2024年の見通し

ヘルスケア業界における世界のM&A動向

Global M&A Industry Trends in Health Industries hero image
  • 2024-04-24

革新的技術をめぐる競争がさらに激化するとともに、ディールメーキングへの逆風が落ち着き始め、2024年のヘルスケア業界のM&Aは加速するでしょう。

医薬・ライフサイエンス(PLS)およびヘルスケアサービス(HCS)のM&Aは2023年も底堅く、価値創造ができる革新的企業が投資家の大きな関心を集めました。2023年末から2024年の最初の数週間にかけてM&Aが活発化したことがすでに確認されているように、2024年にはこのベースラインからディールメーキングが加速すると予想されます。金利上昇や規制当局の監視といった逆風は残っているものの、投資家や資金の貸し手はこの環境を乗り切ることに順応してきています。ヘルスケア業界の魅力的な分野では、ディールメーカーは選別的な姿勢を保ちつつも、優良資産の追求に意欲的であり、M&A需要が掘り起こされる可能性があります。

大手製薬会社は、差し迫ったパテントクリフに直面する中、パイプラインのギャップを埋めるために中堅バイオテクノロジー企業への投資検討を続けるものと予想されます。糖尿病対策や減量促進に使用されるGLP-1受動体作動薬への投資家の関心、および精密医療領域への継続的な注目が、2024年のM&A活動を促進しそうです。非中核資産の売却も引き続き最重要課題です。プライベート・エクイティ(PE)は、ヘルスケア資産の買収に活用できる多額の資金(ドライパウダー)を有しています。加えて、いくつかのファンドが、投資期間の終了が近いポートフォリオ会社の投資案件を保有しており、2024年にはそういった案件が市場に出てくる可能性があります。

2024年にはIPO市場がおそらく強力な臨床データを持つ企業を中心に徐々に再開するという、慎重ながらも、楽観的な見方(英語ページ)もあります。しかし、いくつかの国で選挙が予定されていることや、市場の不確実性が続くこともあってExit期間が狭まり、2025年まで待たなければならない企業も出てくるかもしれません。そのため、2024年もM&Aや事業売却がバイオファーマの有力な出口戦略と資金調達メカニズムであり続けるでしょう。金利上昇が続く可能性があるため、企業は株主にとって付加価値を生むために必要なハードルレートをクリアできない売却候補がないか、ポートフォリオ検討が必要となります。また、多くのメガディールが一時停止している一方で、重要なディールを成立させるために、非営利団体との提携を含むコラボレーションやジョイントベンチャーが増えることが予想されます。

「ディールメーカー各社は、2024年の活況に備え、今から対策を講じるべきです。マクロ経済や規制の状況が明らかになり、買い手と売り手のバリュエーションに対するギャップが縮小するにつれて、ヘルスケア業界のディールが加速するものと予想しています」

Christian MoldtPwCドイツ、パートナー、グローバルヘルスケア業界 ディールズリーダー

成長するGLP-1受動体作動薬市場におけるディール機会

  • GLP-1受動体作動薬は血糖値を下げ、体重減少を促進することで2型糖尿病を治療する薬で、COVID-19 mRNAワクチンに取って代わり、製薬業界のスーパースターとなりました。投資家やアナリストは、この医薬品の市場ポテンシャルは大きいと考えており、アナリストの予測はさまざまですが、潜在的な売上高を1,000億米ドル以上と予想するアナリストもいます。この医薬品に対する大規模かつ持続的な需要が人口全体に見込まれることから、すでにGLP-1受動体作動薬を上市しているNovo NordiskやEli Lillyなどの企業では、増収と株価上昇の双方の影響が見られます。
  • この急成長市場において、バリューチェーン全体にわたって各社がしのぎを削ることが予想され、イノベーションにはプレミアムがつくでしょう。GLP-1受動体作動薬は注射薬であることが多いため、経口投与による実証をできるバイオテクノロジー企業は、2024年にM&Aのターゲットとして大いに注目される可能性があります。RocheによるCarmot Therapeuticsの買収提案や、AstraZenecaによるEccogeneとの独占ライセンス契約に見られるように、大手製薬会社が経口GLP-1受動体作動薬の開発に投資する例はすでに見られます。
  • GLP-1受動体作動薬の有効性と予想される広範な需要により、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、心血管疾患などの治療にかかわる製品やサービスの需要減少に対する投資家の懸念も広がっています。GLP-1受動体作動薬がリスクとなるメドテック企業の株価は、ここ数カ月でマイナスの影響を受けています。このため、この新薬によるディスラプションの対象となるメドテック企業が事業再編に向けてM&Aを検討する可能性が生じています。

