第12回 英国コーポレートガバナンス・コード改訂に関するFRCの協議── 提案された変更の概要

  • 2023-11-01

はじめに

2023年5月24日、英国財務報告評議会(以下、FRC)はコーポレートガバナンス・コード(以下、コード)の変更案に関する協議文書を発表しました。変更点はコードの全てのセクションにわたっておりますが、最も重要なのは内部統制に対する取締役の責任に関するセクション4の変更であり、これは政府の2022年対応ステートメント(Feedback Statement:FS)における勧告に対応しています。

上記FSには、企業、監査人、規制当局に対するその他の多くの推奨事項が含まれます(5を参照)が、本稿では、コードで提案されている変更、特に内部統制にかかる責任の強化に関連する変更について今知っておくべきことと、現行コードの内容との違いに焦点を当てて解説します。

本稿では、1で今回のコード改訂の背景を説明したのち、主要な変更であるセクション4を取り上げます。その後、それ以外のセクションについての改訂、スケジュールに触れた後、補足として英国の改革の実施方法を確認し、また、日本との対比や日本企業への影響についても言及します。

なお、本稿における意見にかかる部分については筆者個人のものであり、所属するPwCあらた有限責任監査法人の公式見解ではないことを申し添えます。

1 コード改訂の背景

(1)変化の推進力

コードの改訂は、コーポレートガバナンスに対する世界的に有名な英国の評判をさらに向上させることを目指しています。要件が最終化された場合、信頼できる先進的なビジネスの場としての英国の高い評価を維持し、さらに強化する機会として、要件の形式および精神(Spirit)の双方を受け入れることを企業に対し奨励しています。

内部統制の厳格化により、運用の改善を実現する機会が得られ、変化を維持するための行動や活動を促進する統制に重点を置いた文化を構築するのに役立つと考えられています。

(2)影響を受ける企業

現在、英国証券取引所にプレミアム上場している企業は、その規模にかかわらず、Comply-or-Explainのアプローチに基づいてコードを適用することが義務付けられており、これらの企業は主にコードの変更による影響を受ける企業となります。Comply-or-Explainの仕組みをこれと対比をなすComply-or-Elseと対照すると(図表)のようになります。

また、コードを自発的に採用する団体もいくつかあります。この変更は、現在「企業雑則報告規則」(The  Companies〔Miscellaneous Reporting〕 Regulations)の基準を満たしているため、コーポレートガバナンスに関する文書(Corporate Governance Statement)を作成する必要がある大手民間企業も、直接的ではない形で適用される可能性があります。この文書を発表する際、企業は「考慮された」「コード」を説明する必要があります。本コードを選択する場合には、コードの内部統制規定の強化についても「考慮」する必要があります。

図表 Comply-or-ExplainとComply-or-Else

(3)その他

英国ではコードの改訂と並行して上場規則の改訂が英国金融行為規制機構(以下、FCA)によって進められています。また、ブレグジット後の非財務報告について、政府自身によるコンサルテーションも進められています。

その他、最近のトピックスとして2023年3月に公表された人工知能(AI)に対する規制に関するホワイトペーパー※1への質問も、今回のFRCの協議事項に含まれています。協議案の検討にあたっては最新のテクノロジーに関連するホットな議論も扱われていることを、念頭に置いておくことが重要です。

2 セクション4:監査、リスク、内部統制

(1)リスク管理と内部統制

今回提案されている最も重要な変更はセクション4です。セクション4の第29条(改訂後は第30条)が大幅にアップデートされ、取締役会がより明確に「取締役会が、会社のリスク管理および内部統制システムが報告期間および年次報告書の発行日まで有効であったと合理的に結論付けることができるかどうかの言明(Declaration)」を行います。この言明には以下のものが含まれています。


  • 報告(財務および非財務)、コンプライアンスおよび業務に関する内部統制が対象
  • 年次報告書が発行されるまでの報告期間全体にわたる業務の有効性が対象
  • 取締役会の評価の根拠を説明
  • 重大な弱点や失敗、および是正措置がどのように講じられているかを説明

