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建設業の現場で今、「地殻変動」が始まっています。建設業に従事する働き手の年齢構成を表すグラフは、50代が最多で40代がその約半数にとどまる「逆ひょうたん型」を示しています。あと数年で多くのベテランが退く一方、若手の補充は追いつきません。人手不足にあえぐ現場が増える中、生産性の向上とナレッジの継承をどう図るか——この2つの課題の解決策として注目されるのが、AIエージェントを業務の主体に据える「AIビジネスプロセス再構築(AI Business Process Re-engineering:AI BPR)」です。
PwCコンサルティング合同会社は、2026年4月17日に日本マイクロソフト品川本社で開催されたイベント「Columbus Day for Construction ― 建設業界におけるAI活用の現在地と未来」に登壇し、招待講演を行いました。本講演ではAIを前提に再設計するAI BPRに関して、営業・調達・設計の各現場を押さえた視点から、実装の具体論を示しました。その概要を紹介します。
左から木村安孝、関秀優、西口英俊
最初に登壇した建設・住宅・エンジニアリング業界を担当するディレクターの木村安孝はまず、国内で働く建設業従事者の年齢構成がはらむ問題を整理しました。
「50代の従事者が極めて多く、40代は50代の半数程度という逆ひょうたん型です。加えて、20〜30代の若年層は流動性が高く、定着を見込みにくい。3〜5年後にはベテラン勢が次々と退職することが予想され、人手不足が加速します。生産性の向上、およびベテランのナレッジ継承は、待ったなしの課題です」
図表1:建設業界でみられる年齢別職員数
この課題に対して木村が用意した回答がAI BPRです。木村は、AIの進化を3段階で捉えた上で、現在地を解析しました。
「かつてのBefore AI時代は、人間がデータを分析して特徴を抽出する、ヒトが主体の業務がほとんどでした。近年、生成AIの登場に伴いWith AIの段階に移ると、人間が整理して示した課題に対してAIが過去の知識に基づき回答を提示、ヒトがAIとともに課題解決に臨むようになりました。そして現在はAfter AIの局面を迎えています。AIエージェントは、自ら問題を判断・解決する自律型アシスタントへと進化しています。人間からの指示を待つまでもなく推論とアクションを行うAIが、業務の主体に移行しつつあります」
PwCが2025年に実施した調査「PwC's AI Agent Survey」によると、AIエージェントを導入した企業が実感している効果(複数回答)は「生産性向上」が66%、「コスト削減」が57%、「意思決定の迅速化」が55%、「顧客体験の改善」が54%でした。これらの数字を示した木村は、こう続けました。
「今後は、全ての部門でAIを前提とする業務プロセスや組織へとアップデートされていきます。それがAI BPRです。浸透には一定の時間がかかると思われますが、AIと協働できる体制をいかに早く確立できるかが、企業の優位性の分岐点になると考えています」
図表2:AIエージェントの導入効果
本イベントに先立って実施されたアンケートでは、参加者の多数が「AI活用におけるプロジェクト創出に課題を感じている」と回答しました。これを受けて木村は、AI活用を推進するための3つのステップを提示しました。
図表3:AI活用を推進するための3つのステップ
「第1が、ニーズの掘り起こしとAI活用文化の醸成。第2が、AI Readyな基盤・データ・ガバナンスの整備。第3が、AI活用の加速です」
3段階のうち、最も重要なのは第1ステップだと言います。
「AI活用に対する関心の低さや理解不足が、まだどうしても一部に見られます。AIで何ができるの?どうせ無理では?と。そんな発想を変えるためには、まずモックアップをつくってみることが大切です。AIで何ができるのかを示し、実際の業務で何を変えられるのか、何をAIエージェントに任せられそうかを検証します。AIが自分や自部門を助けてくれる強力な存在だと気づくと、AI活用を自分事化できるようになります。そこまでいけば、AI活用は一気に進みます。また、自分事化してAIでできることが分かると、AIを前提とした新しい仕事のスタイルが見えてきます。AIを前提として業務プロセスを変えていくこと、これこそが、AI BPRです」
第2のステップで必ずぶつかるのが「データの壁」です。
「企業データにアクセスし、それをAIに活用したいのに、使えない状態になっている。あるいは、もしこういうデータがあればできることがもっとあるのだが……と思っても、そもそもデータが蓄積されていない。こうした『データの壁』を短期に解消するのは困難です。差し当たって今あるデータをいかに活用するかを工夫すること、同時に、データを新たに定義し直して今から蓄積していくこと。この両輪が必要です」
営業現場の実務を踏まえ、木村は1つの事例を紹介しました。PwCが研究開発を進める次世代SFA(Sales Force Automation)である、「入力させないSFA」です。
