英国の経済安全保障政策

  • 2025-09-26

2025年6月17日、PwC Japanグループは、英国のビジネス・通商省で経済安全保障政策を担当するEmily Woodburn氏をお招きし、「英国の経済安全保障政策」に関する講演を開催しました。当日は経済安全保障の推進を担当する日本企業関係者を中心に参加いただき、講演に続いて意見交換が行われました。
本稿では、今回の講演の概要をご紹介します。

英国の経済安全保障政策
――Ms. Emily Woodburn
Deputy Director Economic Security, UK Department for Business and Trade

Ms. Emily Woodburn
Deputy Director Economic Security, UK Department for Business and Trade

政策の背景

本年3月、英国と日本の外務大臣と貿易大臣が会合を行い、両国で経済安全保障に関する協力を強化することで合意しました。私の今回の訪日は、先の合意を受けて議論を進めることを目的としています。

ここ10年ほどで私たちは、国内外の経済ショック、政治の不安定化、パンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、気候危機などを経験してきましたが、これが今日見られる地政学的変化につながっています。私たちはグローバルな貿易システムの中で相互依存を深めてきましたが、これを利用しようとするアクターにより、その脆弱性が露呈しています。サプライチェーンに対するショックとなる事態において、保護主義や、健全な競争を阻害するような行動、経済的威圧といった行動も見られます。

今後の見通しとしても、こうした傾向が深まり、経済や平和・安定性へのインパクト、格差の拡大、グローバル貿易システムの弱体化といった事象につながっていくことが懸念されます。そのため各国において経済安全保障は重要なアジェンダとなっています。

経済安全保障政策の目的

経済安全保障にはさまざまな側面がありますが、英国では、最も広義には、長期にわたる安全でレジリエント(強靭)な成長を支えるため、ショックや脅威に耐えたり適応したりする能力と理解されています。これは国境を越えた世界的な課題であり、各国が協力して対処することが重要です。最も直近では、G7の経済レジリエンス・安全保障関連高級事務レベル会合が、共同で対処すべき問題として、過剰生産、サプライチェーンの寸断、経済的威圧、サイバー攻撃などを挙げています。

私たちは多くのさまざまな脅威に直面しており、増え続ける脅威によって経済は脆弱性を露呈しています。例として挙げるならば、産業界・重要ネットワークやインフラへのサイバー攻撃、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック時に経験した必需品の不足などの貿易寸断とサプライチェーンの脆弱性、知的財産の窃取とそれによる重要技術・イノベーションの毀損、国家アクターによる経済的威圧や敵対的投資といったものがありますが、英国の経済安全保障政策はこうした脅威の防止または対応を目的としています。サイバー攻撃や貿易寸断、知財窃取などは企業に直接影響を与えるもので、個社の競争力に直結します。

グローバル協力の必要性

先ほどのとおり、経済安全保障には国を越えた協力が必要であり、脅威に対する抑止や備え、事態のマネジメントと対応のため、グローバルなアクションが必要です。例えば国家安全保障のように国際協力が進展したことで対応が大きく進んだ分野も実際にあります。ある国で何らかの脅威が認識された場合、それが拡散する前に他の国に対して分析やインテリジェンスが提供されることで、その脅威が連続的に悪影響をもたらすことを防止することができます。これは基準となる事例やベストプラクティスを国家間で共有することで、グローバルなレジリエンスを増していく試みの一つの例です。日本がG7議長国であった2023年、私たちはサプライチェーンの強靭化に関する議論を大きく進めることができました。そこではG7のサプライチェーンのストレステストに関する初めての議論を行いましたが、各国がある種の事態にどうレスポンスするかという検討を進め、ベストプラクティスを共有することで、他の国も、自分にも起こり得る影響や同様の事態が起きた際に取るべきアプローチを理解することができました。

英国にとって日本は、最も長くパートナー関係を築いてきた国の一つです。経済安全保障に対する日英の議論が最初に行われたのは2021年でした。英国のラミー外務大臣とレイノルズ貿易大臣が訪日したのは今年3月と、2024年7月の英国総選挙から比較的間もないタイミングであったことは、両国関係のさらなる深化にとってポジティブなシグナルであったと思いますが、ここでの議論でも、国家安全保障のみならず経済安全保障の分野で協力を深めることが強調されました。

