デジタルとリアルの融合で真の消費者ニーズと向き合う

これからの生保業界における営業変革の方向性

  
  • 2023-05-26

1. はじめに

営業職員は不要になる。AIで最適な提案を出し、Web完結で保険契約を完了させる――。
生命保険の営業の在り方に関して、安易にそんな未来像が語られがちです。しかし、生命保険という商材を通じて長年お客さまと向き合ってきた業界関係者の方々からすれば、そう簡単に定説通りいかない難しさも感じているのではないでしょうか。だからと言って、既存の営業スタイルのままでよいわけでもありません。本レポートでは、生保業界の営業をどのように変えていくべきかについて示唆を示します。

2. 今、なぜ変革に取り組まなければならないのか

長年の積み重ねで確立されてきた既存のスタイルを変えていくには、大変な労力と時間を要します。長い道中を迷わず進むためには、まず「なぜ」変わらなければいけないかを明らかにすることが第一歩でしょう。

デジタルハイタッチエンゲージメントが実現する可能性

Withコロナ時代に突入し、今後も職域への立ち入りや面談機会の確保は従前の水準ほどまでは回復しない難局が続くことが想定されます。とはいえ、シンプルに加入経路のオンライン化が進むかといえば、そう単純な話でもなさそうです。

公益財団法人生命保険文化センターの調査によれば、インターネットを通じての加入を「希望する」と回答した層は増加傾向にあり、2021年には17.4%に達しました。一方、「加入経路実績」に目を向けると、インターネットを通じて加入した割合は2021年で4.0%に留まっており、その割合は近年あまり増加していません。このギャップは、「加入検討初期段階ではオンラインで情報収集するものの、具体的に契約まで考え出す段階で面談を視野に入れる顧客層」が拡大してきていると言えそうです。これは、生命保険という難解で高額な商品において、人間による高度な説明と信頼関係の価値が今なお求められているためであると言えるでしょう(図表1)。

逆に言えば、将来AIなどのデジタルのみを活用した手法で、これまで人間が担ってきた高度な説明と信頼関係の価値を上回るクオリティが実現すれば、話は変わってきます。昨今話題になっている進化した言語生成AIの精度や、保険業界にも登場したアバター相談サービスなどを見ると、そう遠くない未来にデジタルだけで人間を超えるハイタッチエンゲージメントを体現できる姿も現実味を帯びてきています。そのシナリオで進んだ場合、「インターネットを通じて加入を希望する」と回答した層は、一気に購買行動のオンライン化が進む可能性も大いにあるでしょう。

図表1 加入意向のあるチャネルと実際の加入チャネルのギャップ

消費者の納得感を引出す難易度が一層上がる

そもそも「生命保険の必要性を感じない」と考える消費者が増加しています(図表2)。さらに、消費者の保険に対する財布の紐は堅くなっており、「支払ってもよいと考える金額」は年々下がっています(図表3)。

図表2 「必要性を感じないため、生命保険に加入していない」世帯割合
図表3 支出可能保険料の推移

保険に対する財布の紐が堅い中、そもそも消費者のKBF(Key Buying Factor)は、「商品要因」(自分に合った商品だったからなど)が最大になっており、その割合は年を追うごとに高くなっています(図表4)。これは、「真に自分に必要なリスクに最低限だけ加入したい」という意向が強くなっていると解釈できそうです。逆に、社名ブランドや営業職員の提案力による強みで選ぶ消費者は減少傾向にあります。

図表4 直近加入予定の保険加入理由

これらを踏まえると、これからの保険募集においては商品戦略も切り離して考えることはできません。これからの消費者を加入に導くためには、多様化するライフスタイルに対応し、「これがあなたにとって真に必要な保障であり、最低限の保険料負担で提案しています」という納得感を引き出せる商品力を保持する必要がありそうです。

リスクの備えとして想起する手段が「保険」だけではない

経済リスク対処の私的準備として、消費者が自発的に想起する手段が「保険」ではないケースが多くなっています。例として、近年ニーズが高まっている介護保障への準備として、消費者が想起する手段は保険ではなく「預貯金」が最上位であり、「有価証券」と回答する層も相応の割合になっています(図表5)。

図表5 介護保障に対する私的準備手段

同様に、消費者が保険会社に対して求めることも、「保険」の枠を越え始めているようです。生命保険だけではなく「生活設計全般に対する相談にも対応してくれる会社を評価する」と答える層が着実に増えてきています(図表6)。旧来の面談中心による募集スタイルにおいては、ニーズが潜在的なお客さまに対して「保険」のニーズを丁寧に喚起して加入に導くことが可能でしたが、Webで情報収集する消費者にとってはリスクヘッジ手段に業界の垣根はありません。多様なニーズに「保険だけ」で応えるのは無理が出てきそうです。

