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「2025年 DX意識調査―ITモダナイゼーション編―」は、2021年に開始し今回で5回目の調査となります。本調査は、日本企業におけるDXとIT変革の実態を継続的に捉えることを目的としています。生成AIやクラウドなどは日進月歩で進化する一方、今回の調査では、DXの成果を「期待通り、もしくは期待以上」(以下、「期待通り以上」)と回答した割合は38%、デジタル人材育成においては15%にとどまりました。2024年と比較して大きな進展は見られず、新技術の広がりがDXの成果やデジタル人材育成に十分結び付いていない実態が浮き彫りになりました。経済産業省の「DXレポート(2018年)」が警鐘を鳴らした「2025年の崖」をこのままでは越えられない懸念が拭えません。本レポートは、調査結果を基にDXやIT変革に関して日本が直面する課題と今後の方向性を多角的に分析し、次の一手を考えるためのヒントを提供することを目指しています。今回は、とりわけ停滞が見られる(ITモダナイゼーション成熟度が相対的に低い)企業群に焦点を当て、現場で直面するボトルネックを明らかにするとともに、その克服に向けた方向性を示し、アクションにつながる示唆を提示します。調査結果から浮かび上がった課題の輪郭を正確に捉え、必要な議論を深める材料にしていただけると幸いです。
冒頭で示した全体傾向を踏まえ、本章では、まず調査の概要とITモダナイゼーション成熟度の全体像を概観します。
今回の調査は、売上500億円以上の企業に属しITモダナイゼーションに関与する課長級以上を対象にWeb調査を実施し、500名から回答を得ました。製造、流通、金融を中心に、幅広い業界・部門からの回答で構成されています(Appendix-1)。
調査結果については、ITの俊敏性と弾力性を重視し、「アジャイル開発手法」「パブリッククラウド」「クラウドネイティブ技術」の3要素の活用度合いに基づいて、ITモダナイゼーションの成熟度を「先進(3要素を全社的に活用中)」「準先進(3要素を一部の領域で本番活用中)」「その他」に分類しています(Appendix-2)。2025年時点の成熟度分布は、「先進」が8%、「準先進」が47%、「その他」が44%となっており、2024年から「先進」「準先進」ともに各1ポイント低下しました。2023年以降、進展は見られず、むしろ小幅な後退が確認されました(図表1)。
図表1:ITモダナイゼーション成熟度の過去5年の推移
この停滞は、ITを「業務効率化を支える機能」とみなす従来の前提から、ITを「競争優位の源泉」として再定義する動きが、全社的に十分に浸透しきれていないことを示唆しています。DXの成功はテクノロジー導入にとどまりません。生成AIや各種自動化ツールなど最新技術の活用に加え、業務部門とIT部門の役割の再定義、俊敏性や利用者満足度といったITの評価指標の再設定、デジタル人材に求められるケイパビリティの定義・育成、人事評価プロセスの再設計など、プロセス・人材・組織に及ぶ変革が不可欠です。こうした抜本的な見直しに踏み込めるかどうかが、次の一歩の鍵となります。
また、DXの成功には、「What(やることを変える)」と「How(やり方を変える)」の両輪が欠かせません(図表2)。最新のテクノロジーを活用した新たなサービスの創出といった「What」の取り組みだけでは、継続的な顧客価値の提供にはつながりにくいと考えます。業務とITの一体運営、システム開発の内製化・アジャイルの推進、生成AIや自動化の運用定着など、「How」の変革が伴ってこそ、俊敏で弾力性の高いIT活用が実現します。本章で示した成熟度の足踏みは、まさにこの両輪の不均衡を示唆しているといえます。
次章では、調査結果に基づき、成果創出の実態を掘り下げます。
図表2:DXを成功に導く2つの視点
