Skip to content Skip to footer
Search

Loading Results

保険会社として取り組むべきヘルスケアの方向性

1.はじめに

これまで国内外の多くの保険会社が、ヘルスケアに直接的・間接的に取り組んできました。多くの保険会社が「保障もしくは補償の前後(予防・予後)における提供価値」や「QOLの向上」を掲げており、ヘルスケア領域におけるサービス・付加価値を競い合う状況は今後も続くことが想定されます。生み出されている付加価値としては、「健康増進型」や「緩和型」と呼ばれるような保険商品そのものから、健康管理アプリ、健康保険組合や企業向けのサービスまで含まれており、医師によるセカンドオピニオンなどの従来型付帯サービスの位置づけを超え始めています。

一方、ヘルスケアを通じたマネタイズの道筋を明確に描けている保険会社は依然として少ないと思われます。本稿では、特にCOVID-19パンデミック(以下、コロナ禍)以降のヘルスケアや保険を取り巻く環境・他国との比較等を俯瞰し、日本の保険会社として取り組むべきヘルスケアの方向性に関する示唆を示します。

2.ヘルスケアを取り巻く日本の環境

日本のヘルスケアを支える重要なパーツの一つは、国民皆保険制度です。その代表的な保険者として、大企業の従業員等が加入する健康保険組合を例に挙げると、その財政は、2014年から2020年にかけて経常収支が黒字で推移してきたものの、コロナ禍で悪化し、2022年度は2,770億円の赤字となる見通しです。さらに、2022年以降は人口ボリュームの大きい”団塊の世代”が75歳以上の後期高齢者となり、健保の拠出金は今後も拡大することが予想されます(図表1)*1

図表1 健康保険組合の経常収支推移

次に、生活者の意識に目を転じると、「コロナ禍以降、健康への意識が高まった」と回答した人は約8割にのぼっており*2、国民全体の健康意識は高まっていると言えます。

しかし、諸外国と比較した場合には、日本の高齢者の健康意識はまだ相対的に低いのが実状です(図表2)*3

図表2 高齢者が健康について心がけていること

一方で、病院などの医療サービスの利用状況を見ると、日本の高齢者が他国と比較して高い頻度で通院していることが見て取れます(図表3)*4。これは医療費の最終家計消費における自己負担額の割合が他国と比べて低額に抑えられていること(図表4)*5、医療へのフリーアクセスが主な背景と考えられます。

すなわち、日本国民は他国と比べて気軽に一定水準の医療サービスを受けられるが故に、日常生活レベルでは健康に対する課題意識が高くないとも推察できます。

図表3 高齢者による医療サービスの利用状況
図表4 最終家計消費に占める医療費の自己負担額の割合(2019年または直近年)

3.日本の保険会社を取り巻く環境

次に、保険会社を取り巻く環境が、コロナ禍を経てどのような変化に直面しているかを見ていきます。

蔓延防止の観点から対面機会確保の難易度が上がったことにより、保険営業は厳しい環境に晒されています。実際、大手生命保険の一社では、2021年度においても「なお約4割の職域営業先への出入りができていない」との報道もなされています*6

PwCコンサルティングが実施した『ワークスタイル調査2022』においても、「リモートワークを実施していない」と回答した企業は22%に留まり、リモートワークが多くの企業に浸透したと言えます(図表5)。また、主にコロナ収束後の働き方の展望においては、「以前の働き方に回帰したい」と回答した企業は18%となっており、今後もリモートワークは一定程度定着し続けることが想定されます(図表6)*7

すなわち、貴重な顧客タッチポイントだった職域は、立ち入り禁止が解除される見通しが立ちにくいうえに、解除されたとしても、コロナ前ほど顧客に会える確率は低いと想定すべきでしょう。

図表5 リモートワークの推進状況
図表6 今後の働き方の展望

以上のような日本の保険会社とヘルスケアを取り巻く環境(図表7)を踏まえると、日本の保険会社はヘルスケアの位置づけとマネタイズ戦略を見直すフェーズにあると言えるでしょう。