この規定は取締役が、統制が有効であったことを積極的に表明することを要求するという点で、現行の第29条よりも広範です。現行の規定では、有効性について年次レビューを実施し、そのレビューについて年次報告書で報告することのみが求められており、根拠の説明までは求めていません。

また現行の規定では、現在の年次評価が対象とする期間については具体的に述べられていませんが、特定の時点での有効性評価となる見込みです。提案されている変更には、1回限りの実行ではなく、継続的な評価が必要と思われます。

さらに取締役会の言明の範囲についての提案は、評価の範囲に非財務報告の管理を含める点で、現行の第29条よりも広範です。これは、非財務報告情報に対するステークホルダーの需要と依存度の高まりを反映するためです。

言明の焦点は「重要な統制(material controls)」にあり、これはおそらく、重大なリスクを防ぐために導入されている企業の統制を意味します。

言明を支援するために必要な多くの構造、行動、責任を網羅するガイダンスがFRCから発行される予定です。このガイダンスが規範的なものかどうかは明らかにされていませんが、かなり詳細なものになる見込みです。以下に挙げているような、言明の際に重要になる考慮事項が多数含まれます。


  • リスク管理および内部統制の枠組みを確立および維持する際に取締役会が考慮する必要がある問題および分野
  • 経営陣および内部監査の義務と責任
  • 外部監査、その他の外部アドバイザー、または独立した保証を提供する者の役割
  • 外部のアドバイス/意見/保証が有益または必要となる状況の例
  • 継続的なモニタリングとレビューの違い
  • レビューの頻度

このガイダンスでは、コードの改正要件に対する報告方法についても触れる見込みで、以下の内容が含まれます。


  • 言明の根拠の説明
  • 実行されるプロセスの説明
  • 取締役会およびその他の者の役割と仕事
  • 使用されるフレームワークまたは標準
  • 特定された重大な弱点と、それらを修正するために取られた措置の説明

(2)監査・保証ポリシー、レジリエンスに関する文書

監査・保証ポリシー(以下、AAP)およびレジリエンスに関する文書の要件は法令に基づいており、従業員数750人超、年間売上高7億5,000万ポンド超の企業が対象となります。AAPおよびレジリエンスに関する文書の要件には、監査委員会の現行の責任と重複する部分があります。したがって、FRCは、前述のComply-or-ExplainベースでAAPとレジリエンスに関する文書を行動規範に組み込むことを提案しています。

これにより、上記の基準を満たす企業だけでなく、全てのプレミアム上場企業に対象を拡大できます。

(3)監査委員会と外部監査:最低基準

AAPおよびレジリエンスに関する文書と同様に、FRCも新しい最低基準を組み込むことを提案しています。これにより、この基準の対象範囲がFTSE 350の企業だけでなく、プレミアム上場企業全てに拡大できます。

3 セクション4以外

1で述べた今回の改訂の経緯から、セクション4以外の他の4つのセクションに対して提案されている変更は限定的なものになっていますが、その中でも特に強調されている点は次のとおりです。

セクション1:取締役会のリーダーシップと企業目的(Purpose)

実務への影響を実証するために、活動と成果の報告に焦点を当てる新しい原則を加えるとともに、環境および社会問題に対する取締役会の責任を明確にするためのいくつかの修正を行っています。

セクション2:責任の分担

取締役の時間に対する要求の増大を認識し、取締役のその他の業務をどのように管理するかについて提案しています。

セクション3:構成、承継、評価

企業が性別や民族を超えて多様性を考慮することを奨励し、透明性を向上させるために、保護される特性と保護されない特性の全てに同等の重みを与えるインクルージョンへの言及を含む改訂、取締役会による業績レビュー(主として以前の公認ガバナンス協会による協議および報告を反映する明確化)が含まれます。

セクション5:報酬

全体的な企業業績との関連を強化するための変更:企業の報酬間の関連の強化には、透明性の重要性と長期的な持続可能な成功へのつながりの強調を含む、ESG目標など広い意味での政策と企業パフォーマンスが含まれます。

