【2025年】PwCの眼(7)

米国通商政策の大転換を踏まえ、新たなサプライチェーンの強靭化が重要に

  • 2025-09-19

2025年1月、トランプ氏の米大統領復帰を契機に、米国の通商政策は大きく方向転換し、日系自動車メーカーとそのサプライチェーンに、かつて経験したことのない負荷をもたらしている。新政権は「米国に雇用を取り戻す」を旗印に、製造業の国内回帰と雇用創出を最優先課題に掲げ、自動車関連関税、素材関税、相互関税といった政策を矢継ぎ早に実行に移している。

鉄・アルミ関税(3月実施)、完成車関税(4月実施)、自動車部品関税(5月実施)の相次ぐ発動はいずれも政府間交渉を伴わず、政策決定から実施までの猶予も極めて短かった。また、同時期に中国政府がレアアースの輸出管理を強化したことも課題を複雑化させた。

主要日系自動車メーカー 7社の2025年3月期の決算資料からは、関税負担は年間で2兆7千億円規模に達する可能性が示唆されている。7月23日、日本から輸出される完成車に対する追加関税率は12.5%(基本税率の2.5%と合わせると15%)になる見通しとなった。追加関税の負担は当初(25%)よりも縮小する見通しだが、影響は依然として大きい。

新たな事業環境を踏まえて、自動車産業は短期・中期・長期の各視点から対策を講じ、サプライチェーンの強靭化と事業構造の見直しを進める必要がある。

短期的対応では、適切な価格設定と米国生産能力の最大活用が求められる。関税分の価格転嫁は市場競争への配慮から慎重に進めざるを得ないが、競合のコスト構造や販売戦略を注視しつつ機動的に実施し、収益性を回復させる必要がある。米国生産能力の活用にあたっては、サプライヤーの供給余力や労務費増(残業・休日出勤など)といった要素も考慮した上で、現地生産を増やし、関税影響の最小化に取り組む必要がある。

中期的視点では、生産・調達拠点の最適化を進める必要がある。米国における工場の新設は、関税回避の一手段となるものの、継続的な賃金の上昇や人材の定着率の低さといった構造的課題も存在する。日本における生産は現場の強さを背景とした生産性向上のポテンシャルを有するが、為替変動や新たな通商摩擦のリスクを孕む。各地域のコスト・リスクを可視化し、全体最適の観点からサプライチェーン全体のネットワークを見直す必要がある。

このプロセスにおいて鍵となるのが、部門間・企業間を含むデータ連携の高度化である。現状の関税対応では、個々のサプライヤーがどの原材料をどこから調達し、どの工程でコストが発生しているかを把握しづらく、対応に時間を要している。また、サプライヤーが物価上昇に伴うコスト増を迅速に売価へ転嫁できないなど、新たな課題も浮き彫りになっている。

今後は、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の改定、EU主導の炭素国境調整メカニズム(CBAM)関連政策への対応、資源循環経済なども視野に入れつつ、重層的かつリアルタイムにデータを連携することが求められる。変化に対して俊敏に対応できる体制を整えることが、サプライチェーン全体の強靭化、競争力の向上につながるだろう。

長期的対応としては、新車販売への過度な依存から脱却し、サービス収益を含む多様な収益源を構築することが求められる。車両のソフトウェア化(SDV化)が進む中、使用・所有フェーズにおける新たな付加価値提供が可能になりつつある。サブスクリプション型サービスやOTA(オーバー・ジ・エアー)による機能追加といった領域は、関税などの外部要因による収益変動を緩和する経営基盤となり得る。

通商政策の急転換が突きつけた現実は、自動車業界に既存の構造からの脱却を迫っている。車両の脱炭素化、SDV化など技術の転換を進めつつ、外部環境の変化に対しては、データに基づいて、柔軟かつ迅速な意思決定が求められている。

PwCコンサルティングでも、変化に対応するための組織を新設するなど、変革を進めている。


※本稿は、日刊自動車新聞2025年8月4日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。


執筆者

森脇 崇

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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