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今号では、FCAが発表したLIBORの公表停止および代表性喪失のスケジュールのほか、シンセティックLIBORの取り扱いに関するポリシーステートメント、FRBが公表したLIBOR移行準備にかかる監督指針について解説します。
英国金融行為規制機構(FCA)は、今後のLIBORの恒久的公表停止および代表性喪失の予定を公表しました。この公表はLIBORの運営機関であるICE Benchmark Administration(IBA)が行っていたLIBOR公表停止にかかる市中協議の結果を反映したものです。FCAの発表には、全35のLIBORのテナーの将来の恒久的公表停止または代表性喪失に関する宣言が含まれています。
いくつかのLIBORについては、恒久的な公表停止ではなく、代表性喪失が公表されたことで、シンセティックベースによる公表継続の道が開かれました。英国議会で現在審議中の金融サービス法案の下では、FCAは基礎となる市場における代表性を喪失したLIBORの公表継続を可能とするよう算出方法を変更する権限を得ます。FCAはシンセティックLIBORについて、パネル銀行からの呈示に依拠せず、LIBORの代替金利であるリスク・フリー・レート(RFR)をフォワードルッキングなターム物に調整し、それにLIBORとRFRの間の経済的差異を考慮したスプレッド調整値を加算した計算ベースの手法を基礎とする意向を示しています。
スプレッド調整値の計算には、国際スワップデリバティブ協会(ISDA)のIBORフォールバックプロトコルの下でLIBOR参照デリバティブ商品向けに開発した方法が用いられると考えられています。この方法は、フォールバックのトリガー発動日を基準として過去 5 年間にわたるLIBOR と対応テナーの後決め複利RFR の間の差分の中央値をもってスプレッド調整値とするものです。フォールバックプロトコルは2021年1月に新規デリバティブ取引のマスター契約に組み込まれました。
また、市場参加者はISDAのIBORフォールバックプロトコルに署名することで、取引当事者の双方が同プロトコルを批准している場合、これらのフォールバックにより既存の取引文書の修正が可能となっています。
新しいフォールバックを含む契約では、実際の公表停止日までLIBORが代替金利指標に置き換わることはありませんが、FCAの声明は2023年6月末まで公表される予定の米ドルLIBORの一部テナーを含む全LIBORテナーのISDAのスプレッド調整値を確定するものです。
当時FCA長官であったAndrew Bailey氏が初めて「LIBORの2021年末以降の公表を保証しない」という指針となるスピーチを行ってから、かなりの時間が経過しました。このスピーチ以降、約4年間にわたり、世界中の市場参加者・業界団体・規制当局はLIBOR公表停止の可能性に向け準備を進めてきましたが、2021年3月5日、その可能性は現実のものとなりました。
しかしながら、最終的な着地は当初予想されていたものとは全く異なるものになりそうです。英ポンドおよび円LIBORについてはシンセティックベースでLIBORの公表を継続することで、公表停止前に対応することができないタフレガシー契約に関連するリスクの軽減が期待されています。米ドルLIBORについては2023年 6月末までパネル銀行がレートを呈示することにより、市場参加者がLIBORを参照する既存契約を修正する時間的猶予が生まれます。驚くべきことに、FCAはいくつかの米ドルLIBORテナーについて2023年6月末以降もシンセティックベースで公表することを検討する可能性を示唆しています。米ドルLIBORの公表が2023年までではなく、それ以降も継続されるかもしれないという見込みに基づき、一部の市場参加者はレガシー契約の事前移行への取り組みを先延ばしにしようとするかもしれませんが、これは適切ではありません。LIBORの恒久的な公表停止時に契約上のフォールバックを行う際の経済的な挙動が明確となったこともあり、今後は市場参加者の既存契約を修正する動きが進むと考えられます。代替金利への転換後の経済価値に関するアンカーが明らかとなったことで、市場参加者は今後数カ月の間に既存のキャッシュ商品の事前移行を進めることができるでしょう。
現時点で、LIBORからの移行に向けた取り組みが遅れている企業はそのリスクを認識しなければなりません。一部のLIBORはシンセティックベースでの公表が2021年末以降も継続される見込みです。これは修正が困難(あるいは不可能)な既存ポジションのリスクを管理する上では有効ですが、2021年末以降の新規発行商品に使用することはできません。米国・英国を含む世界各国の規制当局は市場参加者が2021年末以降に新規発行される商品にLIBORを使用しないことを期待しており、その姿勢は変わっていません。今回の公表によって、代替金利指標への移行に向けた市場参加者へのプレッシャーと期待がさらに高まるでしょう。
