まだ間に合う─「排出量取引とカーボンクレジット」Q&A 第5回 排出量取引(3)

2024-06-10

※本稿は、2024年5月10日・20日合併号(No.1710)に寄稿した記事を転載したものです。
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この記事のエッセンス

  • 実排出量が自主目標排出量を上回る場合(目標未達の場合)、「実排出量−NDC相当排出量」もしくは「実排出量−自主目標排出量」のうち小さい値が超過削減枠等の調達に必要な量となる。これに対し、実排出量が自主目標排出量を下回る場合(目標を超えて削減した場合)、超過削減枠を創出できる可能性があるがその創出の要件は、野心的な削減目標の実現に向けた取扱いを含んでいるため、複雑になっている。
  • GX-ETSでは、第1フェーズ内の各単年度において、直接排出要件と総量排出要件を充足している場合、特別創出と呼ばれる超過削減枠の創出が可能とされている。この場合、使用される実排出量の情報は、合理的保証の検証が要求される。また、2025年度には、第1フェーズ全体を通した超過削減枠の計算が要求され、超過削減枠の創出要件を充足しない場合、特別創出した超過削減枠を返納しなければならない。

はじめに

カーボンニュートラルを目指した脱炭素の取組みが待ったなしの状況となっている。現在、政府の方針としてグリーントランスフォーメーション(以下、「GX」という)が掲げられ、これに対応する活動が開始されている。そのなかでは、排出量取引やカーボンクレジットなどの具体的な取引や炭素に対する賦課金の計画も含まれている。経理部門は、脱炭素の取組みに関与する機会が増えると予想され、ある程度の知識が必要となっている。

そこで、本連載ではGX実現に向けたGXリーグでの排出量取引やカーボンクレジットについて、Q&A形式で概要を解説する。

第5回は、自主目標の達成と排出削減枠の創出について解説する。なお、記載については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

超過削減枠の調達・創出はどうするのか

超過削減枠等の調達が必要かどうかはどのように決まるのか。また、超過削減枠の創出はどのような場合に行われるのか。

(1)自主目標の達成

① 自主目標の達成とは

第1フェーズ終了後、参画企業により超過削減枠等の調達が必要となるかどうかの算定は、直接排出に関する、自主目標排出量と実排出量との比較から始まる。

  • 実排出量が第1フェーズの自主目標排出量を上回る場合、実排出量と自主目標排出量との差分について超過削減枠等(超過削減枠および適格カーボン・クレジット)の調達を行う。
  • NDC相当排出量よりも削減する自主目標排出量を掲げていた場合、実排出量とNDC相当排出量との差分につき超過削減枠等の調達を行う。

この関係からすれば、目標未達時に必要な調達量は、「実排出量―NDC相当排出量」もしくは「実排出量―自主目標排出量」のうち小さい量となる。自主目標排出量をあらかじめNDC相当排出量より低い数値(NDC相当排出量>自主目標排出量)に設定した場合、必要な調達量は実排出量とNDC相当排出量との差分となる。この必要とされる調達量の算定により、参画企業による野心的な目標の設定を妨げない方針が反映されている。逆に、NDC相当排出量よりも大きい(野心的ではない)自主目標排出量を設定する場合、実排出量と自主目標排出量との差分を調達すれば十分とされ、実排出量とNDC相当排出量との差分を調達する必要はない。これらの関係と設例を表したのが図表1である。

図表1 超過削減枠等の調達

② 適格カーボン・クレジット

実排出量が第1フェーズの自主目標排出量を上回る(超過する)場合、実排出量と自主目標排出量との差分について適格カーボン・クレジットの使用が可能とされている。GXリーグ事務局「GX-ETSにおける第1フェーズのルール」(以下、「第1フェーズのルール」という)によれば、この適格カーボン・クレジットは、J-クレジットおよびJCMクレジットを適格カーボン・クレジットとし、無効化量の報告により、自社の排出量からの控除が可能とされている。なお、第1フェーズのルールによれば、JCMについては、SHK制度において、パリ協定第6条(市場メカニズム)の実施ルールに係る国際決定を踏まえ、活用可能なJCMクレジットを2021年以降の排出削減および吸収の取組みに由来するものとする案が検討されており、今後この議論の状況を踏まえて扱いが決定されると説明されている。