今回の調査では、DXの成果を「期待通り以上」と回答した企業の割合は全体の38%にとどまり、前年から3ポイント低下しました(図表3)。一方で成熟度別に見ると、「先進」は93%、「準先進」は47%、「その他」は21%が「期待通り以上」と顕著な差が見られました。全体としては後退が見られる一方で、成熟度の3要素(アジャイル開発手法・パブリッククラウド・クラウドネイティブ技術)を全社的に活用している企業ほど、着実に成果を上げていることが改めて確認されました。
図表3:DX成果を「期待通り以上」と回答した割合の2024年との比較
一方で、デジタル人材育成は依然として大きな課題です。「期待通り以上」と回答した割合は、2024年から2ポイント改善したものの、全体で15%にとどまっています。2023年以降、大きな進展は見られず、また成熟度間の差も引き続き大きいことから、組織全体での能力底上げが進んでいない様子がうかがえます(図表4)。
図表4:社内のデジタル人材育成に関して「期待通り以上」と回答した割合の過去3年の推移
DXの成果とデジタル人材育成に関しては高い相関が確認されました(Appendix-3)。しかし、デジタル人材育成の障壁は、2024年と概ね同様で、解消に向けた有効な施策が打ち出せていないことを示しています。具体的には、以下のような声が多く挙がっています(図表5)。
図表5:デジタル人材育成における社内の障壁に関する2024年との比較
デジタル人材育成の重要性は広く共有されているにもかかわらず、日常業務との両立、実践機会の提供、責任主体の明確化、経営レベルのコミットメントといった変革の基盤が十分に整備されていないことが、DXの成果の伸び悩みにつながっていると考えます。
その一方で、生成AIの活用は着実に進展しています。PwC Japanグループが実施した「生成AIに関する実態調査2025春 5カ国比較」によれば、「社内で生成AIを活用中」もしくは「社外に生成AIサービスを提供中」と回答した層は過半数を占め、前回調査から13ポイント増加しました。生成AIの活用は日本でも着実に浸透してきていることがうかがえます(図表6)。
図表6:「社内で生成AIを活用中」または「社外に生成AIサービスを提供中」と回答した割合の過去3回の調査の推移
一方で、生成AIの活用拡大が、必ずしもDX成果の加速に直結していない点には留意が必要です。今回の調査では、DXの成果を「期待通り以上」とする回答は全体で38%にとどまり、デジタル人材育成を「期待通り以上」とする回答は15%に低迷しています。一方、アジャイル開発手法・パブリッククラウド・クラウドネイティブ技術の3要素を全社的に活用する企業ほど、DXおよびデジタル人材育成の成果は高まります。生成AIの活用は広がっているものの、その効果を継続的な価値創出へと結び付けるためには、組織運営や開発・運用の「How」の変革を伴わせることが不可欠です。
では、何がこの「How」の実装を阻んでいるのか。次章では、全体の中で停滞を象徴する「その他」セグメントに焦点を当て、その実態を詳述していきます。
第1章・2章で示したとおり、全体ではITモダナイゼーションの成熟度が停滞し、DXの成果およびデジタル人材育成成功の割合も大きな進展が見られていません。なかでも「その他」は停滞を最も色濃く体現しており、複数の指標が同時に低位に張り付くことで、相互に影響を及ぼす負の連鎖に陥っていると推察します。具体的には、DXの成果を「期待通り以上」と回答した割合は21%(図表3)、デジタル人材育成成功の割合はわずか2%(図表4)にとどまっています。
生成AIの適用に関して、「その他」は議事録作成やベストプラクティスの収集など、ITに付随する周辺業務での利用にとどまる傾向が強く、「先進」「準先進」が同時期にコア領域への適用を拡大している状況との差が鮮明になっています。具体的には、コード生成への活用は2024年比で「先進」が16ポイント増、「準先進」は7ポイント増だった一方、「その他」は1ポイント増加にとどまっています。既存システム解析の活用についても「先進」「準先進」がともに2024年より増加している中、「その他」は2024年から2ポイント減という結果となりました(図表7)。