その他のM&Aが活発な分野

GLP-1受動体作動薬に加え、2024年には以下の分野でのM&Aが活発になると予想されます。

医薬・ライフサイエンス

  • パテントクリフを回避するためのバイオテクノロジー企業買収:大手製薬会社は、2020年代後半もパテントクリフと自社パイプラインのギャップに直面することが想定され、成長計画を達成するためにM&Aの機会を模索するでしょう。2020年代後半にパイプラインのギャップを埋めることができる中堅・中小バイオテクノロジー企業は、2024年に大きな注目を集めるでしょう。しかし、金利上昇により、こうした買収ターゲットが達成すべきハードルレートは高くなっています。そのため、優れた臨床データに裏付けられ、真に差別化が可能な革新的なターゲットをめぐって、激しい競争が繰り広げられるでしょう。
  • 強力なキャッシュフローを持つCRO、CDMO、メドテック企業:強力なキャッシュフローを創出し続けられる開発業務受託機関(CRO)、受託製造開発機関(CDMO)、メドテック企業は、2024年に事業会社・PEの双方の投資対象となり得る魅力的なセクターになることが見込まれます。GLP-1受動体作動薬のケイパビリティを持つ企業は、当該セクターにおける成長軌道が予想されることから、特に注目されるでしょう。
  • 非中核資産の売却:大手製薬コングロマリットの間では、研究開発費を削減し、自社のコア事業領域により近い新規投資資金を生み出すために、非中核資産を売却する意欲が依然として高いようです。このため、2024年においてもポートフォリオの最適化はディールメーカーの重要な課題となっています。
  • 人工知能(AI):AIの技術や応用はまだ始まったばかりですが、AIが創薬や医薬品開発をより迅速かつ安価(英語ページ)にし、従来の手法では不可能な全く新しい医薬品を発見するといった潜在的なメリットをもたらす可能性があるため、製薬会社、バイオテクノロジー企業、スタートアップ企業などはM&Aを利用して、この分野で進歩を遂げるために必要な能力を獲得することになるでしょう。

ヘルスケアサービス

  • 病院:多くの病院は、パンデミックに関連した政府からの資金提供の停止、金利上昇による国家予算の逼迫、持続的な臨床労働力不足(英語ページ)などの要因から、財務および経営上の課題に直面しています。経営難に陥った病院のディールは、特に買い手が患者ケアの質とコストを大幅に改善することで価値を創造できると考える場合、PEにとって好機となるでしょう。
  • デジタルイノベーションでバリューギャップを埋める:前述したような人材不足の問題、コストの上昇、政府からの資金提供の削減によって、バリューギャップを埋めるためにデジタルによる効率化を求める医療提供者へのプレッシャーがさらに高まっています。遠隔医療、ヘルステック、アナリティクス企業は、こうしたバリューギャップを埋める手段として、今後も魅力的な投資対象であり続けるでしょう。
  • 消費者向けヘルスケアを牽引する長期的トレンド:消費者向けヘルスケア製品に対する需要は、世界人口の高齢化や所得水準などの人口動態の変化により拡大しています。例えば、生活コストが消費者の消費嗜好に影響を及ぼしており、特に米国では、より高度な専門医による医療や処方薬に代わるものとして、市販薬(OTC)、ビタミン、サプリメント、ミネラルの購入を検討する消費者が増えています。最近スピンオフしたOTCや消費者向けヘルスケア専業の事業者はディールを活用して自社変革の計画を加速させることが予想されるため、消費者向けヘルスケア分野を専門とする企業は2024年も魅力的な買収ターゲットであり続けるでしょう。
54%

