわけではなく、内製と外部調達を併用しながら制御設計や調達条件への関与を強めていると捉える方が実態に近いでしょう。半導体企業にとっては、顧客による一部機能の内製化を想定しつつ、外部供給者として不可欠な技術・製品をどこに残すかが課題になります。

こうした電池産業の変化は、半導体需要の重心をAI先端ロジックとは異なる領域へと動かしていきます。EVの駆動インバーターや系統用電力変換など高耐圧・大電力用途ではSiC(炭化ケイ素)を含むパワー半導体の採用拡大が見込まれ、GaN(窒化ガリウム)は高周波動作を生かしてデータセンター電源や小型電源など低〜中電圧の高効率変換での活用が期待されます。エネルギーマネジメントを担うMCUとアナログIC、温度・電流・膨張・劣化度を捉えるセンサー群と信号処理ICも、化学系の多様化に伴い測定精度、絶縁性能、通信仕様の要求範囲が広がります。単一のアーキテクチャで全用途をカバーする発想は成立しにくく、高電圧化・大電流化が進むほど、モジュール実装、パッケージング、絶縁技術の重要度も上がります。EVから取り外された電池を定置用蓄電などへ転用する動きが進めば、性能診断と履歴追跡を担う半導体・センサー・ソフトウェアが一つの市場を形成する可能性もあります。

AI先端ロジックの競争は微細化世代とパッケージング密度で決まりますが、電池関連需要の競争軸は、耐圧、効率、信頼性、化学系や用途ごとの最適化能力です。日本国内には、パワー半導体、イメージセンサー、電池保護・制御用半導体、半導体製造装置・材料などに関連する技術・産業基盤が存在し、政府も車載に加えてインフラ、産業機械、データセンターなど幅広い用途を想定し、SiC・GaNを含む市場拡大への対応を課題に挙げています6。電池関連需要はEV、定置用蓄電、データセンター、産業用ロボットなど複数の用途にまたがるため、顧客・用途を分散できる可能性がある一方、各市場で自動車販売、電力制度、設備投資、補助政策などの異なる変動要因を持つため、用途が広いことだけで需要リスクが小さいとは限りません。狙うべきは全方位ではなく、日本企業が技術的優位を持ち、かつ電池産業の構造変化のなかで不可欠な機能となる領域の選別です(図表2)。

図表2:電池技術の多様化・移行障壁と半導体需要の拡張

電池産業では、化学系の多様化と寡占・垂直統合が同時に進み、セル市場での巻き返しは容易ではない。一方、化学系ごとに電圧・温度・劣化・安全制御の要件が変化するため、日本の半導体産業には、パワー半導体・アナログ・センサー領域で成長機会がある

電池技術の多様化・移行障壁と 半導体需要の拡張

電池・AI・モビリティ事業者との共創――単品供給からアーキテクチャ参画へ

前章で見たように、量産型リチウムイオン電池の主導権を国内に取り戻す発想は現実的ではなく、プレーヤー構造を与件として受け入れた上で、顧客ポートフォリオを広い視野で再構成する必要があります。ここで問うべきは、日本の半導体企業は具体的にどの相手と、どのように組めばよいのかという実装の問題です。

第一に挙げられるのが、電池セルメーカーです。電池の化学系が多様化するほど、電池管理システムや診断ICは、セル特性を踏まえた設計が重要になります。半固体、全固体、ナトリウムイオンといった新化学系では、電圧特性、温度特性、劣化挙動、保護条件が異なるため、汎用品を後から組み合わせるだけでは性能を十分に引き出せない可能性があります。電池メーカーの技術ロードマップに沿って、化学系ごとに最適化された半導体を先行設計する体制が求められます。

中国系電池メーカーが世界市場を主導する現実を踏まえれば、日本国内の電池メーカーのみを顧客と想定するのではなく、中国系・韓国系を含むグローバル企業と、どの領域で共同設計関係を構築できるかを検討する必要があります。もっとも、全ての製品で共同開発が必要になるわけではなく、汎用品として規模を追う領域と、化学系・用途別に深く入り込む領域を分けることが重要です。

第二に、AI事業者とデータセンター事業者です。AIデータセンターでは、電池と電力変換段が計算インフラの可用性、電力効率、系統接続に関わります。半導体側は、AIチップの熱設計と電源設計、電池側の充放電特性、UPSや配電設備を統合的に捉える必要があります。こうした設計には、半導体、電池、電力機器、データセンター運営など、複数業種をまたぐ共同検討が有効になる可能性があります。実際、電力系統やデータセンターでの定置用蓄電池導入は拡大していますが、具体的なシステム構成は施設ごとに異なります。