生成AIの活用がITの付帯業務にとどまり、ビジネス効果の大きいコア領域に広がらないため、開発生産性の向上やレガシー刷新などに結び付きにくい構図となっています。
図表7:生成AIを「コード生成」および「既存システム解析」に活用している割合の2024年との比較
「アジャイル開発を全社で活用もしくは全社展開準備をしている」割合は、「その他」で14%にとどまり、「先進」「準先進」と大きな差があるだけでなく全体の45%と比べても著しく低い結果となりました。過去3年の推移で見ても、「全社で活用もしくは全社展開準備」に達している割合は「その他」で低位に張り付いています。クラウドネイティブ技術の活用においても同様の傾向(図表8)であり、個別の成功事例があったとしても、全社標準や共通基盤として定着しなければ、全社的な継続的価値創出につながらない実態を示唆しています。
図表8:アジャイル開発およびクラウドネイティブ技術を「全社で活用もしくは全社展開準備をしている」割合の過去3年の推移
俊敏性の基盤となる開発・運用のエンジニアリング指標も見劣りしています。アプリケーションの開発環境払い出しや構成変更に要するリードタイムについて、「1週間以内」と回答した割合は「先進」の98%、「準先進」の73%に対し、「その他」は37%にとどまっています(図表9)。開発環境の準備に時間がかかると、着手や検証のサイクルが遅延し、結果として意思決定からアプリケーションリリースまでのリードタイムが長くなります。
さらに、アプリケーションの更新頻度について「1週間以内」と回答した割合も「先進」の91%、「準先進」の52%に対し、「その他」は23%(図表9)と低く、日々の業務変化にシステムが追随できていない状況がうかがえます。DXに不可欠な市場変化への俊敏な対応が、環境整備リードタイムの長さと更新の滞りによって阻害されていると考えます。
図表9:開発環境整備のリードタイムおよびアプリケーションの更新頻度を「1週間以内」「1週間に1度以上」と回答した割合
一方で、システム開発の内製化は「その他」でも過去3年で13%→16%→21%と着実に伸びており改善の兆しが見えます(図表10)。もっとも水準はなお2割程度にとどまり、現時点では変革のテコとして十分とはいえません。とはいえ、内製化の進展はデジタル人材育成に寄与し、アジャイル開発手法やクラウドネイティブ技術の全社展開、生成AIの適用領域の拡大を推進するための「基礎体力」になり得ます。現段階では「How」の不十分な変革が成果の伸びを抑制していますが、内製化をテコとすることでDXの成果は徐々に高まっていくと想定されます。
図表10:システム開発において「企画、開発、運用全てを自社社員で実施」と回答した割合の過去3年の推移
本章では、今回の調査から読み取れる「その他」の結果に着目し考察しました。総じて、「その他」の停滞は、技術そのものの不足ではなく、技術を価値に変換する「How」が変わっていないことに起因していると考えます。具体的には、内製化比率が低く、デジタル人材育成が進んでいないため、生成AIの活用は周辺業務に偏在するなど、新しい技術や手法の活用が限定的です。そのため、環境整備リードタイムが長期化し、アプリケーションの更新頻度が上がらず、仮説検証の速度が低下。継続的な価値提供につながりにくく、結果としてDX成果も上がりにくい負の連鎖に陥っています(図表11)。
成果実感の薄さが経営の意思決定を慎重にさせ、DX投資と人材育成が加速しない状況を招いている可能性があります。次章では今回の調査結果と私たちの知見を基に、この悪循環からいち早く抜け出し、DXを成功させるための提言を示します。
図表11:本調査から読み取れる「その他」が陥っている負の連鎖
今回の調査が示すとおり、日本企業ではITの近代化が停滞しており、DXの成果や人材育成も伸び悩んでいます。本章では、その要因を「経営におけるITの位置付けの見直し不足」と捉え、ITを裏方ではなく「競争優位の源泉」として再定義するための具体策を示します。いまやITは二次元コード決済サービスや、ライドシェア、動画配信サービスのように、ITそのものがサービスの中核になり、使い勝手や新機能投入のスピードがそのまま事業競争力に直結します。
