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宇宙領域はいま、国家インフラから産業へと姿を変えつつあります。気候変動や資源・エネルギー、安全保障といった地球規模の課題に応える基盤として、また経済成長の新たなフロンティアとして、その役割は急速に広がっています。一方で、開発の長期化や国際ルールの未整備など、産業化に向けた課題も山積しています。PwCコンサルティングの宇宙・空間産業推進室は、こうした課題に対し、「宇宙・空間」をリアルとデジタルの双方から俯瞰し、陸・海・空、そして宇宙にまたがる分野横断的な場づくりや関連産業の推進、技術開発、事業活動を支援しています。
2026年5月11日、同推進室は宇宙産業セミナー「宇宙産業の最前線――宇宙戦略基金について」を開催。2023年度にJAXAが主体となって創設された宇宙戦略基金が重視する3つの領域である「衛星製造DX」「SSA(宇宙状況監視)・STM(宇宙交通管理)」「打上げサービス」をテーマに、各分野の専門家によるパネルディスカッションが行われました。その模様をレポートします。
「輸送」「衛星等」「探査等」の3つの分野において「市場の拡大」「社会課題解決」「フロンティア開拓」の3つの出口に向け、宇宙技術戦略で抽出された技術項目を参照にした技術開発テーマを設定。スタートアップをはじめとする民間企業や大学等が最大10年の複数年度にわたって大胆に技術開発に取り組めるよう、宇宙分野の資金配分機関として、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に新たに基金を設置し、支援する取り組み。
登壇者
経済産業省 製造産業局 宇宙産業課 課長補佐(統括)
岩永 健太郎 氏
株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役 CEO
八子 知礼 氏
慶應義塾大学法学部法律学科准教授、宇宙法研究センター所長
竹内 悠 氏
東京大学 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 特任准教授
宮下 直己 氏
イノベーティブ・デザイン合同会社 Systems Engineer
モデレーター:加藤 松明 氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
モデレーター:加納 大地
※法人名、役職などは登壇当時のものです。
※以下、本文敬称略
加納:
宇宙戦略基金は、総額1兆円という金額規模を含め、日本の宇宙産業において今最も注目されるテーマの一つです。PwCコンサルティングは、経済産業省における宇宙戦略基金に係るEBPM(Evidence-Based Policy Making)に関する調査事業の中で、同基金の目標や重視すべきポイントの議論に携わりました。本日は、関連領域の専門家の皆さんや、基金の採択事業者をお呼びし、パネルディスカッションという形で、宇宙産業の最前線である宇宙戦略基金について、特に産業との距離の近い経済産業省の担当テーマに焦点を当てていきます。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 加納 大地
加藤:
宇宙戦略基金は、国として非常に重要な取り組みでありますが、テーマによってはどこがポイントなのかが分かりにくいという課題があります。本ディスカッションでは、各分野の専門家の皆さんから各テーマにまつわる重要な視点についてヒントをいただきたいと考えています。最初のテーマは衛星製造DXです。まずは八子さんから、一般産業のDXと宇宙開発におけるDXの違いをご紹介いただけますか。
イノベーティブ・デザイン合同会社 Systems Engineer 加藤 松明 氏
八子:
当社はもともと宇宙ビジネスに関与していたわけではありません。2020年から、電気自動車の普及で金属加工業の仕事が減るという仮説の下、中長期的に宇宙ビジネスに参入することをビジョンに掲げてきました。
客観的に見ると、宇宙産業は他の製造業と比べて開発プロセスが非常にゆったりしています。大型衛星の開発に5~6年かかる現状では、競争力の確保が難しい。経済産業省とは、開発期間を現在の3分の1程度まで短縮できるのではないかと議論を進めてきました。
ただ宇宙業界では、アナログの環境をデジタル空間上に再現してシミュレーションベースで設計開発や運用を行う、いわゆるデジタルツインのようなDXが適用しにくく、自動車業界や航空業界と比べてまだ遅れているのが実態です。
株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役 CEO 八子 知礼 氏
宮下:
私は小型衛星の開発・運用を手掛けてきた経験から、大型衛星と小型衛星をできるだけ分けず、機種を問わず製造ラインに集約し、製造台数を増やして効率を上げていくことが重要だと考えています。近年は1,000機、1万機規模の衛星コンステレーションが現実のものとなっており、量産にしっかり目を向けなければなりません。一品一品作るものづくりでは効率化はなかなか見えてきませんから、まず市場を大きくし、数を生み出せる土壌をつくる。すると打上げ前の環境試験のデータ収集・分析の段階でもDXが生きてきます。
