タイ自動車市場と中国EVの動向―タイのイベント視察とラウンドテーブルからの示唆(後編)

  • 2026-04-17

PwCコンサルティング合同会社は2025年12月4日、タイで開催されたThailand International Motor Expo 2025(以降、Motor Expo)に合わせ、在タイ日系自動車OEMおよび部品メーカーの皆様をお招きして同イベントを視察し、タイ自動車市場と中国EV動向に関するラウンドテーブルを開催しました。

開催にあたっては、ASEAN・タイ経済の専門家でありASEAN自動車業界事情に精通している国士舘大学政経学部教授 助川 成也氏を特別講師にお迎えしました。

後編では、「ASEAN自動車市場を取り巻く世界の地政学リスク」についての講演と、「中国EVの進展を受けて日系企業はどのように向き合うか」というテーマで実施したディスカッションの概要を紹介します。
前編はこちら

講演「ASEAN自動車市場を取り巻く世界の地政学リスク」

ラウンドテーブルの後半では、PwC Japan合同会社 地政学リスクアドバイザリーのマネージャー 坂田 和仁がASEANの自動車市場における地政学リスクをテーマに講演を行いました。

地政学的な「交差点」に立つASEAN

今後数年を見据えたグローバルでのマクロ環境と、その中でASEAN自動車市場に特に影響しうる地政学リスク上の論点としては、「中国の産業政策と過剰生産」「米中交渉とレアアース輸出規制」「トランプ関税と迂回輸出規制」の3点が挙げられます。

PwC Japan合同会社 マネージャー 坂田 和仁

まず、これらを語る前提として、米国が国際秩序維持の役割を後退させる一方、国家資本主義・資源ナショナリズム・AI・デジタル覇権を巡る競争が強まり、世界経済の安全保障化が加速していることは看過できません。

その中で、中国の産業政策の方針に着目すると、2025年10月決議の第15次5カ年計画案では、これまで戦略的新興産業に位置付けられていた「新エネルギー車(NEV)」がリストから外れました。それに伴い、中央・地方政府ともにNEVの購入補助金の縮小・廃止を進めつつ、市場メカニズムを重視した普及策へシフトしています。一方で、AI、次世代情報技術、新エネルギー、水素、先進材料などへの支援が強化され、「科学技術の自立自強」を一段と進める方向です。

これはNEVの勢いが鈍化したという意味ではなく、中国ではNEVは既に「成熟産業化」しており、さらに先行して次世代へと突入していると捉えられます。

ただし、過去の巨額投資や既に構築されたNEVのサプライチェーンはすぐには最適化できないため、過剰投資・過剰供給、熾烈な価格競争は当面続き、余剰生産分はASEANを含む海外市場への輸出で回収が図られると見込まれます(図表1)。

図表1:中国のNEV政策とASEAN市場への輸出見通し

出典:中国政府発表資料を基にPwC作成

次に、米中交渉とレアアース輸出規制です。2025年に中国は複数回に分けてレアアース関連品目・技術の輸出許可制を導入し、一部は域外適用や海外製品にも及ぶ非常に広範な内容となりました。

2025年10月の米中首脳会談で、一部規制の施行1年延期や、双方の追加関税停止延長などに合意したものの、これは「一時停戦」に過ぎず、根本的解決には至っていません。

2026年11月が次の大きな交渉期限となり、それまでに①包括的合意、②限定的合意、③交渉決裂のいずれかに向かうと思われます(図表2)。日系企業は、停戦期間中にレアアース調達の多角化やリスク管理などのサプライチェーンの強靭化を急ぎ、来たる時に備えておく必要があります。

図表2:米中交渉のシナリオ

出所:政府発表や各種報道を基にPwC作成

最後に、トランプ関税とASEANへの影響です。トランプ関税は、ASEAN主要国のいずれにおいても当初想定より低い関税率に落ち着きました。在ASEAN日系企業では売上の約4割が輸出ですが、そのうち米国向けは平均で5%前後にとどまるため、ASEAN主要各国への直接影響は限定的と思われます。

一方で、対中輸入と対米輸出が共に拡大してきたASEANに対し、米国は「中国製品の迂回輸出」を強く警戒しています(図表3)。ASEAN各国でも米国の懸念を払拭すべく、迂回輸出取締り強化や原産地規則強化などの対応が進んでいます。今後の迂回輸出対策の動向によっては、在ASEAN日系企業ではコンプライアンス負担増やサプライチェーン再編を迫られるリスクがあります。

図表3:今後争点となるASEAN経由の中国製品の迂回輸出対策

総じて、ASEAN自動車市場は、中国国内の政策や市場動向、米中動向、関税と迂回輸出対策といった、ASEANに閉じないグローバルでの地政学的要因の「交差点」に立たされています。

