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日本の通信業界は、成熟市場としての安定性を保ちながらも、その前提が大きく変わりつつあります。収益の源泉は、通信サービスそのものからデータ処理・活用へと移行しています。PwC「グローバル・テレコム・アウトルック2025-2029*」によると、モバイルサービスの収益は2029年にかけて年平均成長率(CAGR)1.1%で489億米ドル、固定ブロードバンド収益もCAGR 0.8%で142億米ドルと、いずれも緩やかな成長にとどまる見込みです。増大するトラフィックと投資負担を十分に吸収しきれず、従来の収益構造には限界が見え始めています。
一方で、成長機会は新たな領域に広がっています。PwC「グローバル・テレコム・アウトルック2025-2029*」によると、IoT市場は2024年の約30.5億米ドルから2029年には3倍超の約98.5億米ドルへと拡大し、生成AI市場も同期間に十数倍の成長が見込まれています。データトラフィック総量もCAGR 9.5%で増加し、2029年には約35.3万ペタバイトに達する見通しです。通信ネットワークを流れるデータ量が大幅に増える中、データをどこで処理し、どのように活用するかが収益を左右する構造へと変化しています。
競争の焦点も、通信サービスそのものから、データ処理、データセンター、AI基盤を含む領域へと広がっています。日本の通信事業者は、投資余力や収益性の制約を抱える一方で、ネットワークと顧客接点という重要な起点を有しています。これは、構造変化の影響を受ける立場であると同時に、その変化に関与できる立場でもあることを意味します。
今後問われるのは、AIやIoTプラットフォームを含む新たな価値領域の中で、どのレイヤーに関与し、どこで収益を確保するのかという判断です。本レポートでは、日本の通信業界の現状を俯瞰した上で、日本市場固有の課題と機会を整理し、ビジネスモデル再構築の方向性を提示します。
日本のモバイル市場は契約数が飽和した成熟段階にあり、PwC「グローバル・テレコム・アウトルック2025-2029*」によると、2024年の契約数は2億2340万件でした。2029年までに2億2690万件とわずかに増加する見込みです。契約数が人口を上回る水準に達していることや価格競争の影響により、収益成長が抑制されやすい構造となっています。
固定ブロードバンドは光回線に収斂した市場構造となっています。PwC「グローバル・テレコム・アウトルック2025-2029*」によると、日本は世界有数の光ファイバー(FTTH)先進国であり、2024年時点でFTTH回線は約4,080万回線となり、固定ブロードバンドの約84%を占めています。この構造は今後も維持され、2029年には約86%に達する見込みです(図表1)。
図表1:固定ブロードバンド回線構成の推移(単位:百万回線)
出所:PwC「グローバル・テレコム・アウトルック 2025–2029」、Omdia
IoT市場では、接続の拡大に加え、データ活用を担うアプリケーション基盤(Application Enablement Platform)が収益の中心となっています(図表2)。今後もその傾向は顕著で、価値の重心は接続そのものではなく、データの分析・活用による業務効率化や新サービスの創出へと移行していくでしょう。
図表2:IoT市場構造の推移(単位:百万米ドル)
出所:PwC「グローバル・テレコム・アウトルック 2025–2029」、Omdia
IoTの価値は接続ではなく、データ活用によって創出されます。
日本の通信市場では、5G周波数などを対象とした周波数オークションの導入や、キャリア以外が利用してきた帯域の終了・移行と5Gなどへの活用方針が、各社のネットワーク投資やサービス展開に影響を与えつつあります。
通信市場では、技術や価格だけでなく、政策・規制が競争の前提条件を形成しています。
通信市場の成熟に伴い、差別化の源泉は通信品質からサービス体験へと移行しています。生成AIの普及により、ユーザー体験はリアルタイムかつ個別最適に高度化し、通信はデータ伝送手段から計算処理を前提とした基盤へと変化しています。
Beyond 5G/6Gでは、こうした流れがさらに進み、超低遅延・高信頼通信を前提とした没入型サービスなどの拡大が見込まれます。
通信事業者の競争は回線品質ではなく、体験提供力が競争力を規定する構造へと移行しています。
通信の価値がデータ活用やサービス体験へと移行する中で、光ファイバーおよび5Gインフラの大規模敷設は一巡し、設備投資は見直しの局面に入りつつあります(図表3)。
図表3:設備投資の構造推移(単位:百万米ドル)
出所:PwC「グローバル・テレコム・アウトルック 2025–2029」、Omdia
