韓国の経済安全保障政策

  • 2025-07-23

2025年5月26日、PwC Japanグループは、駐日韓国大使館から講師をお招きし、「韓国の経済安全保障政策」に関する講演を開催しました。当日は経済安全保障政策のほか、再生可能エネルギー(以下、「再エネ」と表記)政策と米国の関税政策への対応についてもお話しいただきました。
本稿では今回の講演の概要をご紹介します。
本講演は、企業における経済安全保障推進のあり方に関する議論を行うラウンドテーブルシリーズの一環として実施されました。

韓国の再生可能エネルギー政策
――駐日本国大韓民国大使館 商務官 ジョン・ギョンロク氏

駐日本国大韓民国大使館
商務官
ジョン・ギョンロク氏

韓国は日本と同様、自国内のエネルギー資源が少なく、エネルギー源を輸入に頼る構造です。また、国土が分断されているため、周辺国からの電力購入も不可能である点も日本と共通しています。

こうした脆弱性を克服するため、再エネを積極的に導入し、そのサプライチェーンを強化していかなければなりません。韓国は地理的に水力発電の導入が難しく、太陽光と風力に頼る必要があります。他方、国土が小さく人口密度が高いため、発電設備の設置場所が限られるという課題があります。こうした課題はありつつも、韓国は積極的に再エネ導入を進め、国全体の発電総量に占める再エネ発電の割合は2017年の3.2%から2023年には2024年には10%レベルへと3倍以上になりました。2030年には同割合を21.6%以上とする目標を掲げ、グリッド(電力網)の改善やサプライチェーンの強化といった政策も一緒に進めていくこととしています。

2024年5月には、洋上風力発電や太陽光発電の導入を進めることを目指す「再生可能エネルギー普及拡大および供給網強化戦略」を策定しました。陸上の再エネ発電設備の設置場所が限られていることから洋上風力発電の導入を積極的に推進しており、太陽光については大規模な追加導入のための費用の問題、住民同意の問題を解決する必要があるため、産業団地における太陽光や営農型太陽光等を検討しています。大規模な電力需要を見据えた原子力発電も無視できず、バランスの取れたエネルギー普及のために努力しています。

韓国政府は再エネ発電設備の設置場所の確保や導入機運の醸成、新技術の育成と商業化支援、電力取引市場改革といった役割を積極的に果たし、再エネ導入を進めていく方針です。

韓国の経済安全保障政策と米国の関税政策への対応
――駐日本国大韓民国大使館 公使参事官 イ・ソナ氏

駐日本国大韓民国大使館
公使参事官
イ・ソナ氏

韓国が経済安全保障政策に取り組んだきっかけ

グローバル経済は近年、大きな変化を経験しています。米中の競争、COVID-19のパンデミック、ロシア・ウクライナ間の紛争はグローバルサプライチェーンにとってこれまでにない打撃でした。

韓国は天然資源の産出が少なく、輸入に依存しています。そのため、グローバル・サプライチェーン・ショックによって韓国のサプライチェーンが非常に脆弱であることが判明しました。中でも、半導体や蓄電池、自動車といった韓国ハイテク産業はその重要な原材料・部材の対外輸入依存度が非常に高くなっています。こうした過剰依存は、韓国の各産業バリューチェーンのシステムリスクになっています。韓国の経済安全保障戦略はサプライチェーンの脆弱性に緊急に対処する必要に迫られて生まれたものと言えます。

韓国の経済安全保障政策

各国は経済安全保障について、サプライチェーンリスクの軽減と重要産業における競争力の強化という2つの柱で取り組んでいますが、本日は前者のサプライチェーンリスクについてお話しします。

ここ6年ほどで韓国は何度もサプライチェーン・ショックを経験し、その経験から、韓国のような製造業ドリブン、輸出ドリブンの経済にとって、サプライチェーンの安全保障は国家安全保障そのものであるということを学びました。国家安全保障の一部として、サプライチェーン途絶のリスクを事前に最小化し、ショックが起きた場合に迅速にリカバーできる能力を構築するとともに、過剰依存の問題を解消するよう努めています。そのために、①輸入元の多角化、②備蓄の増加、③国内生産能力の強化、④代替技術への投資、⑤サプライチェーン早期警報システムの構築という5つを経済安全保障の柱としています。

