これからの病院経営を考える

第13回 救急応需の適正化に向けた方策 ―需要と供給の視点から―

  • 2023-11-21

Ⅰ 需給ギャップが拡大しつつある休日・夜間の救急医療

時間外の救急外来設置は、あらゆる救急患者を24時間365日無制限に受け入れ可能であることと同義ではなく、それぞれの施設の状況に応じた限界が存在します。日本病院会の2013年の調査によれば、救急受診のうち救急車の不応需率は1日平均でも2割弱にのぼり、その半数以上が対応可能な医師の不在を理由としていることから、休日・夜間の不応需率はさらに高くなるものと思われます2。また、最近では医師総数や二次救急病院数が増える一方3で、医師の平均年齢が過去20年間で3歳ほど上昇4し、高齢化が進みつつあること、2024年以降の医師の働き方改革により当直勤務に制限が課せられることを踏まえれば、現在でさえ供給が不安定な時間外救急医療の維持は今後一層困難になり、施設によっては当直医がいないという状況になりかねません。

救急医療提供の先行きが不透明な一方で、需要面に目を向ければ、救急搬送に限ってもコロナ禍前の2019年までは搬送件数が一貫して増加傾向にありました1。その約3分の2は急病であり、搬送人員に占める高齢者の割合が伸びていたことを踏まえれば、救急需要増加の主因は高齢化にあると考えられます。高齢化が今後も進む以上、現状のままでは救急需要のさらなる増加は不可避です。

図表1 救急搬送人員数および二次救急病院数の経年変化

しかしながら、不要と思われる救急受診は少なくなく、救急外来患者の入院率は2割強2、救急搬送に絞っても5割以下に留まります1。主な理由としては、①受診者側のモラルハザード、具体的には救急車が無料で利用できること、夜間の救急病院が日中の診療所と同様の認識を持たれているがゆえに、気軽に救急要請や夜間受診をしてしまう、②医療に関する知識が十分でないため、出現した症状から緊急性の有無を判断することがしばしば困難、の2点が想定されます。

今後も救急医療体制を維持していくためには、かかる救急医療の需給ギャップ拡大の是正が必要です。次章では、上記①②双方の解決の鍵となりうる病診機能の分離と役割分担の実情を概観します。

Ⅱ 病診機能分離の実情

救急需要の抑制を前提とせず、その大きさを所与のものと考えれば、トリアージの考え方に倣い、緊急度に応じて需要を分散・整理するほかありません。具体的には、急を要すると思われる患者にはただちに病院受診を促す一方、緊急性に乏しい、あるいは発症初期のため治療に結び付く症状が出揃わない場合は、翌日日中帯の受診を勧められれば理想的といえます。

この振り分けに関して診療所が果たす役割は大きく、診療所医師がさらなる精査や入院加療が必要と判断した場合に限り適切な病院を紹介できれば、軽症は診療所で治療が完結し、中等症以上は病院においてさらに精査され、病診それぞれの特徴を生かした適切な役割分担が実現できます。特に、夜間に受診できる診療所の存在は、救急病院の負担を減らす意味で非常に重要です。しかしながら、2011年から2020年を見ると、診療所総数はほぼ不変にもかかわらず、毎日救急対応可能な診療所(以下、「夜間救急診療所」)はピーク時の2014年から25%減少しており、その多くを個人診療所および医療法人が占めています3

地域別にみると、都市部(東京都区部・政令指定都市および中核市)よりも、非都市部の減少幅が大きく、地域間の格差は拡大しつつあるようです。もとより、医療資源が乏しい地域においては、限られた病院が事実上のかかりつけ機能を担っている場合も少なくなく、都市部のような病診の機能分離を前提とした役割分担は困難と言えます。これらの地域では、休日・夜間であっても基幹病院が軽症から重症まで対応せざるを得ず、この夜間救急診療所の減少により、病院の負担はさらに増えつつあると予想されます。加えて、大都市の一部を除く多くの地域では、当直医を1名しか配置できない病院が半数から8割に及んでおり5、必然的にこの1人の医師が自身の専門領域を超えてあらゆる症例に対応せざるを得ません。

図表2 夜間深夜に毎日対応可能な診療所数の経年変化

これらの実情を踏まえ、次章以降では以下の順に救急応需の適正化に向けた方策を考察していきます。

  • 需要の抑制(Ⅲ)