光ファイバーおよび5Gインフラの大規模敷設が一巡したことで、新規投資のピークは過ぎ、投資余力はAI、データセンター、エッジコンピューティングといった領域へ再配分されつつあります。グローバルでは、ハイパースケーラーやソブリンウェルスファンドを中心にAI向け計算基盤への投資が急速に拡大しています。日本でも同様の方向性は見られるものの、接続中心の投資から計算基盤を含む価値の重心の変化を踏まえた投資への転換は依然として課題となっています。
通信事業者はAIやデータセンターの重要性を認識しつつも、事業化の進展は限定的にとどまっています。回線依存の収益構造からの転換もなお途上にあり、投資と収益の関係の再設計が求められています。今後は下記の分野で成長の余地があります。
これらの領域は、回線中心モデルからの転換を支える成長機会であり、既存ネットワークの高度化と並行して進展しています。
通信事業者は成長機会と同時に、事業前提を揺るがすリスクにも直面しています。特にグローバルで進む環境変化は日本にも影響を及ぼしています。
接続サービスへの依存が続く中、通信事業者のビジネスモデルは見直しの局面にあります。
グローバルでは、資本制約も踏まえ、どの領域で持続的に収益を生み出すかの再定義が経営課題となっています。具体的には、インフラ、ソリューション、コンシューマサービス、プラットフォームといった機能ごとに事業を切り分け、資本配分と収益責任を明確化する動きが見られます。こうした構造はP/Lの透明性を高め、事業ごとの収益性やコスト構造を可視化しやすくします。一方、通信事業者にとっては、接続機能にとどまらず、ネットワーク、顧客基盤、サービスを一体で提供する垂直統合型の強みも重要です。
日本の通信事業者は垂直統合型の企業グループを維持しており、事業間連携や顧客基盤の共有を強みとしてきました。ただし足元では、垂直統合の強みを維持しながらも事業領域ごとにKPIや組織、ケイパビリティを切り分け、機動的な運営へ移行する動きも見られます。機能分離と経営一体性の両立は容易ではなく、役割分担、権限、資源配分、収益責任の再設計はなお途上にあります。
各事業領域での投資特性や収益モデルは大きく異なっており、同一の枠組みでの運営では最適な資源配分が難しく、資本効率の観点で見直しの余地はあります。重要なのは、水平分業か垂直統合かの二択ではなく、垂直統合型の強みを活かしながら、事業ごとの収益性、投資判断、資源配分をどこまで明確化できるかです。事業を見渡し、「どこで収益を確保するか」という観点で整理していくことが引き続き求められています。
直面している論点は以下に整理できます。
日本の通信事業者の事業領域は、主に以下のとおり整理できます。
事業領域 |
注視すべき観点 |
インフラ領域(通信ネットワーク・接続基盤) |
通信基盤を提供し安定収益を確保する領域。トラフィック増加に対応した容量確保と品質維持に加え、AI・データセンターの需要を取り込むため、どの領域に投資を集中するかの判断が求められます。 |
プラットフォーム領域(データ・サービス統合基盤) |
クラウドやIoTデータ、アプリケーション連携を統合・仲介する領域。パートナー連携を前提に、どのレイヤーで主導権を握り、データやサービスの流通において収益を確保するかが問われます。 |
コンシューマサービス領域 |
金融、エンターテインメント、ライフスタイルなど、ユーザーとの顧客接点を通じて付加価値を創出し収益を拡大する領域。通信単体での差別化が難しい中、他業界企業との連携に加え、通信事業者としての強みをどのように活かして顧客ロイヤルティを高めるかが問われます。加えて、ServeCo的な顧客接点とPlatformCo的なデータ・サービス基盤の連携を深めることで、経済圏全体の活用や収益機会の拡張を図る動きも広がっています。 |
法人ソリューション領域 |
ネットワーク、セキュリティ、エッジを組み合わせ、顧客企業の課題を総合的に解決する領域。産業別ユースケースへの対応力、SIerやクラウド事業者との差別化、継続的な収益モデルの構築が焦点となります。 |
日本の通信事業者は幅広い事業領域を保有しているものの、それが必ずしも収益成長に結びついていないケースが見られます。特に、垂直事業を起点とした周辺領域への拡張や、カンパニー制による事業運営の高度化、さらには経済圏としてのシナジー創出といった取り組みが進められてきましたが、これらが企業グループ内で併存することで、優先順位の設定が複雑化し、投資が分散する傾向が見られます。その結果、各領域における規模拡大や競争力の確立が道半ばにとどまるケースもあります。
一方、グローバルの通信事業者は、「どの領域で担うか」を起点に事業ポートフォリオを設計し、領域ごとに役割と投資方針を明確にしています。インフラ領域には資源を集中させる一方、パートナー活用や事業の切り出しにより効率的に展開するなど、自社で担う領域を明確に切り分けています。その結果、「どのアセットと人材で収益を創出するか」が明確に定義され、資源配分と収益創出が一体的に設計されています。
