2021年DX意識調査―ITモダナイゼーション編―

日本企業のITは不確実性の高まる時代に十分対応できるのか

はじめに

「社長、大変です。弊社の商品がSNSで話題となり問い合わせが殺到し、想定外のアクセスでシステムがダウンしました。現在Webとコールセンターでの販売が一切できなくなっています。出荷も一部止まってしまったようです」

システム担当者にとっても経営者にとっても、このようなケースは想像したくない光景でしょう。しかし残念ながらこのような事態が発生してしまっているのが現実です。最近では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により需要が急増したウェブサイトにアクセスが集中し、一時的に利用できなくなってしまったり、著しくレスポンスが遅くなってしまったりする事例が発生しました。これらの企業は千載一遇のビジネスチャンスを逸してしまった可能性があります。一方で、コロナ下で需要が急増した宅配デリバリーサービスや外資の動画配信サービスなどの企業では、アクセスが急激に増加したにも関わらず、システムは通常どおり稼働し、ビジネスを飛躍的に伸ばしているものも存在しています。このように、IT基盤がビジネスに影響を与える大きさは日々増しています。目まぐるしく変化するビジネス環境の中で、ビジネスチャンスがあれば速やかにITを増強しビジネスを拡大させ、また逆にブームが去った後は速やかに規模を縮小させ無駄なコストを発生させないような、市場の変化に素早く対応するITの俊敏性と弾力性の向上が、経営にとってより重要になってくることに異論はないのではないでしょうか。

このような背景の下、PwC Japanグループは、2021年3月に日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)意識調査の一環として、ITモダナイゼーションの取り組み状況に関する意識調査を行いました。ITモダナイゼーションとは、従来のITシステムに関する従来の常識にとらわれることなく、ITシステムの実装方法、組織やプロセス、人材など幅広い観点であるべき姿を模索する企業内のITの近代化のことです。この近代化をとおして、ビジネスの俊敏性と弾力性の向上に寄与することを目的としています。

なぜ今日本企業にITモダナイゼーションが必要なのでしょうか。その理由を以下に記述します。

企業をとりまく急激な環境変化への対応

2020年を振り返ってみると、新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックの発生、米国における政権交代、世界各地での地政学的リスクの高まり、加速する脱炭素社会への流れ、など企業を取り巻く環境変化は大きく変わりました。またそのスピードは日に日に増すばかりでなく、その変化を予測することは非常に難しくなっています。このように不確実性が高まる経営環境において企業が勝ち残るためには、変化に対する俊敏性と弾力性を高めることが重要となります。そのためには、時代遅れのITシステムは足かせとなり、ITモダナイゼーションは企業が急激な変化への対応力を会得するにあたり、避けてとおれない分野です。

クラウドの普及によるITを取り巻く構造変化

クラウドの普及によりITを取り巻く環境は一変しました。従来はサーバー機器の調達に数カ月かかっていましたが、今ではインターネットにさえ接続していれば、クラウドを活用することにより自社の希望する仕様のIT環境が数分で利用可能になり、しかも従量課金制であるため使用した分だけの料金を支払えばよいです。企業はインターネットを通じて、「必要な時に、必要な場所で、必要な分だけ、必要なITリソースを調達できる」ようになったのです。それだけではなく、各クラウドベンダーはブロックチェーン、IoT、AIなどの新機能を日々リリースし、最近では量子コンピューターや5Gなどもリリースし始めました。これらの最新技術を、「短期間で安価に試してみる」ことも可能になったのです。

このように必要なITリソースがより手軽にかつ安価に調達できるようになったことで、多くのスタートアップ企業が登場し、従来では考えられないスピードで業績を成長させ、ユニコーンと呼ばれる企業(創業10年以内、評価額10億ドル以上)が続々誕生しています。デジタルな世界で続々とユニコーン企業が誕生する中で、それに呼応するようにシステム開発においてもコンテナ1やマイクロサービス2など新たな技術要素や概念が誕生しています。そしてこれらの新しい技術を活用した企業がさらなる成功を収め、それらの企業がより新たな技術を誕生させるという、デジタル世界における「新たな好循環」が起きています。この循環のループに乗れるか否かが、企業がDXを成功させ競争に勝ち抜ける重要な要素となると思われます。この流れに乗り、新しい技術を最大限活用するためには、ITだけでなく、組織、人材、プロセスなども新しいやり方にモダナイズする必要があるのです。

余談になりますが、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが加速化する中で、各クラウドベンダーは積極的にグリーンエネルギー3の活用に取り組んでいます。一部では、既にカーボンニュートラル4を実現していたり、原発数基分のグリーンエネルギーを発電したりするベンダーも出てきています。企業にとっては、クラウドを活用することにより、二酸化炭素排出量削減が可能となるのです。クラウド活用の1つの大きな効果として、脱炭素が注目される日がそう遠くない未来に到来することが予想されます。

レガシーシステム問題による多額の経済損失の恐れ

2018年に経済産業省が発表した『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』5では、日本企業のDXにおける最大のネガティブ要因として、レガシーシステムの複雑化・ブラックボックス化が挙げられており、この問題が解消できないことで、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)の経済損失が発生すると指摘されています。この指摘は、ITモダナイゼーションに取り組まない企業が、他の企業から後れをとるだけではなく、不作為に起因する多額の損失を発生させる危険性を示唆しています。このことから、ITモダナイゼーションは、企業の将来にわたる安定的な経営という観点からも、看過できない要素であると言えます。

昨今の激しい環境の変化に対応できる俊敏性と弾力性の向上の実現こそが、DXの本質であると言っても過言ではありません。上に述べたように、日本企業は、レガシーシステムの複雑化・ブラックボックス化を解消しながら、クラウドに代表される新たなテクノロジーを活用して、組織や人材のあり方も視野に入れた自社のITモダナイゼーションに速やかに取り組むべきです。