この前提に立てば、オペレーション戦略は、従来の「人や設備の最適配置・稼働率重視(リソース効率)」から、「価値提供までのリードタイム重視(フロー効率)」へ軸足を移す必要があります。マネジメントスタイルも、これまでの「期限と予算を守って作って終わり」というプロジェクトマネジメントスタイルから、「顧客に使われ続ける価値を、試し、学び、作り直しながら高め続ける」プロダクトマネジメントスタイルへ切り替える必要があります。何を作るか(What)だけでなく、どう作り、どう運用し、どう学び続けるか(How)を、経営と現場の共通原則として定めることが、成果を持続させる最短ルートだと考えます。
さらに、生成AIやクラウドが普及し、デジタルスキルはもはや特定の専門家が有するものではなく、全社員がビジネスを推進する上でのコアコンピテンシー(いわゆる読み・書き・そろばん)となったといっても過言ではありません。このような背景を鑑みるとIT関連組織の役割そのものを、抜本的に見直す時期が来ています(図表12)。
図表12:位置付けが変わったIT
従来は、事業部門が要求事項を整理し、IT部門がそれを精査した上で、外部ベンダーを活用してシステムを開発・運用するという役割分担が一般的でした。しかし、市場環境の急速な変化が常態化した現在、提供価値を迅速かつ継続的に届けられるように、これらの役割を再定義する必要があります。
事業部門は、顧客体験や業務の単位で「サービス」を定義し、サービスオーナーとして利用状況や満足度、コストや収益に責任を持ち、自律的に高速な仮説検証サイクルを回す体制へ移行します。そのため、サービス単位で企画から開発、運用、改善までを継続して担うクロスファンクショナルなサービスチームへ転換していくことが求められます。
一方、IT部門は、事業部門内のサービスチームが仮説検証を高速かつ安全に推進できる仕組みを整備する役割を担います。
この役割を果たすために、現状のIT部門を3つのチームに再編成します。
このように、事業部門がサービス単位で継続的に価値を提供することに専念し、IT部門がプラットフォーム提供・自走化支援・専門技術支援で前線を下支えする体制へ移行する(図表13)ことで、仮説検証の速度と品質を引き上げ、全社としてDXを加速させることが可能になります。
図表13:事業部門とIT部門の新しい役割分担
役割を再定義したとしても、従来のやり方のままでは、継続的に価値を生み出す組織への転換は進みません。新しい役割・体制を有効に機能させるには、以下4つの変革が必要になります。
継続的に価値を提供するためには、従来のプロジェクトマネジメントからプロダクトマネジメントに移行する必要性を前述しました。ただし、それだけでは「方向は良いが学習サイクルが遅く変化に追いつけない」という課題が生じるリスクが残ります。そこで、環境や顧客ニーズが変化し続けることを前提に、短いサイクルで価値の小さな単位を届け、実測データとフィードバックを基に方針とやり方を継続的に改善するアジャイルな働き方も併せて導入する必要があります。この2つを両輪として取り組むことで「正しい問題に、十分に素早く到達する」ことが可能になり、利用者に継続的な価値を提供できるようになります。
従来の「計画駆動型プロジェクトマネジメント」と、「アジャイル型プロダクトマネジメント」の主な違いを図表14に整理しました。
図表14:計画駆動型プロジェクトマネジメントとアジャイル型プロダクトマネジメントの相違点
ITを競争優位の源泉とするためには、企画・設計・実装・運用領域で、重要となるケイパビリティを自社で習得し、強化する必要があります。そのために、デジタル人材の育成が不可欠です。ただし育成は一朝一夕には進みません。中長期の視点で取り組み、「デジタル人材」とひとくくりにせず、必要な役割とスキルレベルを明確にし、併せて、内製化する対象領域と外部委託の領域を再定義することが重要です。
