これからの病院経営を考える

第18回 小田原市立病院の経営改善を振り返る(前編:組織変革のための土壌づくり)

  • 2024-04-01

はじめに

小田原市立病院(以下、「市立病院」)は、神奈川県の県西医療圏に属する417床の急性期病院であり、ほんの10年前まで医業利益がマイナス10億円まで落ち込んでいましたが、直近会計年度では黒字に転じるなど、新型感染症による落ち込みを乗り越え、医業収支レベルで7年間で20億円の経営改善を実現しています。全国の公立病院の中でもトップクラスの医業利益を計上しており、令和4年度に自治体立優良病院両会長賞、令和5年度には同総務大臣賞を連続受賞*1しました。

PwCコンサルティングは平成28年度の新公立病院改革プラン策定支援を契機として足掛け2年程度、市立病院の経営改善の支援を担いましたが、支援後も独力で中期的な経営改善を実現するなど、まさにPwCコンサルティングが目指す「改善を持続できる組織」に移行しているといえます。公立病院であるがゆえ頻繁な人事異動があるにもかかわらず、今でも院内の事務職との議論では活発な意見が飛び交い、医療職も先進的な取り組みにチャレンジしようとする姿勢が随所に見られます。

本コラムでは、全3回のシリーズにわたって当時のプロジェクトを振り返りながら、他の医療機関(特に公立病院)においても参考となるような経営改善における成功のカギを考察します。

図表1 市立病院における医業収支比率の推移および医業収支の経年変化

医業収支の経年変化(図表1)を確認すると、費用サイドの削減というよりも、収益サイドの大幅な改善が引き金となっていることが分かります。収益サイドを分解しての考察は後続のコラムにて記載しますが、収益の増加額のうち入院収益の増加額が実に9割程度を占めており、入院実患者数の増加(+11%)、入院単価の改善(+22%)、手術件数の増加(+20%)、病床稼働率の改善(+21.4%)と、急性期病院における経営改善の王道と言われる指標を大きく改善させています。これらを中長期的に実現することは小手先の経営改善では到底なしえず、組織風土の変革を伴う抜本的な改善が必要です。そのため、本シリーズではコラム前編として、組織変革のための土壌づくりの取り組みを紹介した後、中編にて経営改善の構造分解と特徴的な取り組みを振り返り、後編で継続的な改善に欠かせない人材の育成をテーマに解説します。

全3回のテーマは以下のとおりです。

前編:組織変革のための土壌づくり

中編:構造分解及び特徴的な取り組み

後編:継続的な改善に欠かせない人材育成

前編では、まず継続的な経営改善を実現するにあたっての根幹となった組織変革に関する取り組みについて振り返ります。

病院を取り巻く事業環境を共有し、職員全体に危機意識を醸成する

よくある短期的な病院経営改善の手法である加算・指導料の適正化や委託費の仕様内容見直しなどとは異なり、組織そのものを変革するのは容易ではありません。特に公立病院となると、赤字でも良いという考え方が未だに職員の根底に存在し、大抵の人は慣れ親しんだ従前のやり方を踏襲し、新しい手法を示されても抵抗したくなることの方が多いのではないでしょうか。そのような組織の変革にあたっては、リーダーシップ論の第一人者とも言われるジョン・P・コッターが唱える8つのステップにおいて、大きな機会や可能性を示しながら「危機意識を醸成する」ことが第一歩とされています。市立病院の場合も、職員全体の「危機意識の醸成」がなければここまでの経営改善は不可能であったと言えるでしょう。

当時の市立病院は常勤麻酔医の多くが撤退した影響で手術件数が落ち込み、病院長自身が地域における持続的な医療提供そのものに非常に強い危機感を抱いていました。PwCコンサルティングは平成28年度の新公立病院改革プランの策定から市立病院の支援を開始。まずは、「事業環境を正確に理解し、院内で共通認識を持つこと」に注力しました。患者需要や医療の供給体制はどのように変化しているのか、周辺の医療機関の動きや役割分担はどのようになっているのか、そして、自院の経営状況はどのように推移しており、何が原因で現在の経営状態に陥っているのかといった解くべき課題を明確に設定したうえで、分析パッケージとして「Fact pack」(図表2)を作成し、正確な事業環境の情報を基に院内で共通認識を持った状態で、病院の今後の方向性に関する議論を重ねていきました。