本レポートでは、調査結果から明らかになった日本企業のITモダナイゼーションの取り組みに関する5つの傾向を紹介するとともに、ITモダナイゼーションについて日本企業が目指すべき方向性と、日本企業が取り組むべき今後の方策について提言を行います。

回答者のプロファイル

本調査では、売上高500億円以上のさまざまな業種で自社のITモダナイゼーションの取り組みに何らかの関与をされているさまざまな部門・役職の536名の方々から回答を頂きました。回答者の上位3つの業界は、製造業163(30%)、金融業122(23%)、流通業120(22%)となっています。

図表1 回答者の業界内訳

図表1  回答者の業界内訳

また、回答者の所属部門を見てみると、経営企画20%、事業部32%、コーポレート管理部門16%、IT/デジタル推進 32%となっており、企業内の各部署から比較的網羅的な回答を得ることができました。

図表2 回答者の所属部門内訳

図表2 回答者の所属部門内訳

回答の傾向を分析するにあたり、ITモダナイゼーションの狙いであるビジネスの俊敏性と弾力性に大きな影響を与えると想定される、「クラウド活用状況」「マイクロサービスやコンテナなどの新技術要素の活用状況」「アジャイル開発手法展開状況」に関する質問の回答に着目しました。それぞれの回答内容に応じて、以下のようにITモダナイゼーションの成熟度を、「先進」「準先進」「その他」に分類し、考察を行いました。

質問1:貴社におけるクラウドの活用状況をお選びください。
質問2:貴社システム開発における、マイクロサービスやコンテナなどの活用状況について教えてください。
質問3:貴社における現在のアジャイル開発の方法論の適応・導入状況を教えてください。

ITモダナイゼーションの成熟度

選定基準

 

「先進」

質問1、質問2、質問3について、全て「1」を回答

 

「準先進」

質問1、質問2、質問3について、全て「1」または「2」を回答(全て「1」を除く)

 

「その他」

「先進」、「準先進」以外の回答

 

図表3 ITモダナイゼーションの成熟度で使用した質問項目の回答内訳

図表3 ITモダナイゼーションの成熟度で使用した質問項目の回答内訳

回答者全体に対するITモダナイゼーションの成熟度ごとの分布を見てみると、「先進」は38人、「準先進」は134人、「その他」は364人であり、それぞれの割合は「先進」は7%、「準先進」は25%、「その他」は68%となっています (図表4)。

図表4 回答者の ITモダナイゼーションの成熟度内訳

図表4:回答者の ITモダナイゼーションの成熟度内訳

次に、業種別の「先進」の占める割合を見てみると、電力・ガスは33%、テクノロジーは15%となっており、これら2つの業界が平均値を大幅に上回っています。これらの業界に「先進」の企業が多い理由としては、電力・ガス業界は自由化の流れの中で各社に高い危機意識があり、またデータ取得を積極的に実施したこと、テクノロジー業界はその事業特性からITに関するリテラシーが高く、積極的にIT技術の最新化に取り組んでいることにあると推察します。その他の業種に大差はなく、ITモダナイゼーションの成熟度に関しては業界ごとに決定的な差を見いだせる状況ではありません(図表5)。

図表5 回答者の業界別ITモダナイゼーションの成熟度内訳

図表5  回答者の業界別ITモダナイゼーションの成熟度内訳

新型コロナウイルス感染症の影響

激しい環境変化の象徴ともいえる新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる企業への各種影響についても調査を実施しました。

まず売上高への影響をITモダナイゼーションの成熟度ごとに見てみると、売上高が増加した割合は「先進」は63%、「準先進」は60%となっており半数以上が売上増となっている一方で、「その他」は21%にとどまっており、大きな差がつく結果となりました。推察の域を超えませんが、今回のような未曽有な状況が発生した場合、ITシステムにおける俊敏性と弾力性が低いケースにおいては、環境の変化に応じた臨機応変な対応が難しく、ビジネスチャンスが目の前に来ても逃してしまう、また危機が迫っていても対応が後手に回るケースがあったのではないかと考えます(図表6)。

図表6 新型コロナウイルス感染症による売上高への影響

図表6  新型コロナウイルス感染症による売上高への影響

次に、ITモダナイゼーション関連の各プロジェクトにおける取り組み状況の影響について調査しました。結果は、取り組みが加速したと回答した割合は、「先進」は76%、「準先進」は75%となっており、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に変革のスピードを加速させたことがうかがえます。一方で、「その他」は27%にとどまっています。前述した「売上高への影響」よりさらに大きな差がついており、今後パンデミックが長期化することによりこの差がさらに広がることが予想されます(図表7)。

図表7 新型コロナウイルス感染症によるITモダナイゼーション取り組みへの影響

図表7  新型コロナウイルス感染症によるITモダナイゼーション取り組みへの影響

今回の調査において、ITモダナイゼーションの成熟度と、これら新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響に関する直接的な関連性について検証することはできませんが、売上への影響、プロジェクトへの影響双方において顕著な差が出ており、この結果は、企業にとって今後クラウドの活用やアジャイルの適用が、想定外の環境変化が起きた際に有用である可能性を示唆しています。

日本におけるITモダナイゼーションの5つの傾向

前述したように、回答者を「先進」「準先進」「その他」と分類し、今回の調査結果を考察したところ、日本におけるITモダナイゼーションの5つの傾向が見えてきました。以下、順にその内容を解説します。

傾向1:変革スピードを優先し、新旧テクノロジー混在でモダナイゼーションを推進

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傾向2:運用の自動化への取り組みがITの俊敏性向上に寄与

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傾向3:二極化が起きている自社エンジニアの育成

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傾向4:成熟度に応じて異なるクラウドコンピューティングへの期待効果

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傾向5:プライバシーに対する高い懸念と各種リスクに関する対応方法の模索

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傾向1:変革スピードを優先し、新旧テクノロジー混在でモダナイゼーションを推進