アジャイル型プロダクトマネジメントを実現するには、プロダクトオーナー、スクラムマスター、リードエンジニア、デベロッパーの4つの役割が必要です(図表15)。プロダクトオーナーは顧客価値の最大化に責任を持ち、顧客理解と事業目標に基づき優先順位、仮説、計測、受け入れ基準を設計します。スクラムマスターはチームのパフォーマンス最大化に責任を持ち、プロセス最適化、透明性の確保、継続的改善を推進します。リードエンジニアはアイデアの具現化に責任を持ち、技術戦略と品質を統括し、アーキテクチャ、非機能要件、実装に必要な環境(CI/CD、可観測性等)を整備します。デベロッパーはリードエンジニア支援のもと、設計・実装・テスト・デプロイ・運用を一貫して行い、将来のリードエンジニア候補として成長することが期待されます。役割の兼任は状況により可能ですが、責務の曖昧化は避けるべきです。これらの役割は、仮説構築と実装の両輪を小さく速く回すことでノウハウを蓄積し、方針を素早く修正しながら、顧客に価値を継続的に提供することを共通の目的とします。
これらの役割のうち、プロダクトオーナーとリードエンジニアは社内で人材を育成し内製化が必須です。なぜなら、両者は事業・技術戦略の中核であり、顧客理解、優先順位判断、アーキテクチャなどの意思決定に含まれる暗黙知を組織内に形式知として蓄積・更新し続けることが重要だからです。技術選択は将来の機動性、コスト、リスクに直結し、最終責任の所在を社内に保持することは、継続的な価値提供とベンダーロックイン回避の観点でも不可欠です。
一方、スクラムマスターとデベロッパーは外部委託を柔軟に活用することも有効な手段です。実装ボリュームに応じたキャパシティの弾力化、専門スキルの即時調達といった利点があります。前提として、プロダクトゴールと品質定義を明確にし、方向性と優先順位の権限はプロダクトオーナーが握ること、ソースコードや設計・運用を社内で管理し継続的な知識移転を行うことが不可欠です。これにより、重要なケイパビリティは内部に蓄積され、実行力は外部で機動的に補うことで、DXの早期成果創出と人材育成の両立が可能になります。
図表15:アジャイル型プロダクトマネジメントで必要となる役割
必要な役割とスキルレベル、および内製化領域を定義したら、育成計画を策定します。いつまでに、どの領域で何名をどのレベルまで育成するかを定め、定期的に実績をレビューして必要に応じて計画を見直します。
実際に育成する際には、今回の調査で明らかになったように「座学のトレーニングだけでなく実践の場を提供」することが重要です(図表5)。基礎研修と実践をセットで反復し、自走化支援チームが伴走しながら現場チームを支えることで、早期の成功体験を積み上げやすくなります。成功パターンはテンプレート化し、スムーズな横展開に備えます。
ただし横展開の際には注意が必要です。スキルが整わないまま新規メンバーを一度に投入したり、新チームを急いで立ち上げたりすると、既存メンバー(特にスクラムマスターやリードエンジニア)に教育負荷が集中し、モチベーションと成果の双方が低下しがちです(図表16)。このような状態を避けるために、あらかじめ役割別の受け入れ基準(最低到達レベル)を定め、基準未達の場合は新チームの立ち上げを見送り、既存チームの成熟を優先します。自走化支援チームは、ケイパビリティの可視化、継続的育成の仕組みを整え、立ち上げの失敗や横展開時の混乱を最小限に抑えます。
また、成果が見えづらい初期段階で活動を中断してしまうと、学習の循環が途切れてしまいます。チームの成長には混乱期がつきものだとマネジメントが理解し、必要に応じて外部専門家を活用しながら、座学と実践を愚直に反復し、小さな成功体験を重ねます。こうした取り組みにより、デジタル人材が着実に育ち、結果としてIT業務の重要なケイパビリティを習得すること可能になります。
図表16:チーム拡大時の留意点