1つの訪問をとってみても、従来の営業実務には多くの事務作業が発生していました。見込み顧客の抽出、メールの作成とやり取り、カレンダー登録、訪問、議事録化、SFA登録などです。さらに、週次や隔週での案件報告会のためのExcelの「案件シート」の更新や、接待に伴う「顧客管理シート」の更新にも多くの時間が費やされていたことでしょう。
図表4:AIと協働する新しい営業スタイル
木村は、「顧客接点情報をAIで半ば自動的に記録し、報告のための文書作成を不要にすることを、私たちは目指しています」と、「入力させないSFA」の狙いを説明します。「複数のAIエージェントが、訪問候補抽出、訪問記録、案件登録、資料作成、受注分析を分担。営業担当者はAIによる提案を確認・判断する側に回るイメージです」
木村が披露したデモ動画には、外部データ(決算報告書や統合報告書などから読み取れる決算情報や投資計画、法令情報、国や地方公共団体からの公示情報など)と内部データ(建物の築年数、担当者情報、顧客接点の疎密)、さらにベテラン営業担当者のノウハウといった情報が組み込まれていました。例えば「BCP対策を提案できそうな建物の実例を挙げてほしい」と尋ねると、AIエージェントが候補の抽出まで実行します。さらに、顧客に送る回答メールのたたき台を生成し、Outlookに下書きを保存します。訪問予定が決まればカレンダーに自動登録され、訪問後の議事録サマリーがSFAに自動で書き込まれます。
AIの浸透によりこういった考え方が普及していき、5年後には「人が手入力しない」が当たり前の仕事風景になっているはずです、と木村は展望しました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 木村安孝
続いて登壇したのは、インダストリアルトランスフォーメーションなどを担当するシニアマネージャーの関秀優です。建設チームではなくAI領域の専門チームに所属する関は、業界横断的にAI実装支援を行ってきた立場から、「調達」に関するAI導入の事例を紹介しました。
「生成AIを活用した見積明細比較の自動化をテーマにお話しします。調達の現場では、複数のサプライヤーから見積もりを取ります。明細の内容を比較してコスト分析するわけですが、各社から提出される見積もりのフォーマットはバラバラです。データ形式も違ったりする上、項目の粒度や用語も往々にして微妙に異なっているものです。それを担当者が集約・名寄せ・カテゴリ分類して一覧表を作る作業には、相当の時間を要しているのが実態ではないでしょうか」
この問題を解消するためにPwCが開発したのが、Microsoft Azure上に生成AIを組み込んだWebアプリケーションです。データ形式を問わず見積もりをアップロードすると、生成AIが大項目単位で集約し、各社横並びの比較表を自動生成します。
「ポイントは2つあります。1つは、大項目単位で見積もりの項目(内容)と金額をまとめられる機能。もう1つは、表記ゆれの判定機能です。
文字列が完全に一致していなくても人間が見れば同じ意味だと分かる項目、例えば足場工事と仮設足場設置のように、表現は異なるが実質同一の項目を、生成AIが意味を判断してマッチングします。逆に、比較している片方の見積もりにだけ存在する項目、例えば現場管理費が、A社にだけありB社にはないケースでは、アンマッチとして明確に識別します。この判断を、生成AIが人間に近い基準で示してくれます」
ここで技術的に注目すべきは、単純なテキストマッチングではなく、建設・調達領域の業務文脈を踏まえたセマンティックマッチングを実現している点です。従来のロジックベースのプログラムでは、あらゆる表記パターンを事前に辞書登録する必要があり、網羅性と保守性の両面で限界がありました。生成AIの言語理解能力を活用することで、未知の表現にも対応できる汎用性を獲得しています。
関がフォーカスしたのは、技術の先進性そのものに限りません。現実解をどう設計するか、つまり、技術的に可能なことと、現場で実際に機能することの間にある溝をどう埋めるかです。
「AIを活用するための重要キーワードとしてしばしば指摘されるのがAI Readyなデータを整えることです。そのとおりなのですが、調達の業務は自社だけでは完結しません。取引している各サプライヤーに、この統一フォーマットで見積もりを出してください、このシステムを使ってください、などとは簡単に言えないし、依頼できたとしても実現は容易ではありません」
多くのAIプロジェクトが「データ整備」を前提条件として掲げ、そこで止まります。関のチームが選んだのは、その前提条件自体を技術で解消するアプローチでした。
「各企業が日常業務で使っているデータは、AIにとって読みやすい形式では決してありません。セルの結合、空白行による区切り、ネストされた階層構造、ヘッダーの繰り返し——人間は視覚的に構造を読み取れますが、AIにとってはノイズの塊です。そこで、データの中身をAIに読み込ませる前に、多段階のデータクレンジングを自動で行う仕組みを設計しました。ここをおろそかにすると、抽出結果の精度悪化に直結し、実務では使いづらいものになってしまいます。だからこそ、調達業務の専門家の知見も入れた上で、生成AIによる読み込みに先立つデータクレンジングのパイプライン構築に注力しました」