今回の調査から、「先進」「準先進」「その他」の成熟度が高い順に既存業務アプリケーションへの課題意識が強い傾向が見て取れました。既存ITへの課題意識の強さが、そのままITモダナイゼーション実施に向けたきっかけとなっているようです。一方で、「先進」はレガシーシステムの代表であるメインフレームと、新しい技術であるSaaSの保有率が他の成熟度より群を抜いて高く、変革のスピードを重視して新旧システムを混在させながらモダナイゼーションを実現していることが見て取れます。

以下、データをもとに解説します。

まずは、既存業務系アプリケーションの課題に関して、アプリケーションの複雑性(機能)、人材ミスマッチ(スキル)、ブラックボックス化(運用性)、運用保守コスト(拡張性・柔軟性)、セキュリティ、応答レスポンス(性能)、災害対応(可用性)の7つのカテゴリーで質問したところ、各カテゴリーの回答数に大きな差異はなく、満遍なく課題意識があることが判明しました(図表8)。

成熟度ごとの傾向を見ると、各カテゴリーの回答数に大きな差異はありませんが、成熟度により課題認識の高さが大きく異なることが判明しました。「先進」「準先進」「その他」の順に回答数が多く、回答数の平均は「先進」54%、「準先進」42%、「その他」27%となっています(図表9)。

このことから、既存アプリケーションへの課題意識の強さと、ITモダナイゼーションの成熟度に強い相関関係を見ることができます。

図表8 業務系アプリケーションに対する課題意識 

図表8 業務系アプリケーションに対する課題認識

図表9 業務系アプリケーションに対する課題意識 詳細

図表9 業務系アプリケーションに対する課題認識 詳細

※各成熟度別の上記項目の平均は「先進」54%、「準先進」42%、「その他」27%となっている

次に、現状の業務系アプリケーションの保有状況に関する回答を成熟度ごとに分析すると、レガシーシステムの代表であるメインフレームを利用している割合が「先進」では82%となっており、ほとんどの「先進」でメインフレームが残存していることが判明しました。「準先進」の56%、「その他」32%と比較してもその保有率は群を抜いて高くなっています。一方で、「先進」は、新しい技術であるSaaSの保有率は42%となっており、「準先進」22%、「その他」20%と比較して、約2倍の保有率と高い数値を示す結果となりました。

このことから「先進」はレガシーシステムを抱えながらも、新しいテクノロジーを積極的に活用し、ITモダナイゼーションを推進していることがうかがえます(図表10)。

図表10 業務系アプリケーション種別ごとの利用割合

図表10 業務系アプリケーション種別ごとの利用割合

傾向2:運用の自動化への取り組みがITの俊敏性向上に寄与

システムの更新頻度に関する質問において、「毎日更新」または「都度更新」と回答した比率は全体で26%でしたが、成熟度ごとには「先進」61%、「準先進」26%、「その他」22%と、回答率に大きな差が出ました。また、「アプリケーションとインフラストラクチャ運用の自動化を実施している」の質問においても、「先進」92%、「準先進」37%、「その他」7%との結果となりました。このことから「先進」においてはほとんどのケースで運用が自動化されているとともに、運用の自動化はシステムを毎日更新、もしくは都度更新可能とする環境構築に寄与していることがうかがえます(図表11)。

詳細を見てみると、システムの更新頻度に関しては、「全体」では、「毎日更新」が14%、「毎週更新」が25%、「毎月更新」が21%、「四半期に1回」が18%などと、回答者によって大きくばらついています。このばらつきの一因は、業務特性に応じて求められる更新頻度が異なることにあると想定されます。一方で冒頭に述べたように、「毎日更新」または「都度更新」の回答率は、成熟度に応じて大きな差が出ており、「先進」は業務系アプリケーションにレガシーシステムを一部残しながらも、ビジネス環境変化に対するシステムの俊敏性を保持していると見て取れます(図表12)。

図表11 業務系アプリケーションのアップデート頻度(毎日+都度更新比較)

図表11 業務系アプリケーションのアップデート頻度(毎日+都度更新比較)

図表12 業務系アプリケーションのアップデート頻度(全体)

図表12 業務系アプリケーションのアップデート頻度(全体)

次に、どのようにすればシステムの更新頻度を高め俊敏性を確保できるのかを、深堀りするため、「先進」と「準先進」および「その他」の回答に顕著な差がある質問項目を探ったところ、「アプリケーションとインフラストラクチャ運用の自動化を実施している」という項目に対する回答が、「先進」は92%のところ、「準先進」37%、「その他」7%と大きな差があることが判明しました。このことからシステムの俊敏性確保には、運用の自動化は欠かせないものであることがうかがえます。また、「先進」「準先進」の企業においては、運用の自動化に欠かせないCI/CDサービスやツールなども最大限活用していることが推察されます。このように運用プロセスの自動化を進めることで、自社のアプリケーション開発の生産性・信頼性を底上げし、ビジネス環境の変化へ対応する俊敏性を高いレベルで実現できているのではないかと考えられます(図表13)。

図表13 アプリケーションとインフラストラクチャ運用の自動化を実施している割合

図表13 アプリケーションとインフラストラクチャ運用の自動化を実施している割合

傾向3:二極化が起きている自社エンジニアの育成

現行の自社のエンジニアを活用した開発に関して調査したところ「ほぼすべての開発を自社エンジニアで実施」の質問に対する回答率は、「先進」74%、「準先進」が19%、「その他」が8%と、大きな差が出ています。さらにエンジニアに関して「既に増員/育成に着手している」という質問に対する回答率を見てみると、「先進」76%、「準先進」31%、「その他」11%と大きな差が出ており、自社エンジニアの育成状況に関して二極化が起きていることが確認できました(図表14)。

図表14 システム開発の内製化状況

図表14 システム開発の内製化状況

自社エンジニアの増員/育成に関する質問に関する詳細を見てみると、「既に増員/着手」と回答した割合は、「先進」76%、「準先進」31%、「その他」11%との結果となりました。また「特に検討していない」「今後も育成予定はない」と回答した割合は、「先進」3%、「準先進」4%と非常に少なくなっています。その一方で「その他」では28%となっています。「先進」「準先進」と「その他」では、自社エンジニアの増員/育成に関する意識について大きな差があります(図表15)。