以上を通じて、役割とスキルの細分化を共通言語化し、ケイパビリティを定期的に一段ずつ引き上げることで、単発の育成施策に終わらせず「1チームの成功」を「複数チームの自走」へと段階的に拡張できます。
今回の調査では、生成AIの活用は「要件定義書・設計書・テスト仕様書などのドキュメント作成支援」「打ち合わせの議事録作成」「技術やツールに関する調査」が上位の結果となりました。一方で、「エラーやバグ発生時の分析・解析」や「プログラムコードの生成」は広がりの兆しはあるものの、本格活用には至っていません(図表17)。
図表17:システム企画・開発・運用における生成AIの活用状況
この状況のままでは、事務作業の効率化には役立っても、開発スピードや品質の底上げ、古いシステムの見直しといった「ITの俊敏性」を高めるには十分ではありません。ITを競争優位の源泉に変えるには、生成AIを周辺作業中心の活用から、ビジネス効果の大きい領域での活用にシフトする必要があります。
例えば、システム改修時の影響範囲調査から実装・テストまでの一連の工程への活用です。
システム改修時に、時間と工数がかかる工程は、影響範囲調査とテストであることが一般的です。仕様書が最新化されておらず、また複雑に連携しているシステム群を読み解いて、改修の影響範囲を洗い出すことは高いスキルが必要なだけでなく、膨大な時間もかかります。しかしながら生成AIを活用すれば、プログラムコード、システム通信、データ項目、関連ログなどのデータを読み込むことで、影響が及ぶ箇所の候補を抽出できます。併せて、再実行が必要な既存テストの特定や不足テストのケース案・ひな形生成、レビュー観点の提示、テストデータの作成まで支援できます。100%の精度はまだ期待できませんが、人による確認を前提に活用することで、調査とテストの大幅な時間短縮と工数削減が可能になります。障害発生時の影響範囲調査から復旧までの工程においても生成AIを活用することで同様の効果を得ることが期待できます。このように生成AIを活用することで、ビジネス変化に伴うシステムの改修、障害発生時の復旧リードタイムの短縮などが期待でき、ITの俊敏性を向上させることが可能になります。
こうして生まれた時間は人材育成に再投資します。生成AIの活用そのものも「内製化」し、日々の業務の中で学ぶ機会を増やすことで、チームは段階的に自律度を高めます。周辺作業中心の使い方から、変更影響分析〜実装・テスト、障害原因分析〜復旧といったコア領域での使いこなしへと転換することが、サービスの改善スピードと品質の双方を引き上げ、ITを競争優位の源泉へ近づける最短ルートになります。
ここまでITを競争優位の源泉とするための施策として、「アジャイル型プロダクトマネジメントへの移行」「IT内製範囲の再定義およびケイパビリティの強化」「ビジネス効果の大きい領域への生成AI活用」に関して解説してきました。特にケイパビリティを強化するために、デジタル人材育成は重要ですが、今回の調査で明らかになったように、「日々の業務に追われて育成に時間が割けない」(図表5)実態が浮き彫りになっています。
予定表が会議で埋まり、会議に出ても一方的な進行で、ほとんどの人は発言しない、本当に全員が1時間拘束される必要があったのか、こんな状況に心当たりのある方も多いはずです。実は「説明も合意も会議で」という前提が会議を膨らませています。加えて、一次情報・合意・判断理由が1カ所にまとまって見えないため「準備→会議→差し戻し→再準備」のループが起き、日々会議に追われる状況に陥ります。
解決に当たっては、まず実務上のコミュニケーションの目的を①意思決定②共有・確認③議論④関係構築の4つに分類します。また、コミュニケーションの手段を、「会議や電話のように同時接続で即時反応を求めるコミュニケーション(同期)」と、「メールやチャットのようにお互いの即時反応を前提としないコミュニケーション(非同期)」に分類します。
図表18:忙しすぎを解消するためのコミュニケーション・情報管理設計の例
無駄な会議を減らし、効率的なコミュニケーションを実現するためには、意思決定および共有・確認を原則として非同期で完結させることを推奨します。