日系企業は、単に為替や関税水準だけを見るのではなく、またASEAN内のみで考えるのではなく、グローバルに複雑に影響しあう政策、国家間の力学、規制動向などを理解しつつ、調達・生産・輸出のバリューチェーンを中長期視点で最適化することが求められると言えるでしょう。

ディスカッション「中国EVの進展を受けて日系企業はどのように向き合うか」

ラウンドテーブルの最後に、PwCタイのパートナー 濱田 隆がモデレーターとなり「中国EVの進展を受けて日系企業はどのように向き合うか」というテーマでディスカッションを実施しました。ディスカッションには、助川氏、坂田のほか、PwCコンサルティング合同会社で自動車業界チームのリードパートナーを務める入江 玲欧、同ディレクターの村上 侑も加わり、在タイ日系自動車OEM・サプライヤーの参加者の方々と議論しました。

中国EVメーカーは日系企業をどのように捉えているか

濱田:
ここまでは、日系企業から見た中国EVメーカーという視点で、タイおよびASEAN自動車市場における中国EVメーカーの動向を見てきました。ここで、少し視点を変えて、中国EVメーカーから見た日系企業という観点でお話ししたいと思います。

PwCタイ パートナー 濱田 隆

このイベントに先駆けて、当社で某中国EVメーカーの経営層に対して「タイ自動車市場における今後の戦略」および「中国EVメーカーは日系企業をどのように捉えているのか」というテーマでインタビューをしてきました。その要旨は以下になります。

図表4:中国EVメーカーのタイ市場における立ち位置と、日系企業を視野に入れた課題と対策

出所:中国EVメーカー経営層インタビューを基にPwC作成

上記からも読み取れるように、中国EVメーカーは強みである価格競争力のみではなく、今後は品質とコストの両立を目指し、日系企業からの納入も含めた現地調達を進めようとも考えているようです。

坂田:
在タイ中国企業を対象とした別の調査でも、図表5にあるように「日系企業と連携を希望する」との回答が非常に多く見られています。選択的協業は可能性として考えてもよいと思います。

参加者A(OEM):
中国EVメーカーから見て、昨今の元安・バーツ高の中でも価格競争力を高めるという観点で、タイが魅力的な生産拠点であり続けるのか、欧州に向けた輸出拠点であり続けるのかは注視しています。

参加者B(サプライヤー):
自社にとってタイは重要な地域であり、中国EVメーカーも重要な顧客になりうるため、取引契機を得るべくタイ・中国現地の両面から窓口を模索していますが、苦戦しています。

参加者C(サプライヤー):
自社では既に中国EVメーカーに部品を納入しています。低価格でありながらも品質要求は高く、今後中長期的に取引を続けていくかどうかは悩ましいところです。

参加者D(サプライヤー):
中国企業との取引は、価格面もありますが、支払サイトが長く品質保証が重いなどの条件が厳しいことが難しい点。日系企業にとってビジネスは信頼関係が重要なため、今後、中国EVメーカーのタイでの現地調達で協業できるかどうかは、中国EVメーカーとの中長期的な信頼関係の構築がポイントと考えます。

中国自動車メーカーの苦境と日系メーカーの巻き返し

濱田:
一方で、中国本土に目を向けると、競争過多により中国EVメーカーの収益が二極化してきており、今後淘汰が進む可能性もあります。その中で、新たな兆候として、中国本土で日系メーカーが次々とEVを投入して巻き返しており、2025年は中国製日系EVの節目の年となり得ると言えます。

中国企業と組んで最先端の技術を取り入れつつも、価格競争力の高い製品を投入してきている日系企業もあり、従来の日系メーカーのブランド力とも言える信頼と品質も加わって、中国の消費者にとっても魅力的な製品となっています。

坂田:
中国のNEV産業政策はグローバル競争力確立の観点では成功でしたが、過度な補助金と過剰投資が激しい価格競争とデフレ圧力を生み出したという意味では、国内政策として有効だったかは検証の余地があります。

村上:
「中国EVには中国製日系EVで対抗する」と言わんばかりに、中国で生産したEVをグローバルに展開する日系メーカーも出てきており、中国製日系EVは今後ASEAN市場にも流入すると想定されます。実際、今回視察したMotor Expoでも、中国で人気の中国製EVの海外仕様モデルを展示していた日系メーカーがありました。

近い将来、タイ自動車市場において中国製日系EVが中国EVを凌駕する状況になるかもしれません。在タイ日系企業にとって重要なのは、そういった状況も踏まえ、タイのみならずASEANひいては中国まで含めた製品戦略・サプライチェーン戦略の中で、タイ自動車市場にどう向き合うかを考えることと言えます。

日系自動車OEM・部品メーカーが力を合わせて何ができるか?