第三に、系統事業者、再生可能エネルギー事業者、モビリティ事業者、ロボティクス事業者です。定置用蓄電は系統運用の一部として活用される場面が増えており、EVメーカーだけでなく、商用モビリティ、ヒューマノイド、産業用ロボットまでを含むフィジカルAI領域が、電池関連半導体の新たな顧客層になります。特に自律ロボットでは、半導体設計と電池・電源設計の同時最適化が性能を左右するため、従来の部品売買より深い技術協議が必要になる可能性があります。

また、電池や半導体の一部機能を内製するモビリティ・エネルギー企業についても、全面的な競合とみなすのではなく、内製領域と外部調達領域を見極めた上で、共同設計や補完供給の可能性を探る必要があります。

こうした顧客層の広がりに対して、日本の半導体企業に求められる姿勢は、単品供給から共同解決へのシフトです。デバイスを売るだけではなく、電池、電源、AI、モビリティが交差する設計問題を顧客と一緒に解いていく。そのためには、半導体メーカーの中に、電池化学、電力系統、AIワークロードといった隣接領域の知見を持つ人材と、共同開発を回すマネジメント能力を組み込む必要があります。産業間の垣根を越えたクロスバリューチェーンの共創が、電池関連半導体市場における重要な参入手段になります。

電池を第一歩とする「インフラ総体」への視座

本コラムは電池を切り口に議論を進めてきましたが、私たちの主張は電池だけにとどまりません。AI投資はもはや半導体単体の議論では捉えきれず、それを支える電力、電池、冷却、通信、素材、装置を含めた「インフラ総体」の勝負へと移りつつあります。

AIデータセンターは、GPUと先端ロジックだけでは動きません。系統電力、UPS、定置用蓄電、パワー変換、冷却、光通信、そしてそれらを構成する素材と装置が同時に成立して初めて機能します。エッジ側でも、ヒューマノイドや自律ロボットが本格実装されるためには、AI半導体の効率と電池のエネルギー密度、そして両者を制御するパワーエレクトロニクスが設計制約を共有します。半導体企業がAIの成長を取り込みたいのであれば、AIチップの外側にあるインフラ全体の需要地図を描き、その中で自社の立ち位置を再定義する必要があります。

電池は、そのインフラ総体の中でも最も分かりやすい一例です。同じロジックは冷却、電力系統、光通信、素材、装置にも当てはまります。量産型電池セルそのものでは、日本は中国系プレーヤーに対して後れを取っており、この構造は短期的に覆るものではありません。しかし、電池を起点に立ち上がる半導体需要、すなわちパワー半導体、車載MCU、アナログIC、センサー、装置、材料といった周辺領域には、日本の半導体産業が国際的な地位を保つ強みが集中しています6。電池を第一歩として隣接領域へ戦略の射程を広げ、その中で自社が不可欠な地位を取れる技術と用途を選び抜けるかどうかが、次の10年の分岐点になります。

半導体業界はAIだけを見ていてよいのでしょうか。この問いに対する答えは、AIを軸に据えながらも、その周辺インフラ、とりわけ電池を含む領域まで戦略の視野を広げることにあります。ただし、重要なのは「電池市場が成長する」という事実そのものではありません。経営として問われるのは、量産型リチウムイオン電池で中国主導の構造が固まりつつある現実を与件とした上で、自社がどの市場を重点領域と位置付けるのか、どの技術に投資するのか、どの企業と連携するのかという選択と集中の意思決定です。全方位で戦うのではなく、日本企業の強みが生き、かつ電池産業の構造変化の中で不可欠となる技術と領域を選び抜き、共同解決型のアライアンスを早期に組み替えられる企業ほど、次の成長機会を取り込める可能性が高まります。

PwCの取り組み

PwCコンサルティングでは、こうした市場構造の変化を踏まえ、半導体企業の事業戦略、投資戦略、アライアンス戦略、サプライチェーン戦略の策定を支援しています。特に、AI、電池、エネルギー、モビリティといった複数産業が交差する領域では、一つの業界だけを見ていては、将来の競争環境や利益の所在を十分に捉えることは困難です。

PwCは、半導体に加え、エネルギー、モビリティ、AIの専門チームが連携し、市場分析から事業ポートフォリオ、技術投資、アライアンス構想、サプライチェーン、実行支援までを一貫して支援できる体制を整えています。グローバルに展開する半導体Center of Excellenceと、日本・米国・欧州・アジアの各拠点の専門コンサルタントが連携することで、業界構造の変化を経営の言葉に翻訳し、実行まで伴走することが可能です。

出所

1 International Energy Agency (IEA), "The battery industry has entered a new phase"(2025年3月)

2 International Energy Agency (IEA), "Batteries and Secure Energy Transitions"(2024)

3 経済産業省「蓄電池・電源産業戦略」(2026年6月)

4 International Energy Agency「Energy and AI」(2025年4月)

5 経済産業省「AIロボティクス検討会 参考資料」(2025年10月)

6 経済産業省「半導体・デジタル産業戦略の現状と今後」(2025年12月)

執筆者

酒井 健一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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平井 正人

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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