例えば、意思決定は、提案側が「目的/選択肢/判断基準/推奨/期限」を短い文書に整え、関係者は各自の時間で読み、並行してコメントします。待ち時間がなくなり、誤解や抜けはテキストで可視化され、記録がそのまま残るため再説明が不要です。重要案件のみ、最後に短時間の会議で最終確認し、結論と理由を即時にWikiツールなどへ反映します。このようにすることで、意思決定までのリードタイムと工数を削減できます。
共有・確認は一対多の性質が強いため、ダイジェスト+リンクで伝え、要確認事項は「誰に/何を/いつまで」を1行で明記すれば十分です。既読・リアクションの簡便ルールを決めると、到達と確認の証跡も残るため、会議は不要になります。
一方、会議や対面コミュニケーションが有効なものもあります。新規企画や課題解決などの議論は、関与者が一堂に会しさまざまな意見を交わすことで、議論が深まり、より良い結論にたどりつく近道となります。この際、事前にもしくは会議の冒頭に1ページ程度の資料で前提を合わせ、少人数・短時間で論点を絞るとより効果的です。また、メンバーとのコーチングや、お客様と親交を深める必要があるような、関係構築を目的とする際にも対面コミュニケーションが効果的です。表情や声色といった非言語の手がかりをきっかけに、お互いをよく知り、より親密な関係構築が可能になります。
このように、目的に応じて同期・非同期のコミュニケーションを使い分けることで、「説明・周知・確認が目的の会議」は大幅に減り、会議で予定表が埋め尽くされてしまう状況から解放されます。また、一次情報・合意・判断理由、そしてチームの目的やタスクを同じ場所に文字で蓄積できるため、途中参加者も短時間で追いつけます。さらには、文字の資産が増えるほどAIによる要約・検索がしやすくなり、「探す・確認する・説明する」時間が短縮されます。忙しさが解消されるだけでなく、チームの動きは軽くなり、意思決定の初速も上がります。コミュニケーションと情報管理の設計を変えることが、変革に向けた「余白」を最短で生み出します。
本調査は「日本企業のITは経営に資するのか?」という課題認識のもとで実施しています。しかしながら、ここ数年ITモダナイゼーションの成熟度に大きな進展は見られず、成果を出している企業の比率も低水準で推移しています。残念ながらこのままでは、多くの企業にとって2025年の崖を超えるのは困難といわざるを得ません。生成AIの活用は広がっているものの、DXの成果やデジタル人材育成に十分つながっていない現状が浮き彫りになっています。生成AIブームに踊らされず、本質的な変革に踏み出す必要があります。
今すべきことは、顧客に価値を提供し続けるために、ITの位置付けを「業務の裏方」から「競争優位の源泉」と転換し、従来のやり方(How)を抜本的に見直すことです。特に重要なのは、ITに関する事業部門とIT部門の役割再定義です。事業部門は、継続的に価値を提供できるよう、ITの実装力を備え、組織内でDXを自走できる体制へと移行します。IT部門は、事業部門が高速に、そして安心・安全にDX推進できるための支援部隊へと移行します。難易度の高い取り組みではありますが、第4章で示した4つの変革施策(1.アジャイル型プロダクトマネジメントへの移行、2.IT内製範囲の再定義およびケイパビリティの強化、3.ビジネス効果の大きい領域への生成AI活用、4.コミュニケーションスタイルの変革)を段階的に実施することで、着実に成功へ近づきます。
求められているのは、大掛かりな計画よりも、確実に前へ進む意思決定と覚悟です。小さく始め、学びを積み上げ、うまくいったやり方を素早く横展開する。この地道な反復が、俊敏で弾力性の高いITを育て、持続的な価値創出へとつながります。本レポートが、貴社における変革の一歩を後押しし、ITを真に競争優位の源泉へ押し上げる実行の指針となれば幸いです。
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