図表7 日本の保険会社とヘルスケアを取り巻く環境

4.海外の保険会社におけるヘルスケアの取り組み

次に、海外の保険会社の取り組み事例を見ていきます。

① 米国:
国民皆保険制度がなく医療費が高額な米国では、被保険者の健康維持が保険会社の収益改善にも大きなインパクトがあるため、Health/Wellness Program提供が盛んに行われてきました。

例えば、大手医療保険会社が健康行動によるポイントインセンティブ、AIを用いてパーソナライズドした健康行動の推奨、医療検査結果・薬局での支払データなどから個人に合わせた健康アラートや推奨を行うプログラムなどを自社で開発している事例があります。また、外部企業との提携・共同開発によって特定疾患向けのヘルスコーチングプログラムを提供したり、医薬品販売企業と経営統合したりといった、医療と保険のシナジー創出も進められています。

② 中国:
「町医者とのトラブルが絶えない」「総合病院では整理券で数日待ち」といった、独自の医療環境が背景にある中国では、こうした消費者のペインポイントに訴求するソリューションをタッチポイントとして、保険営業につなげている保険会社があります。グループ会社で独自のヘルスケアサービスを展開し、そこからの流入で毎年多くの新規保険契約を獲得するなど、大きなシナジーを生み出すことに成功しています。

③ 欧州:
保険会社でありながら、ヘルスケアを生活者・企業活動のパートナーとなるためのサービスとして位置づけ、積極推進している事例があります。日常の健康・予防サービスから、傷病後の回復サポートまで幅広い分野のヘルスケアサービス提供を進めています。また、ヘルスケアプラットフォームやメンタルヘルスサービスを提供する企業へ出資するなど、ヘルスケア事業への投資も積極的に行っています。

5.日本の保険会社におけるヘルスケアの取り組み

こうした中、日本における保険会社は、大きく3つの方向性でヘルスケアに取り組んでいます(図表8)。

① 健保財政の健全化や企業(従業員)の健康経営を支える「Health/Wellness Program提供型」

② 顧客一人ひとりの健康増進・QOL(Quality Of Life)向上や、予防・予後を支える「Well-being Driven型」

③ 既往症や特定のリスクを有している人でも加入できる「Improved Underwriting型」

図表8 国内生命保険会社によるヘルスケアの取り組み分類

6.今後日本の保険会社が取り組むべきヘルスケアの方向性

では、日本の保険会社は今後どのようにヘルスケア事業に取り組むべきでしょうか。紹介してきた海外の事例は参考にしたいものの、各国独自の社会・医療環境が背景にあると言えるため、そのまま日本に適用することは困難です。

日本が、良くも悪くもガラパゴス的なヘルスケア環境であることを踏まえれば、今後日本の保険会社が目指すべき方向性は大きく3つあると考えます(図表9)。

① ヘルスケア事業の分社化
② ニッチな顧客セグメントに向けたパーソナライズド化
③ ヘルスケアを企業福利厚生の一部に組み込んだ職域のデジタルタッチポイント化

図表9 国内生命保険会社が目指すべき方向性

①ヘルスケア事業の分社化
まず、ヘルスケア事業の分社化は、今後ヘルスケア事業単独での収益化を狙う「Well-being Driven型」の保険会社にとって有効と考えられます。ヘルスケア事業が本業に取って代わる、もしくはその業績を補完するまでマネタイズが成功するには、まだまだ多くの投資と時間を要します。こうした状況の中で、ヘルスケア事業が保険会社の“内側”に在り続けると、よほど思い切った資源配分・経営判断をしない限り「保険のオマケ」の域を出ることは難しいと言えます。

株式会社であれば株主、相互会社であれば契約者といったステークホルダーに対して、ヘルスケア事業への投資の位置づけ、今後のリターンなどの説明責任も生じます。こうした“制約”から離れてマネタイズを図るには、分社化が有力な選択肢となります。

