グリーン領域のビジネスで優位に立つチャンス

イノベーションと先端技術で環境と経済が両立する社会へ

  • 2024-08-08

気候変動の進行に伴い、企業はバリューチェーン全体を通じて自然環境の変化に対応せざるを得ない状況になっています。環境課題の解決に向けた取り組みは、変革への挑戦でもあり、持続的な企業価値創出の機会にもつながります。

PwCコンサルティングが2024年6月7日に開催した「Technology Day 2024-生成AIやテクノロジーをビジネスにどう活かしていくか-」のBreakout Session 8では、「グリーン×イノベーション:環境課題への挑戦と企業価値創造」と題し、国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部、日本電気(NEC)経営企画部プロフェッショナルの篠崎裕介氏をお招きし、PwCコンサルティングのシニアマネージャー服部徹とともに、NECグループが実践している「グリーン×イノベーション」の取り組みをめぐって意見交換をしました。

(左から)服部 徹、篠崎 裕介氏

(左から)服部 徹、篠崎 裕介氏

登壇者

篠崎 裕介氏
国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部
日本電気株式会社(NEC) 経営企画部 プロフェッショナル

服部 徹
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー

国がネイチャーポジティブでのビジネスを後押し

Breakout Session 8は、PwCコンサルティングでシニアマネージャーを務める服部徹による「グリーン×イノベーション」の概況説明からスタートしました。服部がまず紹介したのは、グリーンの定義が広がってきている現状についてです。「これまでグリーンといえば、CO2削減や脱炭素といった地球温暖化対策が中心でしたが、現在は生物多様性や化学物質、土地、水といった環境問題全般へと広がっています」と服部は語ります。

ここで服部は、人々が地球で安全に活動できる範囲を科学的に定義するためのフレームワークである「プラネタリーバウンダリー」を紹介。これは気候変動や新規化学物質など9項目を設定し、危険度を示したもので、このうちの6項目がすでに危険レベルに達しているそうです。

続いて服部が紹介したのが、財務情報開示タスクフォースの重要性です。

「気候に焦点を当てた気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)については、すでに多くの企業が準拠していますが、2023年9月には、環境から自然へと範囲を広げた自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の正式版がリリースされ、注目を集めています。今後は、これをさらに社会全体へと拡大した不平等と社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)も立ち上がりますが、日本企業がまず取り組むべきなのは、2つめのTNFDです」(服部)。

服部によると、このTNFDにおける評価ではリスクの高いコモディティや商品として、食品、エネルギー、建築、インフラなどが挙げられているとのこと。世界的な価格高騰の影響もあり、サプライチェーンも含めた事業リスク、ひいては経営リスクが深刻化する懸念もあるそうです。

財務情報開示タスクフォースに加え、2024年3月には環境省、経済産業省、農林水産省、国土交通省が連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を発表しました。ネイチャーポジティブとは、経済活動によって生じる自然環境の損失を抑え、自然や生態系の回復を目指す考え方です。

プラネタリーバウンダリーから財務情報開示タスクフォース、そしてネイチャーポジティブ経済移行戦略という流れが、本セッションのテーマである「グリーン×イノベーション」にどうつながっていくのでしょうか。これについて服部は、「単に自然環境を守りましょうというだけではなく、イノベーションによって自然を適切に活用できる社会を実現し、企業価値を高めていく手法を探るのがこのセッションの狙いです」と説明しました。

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 服部 徹

ネイチャーポジティブ経済移行戦略の概要には、「ネイチャーポジティブの取り組みが、企業にとって単なるコストアップではなく、自然資本に根ざした経済の新たな成長につながるチャンスであることを分かりやすく示し、実践を促すためのもの」との記載があるとのこと。

「これはつまり、環境報告書のような形でどんな取り組みをしているか報告するだけではなく、しっかりビジネスを創出し、企業価値を高めましょうという話なのです。企業がビジネスで環境課題の解決に取り組み、収益を上げるとともに企業価値創造を図るのは、サステナビリティの観点から言っても有効です。ネイチャーポジティブ経済移行戦略は、企業のこうした挑戦を国が後押しするというメッセージなのです」(服部)

ただ、具体的にどうすればいいのかという答えはまだ出ておらず、服部は「今はアーリーアダプターが新しいビジネスを模索している段階です。ここで見つけたものを育成し、覇権を獲得するためには、ビジネスモデルのイノベーションと先端技術活用を同時に進め、サプライチェーン全体を包括的に考えていくことが重要になります。これからの数年間は、この領域で優位に立てるかどうかの分水嶺だと考えていただければと思います」と力を込めました。

「見せる化」「つながる化」「価値化」で課題に対応

服部の概況説明に続いて解説を行ったのが、国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部の篠崎裕介氏。IISEは、NECグループのシンクタンクとして2000年に設立された会社であり、NEC経営企画部プロフェッショナルの肩書も持つ篠崎氏は、2023年度からIISEで新しい考え方を世の中に提示し、共感によりステークホルダーとの共創活動を生み出すことで、新たな顧客や市場を創造する「ソートリーダーシップ活動」を環境領域で推進しています。

篠崎氏は、最初に環境経営を取り巻く課題やリスクについて、「課題は部署やフェーズで異なるため、統括的なリスク対応が困難なのが現状です」と説明しました。

一例として篠崎氏が挙げたのが、調達での環境配慮です。サプライチェーンの温室効果ガス排出量は、年度単位の調達実績が出てから計算するため、調達先選定時や発注時に環境配慮ができません。その結果、環境配慮素材の購買力も高まらず、年間単位であることから、改善サイクルを早めることも難しいと篠崎氏は言います。

