CESO ラウンドテーブル特別回:エキスパートインタビュー

企業としてのルール形成への関与:考え方と実践例

  • 2026-03-18

(左から)ピヴェット 久美子、田中 繁広氏

国際経済秩序が揺らぎ、既存のルールが変動し続ける時代。「与えられたルールに対応する」だけでは通用しなくなった現在、企業に求められているのは、政策や制度の形成段階から参画し、自社にとって有利なビジネス環境を構築していくことです。

こうした変化をいち早く捉え、政策渉外機能を経営の中核に据えているリーディングカンパニーが日本電気株式会社(NEC)です。本稿では、経済産業省で通商政策に携わった後、現在はNEC副社長としてガバメント・アフェアーズを率いる田中 繁広氏に、国際環境の変化やルール形成への企業の関与、そして経営層と現場の連携について伺いました。

※本原稿は、2025年10月21日に開催された「GZERO Summit Japan 2025」のサイドイベントとして開催した「CESO ラウンドテーブル特別回」で行ったインタビュー「企業としてのルール形成への関与:考え方と実践例」の内容をもとに再構成したものです。構成上、一部に説明や補足を加えています。
※法人名、役職などは登壇当時のものです。

講演者

ゲスト:

日本電気株式会社 副社長
田中 繁広氏

インタビュアー:

PwC Japan合同会社 ディレクター
ピヴェット 久美子

国際経済秩序の形成から分断の時代へ
官民両面で見た40年の変化

ピヴェット:
まず、田中さんのご経歴を私から紹介させてください。

田中さんは長く経済産業省で通商政策を含めた幅広い政策分野に携わり、2022年にNECに入社されました。現在は、副社長兼チーフ・ガバメント・アフェアーズ・オフィサー(CGAO)として、同社の政策渉外活動を率いておられます。

最初に、国際経済秩序の形成期から変動期まで官民双方の立場で深く関わってこられたご経験を踏まえ、現在の国際情勢をどのように捉えているかお聞かせください。

田中氏:
私が通商産業省(現:経済産業省)に入省したのは1985年です。当時の日本は、経済・貿易両面において、現在の中国に近い立場にあったと言えるでしょう。輸出が拡大する中で貿易摩擦が激化し、日本は輸出自主規制や貿易黒字削減、規制緩和などを迫られていました。そのような状況においては「国際的な貿易・経済秩序を、いかにルールに基づく透明なものとして確立するか」が大きな課題であり、私自身の政策テーマでもありました。

この時代には、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)からWTO(世界貿易機関)への発展、NAFTA(北米自由貿易協定)など地域的枠組みの誕生といった、世界的な貿易秩序の形成が進みました。私のキャリアの前半は、そうした国際経済秩序の構築に関わった時代でした。

しかしその後、状況は大きく変わっていきます。グローバリゼーションの進展とともに、制度としての国際秩序は一見完成したように見えたものの、2000年代後半から保護主義の台頭やWTOの機能不全など、その枠組みが揺らぎ始めました。私が退官した2021年には、米国はバイデン政権になっていましたが、当時は「国際経済秩序は完成期を経て、むしろ崩壊の過程に入っているのではないか」と強く感じていました。

振り返ると、私は国際経済秩序が整備されていく時代から、保護主義の台頭や分断の進行によって秩序が揺らいでいく時代までを、全て現場で経験してきました。今の世界の変化を見ていると、その全過程を経験してきたことに、ある種の意味を見いだすことがあります。制度を作る政府側と影響を受ける企業の側、その両方を見てきた立場として、現在の国際情勢を非常に深い問題意識をもって見ています。

日本電気株式会社 副社長 田中 繁広氏

日本の官民連携が抱える構造的課題と経済安全保障

ピヴェット:
ありがとうございます。ご指摘のとおり国際秩序そのものが揺らぎ、グローバルなルール形成の構造も大きく変わりつつあります。日本では2022年に経済安全保障推進法が成立し、官民連携にも一定の進展が見られます。しかし、企業のビジネスの現場では個別課題への対応や全体戦略の構築に、まだ多くの課題が残っています。こうした国際情勢の変化を踏まえると、官民連携や企業の政策への向き合い方も、変わらざるを得ないと考えています。

そこでお伺いしたいのですが、直近の国際情勢を踏まえ、企業が予見可能性を高めるためにはどのようなアプローチを取るべきだとお考えですか。

田中氏:
経済安全保障は現在の大きなテーマですが、その本質は「企業活動と政府の政策をどのように結びつけるか」という、あらゆる分野に共通する普遍的な課題です。具体的には、ルール形成に産業界がどう関与するか、自社にとって望ましいビジネス環境をどう整えるかということです。これは経済安全保障に限らず、企業にとって永遠のテーマだと言えます。