図表15 自社エンジニアの増員/育成の 実施および検討状況

図表15 自社エンジニアの増員/育成の 実施および検討状況

傾向4:成熟度に応じて異なるクラウドコンピューティングへの期待効果

クラウドに関する期待値について、コスト削減、セキュリティの改善、ガバナンスと運用の自動化など経営における「守り」に対する期待効果と、ニーズに応じたシステムの拡張、スピードの向上、最新テクノロジーの活用、グローバル展開など、経営における「攻め」に対する期待効果に関する質問を用意し、それぞれ「非常に重要」「重要」「重要ではない」と選択してもらいました(図表16)。

「先進」は全ての設問に対して50%以上が「非常に重要」と回答し、「攻め」および「守り」両面においてクラウド活用を検討していることがうかがえます。「準先進」では「セキュリティの改善」、「コスト最適化」に関する設問に対して50%以上が「非常に重要」と回答し、「守り」に対する期待効果が高いことがうかがえます。「その他」においては全ての質問に対して「非常に重要」と回答した割合が「先進」、「準先進」と比較して大きく下回っており、「攻め」および「守り」どちらにおいても期待値が低く、クラウドに対する期待値に関して成熟度に応じて差が出た結果となりました。

「先進」は最初に分類したとおり、クラウドを全面的に活用している企業群です。「先進」においては、クラウドを実際に活用することにより「攻め」「守り」両面での効果を享受し、その経験と実績に基づき新たな領域でのクラウド活用が推進される、という好循環になっているのではないかと推察します。一方で、「準先進」「その他」においては、クラウドに関する活用が限定的な範囲に留まっており、従来のオンプレミスやプライベートクラウドにはない「クラウドを活用した攻めの効果」を実感できていない可能性があります。

図表16 クラウド活用による期待効果として非常に重要と回答した割合

図表16 クラウド活用による期待効果として非常に重要と回答した割合

傾向5: クラウド活用時のプライバシーに対する高い懸念と各種リスクに関する対応方法の模索

クラウド活用に際しての不安や懸念事項に関して質問したところ、「データプライバシー」が「先進」「準先進」においては最も多い回答となり、「その他」でも2番目に多い回答となっています(図表17)。特に「先進」においては71%が懸念であると回答しており、クラウドの活用が進めば進むほど、より機密性の高いデータをクラウド上に保管する必要が出てくるため、自社のセキュリティ要件への対応可否の判断が迫られることや、ユーザー側の不適切な設定等によるセキュリティインシデントに対する不安や懸念が高くなっていると推察されます。

また新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより在宅勤務が一気に加速しました。多くの企業でも業務のオンライン化が普及し、外部から社内ネットワークへのアクセスが急激に増えたことも、プライバシーなどセキュリティに対する意識をより高める一因になったと考えます。

図表17 クラウドテクノロジーを活用する際の不安もしくは懸念

図表17 クラウドテクノロジーを活用する際の不安もしくは懸念

不安や懸念事項の各項目を見てみると、「データプライバシー」「システムのアウテージおよびダウンタイム」、「複数のプロバイダの統合」がどの成熟度においても共通してクラウド活用における上位3つの懸念事項となりました。

「データプライバシー」「システムのアウテージおよびダウンタイム」に関する懸念は、クラウドベンダーとの「責任共有モデル」に起因するかもしれません。従来のオンプレミスやプライベートクラウドでは、データ漏洩やサービス停止の際の責任範囲に関し、個別にベンダーと交渉することが可能でした。しかしながらクラウドベンダーのサービスを利用する際には、利用規約が統一化されており、企業にとって一定の責任範囲が生じます。従来外部ベンダーに依存度の高い企業にとってこれらの条件は厳しいものかもしれません。

また「システムのアウテージおよびダウンタイム」に関しては、クラウド特有の課題ではなく、従来の環境でも同様に検討すべきテーマです。特に昨今のように技術革新のスピードが加速している状況では、従来のように全ての起こりうる事項を想定して対応策を講じるのではなく、「想定外の事態が起こることを想定」し、対応策を講じる必要があります。具体的には、最先端のデジタル企業で採用されている、カオスエンジニアリング(本番環境で故意に障害を起こし、現場に想定外の事態を定期的に発生させ、システムの可用性と回復力を高める手法)のような考え方を採用するべきでしょう。

「複数のプロバイダの統合」が懸念事項として挙がっているということは企業におけるマルチクラウドが一般化してきていると考えられ、複数のクラウドを活用することによる新たなセキュリティに関する懸念が出ているとともに、企業が自ら各クラウドプロバイダが提供するサービスを理解し、適材適所でクラウドサービスを選択する必要があることに起因すると推察します。

このように企業はクラウド活用を積極的に推進するものの、一方でクラウドを活用するリスクに関してどのようにコントロールすべきか検討し模索している姿がうかがえます。

日本企業が今後取り組むべきこと

調査結果から読み取った日本におけるITモダナイゼーションの5つの傾向に対して、PwCがさまざまなクライアントを支援してきた経験や知見から、日本企業が今後取り組むべき下記5つを提言します。

提言1:「先進」企業に学び、新たなテクノロジーを積極的に活用せよ

傾向1から5を見てみると、今回分類したITモダナイゼーションの成熟度「先進」「準先進」「その他」によって、回答の傾向に差が出ました。例えば、「新型コロナウイルス感染症による売上への影響」「新型コロナウイルス感染症によるITモダナイゼーション取り組みへの影響」「システムの更新頻度」「システム運用の自動化」「自社ITの内製化」「自社エンジニア育成に着手」「クラウドへの期待効果」などにおいて、回答の傾向に大きな差が見て取れました。この結果から「先進」は、「事業環境や顧客ニーズの変化に合わせてシステムを日々更新できるような環境を整備するために、アジャイル開発やDevOps1実装など組織やプロセスを見直すとともに、システム運用の自動化や人材を育成しながら自社ITの内製化を積極的に進め、クラウドを「攻め」「守り」の両領域で活用することで、コロナ禍においても売上の向上やITモダナイゼーションの取り組みを加速させた」という特徴を有する企業群であったと言えるでしょう。