②ニッチな顧客セグメントに向けたパーソナライズド化
次に、ニッチな顧客セグメントに向けたパーソナライズド化は、すでに「Improved Underwriting型」の保険会社において取り組みが進んでいます。さらなるニッチ化・パーソナライズド化を進めることは、特に特定の顧客セグメントを得意とする保険会社にとってはブランド戦略との相乗効果を含めて武器になり得るでしょう。

③ ヘルスケアを企業福利厚生の一部に組み込んだ職域のデジタルタッチポイント化
最後に、ヘルスケアを企業福利厚生の一部に組み込んだ職域のデジタルタッチポイント化について考えます。

既に「Health/Wellness Program提供型」の保険会社は、健康保険組合や企業の人事向けに、健康経営の支援や従業員の健康支援をサービスとして展開しています。一方、健保や企業人事からしても、従業員からしても、ヘルスケアというのは福利厚生メニューの一つであり、それ単体に大きな付加価値を感じ経済的資源を投じるのは、健康意識が高い、もしくは健康リスクを感じている一部の層に留まることが想定されます。保険会社、もしくは保険の営業職員に顧客が期待するのは、「今の健康状態、もしくは将来の健康リスクを踏まえたライフプランニング」であり、「そのライフプランニングを踏まえた最適な保障」ではないでしょうか。

特に、これまで保険会社が提供してきた企業の福利厚生としての団体保険(総合福祉団体保険、団体定期保険など)や団体年金(確定給付型企業年金、確定拠出型企業年金等など)については、従業員からしても積極的に加入している意識が薄く、これらを踏まえたライフプランニングや保障設計を受けられることには価値を感じる可能性が高いと言えます。

ライフプランニングは、顧客の健康状態はもちろんのこと、年収・家族形態・持ち家の状況など、プライベートな情報提供が必要になるうえ、「保険販売のために誘導されているのではないか」といったバイアスにも陥りやすいものです。しかし、企業の福利厚生サービスとして、従業員の健康状態や企業独自の福利厚生(保険・年金や健康保険の付加給付など)を踏まえたアドバイスであれば、受け入れられやすいと思われます。

こうしたHealth×Wealthは、企業が近年重視する従業員のWell-beingの概念ともつながりやすく、企業の従業員ポータルサイトなどのデジタル上で提供されれば、コロナ禍で失われた職域におけるタッチポイントとして導入が進む可能性があります。

7.保険会社に求められるケイパビリティ

前章で述べた3つの目指すべき方向性に取り組むために、保険会社にはどのようなケイパビリティが求められるでしょうか。

まず、「分社化」に取り組む場合、撤退ラインを含めた中長期事業計画を策定した上で、保険業法との適法性を慎重に確認しながら進めていくことが求められます。また、分社化に伴うグループとしてのガバナンス体制構築など、守りの観点を持って進めることが必須要件となります。

次に、アンダーライティングの「パーソナライズド化」に取り組む場合、まずは新たな領域の商品・サービスのアイディエーションと開発力です。ターゲットとして相応しい顧客セグメントの特定・マーケット予測を行った上で、そのセグメントに訴求力のあるコンセプトを定め、保険商品、保険以外の付加価値・サービスの開発(予防・予後)を行っていきます。

実行にあたってはビッグデータの取り扱いノウハウも重要です。医療・健康データ、保障リスクデータを適切に構造化し、データ取得から管理に至るまでのプロセスの構築、適切なセキュリティやガバナンスの確保が求められます。

最後に、Health×Wealth領域の職域デジタルタッチポイント化に取り組む場合、開発パートナー選定を含むデジタルプラットフォーム構築のノウハウが必要です。また、デジタルタッチポイントを保険契約の成約に結び付けていくためには、「ナーチャリング」の仕組み作りも重要です。対面営業とは異なり、デジタル上のタッチポイントでは見込み客をすぐ成約に直結させることは困難です。顧客および企業のペイン・ニーズを特定した上で、競合と差別化できる提供価値を定め、成約に結び付けるまで適時適切なアプローチを続け、顧客を長期的に育成しLTVを高めていく必要があります。