マルスとクローバックの取り決め※2:報酬報告書に追加情報を含めることが提案されています。

なお、報告の質を向上させるために定型的な傾向を減らすとともに、報告要件を明確化し、報酬の設定時に考慮される要素とそれに関連する開示を修正します。

4 スケジュール

この協議において、今回の変更は2025年1月1日以降に始まる会計年度から有効になることが提案されています。

ここで重要なのは、内部統制の責任に対する変更案では、年次報告書で内部統制の有効性に関する言明を行うことが求められていますが、その言明は「報告期間全体を通じて」有効性をカバーすることが提案されていることです。これは、企業は変更が有効になる報告期間の期首から準拠する準備ができている必要があることを意味します。

例えば、年度末が12月31日の場合、2025年1月1日から準拠する準備ができていることが必要です。

5 補足:主要な改革と実施方法

2023年2月の省庁再編によって新設されたビジネス・貿易省(Department for Business and Trade: DBT)が推進している改革については、すでにその多くが実施の途上にあります。

主要な提案について、今後予想される実行方法の全体像は以下のとおりです。

(1)一次法令(Primary Legislation):監査改革法案

  • 投資家、企業報告のその他の利用者、およびより広範な公益の利益を保護および促進する、新しい法定規制の機関である監査・報告・ガバナンス庁(ARGA)の設立
  • ビッグ4以外の監査事務所が大規模監査の作業の一部を引き受ける管理された共同監査(Managed shared audit)という新しいアプローチを含む、市場を開拓するための新たな手段を提供。これにより、監査の品質と有用性が向上し、監査市場における回復力、競争力、選択肢が強化
  • 最大規模(Largest)の民間企業について、公益性が認められるこの規模の企業を識別し「PIE(Public Interest Entity)」の定義にて規制の対象に追加
  • 新しい規制当局に、取締役の財務報告義務を執行し、企業報告を監督し、会計および保険数理の専門職を監督および規制する有効な権限の付与
  • 債権者にさらなる信頼を与えるために倒産処理業者の規制を改革し、「資産剥奪」(Asset stripping)により効果的に取り組めるよう、倒産に陥った、または倒産に近づいている企業のコーポレートガバナンスを強化

(2)二次法令(Secondary Legislation)

  • 監査・保証ポリシー
  • 重大な不正行為の文書
  • レジリエンスに関する文書
  • 分配可能準備金に関する文書および開示

(3)コーポレートガバナンス・コード

  • 財務報告にかかる内部統制の強化(本稿にて説明)

(4)ARGAにより発行される基準(Standards issued by ARGA)

  • 監査委員会と外部監査:最低基準

6 日本との比較、日本企業への影響

今回の主要な改訂点として提案で取り上げられたいわゆる内部統制報告について、日本では2004年3月期から有価証券報告書等の適正性にかかる経営者確認制度として任意で導入され、その後、2006年の金融商品取引法で内部統制報告制度、確認書制度として法定化された経緯があります。背景として、米国において2002年の企業改革法(サーベンス・オクスリー法)により、財務報告にかかる内部統制について経営者による評価と公認会計士による監査の義務付けが行われたことがありました。ディスクロージャーをめぐり財務報告にかかる企業の内部統制が有効に機能していなかったのではないかとの懸念から、米国では議員立法により(英国とは対照的に)わずか半年強と極めて短期間に改革が進められました。

また、ESG報告の完全性については、2023年のいわゆる内部統制基準、実施基準の改訂にあたり、内部統制の目的の1つである「財務報告の信頼性」が「報告の信頼性」に修正されましたが、金融商品取引法上の内部統制報告制度は、あくまでも「財務報告の信頼性」の確保を目的とするとされました。非財務情報の内部統制報告制度における取り扱いについては中長期的な課題とされ、国内外における議論を踏まえて検討することとされました。

なお、欧州(英国を含む)では財務報告にかかる内部統制報告制度ではなく、ガバナンスコード等で内部統制全般を規律する傾向があるので、日本との比較にあたっては注意が必要です。