このように、差は事業の広さではなく、資源配分の設計にあります。日本では複数の取り組みが併存する中で各領域に一定の投資が行われる傾向が見られます。一方で、グローバルでは領域ごとに役割と投資の優先順位をより明確にし、社内外の人材を含めた経営資源を集中させることで、競争優位を確立しています。今後は、「どこで勝つか」という視点の明確化と、それに基づく事業ポートフォリオや資源配分のあり方が、より重要なテーマとなっていきます。
ネットワーク運用、顧客対応、設備計画、保守、データ活用など、事業運営の複雑性が高まっています。この環境下で、運用の高度化と継続的な最適化を支える中核が、AIを前提とした運用モデルへの移行です。
AIは業務効率を飛躍的に高める一方で、新たな負荷も生み出します。データトラフィックは今後も増加し、ネットワーク運用の複雑性は一段と高まります。こうした環境下では、AIを個別のツールとして活用するだけでは不十分であり、運用そのものをAI前提で再設計することが求められます。
AIネイティブ運用とは、ネットワークの計画・運用・顧客対応に至るまで、あらゆるプロセスにAIを組み込み、継続的に最適化を行う運用モデルです。顧客接点におけるパーソナライズの高度化、ネットワーク設計・品質管理の自動最適化、保守・運用の効率化などを通じて、コスト効率と顧客価値の両立を実現します。
その実現には、テクノロジー導入にとどまらない構造的な変革が不可欠です。データ活用やAI運用を前提としたスキルへの転換、継続的なリスキリング、部門横断で意思決定を行う組織への移行など、人材・組織の再設計が求められます。一方で、個別領域でのAI活用にとどまり全体最適に至っていないケースや、レガシーシステムによるデータ分断、チェンジマネジメントの不足といった課題も依然として残されています。このように、ビジネスモデルの再構築を実現するためには、方向性の見直しに加え、それを支える実行能力の再構築が不可欠です。AIネイティブ運用への移行はその中核であり、この実現が通信事業者の成長に大きく影響します。
日本の通信業界を取り巻く前提は大きく変化しています。回線依存の収益構造の見直しに加え、AIワークロードの増大と計算基盤の高度化により、電力制約やデータ主権といった構造的制約が顕在化するとともに、ハイパースケーラーなどクラウド事業者はネットワークと計算基盤を一体で構築し、通信事業者が担ってきた役割の一部を代替しつつあります。その結果、トラフィックの増加が収益に結びつきにくい構造が強まっています。
日本の通信事業者は、ネットワークからサービスまでを内包する事業構造のもとで領域を拡張してきました。コンテンツ、金融、映像、医療への展開に加え、自社経済圏のシナジーを前提とした顧客接点の強化、さらには宇宙や経済安全保障といった新領域への関与も広がっています。こうした展開は成長機会の拡張に寄与してきた一方で、各領域で求められる能力の確保や内製前提の難しさもあり、結果として取り組みが広がり、競争力や収益成長への結びつきが限定的となるケースも見られます。
こうした環境下で問われているのは、「どこで収益を確保するのか」と「どこまで自ら担うのか」という判断です。収益や競争の軸は、トラフィックの伝送から、データ処理や計算資源の活用、サービス統合へと移行しています。すべてを自社で担うことは現実的ではなく、資源を集中する領域と外部企業と連携する領域の切り分けが重要となります。その際には、外部の知見やリソースを活用しながら、自社の能力を段階的に高度化していくアプローチも有効です。
AIワークロードの拡大に伴い、データ処理の所在が収益構造を左右するようになっています。現在は、通信事業者がネットワークでデータを運び、クラウド事業者が処理を担う構造が一般的であり、収益の多くは後者に集まりやすい状況にあります。通信事業者は入口を握りながらも、回線提供にとどまる場合には収益機会が限定されやすくなります。データセンター接続、エッジ処理、運用サービス、顧客接点まで含め、どの領域にどの程度関与するのかが、ポジションを方向づけます。
日本の通信事業者は、ネットワークと顧客接点を起点に、サービス領域への展開、提携、M&A、新会社設立を進めてきました。今後は、こうした取り組みを、データ処理、エッジ、法人向けサービス、顧客接点の収益化にどう結びつけるかが、競争ポジションを左右します。
※本コンテンツは、『Perspectives from the Global Telecom Outlook, 2025–2029』を元にPwC日本独自の内容にしたものです。英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
*: PwC「グローバル・テレコム・アウトルック 2025–2029」、Omdia
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