長い間、市場参加者はLIBOR公表停止についての詳細を求めてきましたが、今回の発表により、それが明確になりました。多くの企業はLIBORからの移行について他の企業が行動を起こすのを待ち、様子見の姿勢をとり、中には先行企業に追随する意向を示している企業もありますが、今回の公表によりゴールが明確に見えてきました。
LIBOR |
テナー | パネル銀行呈示義務終了日 |
シンセティックLIBOR公表開始・終了日¹(予定) |
||
期日 |
恒久的停止/代表性喪失 | 開始 | 終了² | ||
CHF |
全て | 2021年12月31日 | 恒久的停止 | 該当なし | |
EUR |
全て | 2021年12月31日 |
恒久的停止 | 該当なし | |
GBP |
翌日物、1週間、2カ月、12カ月 | 2021年12月31日 |
恒久的停止 | 該当なし | |
1カ月、3カ月、6カ月 |
2021年12月31日 |
代表性喪失 |
2022年1月1日 |
2031年12月31日3 |
|
JPY |
翌日物、1週間、2カ月、12カ月 |
2021年12月31日 |
恒久的停止 |
該当なし |
|
1カ月、3カ月、6カ月 |
2021年12月31日 |
代表性喪失 |
2022年1月1日 |
2022年12月31日 |
|
USD |
1週間、2カ月 |
2021年12月31日 |
恒久的停止4 |
該当なし |
|
翌日物、12カ月 |
2023年6月30日 |
恒久的停止 |
該当なし |
||
1カ月、3カ月、6カ月 |
2023年6月30日 |
代表性喪失 |
2023年7月1日5 |
2033年6月30日3,5 |
1. 今後のFCAの協議が前提
2. 各LIBORテナーは、シンセティックLIBORの公表終了後、恒久的に公表停止
3. FCAは、年1回の見直しを条件に、10年を上限としてシンセティックLIBORの公表を強制する権限を認められている
4. ISDAフォールバックでは、2021年末から2023年6月30日までの間、計算代理人が線形補間を用いて1週間および2カ月の米ドルLIBORテナー値を算出し、(ターム)調整後RFRにスプレッド調整を加えた値にフォールバックする
5. FCAは、英国のベンチマーク規制(BMR)で提案されている権限を行使し、2023年6月30日以降も、シンセティックベースの1カ月、3カ月、6カ月の米ドルLIBORテナーの公表継続を要求するか「検討する」と述べている
FCAは英国議会にて現在審議中の金融サービス法案に基づきFCAに付与される権限をどのように行使するのかについて、2つのポリシーステートメントを公表しました。昨年の市中協議に続き、今回の声明ではベンチマーク規制(BMR)23a条に基づき代表性を喪失した金利指標を指定し、23d条に基づき重要な金利指標への変更を要求するというFCAの今後のアクションに関する考慮事項が提示されています。FCAに付与される権限により、一部のLIBORはパネル銀行の呈示に依存しないシンセティックベースでの公表継続が可能となります。
このポリシーステートメントでは、FCAがシンセティックLIBORにかかる決定を行うにあたり、さまざまなステークホルダーへの影響を考慮することが繰り返し述べられています。これには、当該金利指標の利用者のみならず、運営管理者やパネル銀行、消費者、当局およびその他の幅広いステークホルダーへの影響も含まれています。加えてFCAは、全ての市場参加者にとって公正な結果を確保するために必要な国内調整の重要性に留意しつつ、英国外のステークホルダーへの影響も考慮する意向であることを随所で強調しています。FCAは権限の行使に関するあらゆる決定を行うにあたり、消費者保護と市場の健全性を維持し、影響を受ける当事者に混乱をきたすことがないよう最善の解決策を求めるという目的を考慮するでしょう。
またFCAは、 2021年第2四半期に、新たな権限の行使、特にシンセティックLIBORを利用する際の制限についてさらに市中協議を行う予定です。このような制限の主なポイントには、シンセティックLIBORの参照を継続できるタフレガシー契約のスコープの定義が含まれます。本ポリシーステートメントでは、契約の期間、性質、複雑性や契約当事者の知識の成熟度、契約移行の実現可能性などが、タフレガシー契約のスコープの定義を考慮する際に影響を及ぼすとしています。
FCAは新たに付与される権限に関連し、本ポリシーステートメントの背景をまとめた文書を公表しています。この文書は、さらなる市中協議の実施とBMRを修正するための立法プロセスの進展とともに更新されていくと考えられます。