法的フレームワークとして、いわゆる「サプライチェーン3法*1」が制定されています。基本法は農業、建設業、サービス業なども幅広くカバーしていますが、他の2法は、重要な中間財や、エネルギーや鉱物資源などの原材料にフォーカスしています。3法はそれぞれ、重要物資を特定し、モニタリング権限を政府に与え、事態に対応するメカニズムを創出する内容となっています(図表1)。

図表1:韓国のサプライチェーン3法

名称 対象 進捗
経済安全保障のための供給網安定化支援基本法(2023年12月) 農業、環境・海洋、建設、サービス業など 経済安全保障上重要な物資についてタスクフォースを設立し、政府横断的な対応体制を整備
素材・部品・装置産業の競争力強化および供給網安定化のための特別措置法(2023年6月) 原材料、部品、製造装置 サプライチェーンにおいて重要な185物資を選定し、特定っくへの依存度を2022年の70%から2030年までに50%以下とする目標を設定
国家資源安全保障特別法(2024年1月) エネルギー資源、鉱物資源 石油、天然ガス、石炭、ウラン、水素、重要鉱物、再エネ設備の重要原材料や重要部品などを重要資源と新たに定義づけ

出典)韓国大使館提供資料よりPwC作成

サプライチェーンに関する政策的フレームワークとしては、2024年12月に公表された「サプライチェーン安定化基本計画*2」があります。重要物資に関する依存度引き下げについては、2023年の70%から2027年には60%、2030年までには50%以下とすることを目標とし、そのために4つの政策方向性と10の戦略的取り組みを示しています(図表2)。そして2025年から27年の3年間で55兆ウォン(約5.8兆円*3)を投じ、尿素やレアアースなどの経済安全保障上重要な物資のサプライチェーンを安定化させることとしています。

図表2:韓国のサプライチェーン安定化基本計画(2025~2027年)

4つの政策方向性 10の取り組み
経済安全保障上重要な物資の需給安定化 1. 重要物資の特定と定期的な脆弱性アセスメントの実施
2. 早期警戒システムの創設
3. 強固な危機対応体制の構築
サプライチェーンのレジリエンス強化 4. 政府備蓄制度の強化
5. 国内生産能力の拡充
6. 海外からの供給(輸入元)の多角化
経済安全保障の基礎の強化 7. インフラ強化(物流ネットワーク、サイバーセキュリティ)
8. 重要技術の競争力強化と保護
グローバルサプライチェーンにおけるリーダーシップ 9. 韓国のサプライチェーン安定化国際戦略のプロモーション
10. サプライチェーン協力グローバルネットワークの強化

出典)韓国大使館提供資料よりPwC作成

こうした取り組みを通じて、2021年に起きた尿素の供給ショックのような事態を避ける必要があります。①の輸入元多角化に関しては、韓国は現在、中国に加えベトナムからも輸入しており、さらに中東や欧州などに輸入元を拡大していく方針です。こうした第三国と長期供給契約を締結した企業は、韓国政府から、もとの輸入価格との価格差の半額の補助を受けることができます。また②の備蓄について、政府は尿素の備蓄を50日分から70日分に増やし、輸入が途絶しても3カ月は供給を継続できるようにしています。

③国内生産能力の強化のためには、重要物資について海外生産設備に投資する韓国企業はサプライチェーン安定化基金から低利融資を受けることができ、韓国国内に生産回帰する場合にはさらに金利の低い融資を受けることが可能になっています。2025年より、サプライチェーン安定化基金は5兆ウォン(約5,500億円)規模から10兆ウォン(約1.1兆円)規模に拡大します。