8.おわりに

本稿で示した方向性のいずれも、ヘルスケアデータの取得・取り扱い、最新のヘルステック、さらには人事・福利厚生や団体保険・団体年金に関する業務・システム面での知見など、幅広い専門性が要求されます。しかし、こうした施策が結実すれば、保険会社にとっての成功だけでなく、国民のWell-beingにつながると確信しています。

PwCコンサルティングとしても保険×ヘルスケアの未来を全力で支えていくべく、求められる専門性を磨き続けていきたいと考えています。主な支援領域は以下の通りです。

① 保険業法の適法性確認を含む新会社設立支援(PwCあらた監査法人と協業)
② 保険業界・ヘルスケア業界専門チームによる新商品・サービス開発支援
③ ビッグデータの取り扱いにおけるプロセスおよびガバナンス構築支援
④ 保険インサイドセールス・デジタルナーチャリング体制構築支援

9.本記事の要旨

  • コロナ禍以降、国民皆保険制度は再び厳しい状況となっています。日本国民の健康に対する意識は高まっているものの、諸外国比では相対的に低い。一方で、気軽に一定水準の医療サービスを受けられることを背景とした医療機関の利用頻度の高さなど、日本独自の特徴が浮き彫りになっています。(2.ヘルスケアを取り巻く日本の環境)
  • 日本の保険会社は、リモートワークの普及による職域立ち入り禁止等の影響により、今後の新契約販売見通しが明るいとは言えません。(3.日本の保険会社を取り巻く環境)
  • 海外の保険会社に目を転じると、ヘルスケアと保険本業のシナジーを生み出しているケースが見られるものの、その国独自の社会保障・医療インフラが背景にあるため、そのまま日本に適用することは難しいといえます。(4.海外の保険会社におけるヘルスケアの取り組み)
  • こうした中、日本における保険会社は、①Health/Wellness Program提供型、②Well-being Driven型、③Improved Underwriting型、の大きく3つの領域でヘルスケアに取り組んでいます。(5.日本の保険会社におけるヘルスケアの取組み)
  • 今後目指すべき方向性としては、「①ヘルスケア事業の分社化」「②ニッチな顧客セグメントに向けたパーソナライズド化」「③ヘルスケアを企業福利厚生の一部に組み込んだ職域のデジタルタッチポイント化」が考えられます。(6.今後日本の保険会社が取り組むべきヘルスケアの方向性)
  • 実行にあたっては、保険業法との適法性確認や、ビッグデータ取り扱いノウハウ、インサイドセールスの体制構築などの新たなケイパビリティが求められます。(7.保険会社に求められるケイパビリティ)

*1健康保険組合連合会 令和4年度 健康保険組合 予算編成状況について -予算早期集計結果の概要-
https://www.kenporen.com/include/press/2022/2022042702.pdf

*2ピップ 全国4,700名に対して健康に関する意識調査を実施しました
https://www.pipjapan.co.jp/newsrelease/20210324.html

*3*4内閣府 高齢者の生活と意識に関する国際比較調査(全体版)
https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/r02/zentai/pdf_index.html

*5OECD 図表でみる医療2021:日本
https://www.oecd.org/health/health-systems/Health-at-a-Glance-2021-How-does-Japan-compare.pdf

*6日本経済新聞電子版 生保、追い風参考の最高益 22年3月期10%増4.1兆円(2022年5月26日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1994L0Z10C22A5000000/

*7PwCコンサルティング ワークスタイル変革:今、日本企業に求められている新たな働き方とは
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/hybrid-workstyle-survey.html

執筆者

田村 公一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

大須賀 英之

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

河上 大吾

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

佐藤 一也

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}