第1フェーズのルールによれば適格カーボン・クレジットの範囲は、限定的である。適格カーボン・クレジットに関するWGがGXリーグ内に設置されている。このWGは、「カーボン・クレジット・レポート(2022年6月)」において整理された考え⽅に基づき、今後追加すべき適格カーボン・クレジットの要件の検討を行うとしている。

「カーボン・クレジット・レポート(2022年6⽉)」では、J-クレジット制度によらない国内の炭素吸収・炭素除去系ボランタリークレジットのような、将来の除去および吸収の拡⼤に貢献するカーボンクレジットについても、活用が認められるべきであるとしている。同様に、わが国の経済と環境の好循環にも寄与する国内外のボランタリークレジットについても、それぞれの制度の目的を踏まえたうえで、活用が認められるべきであるとしている。

(2)超過削減枠の創出

超過削減枠の創出の要件は、自主目標を達成しているか否かの判断より複雑になっている。これは、GXリーグにおける排出量取引は、野心的な削減目標の実現に向けた、効率的および効果的な削減のための手段であると位置づけられ、第1フェーズのルールは、その趣旨を反映した取扱いを含んでいるためである。超過削減枠創出の全体的なイメージをまとめたのが図表2であり、超過削減枠創出の判定および処理は、GXリーグ事務局において行われる。

図表2 第1フェーズにおける超過削減枠創出イメージ

① 概要

第1フェーズにおける超過削減枠の創出には、次の要件を充足する必要がある。

(排出量)

  • 直接排出要件:2023年度から2025年度の実排出量がNDC相当排出量より少ない
  • 総排出量要件:直接排出と間接排出の実排出量が制度開始前の排出実績以下である

(情報の性質)

  • 実排出量に関する情報は、合理的保証の検証を受ける

NDC相当排出量は、超過削減枠の創出を判断する要件として使用されているが、NDC相当排出量に準拠した目標設定を求めるために適用される基準値ではないとされている。参画企業における早期のGX投資に関する排出削減インセンティブ向上の観点から、第1フェーズで創出された超過削減枠の後のフェーズにおける活用を可能とする取扱いに関する検討についても言及されている。

超過削減枠の創出に関しては、参画企業から創出申込みがあり、直接排出要件と総量排出要件の充足が認められた場合、GXリーグ事務局が参加企業に超過削減枠を付与するしくみになっている。

② 直接排出要件

直接排出要件直接排出要件は、第1フェーズ中の実排出量の総計が、基準年度排出量から計算されたNDC相当排出量以下である場合に、要件を充足するとされている。NDC相当排出量の計算に関しては、次の方法が定められている。

  • NDC相当排出量は、参画企業が設定した基準年度・基準年度排出量から、一定の削減率であるNDC水準をもとに計算する。
  • NDC水準は、基準年度排出量から2050年カーボンニュートラルまで直線で削減する場合の2023年度から2025年度、2030年度時点の削減率を機械的に計算する。

第1フェーズにおいては、図表3の2023年度から2025年度の削減率に基づいたNDC相当排出量が適用される。

図表3 削減率およびNDC相当排出量の計算

③ 開始前から直接排出要件を達成している場合の取扱い

参画企業によっては、2013年度以降で自ら設定した基準年度以降の取組状況や経済情勢等によっては、制度開始前からNDC相当排出量を下回る、いわゆる直接排出要件を充足する場合も想定される。このような状況では、NDC相当排出量は、「野心的な目標」を代用する指標として不十分とも考えられる。このため、制度の趣旨に立ち戻り、直近排出量における排出実績が、NDC相当排出量(2023年度)を下回る参画企業については、次の取扱いを適用する対応とされている。