濱田:
最後に、そういったタイ国内外の状況を踏まえ、タイ自動車市場において日系企業が力を合わせて何ができるか、と問いかけたいと思います。

参加者E(OEM):
前提として、現在タイでは生産能力過剰になっており、一方で市場変化を見ると人件費も上がりバーツ高でもあるため、タイで生産するのが果たしてよいのかという話になってきています。

日系企業としての競争優位性を高める地盤を、会社の枠を超えてサプライチェーン全体で整えることが重要と考えており、自社でも部品メーカーと協働してコスト削減と生産能力の適正化を検討しています。

助川氏:
中国EVメーカーはタイ政府の補助金など後押しを踏まえて輸出をどんどん進めてきましたが、タイの地場企業・日系企業にとって、中国系サプライチェーンによるプラスの影響が得られていない点は政府としても悩みどころと思われます。

一方で、日系企業のサプライチェーンには合弁会社やタイ地場企業が組み込まれているため、日系企業が協調しサプライチェーン全体を効率化していくことはタイにとってもプラスに働くと思います。

濱田:
サプライチェーン全体の協調にあたっては、在タイ拠点だけで考えるのではなく、日本本社も巻き込んでの検討が必要なケースもあるでしょう。

その観点で、このイベントに先駆けて、日系企業の本社でASEAN地域またはタイを担当されている方々から、タイ市場における日系企業間の協調領域に関する意見を収集しましたが、やはり日本本社目線でも「サプライチェーン全体の効率化に向けた業界横断での取り組み」は重要な領域として挙がりました。

他にも「設計・開発での各社の得意な技術を活用するための共創」や「コネクテッドや顧客囲い込みの共同基盤作り」などが挙がりました。

参加者D(サプライヤー):
中国EVメーカーは1~2年で新車を投入するモデルサイクルであり、日系企業にとっては品質ゲートの観点で追随が難しいのが現状。開発フローを短縮する取り組みにおいて日系企業各社で連携できれば、市場ニーズ・市場変化に迅速に対応できるようになり競争力が高まるのではないでしょうか。

濱田:
OEMメーカーで言うと、SDVの次のAIDVなどを取り入れた開発短縮の取り組み等がそれにあたり、今まさに各社で推進している状況かと思います。

入江:
部品メーカーにおいては、市場やOEM各社のニーズを早期に捉え設計・開発に生かすための製品戦略や、設計・開発から量産・アフターセールスまでのデータを統合的に管理しエンドツーエンドにつなぐ全体構想などが重要となると考えます。

これらの戦略や構想において日系OEM・部品メーカーの垣根を超えて協調し、日系自動車関連バリューチェーン全体を効率化・最適化していくことが、今後中国EVメーカーと向き合うためのみならず、日々変化する自動車市場の動きに対応するために、いずれにせよ必要と言えると思います。

視察とラウンドテーブルから見えてきた今後の課題

タイ自動車市場は、日本主導の内燃機関車の生産拠点から、中国EVを軸にした競争の舞台へ急速に変容しています。

中国EVメーカーは現地生産を加速し、価格競争力と投入スピードで優位性を確保しており、さらに米中対立や迂回輸出規制など地政学リスクがASEAN全体に影響する中、日系企業は自社の付加価値・強みの再定義やグローバルでのサプライチェーン再構築に中長期視点で取り組むことが不可欠です。

そうした環境下においては、「競争」だけでなく「協調」も鍵となります。

インフラや物流・調達の共通化、業界横断でのサプライチェーン効率化など、日系企業間での共創領域を具体化し、日系企業同士でコスト競争力と柔軟性を高める取り組みが考えられます。

加えて、中国EVメーカーとの選択的協業も視野に入れ、品質・条件面でのリスクを管理しながら、現地調達や技術連携の可能性を探ることも、タイ自動車市場における持続的競争力確保につながります。

一方、今後中国本土での競争過多と中国EVメーカーの収益力低下に起因して市場のパワーバランスが変化する可能性もあり、タイ市場での中国EVの進展に対しては、タイ国内のみならずASEAN・グローバル全体で戦略立てて考える必要があります(図表5)。

そのような状況に対し、PwCはグローバルに各領域にさまざまな専門家を有しており、中国EVメーカーおよび中国サプライチェーンの動向の把握から、タイおよびASEANにおけるマクロ・ミクロ両観点での諸要因の分析、タイ現地日系企業における経営課題や現地事情を踏まえた戦略の策定・実行支援まで、ワンストップかつグローバルネットワーク一体となって対応できる体制を整えています。

今回のような在タイ日系企業間の「率直な対話の場」を今後も継続的に設け、日系自動車OEM・部品メーカー各社と知恵を絞り、力を合わせ、未来を共に創っていきたいと考えています。

図表5:今後に向けた検討テーマ

主要メンバー

入江 玲欧

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

村上 侑

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

坂田 和仁

マネージャー, PwC Japan合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