【連載】自治体とともに目指す、サステナブルなまちづくり ~第2回 千葉県柏市~

2020-03-13

PwCは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する(Build trust in society and solve important problems)」をPurpose(存在意義)として掲げています。このPurposeのもと、私たちが自治体の方々と協力して、それぞれの地域が抱える課題にアプローチする事例をご紹介します。

千葉県柏市役所 経済産業部 理事 兼 商工振興課 課長 北村 崇史氏、PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 辻 信行

AI、IoTを活用した新規事業の創出と、それを基軸にしたまちづくりをサポート
~千葉県柏市~

PwCあらた有限責任監査法人では、首都圏屈指のイノベーションフィールドとして知られる千葉県柏市と、「柏市インキュベーションマネージャー・マーケティングリサーチャー事業」に関する業務委託契約を2018年に締結。1年間にわたって市内でビジネスを行う多数の事業者を訪問し、それぞれの経営課題に関して聞き取り調査を行った上で、人工知能(AI)やIoT(Internet of Things)などの新しいテクノロジーを活用して各企業の競争力を上げるべく、市内外のスタートアップなどとのマッチング支援を行ってきました。今回は、柏市役所経済産業部理事の北村 崇史氏とPwCあらた有限責任監査法人パートナーの辻 信行が柏の葉キャンパス駅前のインキュベーションオフィス「31VENTURES KOIL」(柏の葉オープンイノベーションラボ)で、今回の事業を振り返りながら、官民連携が互いにもたらす価値を語り合いました。

対談者

千葉県柏市役所 経済産業部 理事 兼 商工振興課 課長 北村 崇史氏(写真左)

PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 辻 信行(写真右)

※本文中は敬称略。

民間連携事業への抵抗のなさが柏市の強み

辻:
先ほど、このオフィスの入り口にオールブラックス(ラグビーのニュージーランド代表の愛称)のサイン入りボールが置かれているのを見て、最初に柏市を訪問した時のことを思い出しました。ラグビーにゆかりがある街との印象が私の中ではあまりなかったので、昨年のラグビーワールドカップの際にどうやってオールブラックスのキャンプを柏市に誘致できたんだろう、ととても驚いたのです。

北村:
あれは市とラグビー協会と市内企業が一緒に進めたプロジェクトです。選手たちにも柏市のファンになってもらおうと、歓迎イベントで子どもたちがニュージーランドのマオリの方に作っていただいた「柏ハカ」を披露したり、オフの日には、市民が街の史跡を案内して回ったりしました。それがニュースでずいぶん取り上げられました。

辻:
当時、私もその話を伺って、柏市は民間の事業者と連携することに積極的な自治体なのだなと感じたことを覚えています。

北村:
そうですね。柏市には、「外部」に出て行って挑戦しよう、交流しようという気概が昔からあったようです。例えば、戦後間もないころ、新鮮な野菜の入った籠を担いだ女性が片道30キロ以上もある上野まで出向いて行商をした、行商文化というようなものもあります。

辻:
そういう歴史があったのですね。私たちとしては、市の皆さんとお話をさせていただく中で、そういう街の外向性みたいなものも感じていました。なので、実はご提案を検討する際に、課題解決を支援するのはもちろんですが、一緒に何か面白いことができるのではないかとも考えていたんです。

北村:
柏市が民間に仕事をお願いする時には、2つのケースがあります。1つは、自分たちが直接やるよりも、民間のノウハウやネットワークを活かして、よりよい成果をあげていただきたい時。もう1つは、マンパワーが足りない部分を手伝っていただきたい時。今回の場合は前者をイメージしておりました。柏市では、AIやIoTなどの技術を活用した第4次産業革命分野における地域経済牽引企業や地域未来牽引企業への支援、また地域未来牽引企業の新規の発掘に取り組む中で、市内事業者が抱えている課題の把握やその課題の解決方法についても一緒に考え、市内の有望な企業と市内外の企業をマッチングできる事業者を探していました。そこで、公募の中で、さまざまな企業の経営課題の解決を日ごろから総合的に支援されているPwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)のご提案を採択することになりました。