安全保障を基盤として経済の強みを伸ばす英国のアプローチ

2024年7月の総選挙を経て形成された労働党政権は、経済成長を第一の優先政策目標としています。直近5月の経済指標からは、G7中で最も高い経済成長率を達成するという目標を達成しつつあることが示されており、今後の四半期でもこの目標が達成される見込みです。労働党政権は経済成長を優先としていますが、これは短期的で英国の国家安全保障を犠牲にするような成長であってはならず、安全でレジリエントな成長でなければならないと、はっきりと認識しています。私たちはこれまで築いてきた産業基盤や強みを基盤としながらこれらを守り育てる必要があります。

英国は、研究開発に関する人材の豊富さ、大学の質、ビジネスフレンドリーな環境などに強みを持っています。ここにお越しの企業の中には、英国に拠点のある企業もあるでしょうし、PwCの2025年のCEOサーベイによれば、英国は欧州で最も、世界でも2番目に投資に適した国であると、グローバル企業のCEOたちから評価されています。英国は、日本企業にとって有利な投資先であり貿易の拠点であり続けるための政策を今後も続けていきます。

英国政府は先日、中期歳出見直しを公表しました。この文書は政府が今後3~4年の歳出の優先事項を定めるものですが、政府支出の優先分野として、研究開発に対する公的投資、AI、特に原子力発電などネットゼロ産業、スタートアップ企業やスケールアップ企業などの支援、税制の合理化によるビジネスの円滑化などが挙げられています。

英国首相・政府は、英国の経済的繁栄は経済安全保障と国家安全保障を基盤とするとの認識を明確に持っています。そしてそれらは相互にサポートしあう関係にあります。私たちの目的は、外部の脅威にも耐えられる強い経済を作る一方で、世界に開かれた貿易システムを維持することです。それにより、現実化しつつある脅威や困難な課題に対抗しながら自身を守ることが可能になり、短期的・中長期的な経済成長を維持することができると考えています。

英国政府の各種政策における経済安全保障の位置付け

昨年7月の選挙以降、英国政府はたくさんの戦略や計画を公表してきました。ここではそのうち、経済安全保障に関係の深いものを紹介します。まず、6月2日には「戦略的防衛見直し(SDR)2025」が公表されました *1。この文書は、脅威の新時代が既に始まっているとの認識を基礎とし、英国は「国内で安全に、国外では強く(Secure at home, Strong abroad)」なるべきとしています。このSDRでは5つの優先事項が示されています。1つめは、市民にとっては大きな転換になると思いますが、戦時に適した体制への移行です。2つめは防衛を成長のエンジンに、ということであり、これは既に進行中の防衛産業分野での日英協力にとって追い風になると思います。3つめはNATOファースト(ただし、NATOに限定せず)、4つめはイノベーションの促進、5つめは社会全体でのアプローチを取り、そのために市民が国のレジリエンスに積極的に関与するということです。

SDRを基礎として、「国家安全保障戦略」がもうすぐ公開される予定です(編注:6月24日に公表*2)。より広い視点から国家安全保障上の脅威を捉え直す中で、産業界の役割と強靭性に加え、経済安全保障は重要な視点となっています。

その後も、貿易戦略*3や産業戦略*4が夏前に公表される予定です(編注:それぞれ6月26日、6月23日に公表)。貿易戦略はSDRと同様、私たちが置かれている環境が変わったとの認識をベースにしています。英国は日本と同様、開かれた貿易システムの恩恵を受けてきましたが、今日においてその様相は大きく変化しています。こうした変化にどう適応し、何を本当に守るべきなのか、敵意ある主体から自身をどう守るべきなのかといった本質的な検討が必要です。この貿易戦略の中に、「安全な貿易(Secure Trade)」と題する章があります。この戦略は、貿易に関する政府のアジェンダを規定するだけでなく、他の国々に対し英国の目的・目標を周知し、英国政府が取るべき貿易政策を産業界にも示すことで不確実性を減少させるものでもあります。