今回の調査結果をまとめるにあたり、PwCとしては「クラウド活用状況」「マイクロサービスやコンテナなどの新技術要素の適用状況」「アジャイル開発手法展開状況」に着目してITモダナイゼーションの成熟度を分類しました。結果として上記のように成熟度ごとに傾向が見て取れたため、これらの項目は成熟度を計測する指標として活用できるとともに、これらの要素がITモダナイゼーションを進める上での重要な取り組みであると考えます。また、上記の「システム運用の自動化」「自社エンジニアを育成に着手」「自社ITの内製化」も合わせて重要な要素となり、これらの取り組みを実施することにより、自社システムが必要に応じて変更できるような俊敏性と弾力性を兼ね備えることができると考えます。

つきましては、ITモダナイゼーションを推進するにあたって下記取り組みを実施することをPwCとして提唱します。

  • クラウドテクノロジーの全面的な適用
  • アジャイル開発方法論やDevOpsの適用
  • システム運用の自動化
  • マイクロサービスやコンテナなど、システム開発における新たなアプローチの積極的な活用
  • 自社エンジニアを育成し、自社ITシステムの内製化8

上記につき、提言2、3、4で内容を深掘りし、以下詳細に関して提言を行います。

提言2:既存レガシーシステムの現実的なモダナイゼーション計画を策定し、実行せよ

傾向1で明らかになったとおり、「先進」の多くがメインフレームを残存させつつ可能な範囲でモダナイゼーションを進めていたように、企業が現在抱えているレガシーシステムの中心にメインフレームが残っているケースが少なくありません。特に未だ稼働しているメインフレームは、長きにわたり基幹システムの中心的存在として保守運用されてきており、これまで何度かあったオープン化のブーム(1990年代のクライアントサーバーブーム、2000年問題ブーム、2007年問題ブームなど)の機会も逸し、長い時代を乗り越えてきた遺産(レガシー)となってしまっています。また、日本企業のメインフレームは、基幹システムとして取引データが膨大に蓄積され、自社のビジネスへの最適化を繰り返しながら、独自の進化を遂げてきました。それゆえ、現存しているメインフレームを改修または再構築することは極めて難易度が高いという現実があります。モダナイゼーションする手法は複数ありますが、いずれの手法も一筋縄ではいかず、長期間を要する大規模なプロジェクトになる可能性が高いです。

現在、多くの企業では、「デジタルトランスフォーメーション(DX) 」に目を向け、さまざまな施策を講じています。一方で、メインフレームを中心とするレガシーシステムが、ITの俊敏性を損ない、市場への対応力を失わせ、企業の競争力を低下させている大きな要因となっていることは否めません。さらに日進月歩でテクノロジーが進化する中、こられの新しいテクノロジーを活用できる企業とそうでない企業では、市場の変化への対応力に決定的な差が出てしまう可能性が高いです。特にメインフレームを活用している領域では、新たなテクノロジーとの親和性が低いため、これらを有効に活用できないリスクがあります。ついては、約四半世紀にわたって企業に存在してきたメインフレームを、いよいよ脱却する時が来たと考えます。PwCとしては、多くの日本企業が抱える状況に鑑み、実現可能で効果が高い以下のアプローチを推奨します。

  • 経営課題やビジネスニーズに対応した、必要領域ごとに最新アーキテクチャーを活用するシステム再構築

    前述したように、長期間残存してきたメインフレームを中心とするレガシーステムのモダナイゼーションは、容易には実現できないでしょう。特に各機能が複雑に絡み合いし、かつブラックボックス化している状況で、無理矢理システムをクラウドに移行したり、再構築をしたとしても莫大な期間とコストがかかることが予想されます。一方でハードウェアやソフトウェアは保守期限が存在するため、その保守期間に応じて、一定のサイクルでシステムの更新を行う必要があり、その際にモダナイゼーションを検討するケースをよく見かけます。しかしながら、システム都合でのモダナイゼーションを実施しても、基本的に従来の機能や考え方のままであれば、一部のテクノロジーを最新にしたところで、ビジネスの変革に寄与することはできません。

    ついては、モダナイゼーションするにあたっては、経営課題やビジネスニーズに応じて、必要な領域ごとにマイクロサービスやコンテナなどを活用し、クラウド環境上に短期間でシステムを新たに構築することを推奨します。この際、レガシー環境にある既存システムを従来どおりしばらく運用し、クラウド環境上の新システムと並行運用になったとしても、結果としてリスク/コスト/期間全てにおいて費用対効果が高まる場合が多いと考えます。その後、徐々にレガシー環境の利用を停止することにより、レガシー環境を縮小させていくことが現実的なアプローチとなります。
  • 組織と人材における次世代のあるべき姿の定義と外部ベンダーとの戦略的アライアンス

    レガシーシステムを再構築するにあたってITシステムの俊敏性を高めるためにはアジャイル開発方法論の適用および自社エンジニアによる自走化/内製化も同時に検討する必要があります。この際、全ての領域でアジャイルを適用し、自走化/内製化することは人材育成や確保の観点から現実的ではありません。ポイントは、その業務が俊敏性を必要としているか否かです。必要である場合はアジャイル方法論を適用し自社エンジニアによるシステム開発に舵を切り、そうでない領域は従来どおり外部ベンダーを活用することが現実的な解となるでしょう。特に、複雑化しているメインフレームに関しては技術者の確保も難しく、自社だけで対応することは現実的には困難であり、既存の外部ベンダーの得意領域を組み合わせた推進体制を構築することが必要となります。