図表2 Fact packにおける分析資料の例

組織変革を引き起こすための「危機意識の醸成」において重要な観点は、「改善の可能性」を示しながら、危機意識を長期間にわたって「持ち続ける」ことだと考えます。ほぼ毎年、医療職や事務職の入れ替わりがある公立病院において、継続的な経営改善を可能とするためには、院内における改善の火を脈々と灯し続ける必要があります。そのため、本プロジェクトの初期フェーズにおいては、院内にて改善の可能性を示しながら、危機意識を継続させるための取り組みをタイミングや対象者を都度変えながら散りばめるように留意しました(図表3)。

図表3 院内にて危機意識を醸成させるための取り組みの一例

職員全体に危機意識、すなわち経営改善の意識が醸成されると、これまでほとんどなかった科の収益や費用に対する質問が徐々に事務局に寄せられるようになりました。また、これまで病院経営に興味を示していなかった医師がいつの間にか診療報酬の点数本を持ち歩くようになったり、業者との価格交渉に事務職だけでなく医師が参加し始めたりするなど、院内のそこかしこでこれまでになかった光景が見て取れるようになったことは、変革の兆しと捉えることができるでしょう。危機意識を醸成させるための取り組みが一巡した頃には、特段の施策を打たずとも、各病棟の病床利用率が向上するなど、収益面での効果も表れるようになりました。

経営改善をリードするコアチームの確立と味方を増やす

抜本的な経営改善を促進するためには、経営改善をリードするコアチームの存在も極めて重要です。そのため、PwCコンサルティングでは経営改善に着手するに際し、コアとなるチームの組成を依頼します。院内の人間関係を熟知し、周囲からの信頼も厚い医師と、その脇を固める有望な若手の事務職員を含めてもらうよう提案することが多いですが、図らずもジョン・P・コッターが提唱する組織変革の鍵である「コア・グループの組成」にも合致したものとなっています。

市立病院の経営改善における組織体制は、病院長直下に、医師・若手の経営管理課職員・コンサルタントからなる経営改善コアチームを組成し、この少数精鋭のコアチームで機動的に経営改善の戦略素案を検討、必要に応じて院内の経営戦略委員会を活用して特定テーマの深堀やアイデアの昇華を図り、院内へ展開するという形を採用しました。

図表4 市立病院における経営改善のコアチーム

核となるコアチームにおいては、分析から導出されるメッセージの一言一言や、その伝え方、タイミングのほか、経営改善に関する取り組みの内容や順序、誰をいつ巻き込むべきなのかなどのいわゆるプロジェクト設計にとても気を配りながら、病院全体の戦略立案と実行を担い、経営改善の火を灯し続けることを特に意識していました。

市立病院の場合、病院長自身が厳しさや決断力を持ち合わせており、非常に強いリーダーシップを有していましたが、病院長の右腕となり経営改善を主導したコアチームの医師もまた類稀なリーダーシップを発揮していたことが、これ程までの加速度的な経営改善を実現できた要因の一つと言えます。また、コアチームの経営管理課職員も経営改善への意欲が他の公立病院に比べても非常に高く、その可能性を信じ、目覚ましい成長スピードでチームの屋台骨を支えてくれました(リーダーシップの重要性については後述)。

また、プロジェクト期間中、コンサルタントである筆者は市立病院に半常駐という形で滞在。市立病院からPHSの貸与を受け、院内の関係者といつでも連絡を取り合える状態を整えて頂きました。振り返ってみると、プロジェクト期間を通して、外部の委託業者を含む院内のほぼ全ての職種の方とコミュニケーションを取ったように思います。

一方、経営戦略委員会はPwCコンサルティングが支援を始めた当初、既に市立病院の中に組成されていた組織です。委員長はコアチームの医師が務めていましたが、委員は医師が2名と各コメディカルの部門長を中心に集められており、当初は会議中に居眠りをしている方や経営改善に懐疑的なメンバー、モチベーションが高くないメンバーも含まれており、この経営戦略委員会の活用方法もコアチームの課題の一つでした。キックオフミーティングにおいて委員の一人から「あなたたちは何ができるんですか?」と問われたことは今でも印象に残っていることの一つです。この経営戦略委員会の活用はコラム中編にて言及したいと思いますが、コアチームでの検討内容の共有を中心に回を重ねるごとに、質問や意見が飛び交うようになり、整形外科の医師、脳神経外科の医師、リハビリテーション技師長、地域連携室の看護師、外来看護師長など徐々に手を貸してくれる味方が増え、彼ら彼女らを起点として、院内全体に大きなうねりを起こすことができたことも成功要因の一つと言えるでしょう。