千葉県柏市役所 経済産業部 理事 兼 商工振興課 課長 北村 崇史氏

PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 辻 信行

1年という短い事業期間に複数の事業者間マッチングが成立

辻:
社外から技術やアイデアを結集して革新的な製品やビジネスモデルを開発するオープンイノベーションが、最近はかなり注目されていますね。しかし企業と企業が組むというのは実はそんなに簡単なことではなく、相性がとても重要になってきます。柏市との連携にあたっては、スタートアップから大手までさまざまな企業とお付き合いがあり、各企業の意思決定プロセスやスピード感の違いなどを理解している自分たちの知見がおそらく役立つはずだと考えていました。なかでも注意を払ったのがマッチングプロセスにおけるリスク管理です。特にスタートアップにとって時間はとても大切です。マッチングの成立後にさまざまな価値観の違いによって関係解消となり、結果的に彼らの時間を奪ってしまうというような事態は避けなければなりません。マッチングに向く企業かどうかを見極めるフィルターになるのも、私たちの役割の1つと考えていました。今だからお聞きするのですが、当初、他に私たちに期待されたことはありましたか?

北村:
特に市外の大手企業とのつながりについては、自分たちがネットワークを持っていなかったこともあり、期待するところが大きかったですね。行政の事業者支援というと、助成金や補助金を支給するというのがよく知られるパターンかと思います。しかし今回、私たちが注目したAIやIoTスタートアップの経営者たちが必要としていたのは、お金よりも、情報と信頼、そしてネットワークでした。情報や信頼については市でカバーできるとしても、ネットワークについてはあきらかに力不足だという認識がありました。

辻:
私たちとしては、市外にある企業を訪問するたびに、柏市にゆかりがあるという人や、柏市に思い入れがあるという人が大勢いることに驚きました。ラグビーの話じゃないですけど、まさに柏市ファンがいっぱい。企業の執行役員クラスで学生時代を柏で過ごしたという方も多く、「柏市ならきっといろいろなことができるよ」と言われたり、担当者と話をするつもりで訪れたら、いきなり「ぜひ話を聞かせてくれ」と社長が出て来られたりと、柏市ブランドのすごさに触れる機会が何度もありました。

北村:
柏で生まれ育った方や学生時代に柏で過ごした方は、柏ファンになっていただける方が多く、ありがたいことです。また、国内最先端の研究機関がそろっていることで、特に柏の葉エリアは、これまでさまざまな実証実験のフィールドとして活用されてきました。そうした取り組みへの評価というのもあるのかもしれません。

辻:
そうなんです。アイデアの段階では問題なく進んでいたのに、いざ実証実験となったところで行政からストップがかかったという話は割と珍しくなく、そうなると企業としてはハシゴを外された状態になってしまいますからね。実証実験に協力的というイメージは大きな強みになっていると感じました。

今回は1年という短い事業期間に、ヘルスケア関連の企業とデータ分析スタートアップが連携を開始したのをはじめ、合計4件の事業者間マッチング(企業者間の引き合わせは20数件)を成立させることができました。オープンイノベーションを課題としている企業の方からすれば、これは驚くべき件数だと思います。今回の成果の中で私が特によいと思ったのは、マッチングが成立したあとに「これから先は自分たちでやります」といって自立的に動き出してくれた企業があったことです。外部からの支援前提というのは長期で考えると望ましくないこともあるので、できればマッチング後には当事者におまかせするのがよいと考えています。すごくよい事例だと思いました。

若手職員が商店街のドアを自らたたく価値

辻:
ただ一方で、市内事業者が抱えている課題の把握というところに関しては当初、手詰まり感を抱いていたんです。私たちが訪問しても「あなたたちは誰なの?」と警戒されたり、時には税務署と勘違いされたりすることもあって……。ですが私たち監査法人の実体を分かっていただけると、徐々に信頼をいただけたようでした。柏市の職員の方にも同行していただきながら話をしていくうちに、次第に心を開いてくださり、最終的には各社の経営課題を把握することができました。当時は、柏市がそうした状況をどう感じていたのかが気になっていました。当社に委託して後悔したことはなかったかなと。