他方、日本企業への影響についてですが、英国証券取引所においてプレミアム上場している企業はもとより、それ以外でも任意に適用しているケースもあり、本件の影響を受けることとなります(1(2)を参照)。加えて、日本のコードが英国を範として2015年に制定された経緯があり、日本における今後の議論にも少なからず影響があると考えられます。

他方、日本企業への影響についてですが、英国証券取引所においてプレミアム上場している企業はもとより、それ以外でも任意に適用しているケースもあり、本件の影響を受けることとなります( 1(2)を参照)。加えて、日本のコードが英国を範として2015年に制定された経緯があり、日本における今後の議論にも少なからず影響があると考えられます。

7 おわりに

FRCが公表した今回の提案の要点についてまとめると以下のとおりになります。

FRC提案内容のまとめ


コード セクション4:監査、リスク、内部統制

  • 取締役は、「会社のリスク管理および内部統制システムが報告期間および年次報告書の発行日まで有効であった旨、取締役会が合理的に結論付けることの可否についての言明」を行うこととなる。
  • 言明の根拠は、取締役会が有効性をどのように監視およびレビューしたかを含めて説明することが必要である。
  • 言明の範囲は、企業報告(財務報告および非財務報告)、コンプライアンスおよび業務に対する重要な統制とする。
  • 重大な弱点や統制上の失敗を開示する。
  • 今後発表されるガイダンスについて、言明をサポートするために必要だと考えられる構造、責任、行動、言明の根拠に何が含まれる可能性があるかについて、重要な詳細が提供されることが示唆される。
  • 環境、社会、ガバナンス(ESG)の報告の完全性に関して、またそれについての保証を得るための監査委員会における責任を強化する。
  • 監査・保証ポリシー、レジリエンスに関する文書のComply-or-Explainに基づくコードへの組み込み、そして監査委員会の、外部監査に関する新たな最低基準を定める。

同 セクション4以外(変更は限定的なものとなる)

タイミング

  • 協議への回答期限は2023年9月13日
  • 会計年度の提案発効日は2025年1月1日以降に開始する。

今回はFRCが協議のために公表した文書の内容を紹介しました。公開協議を経て最終的にどのように改訂が行われるか、注意深く見守っていく必要があります。


※1 Department for Science, Innovation & Technology (2023), “A pro-innovation approach to AI regulation”
https://www.gov.uk/government/publications/ai-regulation-a-pro-innovation-approach/white-paper(2023年9月4日アクセス確認)

※2 ある役職員が発生させたエクスポージャーが翌年以降の業績を悪化させた場合、もしくは内部方針や法律に違反していた場合、報酬が削減されたり払い戻されたりする取り決め。

【参考文献】

本文中で参照した資料の他、以下を参考にしました。

PwC, “FRC consultation on the UK Cor po rate Governance Code” (2023)
https://www.pwc.co.uk/audit/assets/pdf/frc-cons ultation-uk-corporate-governance-code-external-s ummary.pdf(2023年9月4日アクセス確認)

Sarkar, Subrata, “The Comply-or-Explain Ap-proach for Enforcing Governance Norms”(July 15, 2015)
https://ssrn.com/abstract=2638252(2023 年 9 月4日アクセス確認)

英国における監査およびコーポレートガバナンスの改革については、PwC’s Viewの以下の記事もあわせてご参照ください。

山口峰男「コーポレートガバナンスと監査──英国における改革の最新動向(2022年6月以降  その1)連載PwCあらた基礎研究所だより  第8回」PwC’s View 第42号(2023年2月号)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazi ne/pwcs-view/assets/pdf/42-04.pdf(2023 年 9 月4日アクセス確認)

山口峰男「コーポレートガバナンスと監査──英国における改革の最新動向(2022年6月以降  その2)連載PwCあらた基礎研究所だより  第9回」PwC’s View 第43号(2023年3月号)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazi ne/pwcs-view/assets/pdf/43-04.pdf(2023 年 9 月4日アクセス確認)


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所 所長
山口 峰男