東京大学 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 特任准教授 宮下 直己 氏
岩永:
最終ゴールとしては、大型衛星も早く作れるようにして海外展開を進め、量産化によって小型衛星もスケールアップしていくことが必要だと考えています。ただ現時点では、小型衛星は衛星そのものが作られている過渡期にあり、DXを進めるとなると手探りになる部分が大きい。一方で大型衛星には、高い品質や個別最適化を伴いながらも、確立された作り方・考え方というお手本がある世界です。まずはそこからしっかり始めて、日本の衛星生産・開発能力をピン留めし、得られた知見を小型衛星にも横展開していけるといいなと考えています。
八子:
おっしゃるとおりで、大型衛星と小型衛星では量産の捉え方やDXの適用イメージがだいぶ違い、いかに目線を合わせていくかが課題です。小型衛星の事業者さんからは「大型衛星のような大げさなアーキテクチャは要らない」と言われますし、一方の大型衛星側に量産の話を持っていくと「1,000機、1万機単位とは話が違う」と返ってきます。
そこで諦めず、ゼロから開発するのではなく、テンプレートやモジュールを組み合わせて作る「繰り返し生産」という考え方に置き換えて議論を進めているのですが、目線を合わせるのに苦労しているのが実態です。
宮下:
もう一つの視点として、DXは製造だけの話ではなく、衛星のライフサイクル全体に関わります。衛星がどう振る舞ったかという開発中のデータと運用中のデータを蓄積し、次に生かしていく。製造の効率化だけでなく、運用から廃棄まで含めた全体のDXが必要だと感じています。
岩永:
経済産業省としても、衛星製造DXの範囲を製造だけに限定しているわけではありません。以前、航空機のDXプロジェクトを担当していた際は、エアラインと国内重工業メーカーの間に海外の大手航空機メーカーが入っていたため、全体を動かす調整に難航しました。しかし衛星の場合は、国内に主要プレーヤーがそろっていますので、製造から運用、廃棄までワンストップのDXは考えやすいのではないかと期待しています。
加藤:
次のテーマはSSA(宇宙状況監視)、STM(宇宙交通管理)です。非常に捉えにくい概念のようにも思いますが、15年以上研究されている竹内さんに解説いただけますでしょうか。
竹内:
まず前提としてご説明すると、STMは単なる概念にすぎません。何かのシステムやルール、あるいは技術要素の話だと思われがちなのですが、「航空管制のように宇宙においても交通管理が必要である」という概念であって、この概念を実現したシステムも、それを担う組織も、現時点では存在しません。
STMの最も重要な要素がSSAです。軌道上の物体を観測・予測してカタログ化し、そのデータと現在運用中の衛星のデータを突き合わせて、接近や衝突の可能性を警報として出す機能です。現在主に使われているのは米軍のCSpOC(Combined Space Operations Center)が提供するサービスですが、2015年に米軍がここから撤退すると宣言したことが、STM議論の始まりとなりました。
その後、民生用のSSAサービスは商務省が担うことになり、10年かけて「TraCSS(トラックス)」というシステムが構築されました。米軍データに加えて商業事業者のデータも取り込む仕組みで、現在はパイロット運用中です。ただ、商業事業者がデータを継続的に無償提供するのか、料金体系をどうするのかといった点は、まだ決まっていない状況です。
慶應義塾大学法学部法律学科准教授、宇宙法研究センター所長 竹内 悠 氏
加藤:
10年経っても米国でまだ完成していない。その理由が気になります。
竹内:政治の問題が大きいでしょう。オバマ政権時代に、FAA(連邦航空局)での5年プロジェクトとして始まったのですが、共和党のトランプ政権で方針転換され、商務省に移った。その後も民主党・共和党の政権交代が続いたため、入り口でボタンの掛け違いが起きている。そこが主な原因だと私は見ています。
加藤:
経済産業省の実施方針には「Trust but verify(信頼するが検証する)」というキーワードがあります。米軍のように全てを自前で持つのではなく、海外から来た情報を日本でも検証できる能力を持つことで、協力しつつも「ちゃんと見てるよ」とけん制し合える関係を作っていく、ということと理解していますが、岩永さん、今回SSA・STMをテーマに立てた狙いを教えてください。
岩永:
今回のSSA・STMは、衛星コンステレーション(特定の軌道設計に基づいて複数の人工衛星を設置し、協調・連携して運用するシステム)事業や大型衛星事業を「支える」側の事業として位置付けています。これ自体で大きく稼ぐことが目的ではなく、日本の衛星運用の自律性を確保するために必要な機能を整備するということです。海外に完全に依存するのではなく、自分たちでも検証できる能力を持つことで、お互いにけん制し合える関係を作る。まさに今おっしゃった「Trust but verify」の考え方に基づくものです。
経済産業省 製造産業局 宇宙産業課 課長補佐(統括) 岩永 健太郎 氏
宮下:
小型衛星を運用してきた立場から申し上げると、学生時代に最初の衛星を打上げた頃と比べて、衝突の接近アラートが明らかに増えました。スターリンクの大量投入やミサイル実験による破片など、軌道上の物体が急増しています。各事業者はスラスターで軌道を補正して回避していますが、正面衝突の時にどちらに避けるかといったルールはまだ決まっていません。衛星が増えれば24時間運用が必要になり、人間が手動で対応するのには限界がある。フルデジタルで自動運用できるシステムが不可欠です。