  • 供給の維持・拡大(Ⅳ)

  • 需給調整に関する公的機関の役割(Ⅴ)

Ⅲ 休日・夜間の不要不急な受診をどのように抑制するか

図表3 受診の抑制に関する各施策

(1)経済的ディスインセンティブ

これまでも、病院受診前の電話連絡を厳格化して飛び込み受診を防止する、あるいは夜間当直は日中外来と性質を異にすることや救急車を適正に利用することを啓発するなど、安易な受診を防ぐためのさまざまな対策が行われてきましたが、受診者側の善意頼みである以上、自ずと限界がありました。そこでミクロ経済学の視点から、病院受診を医療サービスの消費として捉えれば、その消費行動の変容を促す手段として、経済的ディスインセンティブ、すなわち受診時の追加費用発生が、需要を効果的に抑制するのではないかとの仮説が導き出せます6

まず、病院の判断で導入できるものとしては時間外選定療養費が挙げられます。ただし要件が限定されており、全病院の7割近くにあたる200床未満の病院については適用できないのが難点です。

次に、政策的対応が必要であり、調整コストは無視できませんが、既に一部外国で導入されている救急車の有料化7も有力な対策となり得ます。全部有料化するのか一部のみに限定するのか、一部有料化とする場合の対象範囲はどうするのかなど、検討項目は多岐にわたりますが、例えば、診察の結果入院を必要としなかった場合は一律に定額の負担を求めるなど、何らかの重症度を基準とする線引きが考えられます。有料化は却って料金負担をめぐる救急現場の負担を増しかねないとの指摘もありますが8、搬送先医療機関での会計時に救急搬送費用も併せて代理徴収したり、解釈が揺れる余地の少ない支払基準を設定したりするなど、運用上の工夫の余地は少なくないと考えられます。

他方、これらの経済的ディスインセンティブは、その金額次第では本来必要な受診まで抑制してしまうのではないかとの懸念9があります。また、逆に外来医療自体の価格弾力性がそもそも低い以上、中途半端な料金徴収による需要抑制効果は限定的ではないか9,10など、異なる立場からさまざまな議論があります。政策当局には、ディスインセンティブの導入による影響を多面的かつ定量的に検討するとともに、導入を決定した場合は医療機関とも協力し、導入の背景を含め、受診者に対する十分な周知が求められます。

(2)その他

経済的ディスインセンティブに拠らず、病院の判断で実施できる手法としては、入院が不要と判断された場合は救急外来での処方を1日分に絞り、翌日以降の日中の外来受診を促す、また前医処方薬の内服継続で対応可と判断された場合は追加処方をしないなどの工夫が挙げられます。ただし、担当医によって対応が異なる場合は逆に患者との紛争の原因になりかねないため、病院全体の統制として方針を定め、これをウェブサイトや院内に掲示するのみならず、近隣の医療機関や救急隊にも予め共有しておくことが望ましいでしょう。なお、筆者の経験に基づけば、受診希望の電話や救急隊からの収容要請ごとに、上記の方針に対する事前の同意取りつけを試みることは、来院後の見解の相違を防ぐのみならず、受診の要否を再考させたり、救急要請自体を取り下げたりさせる契機ともなっていることから、不要不急な受診の抑制に一定の効果を発揮しているものと考えられます。

また、政策的対応としては、埼玉県や新潟県で導入されているAI救急相談の拡大や、従来の救急安心センター事業(#7119)の全国展開を通じ、緊急性が高いと判断された者のみを選抜する仕組みの普及が待たれます。もっとも、救急安心センター事業に未加入の地域の多くは、そもそもの夜間救急応需体制が十全とは言い難いため、これら事業の拡大がただちに問題の解決に結びつくわけではない点に留意が必要です。

ここまでは需要の抑制に焦点を当てて考察してきました。次章では、供給面からの対策を検討していきます。

Ⅳ 人員が増えない中で、どのように休日・夜間の救急受入を維持・拡大するか

図表4 救急受入の維持・拡大に関する各施策

(1)専門外疾病への対応強化

当直医の専門外を理由とした不応需が少なくない以上、真に救急受診が必要な患者を専門性の壁を乗り越えて受け入れる体制の構築は、前章で述べた不要不急の受診の抑制とは逆の供給面から、救急応需を適正化するための切り口として重要です。当直医が専門外の症例に直面した際に参考となる専門書はいくつもありますが、さらに現場に寄せた試みとして、自院の救急患者に頻度の高い症状や疾病への対応手順を規格化し、医師の専門性によらず診療が容易になるようプロトコルを整備した病院の例11は良い参考となるでしょう。