シンセティックLIBORの利用が許容される契約のスコープの明確化は、市場参加者にとって最大の未解決問題です。FCAは透明性の維持を約束しながら、さまざまなステークホルダーの意見に耳を傾けるとしていますが、そのプロセスは長期にわたります。2021年末のLIBOR公表停止が明確となった今、シンセティックLIBORが幅広い契約に利用できるようになると期待している市場参加者は、FCAが最終的に決定するスコープの定義が予想よりも狭くなるリスクを抱えることになります。スコープが確定した段階でシンセティックLIBORが利用できないと判明した「修正が困難な契約」については、修正する時間がほとんど残されていない可能性があります。規制当局は長い間、LIBORの公表停止に先立ってLIBORエクスポージャーを最小限に抑える努力をするよう市場参加者に促してきました。多くのレガシー契約を2021年末以降も残しておくことは、規制当局の期待に反することになります。
国や地域を越えた明確性や一貫性を望む市場参加者は、FCAが英国内だけでなく国際的な調整に取り組んでいることを歓迎するでしょう。しかし結局のところ、FCAが規制できるのは英国内のみです。FCAは日本円シンセティックLIBORの公表を強制する権限を行使すると公表していることから、英国外における秩序ある移行を支援する意思はあるようですが、一方で日本円シンセティックLIBORの公表を1年に限定していることからは、英国外のLIBOR移行支援には現実的な限界があるのがうかがえます。
2023年6月末以降に公表される可能性のある一部の米ドルシンセティックLIBORについては、当局間の国際的な調整に注目が集まるでしょう。米国では、米国市場におけるタフレガシー契約に対処するための立法的救済案が検討されていますが、この救済措置が米国外の米ドルLIBORエクスポージャーに適用される可能性は低いでしょう。シンセティックLIBORは米国内のタフレガシー契約に対する歓迎すべき解決策になると考えられますが、米国における立法的救済措置とどのように相互作用するのかはまだ分かりません。
シンセティックLIBORの利用にはいずれの通貨でも課題と不確実性があり、全ての企業、とりわけシンセティックLIBORを広範な契約に利用することを期待していた企業に戸惑いをもたらしています。規制当局や業界団体はこれまで企業に対し、契約の修正を可能な限り事前に行うべきと助言してきました。シンセティックLIBORが、このような助言に耳を傾けてこなかった企業を救うことになるかは定かではありません。
米国代替参照金利委員会(ARRC)は、IBAおよびFCAによるLIBORの公表停止と代表性喪失に関する発表を、ARRCが推奨する変動利付債、証券化商品、シンジケートローン、相対ローンのフォールバック条項における「指標移行イベント(Benchmark Transition Event)」と見なすとする声明を公表しました。この判断に至った根拠は、付属のFAQ文書で詳しく説明されています。
ARRCが推奨する相対ローンやシンジケートローンのフォールバック条項、および現在のビジネスローンに含まれるさまざまなフォールバック条項において、貸手や管理エージェントは契約当事者に対しLIBOR公表停止に関する発表がなされたことを通知しなければなりません。また、修正アプローチに依拠する契約の場合、今回の発表によって貸手と借手が代替金利指標の交渉プロセスを開始することが可能になります。
LSTA(Loan Syndications & Trading Association)は、貸手および管理エージェントが通知義務を果たすために使用することを目的とした、標準的な通知文言(会員のみアクセス可能)を公表しています。
今回の発表を受けて、複数の金融機関が顧客への通知を開始しています。特に、LSTAの標準的な通知文言は、通知を行う契約上の義務の有無にかかわらず、広範な取引先への使用に適していることから、通知の取り組みは今後さらに拡大・加速していくと考えられます。以前述べた通り、全ての顧客に対してこのような通知を行うことは、多くの企業にとって運用やビジネス、または顧客関係の面で有益となるでしょう。
ARRCが明確な声明を出さなければならないと考えたのは、実態をよく物語っていると言えます。おそらく、市場参加者がLIBOR公表停止に関する声明について異なった解釈をすることを少なからず懸念していたのでしょう。ARRCが推奨するフォールバック条項の他にも、個別かつ複雑で、ときに曖昧なフォールバック条項を含むローン契約の解釈は容易ではありません。カスタマイズされた契約条項はもちろんのこと、標準的な条項からのわずかな逸脱が、当事者の契約上の義務を変えてしまうことがあります。「悪魔は細部に宿る」のです。
米連邦準備制度理事会(FRB)は、検査官が企業のLIBORの移行準備にかかる進捗状況を評価するサポートとして、監督書簡SR21-7を公表しました。この書簡では、資産規模が 1,000億米ドル未満の企業と 1,000億米ドル以上の企業に対する、1)移行計画、2)エクスポージャーの測定とリスク評価、3)事務の準備、4)法的契約の準備、5)顧客コミュニケーション、6)監督という6つの評価項目の概要が示されており、大規模な金融機関には、より高い水準での準備が期待されています。
