まだ間に合う─「排出量取引とカーボンクレジット」Q&A 第1回 カーボンニュートラル宣言以降の動向(1)

2024-04-10

※本稿は、2024年3月10日号(No.1704)に寄稿した記事を転載したものです。
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この記事のエッセンス

  • GXリーグは、「2050年カーボンニュートラル実現と社会変革を見据えて、GXヘの挑戦を行い、現在および未来社会における持続的な成長実現を目指す企業が同様の取組みを行う企業群を官・学と共に協働する場」とされている。
  • 参画企業によるリーダーシップを持った参加を通して、カーボンニュートラルに向けた社会構造変革のための価値の提供を目指し、GX推進戦略の実現および実行に貢献する。

はじめに

カーボンニュートラルを目指した脱炭素の取組みが待ったなしの状況となっている。現在、政府の方針としてグリーントランスフォーメーション(以下、「GX」という)が掲げられ、これに対応する活動が開始されている。そのなかでは、排出量取引やカーボンクレジットなどの具体的な取引や炭素に対する賦課金の計画も含まれている。経理部門は、脱炭素の取組みに関与する機会が増えると予想され、ある程度の知識が必要となっている。

そこで、本連載ではGX実現に向けたGXリーグでの排出量取引やカーボンクレジットについて、Q&A形式で概要を解説する。

第1回は、カーボンニュートラル宣言以降の動向とGXリーグの概要およびカーボンニュートラル実現の取組みとしての脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(以下、「GX推進戦略」という)について解説する。

なお、記載については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

脱炭素化の導入に関する動向はどうなっているのか

カーボンニュートラル宣言以降の脱炭素化の導入に関する動向はどのようになっているか。GXリーグという名称をよく耳にするが、これは何を意味しているか。

(1)カーボンニュートラル宣言以降の動向

現在、気候変動問題への対応として、温暖化に焦点が当てられ、国際的な対応が求められている。2050年までにカーボンニュートラルの実現、さらに世界全体のカーボンニュートラル実現への貢献が日本に求められている。企業にとっては対応の負担が生じるものの、この対応を成長の機会と捉え、産業競争力を向上するプラスの影響も期待されている。

カーボンニュートラルにいち早く移行するための挑戦や、利害関係者も含めた経済社会システム全体の変革であるGXへの対応が重要とされている。カーボンニュートラル宣言以降における動向の概要をまとめると図表1に示すとおりである。

図表1:カーボンニュートラル宣言以降の脱炭素化の導入に関する動向の概要

主な事情
2020 10 2050年カーボンニュートラル宣言
12
  • (金融庁)「サステナブルファイナンス有識者会議」設置
2021 2
  • (経済産業省)「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」を設置(2021年2月〜2021年12月)
6
  • (内閣官房、経済産業省、内閣府、金融庁、総務省、外務省、文部科学省、農林水産省、国土交通省、環境省)2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略公表
8
  • (経済産業省)「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」中間整理公表
  • (環境省)カーボンプライシングの活用の可能性に関する議論中間整理公表
10
  • 地球温暖化対策計画を閣議決定(2016年の計画を5年ぶりに改定)
12
  • (経済産業省)「カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会」を設置(2021年12月〜2022年6月および2023年3月)
2022 2
  • (経済産業省)GXリーグに関する基本構想公表
6
  • (経済産業省)GXリーグ活動を開始
  • (経済産業省)「カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会」カーボン・クレジット・レポート公表
7
  • (内閣官房)GX実行会議開催
8
  • (経済産業省、金融庁、環境省)「産業のGXに向けた資金供給の在り方に関する研究会」を設置(2022年8月〜12月)
9
  • (経済産業省)GXリーグ排出量取引に関する議論の開始
10 (金融庁)サステナブルファイナンス有識者会議に「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会」を設置(2022年10月〜2023年5月)
12
  • (経済産業省、金融庁、環境省)「産業のGXに向けた資金供給の在り方に関する研究会」施策パッケージおよび工程表を公表
  • (内閣官房)GX実行会議におけるGX実現に向けた基本方針のとりまとめ
2023 2
  • 「GX実現に向けた基本方針」および「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(以下、「GX推進法」という)」案を閣議決定
5
  • 「GX推進法」成立
6
  • (金融庁)「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会報告書」の公表
7
  • (内閣官房)「GX推進戦略」公表

(出所)内閣官房、経済産業省、環境省および金融庁のウェブサイトならびに経済産業省「GXリーグ活動概要 ~ What is the GX League~」をもとに筆者作成

GXリーグは、2050年カーボンニュートラル実現と社会変革を見据えて、GXヘの挑戦を行い、現在および未来社会における持続的な成長実現を目指す企業が同様の取組みを行う企業群や官・学と共に協働する場とされている。GXリーグの取組みは、過去から継続的に行われてきた脱炭素化に関する政策検討の実現の一部ともいえる。