産業戦略は、英国の産業上の強みに立脚し、その強みをさらに伸ばすためのものです。既に産業戦略のグリーンペーパーによりアウトラインは示されていますが、戦略では、先進製造業(Advanced manufacturing)、クリーンエネルギー、クリエイティブ産業、防衛、デジタルとエマージングテクノロジー、金融サービス、ライフサイエンス、プロフェッショナルサービスを8つの優先分野として設定しています。ネットゼロや地域の成長、経済安全保障とレジリエンスの強化は全ての分野に共通して重要であり、産業ごとの状況を見ながら、経済安全保障の強化のために取るべき行動を検討しています。グリーンペーパーにおいて、経済安全保障の目標は、戦略産業の強化、サプライチェーンなどの脆弱性の削減、国家安全保障上のリスクを考慮した成長促進策の検討の3つとされています。これらの目標に向けた政策は今後10年間続くものであり、英国政府が優先分野と上記政策をどう守るかを見極めることで、英国国内および海外のビジネスや、パートナーである各国政府にとっての予見可能性が増す効果があります。日本は産業政策の文脈で重要なパートナーであり、産業戦略の公表後にも、さらに協力が進んでいく見込みです。

経済安全保障政策の担い手

政策を進めていく上では、Protect・Promote・Partnerの3つの視点が重要です。

まずProtectの側面について、英国の利益と重要インフラなど資産を脅威から守ることは、既に国家安全保障・投資法や輸出規制関連法で規定されています。そして英国はこの分野で日本と密接に協力しています。脅威としてはサイバー攻撃や知的財産の窃取、経済スパイ活動などがありますが、国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)や国家保護安全保障局(NPSA)が、加えて、大学や研究機関にもResearch Collaboration Advice Team(RCAT)を通してリサーチセキュリティ確保のための支援を行っています。

Promoteの側面に関しては、英国が強みを持つ分野をさらに強化する一方、こうした分野における成長促進については安全性を確保する方向であることを強調しておきたいと思います。国家安全保障戦略投資基金(NSSIF)と投資局(Office for Investment)が、英国投資の魅力維持向上と、英国が強みとする重要分野の成長促進を担当しています。

Partnerの側面については、経済安全保障にはグローバルな対応が必要であることをお話ししましたが、英国は国際機関における多国間協力に貢献してきました。こうした貢献を積極的に続けるとともに、日本などの重要パートナーとの二国間協力も強化して、経済安全保障とともにルールベースの国際経済秩序の形成に取り組みます。

産業界との協力

サプライチェーンなどの分野においては、産業界は政府以上に主導的な役割を果たすのに適しています。政府は、安全保障の観点に対する意識を向上するため基準の策定などを行いますが、産業界とともにこれを行うことが本質的に重要です。現労働党政権は産業界の関与を再活性化し、可能な限り産業界との協働で経済安全保障政策を策定しています。政策チームは、業界団体や専門家による諮問委員会との対話だけでなく個別の一社一社とも対話を行い、これを通じて、経済安全保障関連の情報やガイダンスを周知するとともに、産業界がより容易に取り組めるよう支援しています。経済安全保障の文脈で産業界や学術界との関係を構築するにあたって日本は先進事例であり、有意義な官民協力を継続して行うため、日本の経験を知り、英国での政策立案に生かしていくことが重要だと考えています。

企業との意見交換

講演後に行われたQ&Aセッションの冒頭、Woodburn氏は出席した企業に対し、日英経済安全保障パートナーシップに何を盛り込んでほしいかを尋ねました。また、経済安全保障の面において、政府が企業とどのように関わることが最善か、参加企業側の見解を求めながらセッションを展開しました。

主要メンバー

ピヴェット 久美子

ディレクター, PwC Japan合同会社

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藤澤 可南子

シニアマネージャー, PwC Japan合同会社

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高田 智香

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

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渡辺 美千綱

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

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