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第3回は岡山県玉野市が挑む、遺伝子解析を活用した全世代型の健康支援モデルプロジェクトを紹介します。人生100年時代を見据え、「住むだけで健康になれる地域」を目指す同プロジェクトには、自治体・医療機関・大学・民間企業が参画。高齢者に限らず、若年層を含む全ての世代の「ウェルビーイング(Well-being)」の実現を掲げています。玉野市での実践を起点に、産官学民が連携するクワトロヘリックス(※)による社会実装モデルの可能性を探ります。(本文敬称略)
※クワトロヘリックス:産業・政府・学術・市民の4者が連携し、社会課題の解決やイノベーション創出を目指す枠組み
瀬戸内海の島々へ出発する玄関口として多くの方に利用される玉野市・宇野港にて
(左から)深野 智華氏、岡崎 哲也氏、萱 哲司氏、佐藤 利雄氏、長田 武士氏、小林 豊氏、辻 愛美
参加者
岡山県玉野市 健康福祉部長
萱 哲司氏
地方独立行政法人玉野医療センター たまの病院 理事長
佐藤 利雄氏
岡山大学 学術研究院 医歯薬学域 臨床遺伝子医療学 特任講師
岡山大学病院 臨床遺伝子診療科
岡崎 哲也氏
岡山大学 学術研究院 医歯薬学域 臨床遺伝子医療学 特任助教
岡山大学病院 臨床遺伝子診療科 認定遺伝カウンセラー
深野 智華氏
NTTプレシジョンメディシン株式会社 取締役 パーソナルサービス事業部長
長田 武士氏
NTTプレシジョンメディシン株式会社 パーソナルサービス事業部 担当課長
小林 豊氏
PwCコンサルティング合同会社
テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)チーム シニアマネージャー
辻 愛美
※法人・団体名、役職などは対談当時のものです。
辻:
玉野市は全国で初めて、遺伝子解析を活用した市民参加型の健康事業に取り組まれています。その事業内容を伺う前に、玉野市についてご紹介いただけますか。
萱(玉野市):
岡山県は「晴れの国おかやま」と呼ばれるほど日照時間が長く、温暖な気候が特徴です。中でも玉野市は県南に位置し、上下水道の普及率、公園の設置率などが高く、生活面での環境も整っており、ここでの住みやすさ、暮らしやすさは、定住、移住する多くの市民の方から高い満足度、評価をいただいています。その証左として2024年の東洋経済新報社による住みよさランキングでは、中国・四国地域で12位、岡山県内で1位を獲得しました。また、「快適度」では全国9位です。
玉野市 健康福祉部長 萓 哲司氏
辻:
玉野市は自然環境と生活環境の両面で恵まれた地域なのですね。住民の健康状態はいかがでしょうか。
萱(玉野市):
岡山県の平均寿命は男性が81.9歳で全国10位、女性は88.29歳で1位です。玉野市もその一端を担う長寿地域ですが、健康意識や健康診断(以下、健診)の受診率は決して高くありません。そのため市では、保健師が各地域に出向き、健康相談や各種健診、予防活動を実施しています。乳幼児向けには1歳6カ月健診や3歳児健診、大人には40歳以上の特定健診、75歳以上には後期高齢者健診を行っています。
辻:
健診の受診率を教えてください。
萱(玉野市):
子どもの健診受診率はほぼ100%ですが、大人はそうはいきません。保険制度や個人の意識の関係で、健診を受けない方が少なくないのです。市の国民保険加入者では、特定健診の受診率は30%前後にとどまります。さらに深刻な問題があります。未受診者の中で医療記録(レセプト)のない方が3割ほどいるのです。つまり、加入者全体の約2割が健康状態を把握できていない可能性があります。将来的な医療リスクを考えると、これは看過できない状況です。
玉野市における健康に関する特徴と課題
辻:
未受診層の把握とアプローチが今回の取組の出発点なのですね。では、今回のプロジェクトの内容について、全体プロジェクトマネジメントを担うNTTプレシジョンメディシンから説明をお願いします。
小林(NTTプレシジョンメディシン):