のヘルスケア業界のCEOが、今後3年間に少なくとも1件の買収を計画していると回答。

出典:PwC「第27回世界CEO意識調査」

ヘルスケア業界における2024年のM&Aの主なテーマ

  • 規制当局の役割:規制当局は、ヘルスケア業界におけるより大規模なディール実行への意欲に対して引き続き一定の役割を果たすものの、2024年においては、以前ほどM&Aへの抑止力にはならないかもしれません。2023年には、一部のディールメーカーは大型ディールの実行をためらい、代わりに当局からの規制を比較的受けにくいより小規模なディールに注力しました。また、買収計画を進めたものの、訴訟対応が必要となる規制上の問題に直面し、ディールのクロージングが妨げられたり、遅れたりした企業もありました。しかし、AmgenによるHorizon Therapeutics買収(278億米ドル)のような、最近注目された米国連邦取引委員会(FTC)の敗訴事例によって、ディールメーカーはこれらの中型から大型のディールに改めて関心を持ち、追求するようになるかもしれません。規制当局もヘルスケアサービスセクターのM&Aを注意深く監視しており、患者ケアへのアクセスを混乱させたり、価格を上昇させたりすると思われるディールに対しては、何らかの措置を講じることが予想されます。
  • 非中核資産の売却:金利上昇に伴い、企業は株主により高いリターンを示さなければならなくなるため、非中核資産や利益率を低下させる資産を戦略的に評価し、売却対象として検討する動きが続くと予想されます。このような資産売却で得た資金は、企業の戦略的ビジョンに合致した資産取得を目指す企業のディールメーキング能力を高めることになるでしょう。
  • 研究開発パイプラインの収益率への圧力:研究開発(R&D)活動に加え、製薬会社は中堅バイオテクノロジー企業に資本を振り向けることで、医薬品パイプラインのギャップを解消しようとするでしょう。そして、金利が上昇し、投資に対するリターンが求められる中、売り手には自社の価値を裏付ける優れたデータによる武装が求められます。米国では、2022年のInflation Reduction Act(インフレ抑制法)により、医薬品の独占期間が短縮され、研究開発に対する全体的なリターンが減少し、低分子医薬品に不利な影響が及んでいます。企業は、研究開発パイプラインとM&Aターゲットを再評価し、それに応じてバランスを調整する必要があります。
  • ロールアップが続く細分化したセクター:個人クリニック、専門医療機関、歯科クリニック、動物病院、眼科、体外受精、老人ホームや高齢者介護などのサービスグループは、依然として細分化されたマーケット環境にあります。PEはこれらのセクターに引き続き注目すると予想されます。しかし、こうしたプラットフォームのロールアップを評価する際に、PEのディールメーカーは、ヘルスケアプロバイダーの所有権に関する規制リスクや政治的監視を慎重に評価する必要があります。これらのセクターや病院分野では、人手不足と政府によるパンデミック関連の支援終了により、事業運営と流動性に課題が生じ、リストラクチャリングや再生型のM&Aが増加する可能性があります。
  • 費用対効果の高いバリューベースヘルスケアを提供するデジタルケイパビリティ:企業は、人件費やエネルギーコストの上昇に加え、資金調達の課題や、従来のフィー・フォー・サービスに基づく支払いモデルからバリューベースヘルスケアへのシフトの必要性に直面し、事業を存続させるためにビジネスモデルの変革を迫られています。アナリティクス技術の導入によるデジタル化の機会を模索している企業や、デジタルによって消費者に直接提供される治療薬、スマートヘルス機器、その他のソフトウェアイノベーションを求めている企業は、こうしたデジタルソリューションを提供できるデータアナリティクスやその他のテクノロジー企業の買収や提携を進めるでしょう。
  • ジョイントベンチャーとパートナーシップの増加:トランスフォーメーションの目標を達成するために、大規模企業の買収に代わる選択肢として、パートナーシップやジョイントベンチャーの活用を模索する傾向が強まると予想されます。例えば、Merckが最近発表した第一三共との220億米ドルの提携はその一例で、製薬業界ではこのようなディールモデルがますます一般的になっています。ヘルスケアセクターでも、PEグループと病院や医療システム、非営利組織とのジョイントベンチャーが増加しています。例えば、最近発表されたHenry Ford HealthとAscension Michiganとの105億米ドルのジョイントベンチャーなどの事例があります。

ヘルスケア業界におけるディールメーカーによる2024年の主なアクション

ヘルスケア業界のディールメーカーは、成長とビジネスの変革を推進し、価値と持続的な成果を創出するために、将来的な複数のディールを見据えて包括的なM&A戦略を検討することが重要です。既存のポートフォリオを積極的に評価し、付加価値の高いターゲットを求めて果断に行動し、現在の環境における規制やマクロ経済のリスクのバランスをとるディールメーカーが成功するでしょう。

M&A動向の解説は、業界で認知された情報源から提供されたデータに基づいています。具体的には、本文で言及している金額と件数は2023 年 12 月 31 日時点でロンドン証券取引所グループ(LSEG)が提供し、2024 年 1 月 3 日にアクセスした、正式に発表されたディールに基づいています(噂や取り下げられた取引を除く)。本データは、S&P Capital IQ および当社独自の調査による追加情報によって補完されています。PwCの業界マッピングと整合させるため、ソース情報に一定の調整が加えられています。

Christian Moldt
PwCドイツ、パートナー、グローバルヘルス業界ディールズリーダー

André Sassmannshausen
PwCドイツ、ディレクター

Mike Proppe
PwCドイツ、シニアマネージャー

※本コンテンツは、PwC米国が2024年1月に公開した「Global M&A trends in health industries: 2024 outlook」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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