    また、いわゆるユニコーン企業に代表されるデジタルで成功しているスタートアップ企業では、ITを使ってビジネスを実施することが前提となります。それゆえ、ビジネスとITが同一化しており、いわゆるビジネス部門にエンジニアが所属しているケースが一般的です。日本の企業においても、従来の概念にとらわれずビジネス部門およびIT部門の新たな「あるべき姿」を再考するタイミングに来ているのではないかと考えます。

提言3:自社ITを自走すべく、速やかに自社エンジニアを増員/育成せよ

傾向2で見たように、「先進」においては、システムの変更頻度が「毎日」もしくは「必要に応じて都度」という回答が他の成熟度と比較して圧倒的に多くなっていました。また傾向3において、「先進」はほぼ全ての開発を自社のエンジニアで実施していました。つまり、「先進」は自社システムに関して、自社で詳細を把握し、必要に応じてシステムを更新しており、「システムを自社でコントロールできている(自走できている)」状態であると考えます。

一方で現在の日本においては、自社システム構築にあたり、企業が要件をまとめて要求仕様書(RFP)を作成し、RFPに基づき外部ベンダーが提案を行い、企業が提案書を確認しながら交渉を重ねて外部ベンダーを選定し、請負契約で外部ベンダーに発注し検収、というやり方が未だに一般的です。場合によっては外部ベンダーしか自社システムの詳細仕様を理解しておらず、「自社システムに関する主導権を外部ベンダーに握られてしまっている」ケースも少なくありません。しかしながら、このやり方では、ビジネス環境や顧客ニーズの変化に対して迅速にかつ俊敏に対応することは困難です。少なくとも、自社のシステムに関しては「自社でコントロールできている(自走できている)」状態にする必要があり、そのためには自社エンジニアが必要に応じてシステム開発、変更を行えるような体制を構築することが理想です。ただし、エンジニアの育成は時間がかかり、また採用するとしてもエンジニアに関しては市場においても慢性的な不足状態が続いており、自社エンジニアによる開発体制構築実現に向けては高いハードルが存在します。特に、日本では少子・高齢化による労働人口の減少や、レガシーシステムの運用保守関連の後継者不足、またクラウド活用や技術革新がさらに進むことでクラウドネイティブなエンジニアなど高い専門性を持つ人材への需要が増加する、など企業が単独で優秀なエンジニアを確保することが困難になる傾向はさらに強まると予想されます。このような状況の中で、PwCとして以下を実施することを推奨します。

  • デジタル人材戦略の再策定および速やかな増員/育成の着手

    今後DXを推進する上で、どのような領域でどのようなエンジニア(ビジネスエキスパート、アプリケーション開発者、データサイエンティスト、セキュリティエンジニアなど)が、どのタイミングで、どれくらいの人数必要になるかを算出する必要があります。この際、検討対象はIT部門のみではなく、エグゼクティブ含め全部門/全社員となります。傾向3の調査結果から「先進」はほとんどの企業で人材育成に着手している一方で、「準先進」「その他」は既に着手している割合が圧倒的に少ない状況でした。人材育成は長期的な視点で取り組む必要があり、実行への着手が早ければ早いほど、他社に比較して優位な立場に立つことができます。この際、自社で全ての人員を補充することが難しい場合は、既存のベンダーから出向の受入れ、または準委任で発注することで対応することも視野に入れて検討することを推奨します。
  • デジタル人材向けの人事評価制度の見直し

    デジタル人材における需要は過熱気味であり、優秀な人材を獲得することが難しくなっています。裏返すと自社内で活躍する各種エンジニアも、市場では高い評価をされ、他社からヘッドハンティングされてしまう可能性も否定できません。日本においても、せっかく育成した人材が転職をしたことによりプロジェクトが頓挫してしまい、全体のDX推進に影響が出ているケースが実際に出始めています。従来、日本は他の先進国と比較しても人材の流動性が低く、企業は従業員の「市場価値」を気にする必要はなく、社内のルールに基づいた「社内価値」で評価を行ってきました。しかしながら、日本においても近い将来終身雇用制度は終焉を迎え、人材の流動性はさらに高まることが予想されます。ついては従業員の評価に関し、社内のルールに基づいた「社内価値」ではなく、他社を含めた絶対的な価値である「市場価値」を考慮した評価制度を導入しない限り、優秀な従業員が続々退職してしまうような事態が起こりかねません。トップマネジメントが優先順位の高い経営課題として認識し、早急に取り組むべきテーマです。

提言4:クラウドテクノロジーを「攻め」と「守り」両面で積極的に活用せよ

「はじめに」で述べましたが、グローバル展開が容易であること、安価でかつ短期間で新しい技術を手軽に実験できることなど、クラウドテクノロジーの特性を効果的に活用し、多くのユニコーン企業が誕生しました。今後企業がDXを推進するにあたっては、俊敏性、弾力性および先進性の観点からもクラウドコンピューティングは欠かせないと言っても過言ではありません。

傾向4で見たようにクラウドテクノロジーに関する期待効果に関しては、コスト削減やセキュリティの改善など「守り」の期待効果と、最新テクノロジーの活用、他社とのエコシステム形成によるオープンイノベーションの促進など「攻め」の期待効果がります。「先進」は両者を期待効果としている一方で、「準先進」「その他」ではどちらかと言うと「守り」の効果を期待していることがうかがえました。

傾向5で見たように、クラウド活用にあたっては「データプライバシー」「システムのアウテージおよびダウンタイム」「複数のプロバイダの統合」など、不安や懸念事項は存在しており今後も完全に払拭されることはないでしょう。ただ、各種クラウドベンダーは日進月歩で機能/サービスを強化しており、これらの機能を経営に活用しないのは「もったいない」のです。リスクを鑑み挑戦を慎むのではなく、常に他社の機先を制する「攻めの姿勢」を支えるためにも、クラウドテクノロジーの「攻め」の効果を期待することが今後必要だと考えます。