ライフサイクルの考え方も変わってきました。作って動けば成功、という時代は終わった。5年間の運用が終わったら、地球に落下するまでのSTMを含めて、最後まで衛星を生かし続ける必要がある。設計寿命のゴールが伸びたということです。
TraCSSのような枠組みがリアルタイムで構築されている今、デッドラインは2030年、あと5年だと思います。この5年間で、衛星を作る技術だけでなく、最後まで落として動かしきる技術を獲得しておかないと、日本の事業者は市場から弾き飛ばされかねない。SSA・STMはある意味、対策もののラストチャンスかもしれません。
竹内:
宮下先生のお話に補足すると、私が前職のJAXAを去る前に関わった商業デブリ除去実証プログラムでは、最初に商業的にサステナブルになるゴールを描き、そこから逆算してアンカーテナンシー(国の需要保証)の必要性を提示する構造を作りました。技術実証だけで終わらせるのではなく、その先の産業化まで見据えた道筋を示さなければ、最初の一歩すら踏み出せません。
岩永:
まさにおっしゃるとおりで、民間事業者が商業的にサステナブルになるにはどういう状態が必要か、われわれだけでは描ききれないところがあります。事業者の皆さんからの提案をいただき、防衛省とも連携しながら審査・採択を進めていきたいと考えています。
加藤:
衛星が増えれば打上げ需要も増えます。最後のテーマとして、今後の打上げサービスに求められるものをどうお考えですか。
宮下:
正直なところ、評価するほど日本にはまだロケットの選択肢が多くありません。ただ、和歌山県串本町の射場などを見ると、環境としては非常に優れています。私はロシアの射場をはじめ世界中で衛星を打上げてきましたが、どこも極寒で食事もきつい。それに比べて日本は書類の手間が少なく、食事もおいしい(笑)。これは大事なポイントで、緊張する打上げ現場でおいしい食事を口にできるありがたみは、経験者なら分かるはずです。
世界中から来た人たちが京都に足を伸ばしながらロケットを打上げるような、面での魅力を生かせるといいと思います。JAXAの内之浦の施設近くでは、地域の方々が素晴らしいおもてなしをしてくださって、打上げ後は焼酎で盛り上がる。地域のサッカーチームがあるのと同じように、打上げが技術開発だけではなく地域産業として根付いていくと面白いですね。
加藤:
最後に今後基金への応募を検討されている皆さんへ、お一人ずつメッセージをお願いします。
宮下:
エベレスト登山では、かつて頂上を目指すために酸素ボンベを捨てていくのが当たり前でしたが、今はゴミ拾いの方が重要になっているそうです。衛星も同じで、打上げて動かすことだけに苦労していた時代は終わりました。DXを活用し、監視して最後まで落としてコントロールする時代です。日本の「遠足で来たときよりも美しく」という倫理観は、この分野にすごく合っていると思います。海外勢の勢いはすさまじいですが、かつての米国大手中心の自動車産業から今日の日本車メーカーの躍進を考えれば、日本にもチャンスはあるのではないかと思っています。
竹内:
私からはルールについてお話しさせてください。普通、ルールというと天から与えられた守るべきものという認識だと思いますが、宇宙においてはほとんど何も決まっていません。未開の地です。宇宙事業を手掛けている皆さん、これから参画しようと考える皆さんには、ぜひ「ルールもドライブしてやるんだ」という意識で臨んでいただきたい。日本がビジネスを行いやすいようにルールを作れるチャンスがあります。
八子:
当社は創業当初より「物事の境目には必ず課題がある」というフレームワークで仕事をしています。衛星の設計から開発・運用、ライフサイクルの最後までという一連のプロセスにも、地上局とロケットと宇宙空間のビジネスの間にも、ハードウェアとソフトウェアの間にも境目がある。それらを全て結び付けていくのが「データ」だと考えています。データで一貫してマネジメントし、衛星が落下してなくなるところまで国家として面倒を見る。それをデータの主権を持った形で運用していくことが望ましい。そのために、現在民間で宇宙ビジネスに関わっていない方々にも興味を持っていただき、参入まで含めて検討してほしいと思っています。
岩永:
経済産業省は、宇宙を「産業化する」という立場で向き合っています。宇宙は国家インフラですが、全てを国の予算だけで抱え続けるのは不可能な時代になってきました。私たちのミッションは、産業化を進め「世界で稼げる産業を作る」こと。産業とは「サステナブルなビジネスの集合体」です。事業者の皆さんからの提案の中で乗り越えられないポイントがあれば、宇宙戦略基金で後押しさせていただく。産業基盤の安定と事業継続の機会を提供する「アンカーテナンシー」になっていく構造を作っていけたらと思います。
加藤:
今回の議論は何か一つの方向性を示すものではありませんが、これをきっかけに対話を重ねていく活動自体が、宇宙戦略基金が目指していることだと思います。皆さんもぜひ、日本の宇宙産業を支える活動に参加していただければ幸いです。
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