これからの病院経営を考える

第8回 看護師の業務見直しを端緒とした医療機関の働き方改革

  • 2023-06-15

人手不足を要因とする既存業務見直しの必然性

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では、日本の総人口は2100年には現在の半分程度に減少することが見込まれており*1、財務省財政制度等審議会は、人口減少が社会保障制度と財政の持続可能性に「負の影響」を与えることへの危機感を表明しています*2

2100年と言わずとも、既に地方においては、持続可能性への黄信号が灯っています。地方の医療機関の皆様との会話の中で、近年、特に耳にするようになったのが「看護師や看護補助者を募集しても応募がない」という声です。地方においては、人口減少が進む一方、慢性期や介護領域の需要はこれからも伸びる地域が多く、外来や急性期の需要減少を加味しても、近い将来看護師の絶対数が不足し、供給が需要に追いつかなくなる状態が予想されます。追加の人材獲得が難しい以上、今できる対策として既存の業務を抜本的に見直さなければ、いずれ立ち行かなくなることは自明の理です。

図表1 地方都市であるA市における年齢階級別将来人口推計

業務見直しの余地はモデルとなる1~2病棟から始め、効果を可視化することが肝要

業務の見直しにあたっては、そもそも本当にその余地があるのかを見極めるために、最初から病院全体を対象にするのではなく、まずはモデルとなる1~2病棟から調査を始めると着手しやすいでしょう。その際は、①病床回転率が高く業務が煩雑、②診ている診療科が多く他病棟への展開が可能、③看護師長や主任クラスが取り組みに前向きといった基準を満たす病棟を選択することが、今後の展開を見据えると望ましいと考えられます。

図表2 検討ステップの例

また、検討を進める出発点となる「①業務の適正化余地の確認」では、単に担当者に闇雲に聞きまわっても有用な案は生まれてきません。ポイントとなるのは、業務を構造的に捉える切り口を有しているか、意見を引き出すためにどのような仮説を立てるべきか、第三者的な観点に立って臨むことができるかといった点であると考えられます。これらを踏まえたうえで業務適正化の余地を見出すことができるかが、その後の成功の要諦を握っているといえるでしょう。

次のステップ(②)で重要になる点は、業務ごとに効果を可視化することです(年間の短縮可能時間数など)。それによって施策のインパクトや優先度を測ることが可能になります。

ここまで実施できれば、各々の医療機関において取り組むべき課題が必ず見えてきます(③)。例えば、「同じ看護部内でも病棟と手術室で連携が上手くいっていない」「薬剤部が過去に定めたルールを後任の担当者が認識していないまま病棟で運用されていた」「医師事務作業補助者を管轄する部署の担当者が何度も交代するため、補助者の仕事内容を的確に把握できていなかった」など、職種間の関係性や業務の偏りなど、その病院特有の事象を踏まえたうえで、どのように進めていくべきなのかを判断することになるでしょう(④)。

病棟看護業務の見直しが医療機関全体の働き方改革につながる

実際に病棟業務を見直してみると、なぜ今まで実施していたのかと首をかしげるような業務も出てくるかもしれません。PwCコンサルティングがこれまでに支援してきた医療機関では、「何十年も前からやっているから」「前任者から引き継いだのでやっている」というケースがありました。特に入職以来一つの病院で働き続ける看護師が多勢を占める公立病院で、そうした傾向がみられます。

見直しが必要となる業務のうち、病棟看護部内で完結する業務であれば即座に見直しをかければ良いですが、実際には、医師や手術室看護師、薬剤部の指示に依存する業務や、それらの部署との調整が必要な業務が過半であると考えられます(医師の指示待ち、手術室看護師との役割分担が固定的、薬剤部の決めたルールに縛られているなど)。ただし、裏を返せば、それらの部署と調整さえできれば、多くの業務が見直し可能といえます。

そのため、相対的に数の多い看護部の業務見直しから着手することは、院内において業務見直しの雰囲気を醸成させやすいだけでなく、関連する医師や他職種へもその機運を波及させやすいため、結果的に医師を始めとした医療機関の働き方改革には近道であると考えられます。

多くの医療機関が、新型コロナウイルス感染症関連の補助金により利益を確保したと指摘される病院経営から脱却し、自らの力でいかに病院経営の舵を取るべきかを今まさに模索しています。病院経営を持続可能なものとするためにも、病院を支えている医療職の勤務環境改善は必須であり、ぜひ全ての医療機関において勤務環境の見直しに取り組んでほしいと切に願います。

本稿が、医療機関における働き方改革を進めるにあたっての一助になれば幸いです。

参考資料:

*1:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/db_zenkoku2023/db_r5_suikeikekka_10.html

*2:財務省「財政制度等審議会 歴史的転機における財政(令和5年5月29日)」
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20230529/zaiseia20230529.html

執筆者

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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