こうした課題を解決するためにNECが取り組んでいるのが、「見せる化」「つながる化」「価値化」の3つのステップからなるデータドリブンのイノベーションです。

「環境にまつわるデータ管理をしながら、経済性と環境性の両立を図っていくことが、これからの企業の価値創造において重要になってくると考えています」(篠崎氏)。

1つ目の「見せる化」はデータの可視化です。篠崎氏によると、NECではデータドリブン経営を「様々なデータを蓄積し、デジタル技術を活用して、ビジネスのあらゆる局面においてデータ主導での意思決定をする経営」と定義しているといいます。最終的に目指す姿は、必要なときに必要なデータが使えること。つまり、データの民主化です。

「このチャレンジで重要なのが、『One Data』『One Place』『One Fact』の3つです。One Dataは、データを共通言語化して利活用できる状態にすること。One Placeは、オーナーがデータを一元管理して信頼性を確保すること。そしてOne Factは、実際にデータを意思決定や戦略立案に活用しながらデータ・マネジメント・カルチャーを醸成していくこと。当社ではこのサイクルを回しながら、『見せる化』を進めています」(篠崎氏)

DPPを活用した製品ライフサイクル管理システム

「見せる化」でデータを使えるようになった次の段階が、2つ目の「つながる化」。環境テーマにおいて、「つながる化」が生かせるのがサーキュラーエコノミーです。

「従来の大量生産、大量消費、大量廃棄では地球がもたないため、資源消費の最小化や廃棄物の発生抑止を目指すことが求められています。そのために必要なのが、トレーサビリティを法制化した『デジタル・プロダクト・パスポート(DPP)』という概念です」(篠崎氏)

国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部 日本電気株式会社(NEC) 経営企画部 プロフェッショナル 篠崎 裕介氏

国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部 日本電気株式会社(NEC) 経営企画部 プロフェッショナル 篠崎 裕介氏

DPPの概念は、環境規制の厳しいEUで導入が広がっており、これに対応して企業間でデータを共有する仕組みであるデータスペースの立ち上げが加速しています。そのデータスペースの最上位概念として注目されているのが、近年注目されている「GAIA-X」や「Catena-X」です。日本でも経済産業省が主導する形で、蓄電池やプラスチック、ベースメタル、建材などの情報を企業間で流通させるデータスペース「ウラノス・エコシステム」を立ち上げています。

篠崎氏は、NECのDPPの取り組みとして、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムでのプロジェクト「サーキュラーエコノミーシステムの構築」を紹介。このプロジェクトでNECが参画したのが、「デジタル化・共通化」の領域です。

「具体的には、製品のライフサイクルにおいて、使用されているプラスチック材の循環をデジタル情報として管理・共有するシステムです。プラスチックのリサイクル率向上に貢献するだけでなく、GAIA-Xやウラノス・エコシステムといった国内外のデータスペースとの連携も視野に入れています」(篠崎氏)

また、服部が紹介した2023年9月のTNFD正式版リリースに先駆け、同年7月には国内IT企業初のTNFDレポートを発行したほか、NECの環境情報パフォーマンス管理ソフト「GreenGlobeX」で環境リスクの把握に努めるなど、チャレンジを進めているとのことです。

*2024年6月24日、NECはグループ事業活動150種を洗い出し網羅的にリスクを評価し、TNFDレポート第2版を発行

データドリブンで環境と経済が両立できる社会を実現

「見せる化」「つながる化」に続く3つ目の「価値化」については、環境への負荷を下げながら価値向上を実現するグリーンなイノベーションの事例として、篠崎氏からNECのAI営農支援「CropScope」の紹介がありました。

「この製品は、土壌や水分、気象モデルといったデータを掛け合わせ、農業のデジタルツインを構築、デジタルシミュレーションで営農支援を行うものです。NECはDXやAIは提供できますが、農業のプロではないため、品種や規模に合わせてさまざまなパートナーシップを結び、ビジネスを展開しています」(篠崎氏)

実際にNECは他社との合弁会社を立ち上げ、AIを活用した自動灌漑の実証実験を海外で行い、灌漑量を削減しながら収穫量を向上させるといった実績を積んでいます。このノウハウを他の作物にも応用し、すでに世界14カ国へと展開。対応実績作物も14品種にのぼっているといいます。

ここで服部と篠崎氏は、NECの取り組みを踏まえて意見交換を行いました。

服部の「農業のような経験や勘が必要だった領域にもデータの時代がやってきたという事例をご紹介いただきました。データを経営価値や意思決定につなげるにはどんなポイントがありますか」という問いに対し、篠崎氏は以下のように答えました。

「講演の中でご紹介したように、社内外でデータが『見せる化』され、『つながり』、『価値化』していくサイクルを実現する仕組みを作ることがまず重要だと思います。その上で、新しい取り組みとしてNECでは『因果分析ソリューション causal analysis』のネイチャー分野での経営価値や意思決定につなげることにもチャレンジしています。本ソリューションは、原因と結果の関係を見える化する技術です。ネイチャーポジティブに向けた行動変容を促す効果的な施策をデータドリブンで意思決定するご支援をしています」(篠崎氏)

最後に服部から今後のIISEのソートリーダーシップ活動について問われると、篠崎氏は「定義が広がっているグリーン領域でイノベーションを起こすには、ICTやデジタルの活用、データドリブンの取り組みは必須です。私たちも今後は国や業界団体、研究機関に加え、NPOやNGOとも連携し、社会知を形成しながら環境と経済が両立できる社会の実現を目指したいと思います」と語り、パートナーシップとテクノロジーの重要性を指摘して会を締めくくりました。

主要メンバー

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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