  • 制度開始前の排出実績を下回る水準の自主目標排出量の設定を求める
  • 超過削減枠は、実排出量が当該排出目標を下回った差分についてのみ、創出される。

まず、制度開始前の排出実績を下回る水準の自主目標排出量の設定である。この場合における野心的な自主目標排出量の設定を表したのが、図表4①野心的な自主目標排出量の設定である。

図表4 制度開始前から直接排出要件を達成している場合の取扱い

直近排出量は、2020年度から2022年度の排出量を平均した排出量(直接排出量、間接排出量および合計)とされている。ただし、目標設定の検討時において、2022年度の排出量が確定していない等、2022年度の実排出量を直近排出量とする対応が困難である場合、2019年度から2021年度の排出量を平均した量を直近排出量とする取扱いも可能とされている。なお、超過削減枠の創出を行わない参画企業は、直近排出量の算定および報告が不要とされる。

次に超過削減枠の創出である。野心的な自主目標排出量の設定との関係で表したのが図表4②超過削減枠の創出である。図表4②は、実排出量が(野心的な)自主目標排出量として設定された自主目標排出量を下回っている状況を表わしており、この場合、超過削減枠の創出が認められる。

なお、実排出量がNDC相当排出量を下回ったが、自主目標排出量を超過する結果となった場合、参画企業は、超過削減枠の創出ができない。これは、自主目標排出量の達成ができなかったからである。ただし、実排出量がNDCを達成しているため、超過削減枠および適格カーボン・クレジット等の調達の有無について、公表は不要とされる。また、実排出量がNDC相当排出量および自主目標のいずれも達成できなかった場合、参画企業は、超過削減枠の創出ができない。これに加え、参画企業は、NDC相当排出量と実排出量の差分について、超過削減枠および適格カーボン・クレジットの調達の有無について公表する。

④ 総量排出要件

総量排出量要件は、直接排出量を削減したものの、間接排出量を過剰に増加させる対応の防止のために設定された。2023年度から2025年度の直接排出量および間接排出量についての実排出量が直近排出量以下となる関係が必要であるとされている(図表5参照)。

図表5 総量排出要件の考え方

(3)超過削減枠の特別創出

① 特別創出とは

GX-ETSでは、第1フェーズ終了後における、超過削減枠の創出や超過削減枠等の調達の実施を想定している。これに加え、第1フェーズ内の各単年度において、直接排出要件と総量排出要件を充足している場合、特別創出と呼ばれる、超過削減枠の創出が可能とされている。特別創出された超過削減枠は、フェーズの途中でも取引が可能であるが、フェーズ終了後、フェーズを通算した削減実績を踏まえて、精算される。

② 特別創出の取扱い

特別創出に係る直接排出要件は、年度ごとのNDC相当排出量と実排出量との比較を要求している。実排出量がNDC相当排出量を下回る場合、要件を充足する。特別創出に係る総量排出要件は、直接排出と間接排出の実排出量が直近排出量を下回るかについての検証を要求している。使用される実排出量の情報は、合理的保証の検証が要求される。

2023年度における特別創出量は、2023年度におけるNDC相当排出量と直接排出の実排出量の差分となる。2024年度における特別創出量は、2023年度および2024年度におけるNDC相当排出量と直接排出の実排出量の差分から創出済特別創出量を控除して算出される。

2025年度には、第1フェーズ全体を通した超過削減枠の計算が要求される。第1フェーズにわたり要件を充足しない場合、特別創出した超過削減枠を返納しなければならない。これに対して第1フェーズにわたり超過削減枠の創出要件を充足した場合、総出量から特別創出量を差し引いた分について、超過削減枠の創出が可能となる。なお、特別創出量がフェーズ終了後の創出量より多い場合、その差分を返納しなければならない。

執筆者

川端 稔

監査事業本部 パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

石川 剛士

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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