日本では、官と民の距離がもともと非常に遠い構造になっていると感じています。私は長年、国内外の政府関係者と仕事をしてきましたが、世界の中でも日本はその距離が最も遠い国の一つだと実感してきました。

具体的には、民間側に「政府をうまく活用し、自社に有利なビジネス環境をつくる」という発想が乏しいのです。一方で政府側も、「企業や産業界を積極的に支援しよう」という熱意や意識は必ずしも強くはありません。私は官民両方の立場を経験しましたが、この双方の距離感は構造的な問題だと考えています。

そうした官民の距離感の大きさを背景に、日本では比較的早い段階で「経済安全保障推進法」という明文化された枠組みが整備されたと言えます。予測不能なリスクが増す中で、官民の距離があるからこそ「法律として明文化しなければ進まない」という認識が政府側にも共有された結果だと思います。皮肉な結果ではありますが、双方の課題を背景にした法制度整備が、日本を経済安全保障におけるリーダー的存在に押し上げる要因の一つになっています。

現在、経済安全保障推進法やセキュリティ・クリアランス制度の施行が進んでいます。これに伴い、企業は制度のユーザーとして政府と直接意見交換する機会を得るようになりました。政府側も、初めての取り組みが多いだけに、産業界と協議しながら制度を運用していこうという姿勢を強めています。

ただし、こうした「対話」は一度きりで終わるものではなく、継続的な努力が求められるプロセスです。官民の距離が遠いという課題に、どちらか一方の責任を問うことはできません。双方で理解を深め、関与を積み重ねていくという継続的な努力が、この課題を解決する唯一の道だと考えます。

「受け身」から「関与」へ――企業がルール形成に果たす役割とは

ピヴェット:
おっしゃる通り、官民の継続的な対話が重要だと思います。実際、企業側の意識や取り組みも大きく進化してきています。

PwCも2016年に地政学リスクアドバイザリーというチームを立ち上げて以来企業支援を行ってきましたが、当初は「地政学リスクとは何か」という概念的な議論が中心でした。しかし、コロナ禍によって供給網の脆弱性が顕在化したことや、2022年のウクライナ侵攻の影響を経て、多くの企業が実践的な対応へと舵を切りました。その後は単発的な対策にとどまらず、地政学や経済安全保障をERM(全社的リスクマネジメント)の枠組みに組み込み、自社内で分析・判断のできる体制が整備されるなど進化しています。

こうした流れの延長線上で、企業の関心は新たな段階に入りつつあります。「法や制度ができてから対応する」という段階から「ルールが作られる過程に関与する」に移行しつつあるのですね。つまり、受け身のリスク対応から、政策立案やルール形成に積極的に関わり、より公平で予見可能なビジネス環境を自ら作り出すアプローチです。

NECはこの分野の先駆者として、国内外の政府・関係機関との対話を通じ、自社を超えた業界全体のルール形成に貢献されています。そこでお伺いしたいのですが、現在、NECではどのような体制のもとで政策渉外活動を展開されているのでしょうか。また、そのミッションをどのように位置づけ、どのような方針で取り組まれているのでしょうか。

PwC Japan合同会社 ディレクター ピヴェット 久美子

NECから学ぶ経済安全保障実践のカギは「アジリティ」と「定期的な見直し」

田中氏:
経済安全保障は、リスクと機会の両面を正しく捉えることが重要です。コンプライアンスの観点から新たな規制への対応が求められるのは当然ですが、それだけで完結するものではありません。分断が進む世界の中で、日本のような国がどのような価値を発揮できるのか、あるいは米中以外の第3極としてどのように新しい市場やルール形成に関わっていくのか。そうした戦略的視点を持つことが不可欠です。

企業が今後のビジネスを考えるうえでも、環境変化をどのように戦略に織り込むかが問われています。必ずしも新しい事業を始めることが解ではなく、既存のビジネスについても、市場・技術・ビジネスモデルのいずれかを修正したり、戦い方を見直したりする必要があります。

企業として最も大切なのは、「どのようなビジネスを実現したいのか」という原点を明確にしておくことです。つまり経済安全保障は特定部署だけの課題ではなく、経営層とビジネスラインが一体となって考えるべきテーマだと言えます。