図表6 直近加入した生命保険会社に対して「生活設計全般に関する相談にも対応してくれる」と評価した割合

3. これからの生命保険募集コンセプト

前章までの内容を鑑みれば、少なくとも当面は従来型のヒトがニーズ喚起から成約までを一気通貫で対応する営業スタイルは残り続けるでしょう。ただ、そのスタイルでは満足を得られない、以下の特徴を持つ顧客層が存在し、かつ今後も増えていくと想定できます。

  • リスク発生時の費用に備える手段が保険商品である必要性を強く感じていない
  • 保険への財布の紐が堅く、加入にあたっては納得感を持って自分で選びたい
  • オンラインで情報収集するものの、成約までをデジタル完結したいわけではない

この新しい顧客層に向き合うために、従来の営業スタイルとのギャップを埋めていくための変革のコンセプトはそれぞれの特徴に応じて3つの方向性が考えられます。

  1. ”One stop” 生命保険の枠を越えたパートナーへ
    保険会社の消費者との接し方の観点においては、生命保険以外も含めて最適な方法の組み合わせをOne stopで提案できる体制の確立が求められます。「保険会社が保険会社の顔をして保険だけを売る」スタイルでは通用しなくなっていくかもしれません。したがって、死亡や医療・介護のリスクのみならず、予防や美容、住居やペット、老後生活など、QOL向上に関わるお客さまニーズを総合的に捉える必要があります。とりわけ真っ先に選択肢になる損害保険やヘルスケアの領域に加え、銀行代理業も候補になります。また、消費者が自発的にたどり着く身近な保険以外の商品・サービスの購買にうまく保険も同居させていく戦略も有効になるでしょう。
  2. “Personalized” 真に必要な最低限の保障
    商品性の観点では、ニッチなニーズも捉えて個別化した提案ができるよう、商品ラインナップをさらに幅広く持ち続ける必要があります。財布の紐が堅い消費者を加入に導くために「これが自分に真に必要な保障であり、最低限の支出での備えを選択することができている」という納得感を醸成できるよう、新規性の高い商品をJust in timeで投入し、売れない商品はすぐに売り止めする「多産多死型」の商品開発・供給体制が求められます。
  3. “Hybrid” デジタルとリアルの融合
    加入までの導き方の観点では、デジタルとリアルを融合したHybrid型で消費者と向き合っていくことが肝要です。「オンラインで情報収集するものの、成約までをデジタル完結したいわけではない」顧客層に適応しつつ、将来的なデジタル・ハイタッチ・エンゲージメント実現のシナリオに備えるために、「デジタル上で顧客と接点を持ち、ニーズを育て、つながり続ける仕組み」を構築しつつ、営業組織の分業体制も高度化して加入に導いていく必要があります。

これまでの内容を図表7に整理します。

図表7  変革のコンセプト

4. 保険会社が今すべきこと

まずは、現在および将来のターゲット顧客層に対してより深く理解し、現状の自社のチャネルアーキテクチャを適切に評価する必要があります。Webからのリード獲得比率はどの程度か、商品開発~投入のリードタイムは長すぎないか、保険以外のタッチポイントからリード獲得ができているかなど、3つのコンセプトごとの打ち手の網羅性や成熟度を確認し、それらが今後の消費者の満足を得られる水準に達しているか直視することが第一歩となります。既に取り組んでいる領域においても、その成果が十分ではない場合は、何が不足しているのかを特定し、対策を検討する必要があります。

その上で、各社の事業特性を踏まえて、取り得る打ち手の優先順位や必要な取り組み深度を定め、ユニークな競争優位性の構築手段を模索しなければなりません。将来の最適なプロダクト/チャネル/カスタマーミックスを定義し、ギャップ評価、移行計画策定、実行へと移していきます。また、各方策を実行していくにあたっての課題を整理し、必要なリソース・ケイパビリティを十分に保持できているかを整理すべきでしょう。

5. おわりに

これまで生命保険業界が長年の努力で作り上げてきた対面販売モデルは非常に強固であり、大変優れたものであるがゆえに、今なお業界の中心であり続けています。しかし、強固だからこそ作り替えていくには相応に長い時間を要することになるでしょう。今はまだ販売実績に深刻な影響が出ていなかったとしても、消費者や環境の変化を直視して早期に変革に着手していくべきだと考えます。PwCコンサルティング合同会社としても保険募集の変革を全力で支えていくべく、必要なケイパビリティを高めて支援に取り組んでいきます。

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執筆者

田村 公一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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垣内 啓子

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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吉田 恒平

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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大須賀 英之

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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岡田 浩介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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佐藤 一也

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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