このような状況下でPwCは下記アプローチを推奨します。

  • 自社人材によるクラウドを活用したシステム開発および運用のトライアル実施

    まず企業はクラウドテクノロジーの価値を正しく理解するために、「自社で使ってみる」ことが重要になります。クラウドテクノロジーを活用し自社内で経験を重ねることにより、どのように活用すれば効果が最大になるかを模索しながら、徐々に適用範囲を拡大していくことを推奨します。この際、従来のように外部ベンダーに委託をしていたのでは、その価値を体感することはできないので、自社内でエンジニアを育成/調達し、外部ベンダーに頼らず、「自ら実行」することが求められます。
  • リーダーによる「クラウドファースト宣言」

    リーダー自らが自社のITインフラに関してクラウドを前提とする「クラウドファースト」を宣言することを推奨します。と言うのも、市場動向を見てみるとクラウドテクノロジーの普及は一過性のものではなく不可逆的なものであると考えられ、今後このクラウドテクノロジーを「単に使う」のではなく、「どのように使いこなすか」が自社のITの競争力を左右すると考えられるからです。社内には「変わること」を受け入れらない従業員も一定量存在します。これらの抵抗勢力に関しては、リーダーが不退転の覚悟を見せ、なぜ必要なのかを説明しながら対話を重ね、企業文化を変革させていくことが重要になります。

提言5:新たな時代に即した「ガバナンス」のあるべき姿を再定義せよ

傾向5において、クラウド活用における不安や懸念事項として、セキュリティが全ての企業において、高い割合を示しました。昨今、プライバシー規制やこれに関連する立法の状況は目まぐるしく変化していること、一部のクラウド業者でダウンタイムが発生したことなど、クラウド活用が進めば進むほど、プライバシーとデータセキュリテについて懸念されるのは当然のことであり、これらは企業にとって最重要事項の1つであることに異論はありません。このような状況下では、リスクはリスクとして認識しながら、リスクがあるから活用を見送るのではなく、リスクをコントロールしながら活用していく「ガバナンスモデル」をいかに構築するかが重要になってきます。

これはクラウドに限った話ではありません。AI、IoT、ロボティクス、ブロックチェーンなど新しい技術活用にあたっては、メリットもある反面、必ずリスクも存在します。企業にとって、リスクをうまくコントロールしながら、新しい技術を積極的に活用し、市場で勝ち続けることが求められるのです。

また、不確実性が高まりさらなる技術進化が予測されるなど、これまで多くの企業が前提としていたものが大きく変わる中、自社の「ガバナンスモデル」は時代に即したものに見直す必要があります。具体的には、今後のガバナンスモデル構築に大きな影響を与える要素として、以下の4つがあると考えます。

今までの社会では、人間が介在し分析や判断を行うことで価値が生まれてきました。今後デジタル化がさらに進むことにより、フィジカル空間(現実社会)の膨大な情報がサイバー空間(仮想空間)に伝送され蓄積されていくでしょう。これらは、 サイバー空間でAI(人工知能)がビッグデータを解析し、その解析結果がフィジカル空 間にいる人間にフィードバックされます。そして新たに生成されたフィジカル空間の情報が、サイバー空間に伝送されるといったループが生まれるのです。

例えば、昨今注目されているデジタルツイン は、フィジカル空間のデータをサイバー空間に伝送し、サイバー空間上にフィジカル空間と同等の仮想環境を構築し、サーバー空間上でフィジカル空間に異常がないかモニタリングを実施したり、未来の機械の故障をシミュレーションにより予測したりしています。このようなフィジカルとサイバーの垣根を越える事象が社会全体に広まっていくことになります。

特にサイバー空間においては、さまざまな国籍の企業や個人が作ったソフトウェアやハードウェア、データが散在し、またその変化と進化のスピードは従来とは比較にならないほど早くなっていくでしょう。このような状況は、選択肢の増加と言う観点においては企業にとって魅力的ですが、一方で従来の日本企業の常識が通用しない可能性も高く、想定しないリスクが発生する可能性が高いです。

ついては、「あらかじめ設定された一定のルールや手順に従うことでガバナンスの目的が達成される」という従来のガバナンスモデルではなく、企業や法規制、市場といった既存のガバナンスメカニズムを根本から見直す必要があります。その際には、自社に関連する「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルを、継続的にかつ高速に回転させて取り組む必要があります(アジャイルガバナンス)。

上にも同様のことを述べましたが、DXの狙いはデジタル技術の活用によって、他社にまねのできない新たなサービスを確立し、圧倒的な競争優位を築くことです。そのためには、目まぐるしく変化するビジネス環境や顧客ニーズを捉え、迅速に自社のサービスを反映し、継続的に顧客体験を向上させることが重要であり、この実現のためには業務部門とIT部門が一体となる必要があります。具体的には、業務担当者、IT担当者双方がビジネスの結果とシステムの品質に責任を持つ、アジャイルベースの働き方が一層進むことになります。これまで多くの日本企業がIT導入の現場で活用してきた、業務部門、IT開発部門、IT運用部門がそれぞれ異なる評価指標でプロジェクトを推進する、従来のウォータフォール型の導入手法とは考え方が大きく異なるものです。

これまでDX推進室と呼ばれる特定の部門やIT部門のDX担当など、一部が推進してきたDXの取り組みは、今後全社展開され、かつビジネス部門が中心となって取り組む形が理想的であると考えます。このような新しい働き方を前提としたガバナンスモデルを構築しなければなりません。

ガバナンスは、アクセルとブレーキで例えると、ブレーキに位置づけられることが多かったのは事実でしょう。しかしながら、不確実性がより高まる経済環境においてビジネスのスピードを落とすことは許されません。そのためにも、自社の経営環境に即したガバナンスの強度を検討していくべきです。例えば、デジタルビジネスで新たなビジネスを創出する領域は、最初から投資対効果を求めるのではなく、ある程度の予算範囲内であれば現場が自由に活動できるようにしたり、勘定系や認証システムなどを中心とする確実性が求められる領域では、従来からの品質・コスト・納期・生産性に重きを置いたガバナンスアプローチが必要になります。このように、ビジネスの特性に応じて、リスクを最小化しながらスピードを落とさない新たなガバナンスモデルの構築が必要になります。