北村:
確かに、当初は市内の事業者への訪問活動は全ておまかせしたいと考えていました。市役所の人的リソースは限られているので、職員がヒアリングに同行することはどうしても負担になってしまいます。ただ実際には、そうやって同行して話を聞く中で、普段から付き合いのある私たちからは見えにくい地域の課題にあらためて気づくことができて、結果的によかったと思っています。

辻:
そのように言っていただけるとほっとします。この訪問活動の中では、途中からですが、当法人の若い職員たちが自ら商店街にある店を1軒ずつノックして聞き取り調査を始めるということがありました。こうした動きは、実は普段の業務ではあまりないことなんです。事業者の声を1つ1つ丁寧に拾い、課題を解決するための最適解を探り、解決に向けて上手く導くという経験をすることができた彼らにとっては、自分たちのポテンシャルに気づくよい機会になったと感じています。

これは最初にも話した柏市の魅力のおかげだと思いますが、当社のメンバーが楽しみながらプロジェクトに関わっていたのも印象的でした。柏市の魅力のおかげに違いありませんが、私は、実はそれこそ官民連携の大事な要素だと思っています。「困っているから対処しなきゃ」という話をするよりも、「なんだか面白そうだからこういうことをしたいよね」というポジティブな話のほうが盛り上がるし、上手くいく可能性が高いと思うんです。今後、同様のプロジェクトを進めていく際にも意識したい心構えです。

柔軟に探った自治体にとっての最適解が、将来の財産に

北村:
私がPwCあらたとご一緒できてよかったと思うのは、お互いにコミュニケーションをしっかり取りながら事業を進められたことです。今回のような国から採択された事業の場合※1、よくあるのは、とにかく申請した通りのゴールに向かって突き進んでいくケースです。しかしPwCあらたの場合は、定期的に柏市まで足を運んでくれ、ちゃんと実情を見ながら、「このゴールは無理だったから、次はこういうアプローチを取ろう」だったり、「ここは当社ではなく、市でお願いできるだろうか」などと、その時々に柔軟な対応をしていただいたことが印象的でした。監査法人は、もっとガチガチに固めた仕事の進め方をするものだと思っていたので、驚きました。

辻:
そうでしたか(笑)。

北村:
それから、何か上手くいかなかった時にPwCあらたが持つ広いネットワークを生かして、すぐに違うオプションを提示してくれたのも心強かったです。また、委託事業とはいえ、柏市の職員も現場に同行し、共に考えることで、結果的に柏市としてのネットワークも広げることができました。

辻:
先々のことを考えると、私たちだけで全体を仕切ってしまうべきではないという思いがありました。いろいろな企業と組むことがネットワークの拡大につながり、柏市にとって大きなメリットになると考えていました。先ほど、最適解を考えるという話をしましたが、ビジネスという観点で考えれば、「私たちはこれだけの仕事をやっていますよ」と示しながら自社のプレゼンスを上げていき、最終的に「私たちがいないと困るでしょ?」と提案する会社もあると思います。しかし監査法人は常に客観的な目線を持ち、お客様のために最もよいことは何かを考え、実行するのがスタンスです。「他にもっとよいやり方があります」「適した会社を知っていますよ」と状況に合わせて的確なソリューションを提案していくことが、私たちが社会における信頼を確保し続けるための道だと考えています。もちろん、後から振り返るとそれが最適解ではなかったということは十分にあり得るのですが、少なくともその瞬間は、一番よいと思う提案を絞り出したい。官民連携に限りませんが、これが私たちの考えです。

北村:
今の辻さんのお話を聞いて、まさに、市の将来を考える上での大きな財産をいただけたのだろうと感じます。現場の職員は少し大変だったかもしれませんが、今回、各事業者からいろいろな課題をお聞きすることができたので、「聞きっぱなしで終わりですか」と言われないよう、柏市としてしっかりサポートを続けていきたいと思います。事業者間のマッチングも、1年間の成果を通じて、新しいビジネス創出のきっかけになり得ると実感できました。引き続き、イノベーションのきっかけとなる出会いの場などを提供していけたらと考えています。PwCあらたの皆さんと過ごした1年を、さらなる魅力的なまちづくりに活かしてまいります。

※1 今回の事業は地方創生推進交付金を活用して実施された

主要メンバー

辻 信行

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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田中 大介

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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澤田 賢

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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中川 善貴

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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