この「前処理パイプライン」の設計こそが、本ソリューションの技術的コアと言うべきものです。生成AI単体の能力に依存するのではなく、入力データの正規化・構造化・ノイズ除去を段階的に行うことで、後段のAI処理の精度を担保します。いわば、AIの性能を最大化するためのアーキテクチャ設計であり、単にAPIを呼び出すだけでは到達できない実装品質がここにあります。
完成した比較表は、Excelとして手元にダウンロード可能なデータ形式でも出力されます。AIが生成した結果をシステムの内部にしまい込むことなく、調達担当者が普段の業務フローにシームレスに組み込めるようにします。
「AI導入の現場で最も多い失敗パターンは、技術的には動くが業務に定着しないケースです。既存のワークフローを壊さずに、AIの出力を自然に差し込める設計にこだわりました」
この使い勝手の設計にも、関の「実務視点」が反映されています。技術の可能性を示すデモではなく、明日から現場で使える実装を届ける。その姿勢が、本ソリューションの設計思想を貫いています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 関秀優
最後に登壇したのは、エンタープライズトランスフォーメーションなどを担当するマネージングディレクターの西口英俊です。日頃の業務では、マイクロソフト関連ソリューションの実装支援チームを統括しています。本イベントでは、ベテラン従業者の知識・技能をAIエージェント化するプロジェクトを解説しました。
「ある大型商業施設のフロア設計の業務をエージェント化した事例を紹介します」と西口は述べ、CAD図面の作成と変更に関し、管理者・オペレーターのナレッジをAIに移転するプロセスを実演しました。
こうした大型商業施設のフロア設計には避難経路の確保、天井高、最適な店舗スペース割りなど、管理者・オペレーターが蓄積してきた暗黙知が大量に埋め込まれています。
「フロアの設計とひと言でくくっても、実際のやり方は人によって多種多様です。例えば、CADを使う際のレイヤーのつくり方が人によって異なるなどもよくあるケースです。それぞれの人が積み重ねてきたノウハウと暗黙知を可視化できないか、というのが、このプロジェクトの出発点です」
アプローチには4段階があり、ステップ2からステップ4を反復しながら進みます。
「プロセスを整理してあるので、複雑なことは何もしません。暗黙知の持ち主であるベテランにどんな業務をしているかをインタビューします。その内容をAIエージェントにインプットし、図面を作成してもらう。これを繰り返すのです」
AIエージェントが生成して出してくる図面は、最初は「変なもの」だといいます。
「それに対して、ここは修正が必要、そこも違う、とインタビューで交わしたやり取りの全てが、形式知になった暗黙知、つまりベテランナレッジになるわけです。それを文字に起こしてエージェントにインプットする。この繰り返しで、図面の精度はみるみると高まります」
この一連の過程をビジネス向けのコミュニケーションツールであるTeamsで記録し、生成AIによる文字起こし・トピック抽出・要約を通して、「知識の構造化」を図ります。約2カ月で、人間の設計者と同水準の図面を描けるレベルに到達したといいます。
「最近の文字起こし技術は、発言者が誰かも含めて自動で記録できます。それをルール化して整えていくと、重要な情報が可視化されます。そこをAIエージェントに任せると、人間の考えるところに近づくのです」
西口が強調するのは「AIエージェントは単なるチャットボットにあらず」という設計思想です。「ナレッジを学習させたチャットボットではなく、業務プロセスそのものを担えるAIエージェントとして開発しました。営業担当者がAIと直接対話するだけでフロアレイアウトを変更できるレベルまで踏み込んでいます」
AIがこのレベルにまで到達することで、何が変わるのでしょうか。「まず、属人化の弊害がなくなります。それにより、品質も安定します。AIを使いこなすとは、そういうことだと考えています」
西口は最後に、AI活用のコツをこう述べました。
「AIを使うにあたり、あれもやってほしい、これもやってほしいと、人間側の願望は膨らみがちです。ですが、まずは現状の業務をそのままAIにやらせる、というのが現実的な手順です。それによって、具体的なノウハウ部分が形式知化されるからです。現行業務と同じことをエージェントに任せてみた上で、さらに高度なレベルにチャレンジする、この順番が極めて大切だと考えています」
PwCコンサルティング合同会社 マネージングディレクター 西口英俊
営業、調達、設計など建設業界の各業務領域で、AIエージェントが業務の主体として動き始めています。登壇した3名が紹介した3つの事例に共通するのは、AIを業務プロセスそのものに組み込もうとする発想であり、地に足を付けて業務の実態を見据える姿勢です。
木村が説いた「自分事化」、関が指摘した「データクレンジングを装備した設計」の大切さ、西口が提唱した「暗黙知の形式知化」、言葉は異なりますが、示す方向は同じです。一足飛びの理想を追わず、いま動いている業務をAIに渡すことから始めることが現実解なのです。
建設業の逆ひょうたん型人口構成の問題を克服するのに、時間の猶予は少なくなっています。AI BPRをいち早く「自分事化」した企業から、変革の地殻変動は広がっていくはずです。
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