NECでは経済安全保障統括室を専門組織として整備する一方、チーフ・リスク・オフィサー(CRO)を設置し、全社的なリスク管理を強化しています。経済安全保障のリスクは、サイバーセキュリティや人の安全確保など従来のリスクとも密接に関連しており、相互に影響し合いながら変化しています。こうした多層的なリスクをそれぞれの方向から捉え、組織全体の感度を高めていくことが重要です。

ここで重要なのが、機敏性、柔軟な対応力を意味する「アジリティ」という考え方です。日本企業は一般的にコンプライアンス意識が高く、一度ルールが定まると組織的に厳格にルールを順守します。しかし現在は、そのルールや前提自体が変動し続けており、政府も事前に明確に「これが正解」「これが違反」と言い切れないケースが増えています。

ですから、状況を見ながら素早く判断し、その判断を「とりあえずの判断」と自覚しながら、3カ月から半年といった短いスパンで定期的に再検討し、修正していく。そうしたプロセスを日常的な業務フローの中に組み込む必要があります。文面に表記されたことを守るだけではなく、事態の進化に応じて柔軟に対応していくことが不可欠なのです。

また、グローバルな競争の中では、リスクの取り方も企業によって大きく異なります。欧米企業の中には「それほど踏み込んでも大丈夫なのか」と思うような大胆な判断を行う企業もあります。日本企業は慎重でリスクが大きいと思われる領域には近づかない傾向がありますが、リスクを完全に避けるだけでは国際競争で不利になる場合もあります。周囲の動向をよく観察し、情報を集めながら、自社の立ち位置を常に見直すことが必要です。

幸いにも、現在は官民の情報交換や議論の場も増えています。こうした機会を活用しながら、各企業が実践的な知見を共有し、柔軟かつ現実的に対応していくことが今後ますます重要になると考えています。

経営と現場の対話が組織を強くする

ピヴェット:
3カ月から半年単位で定期的に再検討し、柔軟に対応していくというアプローチは非常に重要ですね。経済安全保障への対応は、一度仕組みを整えれば終わりではなく、常に見直し続けることが求められます。そのためには、経営層と執行現場の双方が環境変化を敏感に察知し、自社の立ち位置や戦略を定期的に点検していくことが不可欠であると考えます。

NECでは森田 隆之社長(取締役 代表執行役社長 兼 CEO)が国際会議などで積極的に発信されるなど、経営層自らが意識を持ち、対外的な対話をリードされています。一方で、多くの企業では、現場が一生懸命に分析や情報収集をしても、それが十分に意思決定に反映されないという課題を抱えています。経済安全保障のように複雑で影響範囲の広いテーマにおいて、経営層はどのように意識を持ち、現場と連携していくべきだとお考えでしょうか。

田中氏:
NECは宇宙、防衛、海底ケーブルなど、安全保障に関わる分野を長年手がけてきました。そうした事業の性格上、組織としても経済安全保障への意識は自然と高い水準にあります。そして、経済安全保障に関する判断はビジネスの根幹に大きく影響します。だからこそ私自身、役員の一員として現場の検討内容や重要情報を随時トップマネジメントに報告し、そこでの議論やフィードバックを意思決定に反映させることを心がけています。

とはいえ、リスクがあるからといって常に100%安全を確保するような対応を取るのは、企業として現実的ではありません。大切なのは、ビジネスへの影響やコストを踏まえたうえで、どのような対応が最も適切かを経営と現場がリアルタイムで議論し、判断できる仕組みを持つことです。

実際、リスク情報が経営層まで届かないという問題は、サイバーセキュリティなどの分野でも常に指摘されてきました。私自身の経験からも、これをどう解決するかが極めて重要なポイントであり、最終的には地道な努力を積み重ねていくしかないと感じています。

企業によっては、過去の経験からリスクに敏感なところもあれば、まだ十分な体制が整っていない企業もあるでしょう。いずれにしても、経営層が主体的に関与し、現場との対話を深めながら対応力を高めていくことが重要であり、今の時代に求められる経営の姿勢だと感じています。

ピヴェット:
ありがとうございます。PwCでもさまざまな業界や企業の皆さまと、現場から経営層まで幅広く対話を重ねています。微力ながら、経済安全保障の重要性を広く共有し、どのように対応を高度化・実践していくかを共に考えていければと思います。

今後もこうした発信を通じて、日本企業の取り組みをさらに前進させていきたいと考えています。本日はありがとうございました。

主要メンバー

ピヴェット 久美子

ディレクター, PwC Japan合同会社

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