この書簡は、米国外の銀行(Foreign Banking Organizations:FBO)を含む、FRBが監督する全ての企業に適用されます。継続的なモニタリングの一環として、銀行は特に代替金利指標を参照する取引にかかる事務を整備するための予算やエクスポージャーモニタリング、リソース、コンティンジェンシープランについて問われることが予想されます。ガイダンスでは、取締役会や経営会議において移行の進捗状況の定期的な報告が求められており、プログラムの監督に重点が置かれています。米国内における資産規模が1,000億米ドルを超えるFBOにおいては、LIBORのエクスポージャーを米国外の親会社のエクスポージャーと比較した上で、米国のCRO(Chief Risk Officer、最高リスク責任者)およびリスク管理委員会に対し進捗状況の報告が求められます。昨年末に公表された新規契約における米ドルLIBORの使用に関する省庁間ガイダンスと同様に、FRBはLIBORからの移行が進まない場合、個々の企業だけでなく、金融システム全体の安全性と健全性のリスク(safety and soundness risks)が生じる可能性を示唆しています。検査官は、企業が2021年12月31日までに米ドルLIBORの新商品の発行を中止する準備が完了していないと思われる場合には、直接的な監督上の措置を検討するよう求められています。
今回の書簡で示されたFRBの期待は、OCCによる自己評価ツールやARRCによる担保付翌日物調達金利(SOFR)参照のためのチェックリストなど、他の規制当局による既出のガイドラインや業界団体の発表に沿う内容となっており、驚くべきものではありません。しかし今回の書簡では、企業に対して移行に向けた努力を強化するよう改めて求めるなど、LIBOR移行にかかる独自の課題が強調されており、一部ではきわめてはっきりと示されています。より大規模な企業の上級幹部に対し「LIBOR 移行計画を遅滞なく実施するための適切な予算と人員を確保すべき」という期待を明示していることは、LIBOR移行を真剣に捉えてほしいというFRBのメッセージと言えるでしょう。新規のLIBOR参照取引停止の期限である年末はすぐにやってきます。予算やリソースの欠如は準備不足の言い訳にはなりません。
またFRBが公表した書簡において特筆すべきは、さまざまなシナリオに対応する体制を整えるようアドバイスをしていることです。計画的な準備に焦点を当てることは珍しくはありませんが、不測の事態に対する計画にも明確に言及しているのは、規制当局がオペレーショナルレジリエンスを強調するようになってきたことの現れと言えます。企業はLIBOR移行の準備を進める中で、オペレーション上の依存関係の課題に直面しており、遅延や複雑化に対応する計画が求められています。例えば複数の企業が、RFR参照商品のコンベンションに対応するシステムや、モデルの拡張とテクノロジーを使った契約条項の評価をベンダーに依存しています。フォワードルッキングなタームSOFRの登場を期待して様子見のアプローチをとっている企業もあります。しかし今回の書簡は、企業は外部要因に頼るのではなく、不確実性を考慮した上で準備を進めるべきであることを示しています。
執行措置の可能性が示されたことから、企業が米ドルLIBORを参照する取引を2021年12月31日までに停止するという目標の達成に、当局が確固たる期待を持っていることが明確になりました。
FRBはLIBOR公表停止日以降に満期を迎える契約で十分なフォールバック条項が組み込まれていない既存取引について、頑健な事前移行戦略を策定するよう推奨しています。しかしながら、経済的な観点から言えば、企業は2021年以降に満期を迎える全ての既存のLIBOR参照取引への対策を検討したほうがよいでしょう。今回のFRBの書簡によって2021年末までに新規のLIBOR参照取引を停止するという期待が確実なものになったことで、市場参加者は米ドルLIBORの流動性に悪影響が生じ得ると想定すべきです。ヘッジ手段の流動性は現在の数分の一になる恐れがあり、米ドル LIBORエクスポージャーのリスク管理は高コストになる可能性があります。
LIBOR移行の準備が遅れていると検査官に判断された企業は、2021年末まで当局によって注視されることになると考えるべきでしょう。移行のマイルストーンとしては2021年12月31日に焦点が当てられていますが、ARRCのベストプラクティスにおいて、LIBORを参照するビジネスローン、証券化商品(CLOを除く)、LIBORリスクを増加させるようなデリバティブの新規取引停止が2021年第2四半期に設定されていることを考えると、企業は実際には年末よりかなり前倒しして新しい後継金利への移行を完了する計画を立てなければなりません。
※本コンテンツは、PwCが2021年3月に発刊した「LIBOR Transition Market update: March 1-15, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。