半導体、二次電池、電池の正極材料の製造企業が国内から材料やキーコンポーネントの調達を行う場合には、2025年には1兆ウォン(約1,100億円)の融資を受けることが可能であり、この融資の対象は海上物流やインフラにも拡大する予定です。政府はサプライチェーン安定化基金から500億ウォン(約55億円)を投じて、重要鉱物に対し民間企業とともに直接投資を行います。

④代替技術開発については、戦略的重要性のあるコア技術の開発に今後3年間で25兆ウォン(約2.7兆円)が投じられる予定です。

⑤早期警報システムについては、重要物資の国内外の需給動向をモニタリングする省庁横断的な「サプライチェーン早期警報電算システム」を2025年12月までに設立する予定です。

さらに、韓国輸出入銀行(KEXIM)もハイリスクのサプライチェーン関連プロジェクトに積極投資することとし、KEXIMがサプライチェーン安定化基金に直接貢献できるような法整備を行います。

米国の対韓追加関税をめぐる交渉

鉄鋼・アルミ製品や自動車・同部品に対する25%の追加関税に加え、4月9日に米国のトランプ大統領が公表した国別の「相互」関税が各国を揺るがしています。上乗せ関税率は、韓国は25%、日本は24%となっていますが、90日間の適用延長により、7月8日までは各国とも10%のベース関税のみがかかっています。米国はこれに加えて、3月12日から鉄鋼・アルミ製品に25%、4月3日からすべての輸入車に対して25%の関税を課しています。

韓国側は米国によるすべての追加関税からの免除を要求しており、4月24日にワシントンDCで米韓2+2会合が行われました。韓国側は企画財政部(注:日本の財務省に相当)のチェ・サンモク長官と産業通商資源部(注:日本の経済産業省に相当)のアン・ドックン長官が出席し、米国のベッセント財務長官およびグリアUSTR代表が出席しました。(注:6月3日に韓国では大統領選が行われることから)次の政権がこの体制での交渉を継続するか判断すると考えられます。米韓は韓国の大統領選後、7月までに合意に達したいとしています。

韓国は日本と同じく、すべての追加関税からの免除を米国に要請しています。しかし、韓国の対米輸出のうち自動車は27%を占めており、一律のベース関税や「相互」関税に比べ特定セクター向けの関税は製造業の国内回帰を目指したインセンティブであると考えられることから、韓国は自動車関税の免除をトッププライオリティとしています。この点も日本と同じです。交渉において、原子力発電を含むエネルギー分野や造船分野での協力は米韓双方にメリットのある交渉カードの1つとなっています。

企業に対する支援

米国関税の影響を受ける韓国企業に対し、韓国政府は、関税対応サポート、通商金融、代替市場への参入の3つの側面で支援を行っています。
関税対応サポートは「関税対応輸出バウチャー」と呼ばれ、関税の影響を受ける中小企業が、地元の法律事務所や通関・物流事業者による関税対応、物流、税関対応、中間財調達元の変更などに関し支援を受けることを可能にするものです。2025年には前年比5.8%増となる914億ウォン(約101億円)の予算を準備しています。
通商金融については、韓国貿易保険公社や前出のKEXIMなど官民の事業体が360~366兆ウォン(約37~38兆円)を調達して資金支援を行うこととしています。さらに、貿易保険の上限額の引き上げなどにより、グローバルサウスなど新しい市場への参入をサポートしています。

今後の展望

大統領選が終了し、新しい閣僚が就任するまでは米韓関税交渉の実質的な進展は見込めません。新政権の新たな路線が貿易政策に及ぼす影響にも注目する必要があります。

*1 素材・部品・装置産業の競争力強化および供給網安定化のための特別措置法(2023年6月25日)、経済安全保障のための供給網安定化支援基本法(2023年12月8日)、国家資源安全保障特別法(2024年1月9日)

*2 2024年7月公表の「サプライチェーン安定化推進戦略」に基づき策定されたもの

*3 1円=9.4ウォン

主要メンバー

ピヴェット 久美子

ディレクター, PwC Japan合同会社

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藤澤 可南子

シニアマネージャー, PwC Japan合同会社

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