産業の中に存在する「価値」を正確に把握し、クライアントの未来を示す地図を描く
桂 憲司
PwC Japanグループ チーフ・ストラテジー・オフィサー
兼チーフ・イノベーション・オフィサー
PwC Japan合同会社 代表執行役副社長
――PwC Japanではビジネスの中心的な概念として「産業アーキテクチャ」を打ち出しています。これはどのような考え方なのでしょうか。また、PwCは2024年に戦略領域として「Trust in What Matters(重要な社会課題における信頼構築)」「Business Model Reinvention(ビジネスモデルの再発明)」「Sustainability(持続可能性)」「AI(人工知能)」の4つを定めました。これらと産業アーキテクチャはどう関連しているのでしょうか。
私たちは産業アーキテクチャを、産業の中に存在する「価値」を正確に捉えるための地図のようなものだと考えています。産業は、いわば価値の連携と変遷によって形づくられています。例えば製造業の場合、原材料を調達し、加工して製品をつくることで価値を生み出し、販売する際にはキャンペーンなどを実施することでさらに価値を高めようと努力します。従来はバリューチェーンを追いかけることでこれらの価値の変遷を把握してきましたが、それだけは追い切れない価値が出てきます。モノとサービスが密接に絡み、産業同士の垣根は低くなり、そこにデジタルの要素が加わって最終的な価値を形成する時代になっているからです。
企業の効率性、人材の優秀さ、ネットワークの広さなども価値の源泉になりますが、これらは数値化が難しいものとされてきました。関連する法規制や国際的なルールの動向も価値を左右します。これら全てを精緻に追いかけ、それにまつわるデータを構造化して見ることで、初めて産業における価値の所在を把握することができるようになります。これが産業アーキテクチャの本質的な考え方です。
テクノロジーの進歩によって、各産業におけるデータを1つ1つ把握できるようになった点も大きいでしょう。例えば消費ビジネスの世界でいえば、「消費者が何を求めているのか」というニーズまでも、数値化・デジタル化して精緻に把握していくようになっています。個々の企業が持つ暗黙知などもデータとして扱う対象となるので、それらの大量のデータを基に、産業とそれが内包する価値がどのように変遷していくのかを捉えることができます。
先ほどの例えに沿って考えると、産業アーキテクチャという地図を基にどの領域に進んでいくべきなのかというテーマが必要になってきます。そのテーマに位置づけられるのが、PwCがグローバルで定めた戦略領域です。 掲げた4つの領域に基づいて、関連する産業がどうつながり、どう変化していくかを把握していくために産業アーキテクチャを活用するという関係性になります。そうしたアプローチを取ることによって、より実践的かつ実効的にクライアントを支援することができると考えています。
――具体的なサービスとして、どのような分野に注力するのでしょうか。
産業アーキテクチャを体現する具体例としては、2025年2月に設立したスマートモビリティ総合研究所が挙げられます。世界のモビリティ市場は2030年にかけて急速な拡大が見込まれ、スマートモビリティはそのけん引役として期待されています。デジタルを中心にこれまでと異なるプレーヤーが参入し、多種多様なビジネスやサービスの階層が生まれて、新たなエコシステムが形成されようとしています。その構造を俯瞰的に捉えないと、産業全体の未来は描けません。同研究所は、産業・機能横断のエキスパートが将来目指す姿を想定してアーキテクチャデザインを行い、ノウハウやデータを有効かつ効率的につなげて活用できる環境を整備することで、より大きな価値に結び付けることを目指しています。
2025年10月に発足したAI Factoryも実例の1つです。技術進歩のスピードが非常に速いAI分野における差別化は容易ではありません。では、PwCとしてどのような価値を提供するのか。その答えの1つが、ラピッドプロトタイピングです。専門家チームが高速でAIを試作・実装し、クライアントの需要に迅速に応える体制を整えます。AI活用に欠かせない膨大なデータの中から、「何を選び、どう使うのか」を適切に選定できる目利きの強みと組み合わせることで、クライアントの変革を後押ししていきたいと考えています。
2025年7月に設立したPwCビジネストランスフォーメーション合同会社も大きな役割を担います。一般的なマネージドサービスは企業から一部業務を請け負って効率化することが中心となりますが、PwCが同社を通じて取り組むマネージドサービスで重視するのは「信頼」です。単にサービスを提供するだけでなく、業務を通じてクライアントの課題をともに発掘し、データやプロセスの分析に基づいて積極的に改善提案する領域までを想定しています。そうすることで、より長期視点での信頼をクライアントと築いていきたいと考えています。
――産業アーキテクチャを構成する重要な要素の1つに、グローバルネットワークとの連携があります。国境を越えてビジネスを展開する日本企業を支援するための取り組みについてはどう考えますか。
グローバル連携はPwCの強みであり、さらに磨きをかけていきます。その柱が、PwCのグローバルネットワークを活用して日本企業を支援する組織「Japan Business Network(JBN)」です。各国における支援はもちろん、例えば日本とインドのチームが連携して東南アジアにおけるビジネス戦略を考えるといったように、国・地域をまたいだ連携も進めたいと考えています。企業を取り巻く課題が国や地域を越えて複雑化している現在の状況を踏まえると、こうした対応がますます重要になってくることは間違いないでしょう。
産業アーキテクチャにおいて、海外との高度な連携は企業の価値向上に不可欠な要素の1つです。クライアントのニーズを起点にして、例えば会計・監査や税務、コンサルティングのチームがさらに連携を深めることで、PwCとしてより幅広い課題に対応した高い価値を持つサービスを提供していきます。このように国際的な規模で展開される日本企業のビジネスへの関与を深め、PwCのグローバルネットワークにおいても先進的な取り組みであるJBNをさらに発展させたいと考えています。
――PwC Japanとして、より高度化・複雑化するクライアントの期待にどう応えていく考えでしょうか。
専門性や信頼性など、私たちは数多くの強みを有していると自負しています。ただ、何もかも自前でやることが正解だとは思っていません。「クライアントセントリック(お客様本位)」で考えると、例えば外部の有識者や企業の力を借りることをクライアントにお勧めすることも選択肢としてはあり得ると考えています。私たちは産業アーキテクチャに基づいて、クライアントがどのような支援を必要としているのかに加え、その観点から最も高い価値を発揮できる組み合わせは一体何なのかまで導き出すことができます。
一方、そこでPwCとしての価値をどう発揮するかを考えると、社会にこれだけ課題が山積する中では、専門家としての「深さ」を持たなければプロフェッショナル・サービス・ファームとしての役割を果たしていくことはできません。また、複数の産業や領域をまたいで解決策を見つけ出す「広さ」を備えることも、今の時代には不可欠です。それを高いレベルで併せ持つ存在であり続けるために、人材への投資や外部との連携拡大にこれからも取り組んでいきます。
Profile
PwC Japanグループ チーフ・ストラテジー・オフィサー
兼チーフ・イノベーション・オフィサー
PwC Japan合同会社 代表執行役副社長
PwCコンサルティング合同会社 副代表執行役
2024年7月にPwC Japanグループ チーフ・ストラテジー・オフィサー兼チーフ・イノベーション・オフィサーに就任するとともに、PwCコンサルティング合同会社の副代表執行役を兼任。2025年7月に設立されたPwCビジネストランスフォーメーション合同会社の代表執行役社長も務める。