また、診療に難渋した場合に、専門医への相談と迅速な回答が無料で得られる外部アプリケーションや、放射線科医が不在で読影結果が得られない場合の遠隔画像診断システムなど、外部専門家の知見の活用も一案です。さらに、近年は画像診断AI技術が急速に進展しており、救急医療における活用を念頭に置いたプログラムが実用化を目指し開発中であるほか、令和4年度診療報酬においても、AIによる画像診断補助に関する改訂が行われるなど、技術・制度の両面からAIの実用化と普及を前提とした動きが活発になっています。各医療機関においては、これらの革新的なサービスや技術を忌避するのではなく、むしろ積極的に導入する姿勢が求められます。

(2)応需/不応需基準の設定

救急受け入れの拡大と、応需の線引きを明確にすることとは、互いに矛盾するように見えますが、以下の理由から長期的には当直体制の維持に資すると考えられます。

医師の働き方改革により、医師の供給源たる大学病院および地域支援病院が、これまでのように関連病院に医師を派遣することは困難になると予測されています12。派遣が引き揚げられた病院が救急医療体制を維持しようとする場合、独自採用や人材派遣会社などを通じて新たに医師を確保せねばなりません。これは、病院が労働法上の位置付けが曖昧な医局医師「派遣」による安定供給に依存していた受け身の態勢から、関連法規を十分に理解・遵守したうえで、個々の医師との雇用契約を通じた能動的な労働力確保へと考え方を逆転させねばならないことを示唆しています。

労働市場では、需要者たる病院どうしが賃金はじめ各種の労働条件に基づく競争を繰り広げており、参入には「労働条件の明確化」が必須です。特に他者の助言や増援が得にくい休日・夜間の救急対応における「当直医が対応すべき範囲」は、労働条件の重要要素たる職務内容の一部を成しています。この点を具体的に明示することは、労働契約の内容をより明確にし、医師の応募が増えることで、結果的に当直体制の維持に寄与するでしょう。

なお、不応需基準の設定が医師法第19条に定める応召義務への抵触を懸念する向きもあるようですが、2019年の厚生労働省通知13によれば、応召義務の内容は合理的な範囲内で柔軟に解釈する余地があるようです。通知文を読み解くと、仮に緊急対応が必要な場合であっても、診療が不可能かどうかを判断する際は、当直医の専門性や診察能力、自院の設備状況を含む医療の提供可能性、他の医療機関で代替可能か否かなどの要素を考慮し得るとされています。よって、当直医の熟練度や、個々の病院の物的・人的医療資源の限界、周辺医療機関との関係を踏まえ、あらかじめ応需と不応需の線引きを明示したとしても、その根拠が対外的に説明して納得を得られる程度に合理的であれば、ただちに法令違反となることはないと考えられます。

(3)病院職員に対するインセンティブ付与

当直医に対する経済的インセンティブの付与は、救急受入数自体の増加を促すと想定されます。医師向け求人媒体においても、救急車受け入れ台数や入院数に応じた手当を強調した求人案件が少なくありません。また、患者や救急隊からの要請が医師以外(医療的な判断が必要なため、看護師が担うことが多い)につながる場合は、最終的な受け入れ可否は医師が決定するとはいえ、電話を受ける職員による判断も無視しえないため、これらの職員もインセンティブの対象となり得ます。持続可能性の点では、患者の受け入れにより見込まれる医業収益と、インセンティブを含む人件費との適正な割合を維持する必要はありますが、夜間当直勤務への訴求力を高める方策の1つとして、各医療機関において検討の余地があります。

ここまでは患者と医療機関に着目した対策を述べてきましたが、次章では需要者・供給者から離れ、第三者としての国・地方自治体が救急医療の適正化に向けて果たすべき役割について考察していきます。