1から3で述べてきたように、ガバナンスの構築には、「サイバーとデジタル空間の融合」「ビジネスとITの融合」「ビジネスのスピードを阻害せず」という要素を考慮することが重要になります。

企業にとって、企業の競争優位を獲得するために、全体整合を図っていてはスピードが遅くなるため、各現場に権限を委譲させ現場の判断にある程度任せていく必要があるでしょう。これは闇雲にスピードを重視して、まったく統制がとれず現場の好き勝手に任せるということを推奨するのではありません。これまで多くの日本企業は現場に任せて個別のビジネスや業務に合せてシステムを構築することでシステムがサイロ化し、データ型が連携できない、ログイン認証が複数ありユーザーが混乱している、画面操作がシステムによって異なるなど、さまざまな弊害を生んできました。

一方で、DXにおいては、既存のシステムに加えてさまざまな新規テクノロジーを活用したり、企業や業界を越えたエコシステムを構成しようと試みています。このように、多くの社内外の各ステークホルダーの認識を合せ、社内外のさまざまな基盤と相互接続可能にするためには、組織の壁を越え基本的なコンセプトや基本原則となりうる全体の見取り図(アーキテクチャー)がますます重要になります。この見取り図には、企業全体として統制をかける領域と、最低限のルールだけを定義して基本現場の判断に任せる領域を定める必要があります。例えば、デジタルビジネスを積極的に活用するビジネス領域は、市場競争力の高い自社業務機能をAPI として外部に公開し、新たなデジタルチャネルや外部エコシステムと容易に接続できるような統制を検討する必要があり、またブランディングの観点からユーザーインターフェースに関しては厳密なルールを策定し全社で統制をかけるなど、メリハリをつける必要があります。

この見取り図には、企業としてのDX化のビジョンに加えて、目指すべきリファレンスアーキテクチャーモデル10 、およびどの領域にどのレベルの統制をかけていくかを定義していくことが必要となります。企業の戦略やガバナンスモデルが各社異なるように、全ての企業に画一的なものは存在しえないと考えます。自社にあった唯一無二の全体の見取り図(アーキテクチャー)を早期に作り上げるべきであり、これがあってはじめてビジネスの俊敏性と弾力性を向上することができると考えます。

おわりに

今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、誰が予想できたでしょうか。人の動きが抑制され、オンライン化が一気に加速した中で、ビジネスで苦しんでいる企業もあれば、千載一遇のチャンスとばかりにビジネスを拡大している企業もあります。一般的に大きな変化は、大きな脅威であるとともに大きなチャンスでもあるはずです。要はこの変化を競合会社よりも早く察知し、早くアクションを取れればチャンスとなるし、逆に対応が遅れればピンチになるのです。このような不確実性は今後より高まっていくことは容易に想像できます。

このような状況の中で、企業が勝ち抜くためには市場の変化に対する俊敏性と弾力性を有することが唯一の条件となります。ITの歴史を見てみると、従来ITは業務を効率化させるだけでなく、ビジネスのスピードを加速させスケールさせるために活用され普及してきたはずです。ところが昨今においては、ちょっと機能を変更しようとすると数週間/数カ月の期間が必要となり、さらには数百万/数千万円の費用がかかるケースも少なくありません。いつの間にかITがビジネスのスピードの足かせとなってしまっているのです。

このような背景の下、今後企業の俊敏性と弾力性を向上させるためには、ITモダナイゼーションは重要な要素であると考え、日本における現状について今年初めて調査を行いました。本調査を通じ、日本企業においては、レガシーシステムの複雑化・ブラックボックス化の問題について抜本的な解消ができていないものの、着実にモダナイゼーションが進んでいることもうかがえました。また、本レポートで述べたように、成熟度に応じて取り組み状況や意識において大きな差を見ることができ、ITモダナイゼーション推進のヒントも見つかったのではないかと自負しています。

PwCは、ITモダナイゼーション取り組みはDX成功に向けた大きな要因の役割を担っていると考えており、今回の調査結果が自社のITモダナイゼーションの取り組みを進め、さらなる飛躍を遂げようとしている企業の方々の参考になれば幸いです。

1:コンテナ
仮想化技術の1つであり、アプリケーションと必要なライブラリ一式をパッケージ化し、独立した環境内で実行できるようにする手法。

2:マイクロサービス
ソフトウェア開発の手法の1つであり、アプリケーションを単一の機能を実行する完結した単位に分割し、独立したサービスとして保持し、連携させる手法。

3:グリーンエネルギー
太陽光・水力・風力、地熱・バイオマスなどから作成され、環境負担が少なく再生可能なエネルギー。

4:カーボンニュートラル
温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロンガス)の排出と吸収、除去の総量をネットゼロにすること。

5:経済産業省, 「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」 https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html

6:CI/CD
Continuous Integration/Continuous Delivery (継続的インテグレーション/継続的デリバリー)の略語で、アプリケーションのビルド、テスト、デプロイを自動化し、プロセス全体を継続的に統合、監視する手法。

7:DevOps
開発チーム(Development)と運用チーム(Operations)が密接に連携することで、ビジネス価値を高め、かつ迅速にユーザーに提供する開発モデル。

8:内製化
自社内の業務を外部ベンダーに頼らず、自社内のリソースで対応すること。

9:デジタルツイン
IoTやAIなどの技術を活用して取得したリアルタイムデータを分析し、現実世界の物理的な製品やシステムで発生している事をサイバー空間(デジタル)で再現したもの。

10:リファレンスアーキテクチャーモデル
設定したテーマを実現するうえで必要となるシステム構成を整理したもの。


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主要メンバー

荒井 慎吾

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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中山 裕之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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岸 洋人

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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