今回のプロジェクトでは、NTTプレシジョンメディシンの遺伝子解析サービス「Genovision Dock」を利用して健康リスクを可視化・分析し、各人に最適な予防や介入プログラムを設計・提供することを目指しています。具体的には、玉野市民の皆さまを対象に遺伝子解析サービスを受検いただき、その遺伝子解析結果と特定健診のデータを組み合わせてフィードバックおよび生活改善アドバイスを提供します。また、必要に応じて岡山大学や玉野医療センターと連携して、遺伝カウンセリング、さらには医療的支援まで一貫して支援できる仕組みを整えています。
NTTプレシジョンメディシン株式会社 パーソナルサービス事業部 担当課長 小林 豊氏
辻:
今回のプロジェクトの特徴は、官(自治体)、民(企業)、学(大学)、医(医療機関)の4者が連携する「クワトロヘリックス型」の体制にあり、PwCコンサルティングは、その立ち上げと全体設計を支援しました。
自治体である玉野市は、市民との接点と信頼をお持ちです。岡山大学には最先端の研究知見が集約されていますし、玉野医療センターは地域に密着した実践力をお持ちです。そしてNTTプレシジョンメディシンは最新の解析技術を提供しています。こうした知見と技術を結集させた統合ソリューションによって、単なる社会貢献ではなく、市民の日常に根ざした健康づくりの仕組みが構築されています。
こうしたクワトロヘリックス型の連携プロジェクトは、行政にとってどのようなメリットがあるとお考えですか。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)チーム シニアマネージャー 辻 愛美
萱(玉野市):
玉野市では、がん、脳卒中、心不全が主な死因となっています。しかし、急性心筋梗塞や脳梗塞、肝不全といった予防可能な疾患も少なくありません。生活習慣病の予防を通じて健康寿命を延ばすことが重要です。そのための新たな手段が必要だと感じていました。
そうした中、岡山大学病院や、今後の展開を目指すたまの病院、そしてヘルスケア領域での展開を目指すNTTプレシジョンメディシンの方々にご協力いただき、「遺伝子解析」という共通のツールで連携できるようになりました。この仕組みを形にしてくださったPwCコンサルティングには本当に感謝しています。
市職員の強みは、市民と直接対話できることです。健康への関心が高い方もいれば、そうでない方もいます。今回のプロジェクトは、そうした多様な市民と改めて向き合う機会になりました。また、専門家と連携することで、情報の伝え方にも幅が生まれます。一方的な説明ではなく、どう伝えるかを工夫したことで市民の関心を引きやすく、実際に楽しそうに参加される方も多くいました。
市の保健師、栄養士は、これまでも地域の健康づくりに取り組んできました。今回のプロジェクトはその延長線上にありながらも、新たな視点に触れる貴重な機会です。大学の先生方とともに学びながら進められることは、職員にとっても大きな経験となっています。
辻:
実際に解析を受けた市民の方々の反応はいかがだったでしょう。
萱(玉野市):
「受けてみたかった」という声が多く、直接申し込まれた方もいらっしゃいました。例えば「家族に糖尿病の人がいるが、自分もそうなるのでは」と不安を抱えていた方もいて、解析の場が「相談の場」としても機能していると感じました。今回は2024年10月から12月の短期間で50名が受診し、キャンセルはゼロでした。継続して受けたいという声も多く、広がりを感じています。
辻:
次に今回のプロジェクトで、それぞれの方が果たした役割とその内容を教えてください。
佐藤(玉野医療センター):
玉野医療センターでは、市民の皆さんから遺伝子解析に必要となる血液検体を採取し、岡山大学病院の専門家と連携して、特定健診の結果と遺伝子解析結果を総合的に分析するためのデータの取りまとめを担当しました。また、これらを活用した分析を基に健康アドバイスや遺伝カウンセリングを行う場所の提供も担当しました。
私たちはこれまで、病気の治療が中心でしたが、今後は予防にも力を入れるべきだと考えています。人生100年時代と言われる今、健康に長く生きるためには、リスクを早期に知り、生活を見直すことが重要です。今回の取組は、まさにその第一歩となるものです。
辻:
医療現場の職員の方々の反応はいかがでしたか。
佐藤(玉野医療センター):
健診を担当するスタッフから、最初は「大変そうだ」という声もありました(笑)。ところが実際に始めてみると、事前にWeb会議などで入念な打ち合わせを重ね、受診希望者への事前説明会も実施していたため、健診当日の事務は簡略化されていて、いつもやっている健診業務の延長線上の対応だけでよく、同意書の受け取りと採血管が1本増える程度だったのですね。現場の職員もすぐに順応してくれました。
何より印象的だったのは、市民の反応です。最初は不安そうだった方々が、専門家の説明やアドバイスを受け、納得されて帰って行くとお聞きし、現場の職員も含め、玉野医療センターとしてこの取組の意義を実感しています。
地方独立行政法人玉野医療センター たまの病院 理事長 佐藤 利雄氏
岡崎(岡山大学):
遺伝子解析の技術は、大きく進歩しています。生活習慣病のような多因子疾患に関する研究も進んでいます。そうした中で今回の「遺伝的リスクを基に病気の予防につなげる」という新しいアプローチは、市民一人ひとりが自身の体質やリスクを知り、生活を見直すというウェルビーイングの本質だと思います。
辻:
岡山大学はどのような役割を担ったのでしょうか。
岡崎(岡山大学):
私たちは主に、解析結果の説明を担当しました。後編で詳細を説明しますが、現時点では1人あたり30分から1時間ほどかけて対応しています。ただし、今後はより多くの方に対応できるよう、説明手法やフォロー体制の効率化が求められると思います。
岡山大学 学術研究院 医歯薬学域 臨床遺伝子医療学 特任講師 岡山大学病院 臨床遺伝子診療科 岡崎 哲也氏
辻:
認定遺伝カウンセラーには丁寧な対話が求められたと伺っています。
深野(岡山大学):
はい。特に大切にしたのは「情報を自分ごととして受け取ってもらう」ことでした。単に説明するのではなく、参加者が自分のこととして捉え、行動につなげられるよう、対話を重視しました。
印象的だったのは、市民の皆さんの学びに対する姿勢です。ご自身やご家族の健康について真剣に向き合い、積極的に質問される方も多く、素晴らしいと感じました。こうした前向きな姿勢が、同プロジェクトを支えた大きな原動力だったと思っています。
辻:
ありがとうございます。では、プロジェクトの技術部分を担ったNTTプレシジョンメディシンの長田事業部長に伺います。NTTプレシジョンメディシンは、どのような事業を手掛けていますか。今回の役割についても教えてください。
長田(NTTプレシジョンメディシン):
私たちはNTTグループのヘルスケア・メディカル領域の事業戦略を担うNTT100%出資の戦略的な事業会社です。当社はNTTライフサイエンス株式会社を母体として2024年7月にスタートしましたが、これまで5年以上にわたって遺伝子解析サービスをはじめとする予防サービス事業に取り組みながら、NTTグループ各社の知見や技術を統合してきました。現在は臨床情報・電子カルテデータ収集活用、介護領域の電子カルテ、治験支援などを担うグループ会社機能まで統合し、予防からメディカル領域までの一貫したサービス提供、さらにそのプロセスを通じて蓄積するデータを活用したサービスの事業展開を進めています。今回の遺伝子解析は、当社が予防医療やヘルスケア領域で注力している取組の一つです。
今回のプロジェクトで利用した遺伝子解析サービス「Genovision Dock」のこれまでの受検者数は、10万人以上になります(2025年3月現在)。生活習慣病などの環境要因によって発症リスクを下げることができる約90種類の疾患リスクとその予防法、またアルコール分解能力などの体質傾向も含むレポートを受検者に提供しています。
品質面の担保として、主に日本人もしくは東アジア人を対象とした遺伝子の研究データと科学的根拠のある論文に基づいて疾患リスク分析を行っています。また、Genovision Dockで蓄積されたデータの解析、さらに人工知能(AI)等の最新技術による予防ソリューションの開発も進めていきたいと考えています。
NTTプレシジョンメディシン株式会社 取締役 パーソナルサービス事業部長 長田 武士氏
辻:
ここまでは今回のプロジェクトについて伺いました。次に少し視点を広げて、日本におけるゲノム医療や遺伝子解析の現状についてもお聞きします。まずは岡山大学の岡崎先生、日本のゲノム医療の状況について教えていただけますか。
岡崎(岡山大学):
先述したとおり、近年のゲノム医療は急速に進展しており、日本も例外ではありません。国の政策的な後押しもあって、医療提供体制や保険適用の整備が進んでいます。一方で、今回のように生活習慣病などの多因子疾患に対して、予防目的で遺伝子解析を活用する取組は、まだ始まったばかりです。
グローバルで見た場合、欧米ではゲノム情報を活用した個別化医療や予防医療が広く普及していますが、日本では単一遺伝子疾患に関しても、医療現場での応用がまだ限定的です。また、日本人特有のゲノムデータの蓄積が十分でないことも課題で、海外のデータをそのまま用いると正確性に課題が生じる場合もあります。
辻:
確かに日本では「遺伝」という言葉に特別な印象を持つ方も多いように感じます。
深野(岡山大学):
そうですね。多くの方が「遺伝=まれな病気」という印象を持っているように感じます。実際には高血圧や糖尿病など、身近な疾患にも遺伝的要因は関係していますが、「まれな疾患(遺伝的要因による疾患)の家族はいないので自分とは関係ない」と思われがちです。だからこそ、私たち医療従事者は、正しい知識をわかりやすく広め、「遺伝的要因による疾患は誰にでも関係がある」という理解を社会に浸透させていく責任があると感じています。
岡山大学 学術研究院 医歯薬学域 臨床遺伝子医療学 特任助教
岡山大学病院 臨床遺伝子診療科 認定遺伝カウンセラー 深野 智華氏
辻:
本事業では遺伝や遺伝情報の活用について、市民の方に正しい知識や理解を持っていただくことも重要視しています。どのような点がポイントになりますでしょうか。
小林(NTTプレシジョンメディシン):
今回のプロジェクトで提供した「Genovision Dock」の検査項目は、生活習慣の改善で予防できるとされる疾患です。多くの病気は「遺伝要因」よりも生活習慣などの「環境要因」の影響が大きいと言われており、ご自身の努力によってリスクの低減が期待できる「多因子疾患」を検査しています。遺伝性乳がんのような遺伝要因だけで発症リスクが決まる疾患を予測するものではないことをご理解頂き、生活習慣の改善につなげていただくことが大切だと思います。
辻:
ありがとうございます。では遺伝子解析サービスを提供する企業の立場からご覧になって、制度面や運用面についてはどのような考えをお持ちでしょうか。
長田(NTTプレシジョンメディシン):
そうですね。まず、遺伝子解析は今後急速に技術革新が進む最新技術の一つだと捉えています。今後、その技術進展とともに整備されていくガイドラインや法制度をしっかりと理解し、社会の健康増進に寄与するサービスを創っていくことが私たちの使命だと考えています。
NTTプレシジョンメディシンでは、常に最新の科学的知見と倫理的配慮に基づいたサービス提供に取り組んでいきます。運用面では、遺伝子解析のような最新テクノロジーの社会実装は、単なる企業のサービス提供だけでは難しく、やはり本プロジェクトのように自治体、学術機関、医療機関、一体となった取組が、住民の皆さまの安心・信頼、利用拡大の上でとても重要だと、生の声をお聞きしながら強く実感しました。遺伝子解析を活用した社会貢献を実現するために、今回のようなステークホルダのエコシステム構築に貢献していくことも企業としての重要な役割だと考えています。
辻:
最新技術の活用に向けては、制度を踏まえ、さまざまなステークホルダとの連携が重要となってくるのですね。そうした中で今回のプロジェクトは、公衆衛生の新しいモデルケースとしての可能性を秘めているように思います。後編では、具体的な成果や住民の変化、今後の展望についてさらに掘り下げて伺います。
宇野港は市の中心部に位置し、四国や瀬戸内海の島々への玄関口として海上交通の要衝として知られる
岡山県玉野市における『遺伝子解析結果を活用した健康づくり』に関する詳細はこちら
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