組織変革には強いリーダーシップが不可欠

第7回 改革が進む病院に見られる人材・組織の共通点で紹介した「院長の強いリーダーシップ」に関して、改革が力強く推進されている病院では、「達成志向型」のリーダーシップがよく見られるということに言及しましたが、市立病院の院長はまさに「達成志向型」のリーダーです。職員にビジョンを示し、ともすれば遠慮がちとなりやすい、異なる医局出身の医師に対しても言うべきことはきちんと言うなど、厳しさと包容力を併せ持った姿を常に示していたように思います。病院長の熱量の高さは周りにも伝播し、脇を固める医師、事務職員、そして私たちコンサルタントもそれに感化されて熱量が自然と高まっていきました。

図表5 リーダーシップのスタイル

そして、前述のように病院長の右腕となり経営改善を主導したコアチームの医師も病院経営への造詣が深く、人を惹きつける魅力を有し、かつ実行力を伴う稀代のリーダーシップを有していました。当時、救急患者の受入件数増加が収益改善に向けた課題の一つとなっていましたが、プロジェクト早期の段階で「俺に任せてくれ」と言って頂いたことは非常に心強かったです。時間を見つけてはコンサルタントの作業部屋にふらっと立ち寄って、さまざまなディスカッションを仕掛けるなど、フットワークも軽く、私たちにも多くの気づきを与えてくれました。強いて上記のスタイルにあてはめるとするならば「参加型」の役割を担って頂いたと言えるでしょう。

コアチームの経営管理課職員もまた、経営改善に向けた並々ならぬ熱意を持っており、通常業務がある中で日夜奮闘してくれました。まずは、事務職員のみで実施可能な委託業務の仕様内容の見直しや、電気代の契約形態変更、事務側で可能な加算の取漏れ抑制などに矢継ぎ早に取り組み、小さな成功をいくつも打ち出し、院内に「次は医療職の番だ」という空気感を作る原動力を生み出しました。職員向けの説明会では自らプレゼンテーションを担うなど、随所にリーダーシップを発揮してプロジェクトを前に進めてくれました。上記のスタイルでいえば「支援型」のリーダーと位置づけられるでしょう。

本プロジェクトは、私の他、私の上長にあたるコンサルタントの2名で支援していました。上長は「指示型」のリーダーであり、時に厳しくプロジェクトメンバーを叱咤激励しながら、適切なタイミングで自治体病院の長である市長への面談とサポートを取り付けるなどの行動力も有しており、チームを成功へと導きました。一方で当時の私は「支援型」に当てはまるでしょう。病院長、コアチームの医師、上長の意見を踏まえながら、経営管理課職員と共に時に意見を伺ったり、ストップウォッチを片手に作業工数を計測したり、説得に努めたりと病院内外に奔走し、リレーションを構築できたことはその後の大きな財産になりました。

プロジェクトを振り返って思うのは、病院を根本から変えていくためには、上述のような強いリーダーシップは不可欠であり、さらに言えば経営改善を担うメンバーそれぞれが強いリーダーシップを発揮しなければ組織変革は到底なしえなかったということです。本プロジェクトにおける経営改善コアチームは、メンバーが各々異なるスタイルのリーダーシップを発揮しましたが、これも大きな成功のカギの一つだったと言えます。

以上のように市立病院の経営改善の軌跡を振り返った際に、抜本的な経営改善を可能とするには組織変革のための土壌づくりが不可欠であり、そのためには以下の3点が極めて重要な要素であったと言えるでしょう。

  1. 職員全体に危機意識を醸成する
  2. 経営改善をリードするコアチームを確立する
  3. 強いリーダーシップの発揮

これらは、市立病院に固有のものではなく、他の医療機関においても実現可能なものと言えます。強いリーダーシップの発揮に関しても、天性のものである必要は全くなく、各々がこれから発揮していけば良いのです。関連する人材育成に関しては後編で言及したいと思います。次回のコラム中編では、経営改善を構造分解し、当時のプロジェクトにおいて特徴的な経営改善の取り組みを振り返ります。

参考情報

*1 公益社団法人 全国自治体病院協議会
https://www.jmha.or.jp/jmha/contents/info/79
https://www.jmha.or.jp/jmha/contents/info/78

執筆者

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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