DEI(多様性・公平性・包括性)――「why DEI?」立ち返る

2025-05-23

※本稿は、『日刊工業新聞』2025年3月27日付「経営リーダーの論点(15)」に寄稿した記事を再編集したものです。
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トランプ令対応、戦略二分

トランプ米大統領の就任以降、米大手企業の一部で、DEI(多様性・公平性・包括性)への取り組みの見直しや縮小の動きがみられる。こうした企業は、政府との関係性が強く、保守層の顧客が多い製造系企業も少なくない。グローバル展開する日本企業にとっても、今後のDEI戦略の方向性について重要な判断を迫られる問題だ。「DEIバックラッシュ」と呼ばれる反DEIに対し、日本企業がどう向き合い、どう対応すべきかについて、米企業や社会動向を踏まえて考察する。

トランプ米大統領は、DEIに関する数多くの大統領令に署名した(図表1)。

図表1:大統領令における主なDEI関連の言及

ジェンダー関連
  • 政府のDEIプログラムを廃止
  • パスポートなどの身分証の性別表記を「男性」「女性」いずれかに限定
  • 米軍からトランスジェンダーの軍入隊を制限
  • 連邦刑務所などでトランスジェンダーが自認する性の施設の使用を禁止
  • トランスジェンダー選手の女子競技への参加を禁止
人種・国籍関連
  • 移民の受け入れプログラムの見直し
  • 不法移民の入国阻止、強制送還
  • 米国生まれの移民に国籍を与える制度を廃止
その他
  • 政府機関でのテレワーク廃止
  • 「反キリスト教的偏見」を根絶するための組織新設
  • 人工妊娠中絶への政府資金の利用禁止

出所:国内外大手メディアの公開情報をもとにPwC作成

トランスジェンダーなどの生物学的性および性自認に関連する政策、国籍・民族に関連する政策が多くを占めており、アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)に対する保守層の鬱憤(うっぷん)が、そのまま反動として政策に反映されたようにも見受けられる。従って米国におけるDEIの焦点や文脈は、日本での議論の前提である「女性活躍が中心であり、アファーマティブ・アクションが浸透しにくい」こととは異なることを認識しておく必要がある。

反DEI政策に対する米世論の受け止めは、支持政党によって大きく二分される。複数の米メディアによる大統領令やDEIの個別政策に関する世論調査では、テーマや調査主体によって差はあるものの、賛成・反対が半々の状況。また、米メディアの報道によると、産業界では反DEIに追随する企業のほうが多数派で、縮小・廃止の動きが目立つ。ただ、株主からの見直し圧力に反発し、堅持の立場を示している企業もある(図表2)。

図表2:反DEIに対する米国企業の動き

では、なぜ米国で反DEIに追随する企業が多い状況なのか。追随企業は、保守層の顧客が多い小売り系・製造系企業、コンプライアンス(法令順守)やセキュリティーなどの規制の影響が大きい金融系・テック系企業、政府からの受注案件があるといった関係性が強い企業が多い。保守派の活動家やシンクタンクなどからの圧力、法的リスクの回避などを理由としている。

とはいえ、取り組みを見直す程度や実質的な対応には差がある。トランプ政権の影響で「ダイバーシティー」や「エクイティー」という言葉に過剰に反応されるリスクを避けるため、「インクルージョン」や「エンゲージメント」などの言葉に置き換えたり、表面上はDEIプログラムで使用する文言や基準を見直したりしている企業が多い。水面下では従業員リソースグループ(ERG)などのマイノリティー・グループへの支援を継続している企業もある。米国では取り組みを縮小させるものの、日本ではDEIを堅持する方針を示すなど、地域によって対応を分けているグローバル企業もある。

反DEIに追随する企業であっても、実態は必ずしもすべてを反DEIに振り切っているとは限らない。経営層のDEIに対する本音やコミットメントの度合いが差になっているように思われる。

そもそも経営層がDEI推進について納得感がなく、ビジネスゴールとひも付けずに、やらされ感で進めてきたのか、あるいはビジネスにおけるDEIの重要性を本質的に理解し、リスクを回避しつつも引き続き経営課題の中核として推進しようとしているのかが、今回の対応によって透けて見えるのではないだろうか。

”姿勢表明“リスク見極め重要

では、こうした米国の動向を踏まえて、日本企業はどう対応すべきか。主に二つの重要なポイントがある。

一つ目は、反DEIに対して特定のスタンスを示す際のリスクを、可能な限り正確に見極めることである。反DEIに賛同するリスク、対抗するリスク、静観するリスクのそれぞれについて、法的・経済的・社会的な観点やステークホルダーへの影響を、客観的に評価することが重要だ。これを見誤ると、想定外の問題発生により、思わぬイメージダウンや経済的損失につながる可能性がある。

株主、投資家、購買層、サプライヤーなどのステークホルダーに対する影響、世界の地域・国・州単位で異なる法的規制や反DEI/ESG(環境・社会・ガバナンス)などの動向を正しく理解した上で、必要な単位で施策の中身、強度、メッセージを調整していく必要がある。

本質的な意義の言語化を

二つ目は、DEIに取り組む本質的な意義を言語化することである。日本でも大手企業において概念自体は一般的になっている。しかし、なぜ取り組むべきなのかについては、理念的・道義的な必要性の説明だけにとどまり、自社ならではの目的や理由について、明確かつ具体的に語っている企業は少ない。

実際、国内外の調査研究においても、DEIの効果についてポジティブな傾向を示すものもあれば、そうでないものもある。具体的な効果や喫緊の必要性を実感しくいことも、説明にとどまっている一因と考えられる。これでは社内も腹落ちせず、反DEIの動きなどで中核であるDEIポリシーが左右されやすくなり、結果として投資家や消費者からポリシーの一貫性のなさを疑問視される懸念がある。

そこで必要になるのが、なぜDEIを推進するのかという「why DEI?」を、ビジネスストーリーに載せて語ることである。価値創造の過程において、どこでどうDEIが影響するのか、結果としてどのようなアウトカムにつながるのかを明らかにし、DEI戦略・施策のよりどころにすることで、戦略に基づく各種施策の合理性と一体感が生まれる(図表3)。

図表3:ビジネスのシナリオに対するDEIのインパクトを可視化することで、DEI推進の意義と取り組むべき課題を明らかにする

また、ビジネスストーリーとの適合性と各種リスクの観点の二つのポイントから、自社の戦略が具体化されているか、各施策の広さ・深さに過不足がないか、アプローチや優先順位に見直すべき点がないかを検証するのも有効である。

企業の存在意義にひも付く価値観は本来、政権などによって頻繁に変わるものではないはずだ。当然、法的リスクを避けるための戦略の微調整や見直しは必要だが、DEIが企業の持続的成長にとって本質的に不可欠であるならば、表面的な動きに流されず、また単なる義務として捉えるのではなく、自社にとって核となる価値と位置付け、常に「why DEI?」に立ち返ることが求められる。

執筆者

吉田 亜希子

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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