Ⅴ 公的機関は、救急応需の適正化に向けてどのような役割を担うべきか

公的機関は、中立の立場から救急医療の供給に携わるさまざまな機関や、需要側の受診者との協働が可能です。実際に、救急医療に関する先進的な取り組みで知られる地域では、行政が医師会や医療機関と積極的に協力して仕組み作りの中核を担った例14が目立ちます。

一方で、公的機関には立法そのものから、制定法規に基づく強制、財政補助、助言による誘導までさまざまな権限・手段が付与されており、この意味では医療機関や受診者とは同一平面上に立たない存在でもあります。よって、国や地方自治体には救急医療の適正化に向け、各種制度の創設・運用・改正を通じた積極的な介入が期待されます。

一例としては、不要不急の受診抑制に関する啓発をさらに進めた方策として、前述の救急医療情報センターの機能強化が挙げられます。現状では、休日夜間に受診可能な医療機関といった限定的な情報提供に留まるセンターがある一方、別の地域では問い合わせ者と個別の医療機関との仲介までを行うなど、都道府県により相当程度のばらつきがあります15。かかりつけ医に最初の受診相談を促す、あるいは自治体単位でクリニックの診療時間や当直医の専門や空床情報などを把握して症状に応じて患者を適切に振り分けるなど、地域の実情に応じた制度の構築・拡大は、地方自治体が先頭に立って推進すべき役割と言えるでしょう。他方、情報提供が充実している自治体であっても、軽症の患者が夜間・休日に救急相談センターに問い合わせたところ、診療中のクリニックが域内に複数あるにもかかわらず、二次救急病院ばかりを紹介されるケースが散見されるため、病診が分担する役割を適切にセンターの運用に反映させることも重要と考えます。

また、前章で触れた医師をはじめとする病院職員に対するインセンティブについても、当社が支援対象とした公立病院の設置者たる自治体が給与条例などを改正することで導入が決定したというケースがあります。このような事例は複数あり、予算措置を伴う制度改正はまさに自治体の権能に属する領域であると考えられます。

上述の点を踏まえ、国や地方自治体には、前例主義や公平性の担保、横並びなどを口実とせず、協調と権限行使を通じて、病院が救急治療の必要な患者を極力断らない体制作りを支援するとともに、不要不急の受診によって医療現場が疲弊しないよう、需給双方を調整する役割が求められます。

Ⅵ 結語

これまで、経済学の概念を用いて、救急医療の適正化に向けた方策を需給の両面で検討してきました。日本の医療保険制度の下では、救急医療を含め、誰もが支払能力にかかわらず等しく医療を受けられる利点がある一方、硬直的な公定価格のため需給が柔軟に調整されず、需要過多による医療現場の疲弊をはじめ、さまざまな歪みをもたらしています。本論で検討した各種の施策が、病院や公的機関において持続可能な救急医療体制を構築する際の一助となれば幸いです。

参考資料

1 総務省 令和4年版 救急・救助の現況

2 日本病院会 救急医療委員会 平成25年度救急医療アンケート調査結果

3 厚生労働省 医療施設調査(2008年・2020年)

4 厚生労働省 医師・歯科医師・薬剤師調査(2008年)・医師・歯科医師・薬剤師統計(2020年)

5 日本病院会 平成 27 年 地域医療再生に関するアンケート調査報告書

6 石橋 悟, 時間外選定療養費導入の効果, 日本医療マネジメント学会雑誌, 2018, 19巻 ,1号

7 消防庁 平成27年度 救急業務のあり方に関する検討会 第3回資料

8 第190回国会 平成28年2月23日衆議院総務委員会 高市国務大臣答弁

9 下開千春,救急車の有料化議論と適正な利用に向けて,第一生命経済研究所ライフデザインレポート,2006 

10 梅原昌宏,山田康夫,患者自己負担率の引き上げによるセルフメディケーション推進に関する研究,医療と社会,Vol.22,No.2,2012

11 岡本健ほか,救急搬送収容拒否の実態に関する前向き検討,順天堂大学医学部浦安病院,2010

12 第88回社会保障審議会医療部会 医師の働き方改革の施行に向けた準備状況調査結果

13 厚生労働省 応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について 医政発1225第4号 2019年12月25日

14 石垣昭彦, 浜松市夜間救急室─37年間365日フル稼働!─, 救急救命,Vol.14,No.1,2011

15 厚生労働省 救急医療情報センターにおける情報提供状況表(2021年4月1日現在)

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

金野 楽

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