2021年8月に、経済産業省が設置した「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」における議論を取りまとめた中間整理が公表された。この中間整理は、2050年のカーボンニュートラルを目指し、イノベーションに挑戦する日本の企業群が、EU、米国、中国などとの国際競争を勝ち抜いていくという目標への対応方針が述べられている。また、国内において、カーボンニュートラル時代を見越した先駆的なビジネス実証とルール設定を、アジャイル型(開発を小さな単位に分け、「計画」、「設計、実装、テスト」、「機能のリリース」という流れを何度も繰り返すという手法)で進める対応が可能となるような環境の整備が必要であるとされた。そこで、カーボンクレジット市場の創設にあわせて、自ら意欲的な2030年削減目標を掲げ、その目標を気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づき資本市場に開示し、気候変動対策を先駆的に行う企業群により集積して構成される「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)」の立上げに向けた検討の推進が述べられた。その後、同研究会において、次の点を踏まえ、「カーボンニュートラル・トップリーグ(仮称)」から、「GX(グリーントランスフォーメーション)リーグ」へ名称の変更が提案され、確定した。

  • 目指すべきはカーボンニュートラルという事象だけではなく、カーボンニュートラルに向けた脱炭素のチャレンジを通じた経済社会システムの変革(GX)である
  • 企業だけではなく、幅広い産・官・学・金のプレイヤーが参画する枠組みとしたい
  • 企業による削減目標の数値としてのコミットだけではなく、そこに向けたいち早い取組みも含めた外部から評価される枠組みとすべき

(2)GXリーグ活動概要

GXリーグは、参画企業によるリーダーシップを持って、カーボンニュートラルに向けた社会構造変革のための価値の提供を目指すとしている。その活動の概要は、図表2に示すとおりである。

図表2:GXリーグにおける活動概要

項目 種類 説明
排出量取引制度(GX-ETS) 実践
  • 参画企業が自ら目標を掲げて、GX投資とGHG排出削減および社会に対しての開示を実践する
ルール形成を通じたグリーン市場創造(市場ルール形成WG) 共創
  • 将来のビジネス機会を踏まえ、新市場創造に向けて官と民でルール形成を行う
  • テーマ別に設定するルールワーキング・グループ(以下、「WG」という)では、ルールの設計から、実証、さらには世界に向けた発信等を行う
    • GX経営促進WG(世界全体のカーボンニュートラル実現に向けて、日本企業が持つ気候変動への貢献の機会面(市場に提供する製品およびサービスによる排出削減など)が適切に評価されるしくみを構築する)
    • 適格カーボン・クレジットWG(GX-ETSの第1フェーズにおいて利用可能な適格カーボン・クレジットとして、現時点で対象としているカーボン・クレジット(J‐クレジット等)に加えて、対象とすべきクレジットの定義やその認定等に関する議論および検討を行う)
    • GX人材市場創造WG(GX人材に関する内外労働市場の垂直立ち上げに向けた検討を行う)
    • グリーン商材の付加価値付け検討WG(各社の排出削減施策が、製品やサービスの経済的価値に結び付くためのしくみについて、具体商材のユースケースを想定しながら検討を行う)
    • ボランタリーカーボンクレジット情報開示検討WG(ボランタリーカーボンクレジットに関する、情報開示や自主的な用途に関する議論動向の整理および検討を行う)
ビジネス機会創発(スタートアップ連携等) 対話
  • 2050年カーボンニュートラルが実現した未来の経済社会システムを「ビジネス機会」として描き、官民ルールメイキングや賛同企業の中長期の経営戦略、事業開発、研究テーマ開発などへの活用を目指し、業種を超えた対話を行う
企業間交流の促進(GXスタジオ) 交流
  • 2050年カーボンニュートラルを実現するための連携や創発、共創を推進するための、特に自由な「交流」を行う
  • 気候変動対応に関する企業の関心事項や実務上の課題について、ディスカッションや情報交換を行う

(出所)経済産業省「GXリーグ活動概要 ~ What is the GX League ~」およびGX League公式ウェブサイトをもとに筆者作成

GXリーグにおける排出量取引(以下、「GX―ETS」という)のルールについて、政府におけるカーボンプライシングの検討に携わってきた学識有識者から構成される、「GXリーグにおける排出量取引に関する学識有識者検討会」が開催された。この検討会における専門的見地からの意見と、賛同企業との対話を重ね、GX―ETSの制度検討が行われた。

(3)GX実現に向けた基本方針

GX実現に向けた基本方針では、2021年10月に閣議決定した「第6次エネルギー基本計画」、「地球温暖化対策計画」ならびに「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を踏まえ、気候変動対策についての国際公約およびわが国の産業競争力強化および経済成長の実現に向けた、今後10年を見据えた取組み方針が取りまとめられている。この基本方針に基づくGX実現に向けて必要となる関連法案の提出も明記されている。この関連法案が、後述するGX推進法案である。

基本方針では、気候変動問題への対応に加え、ロシア連邦によるウクライナ侵略を受け、国民生活および経済活動の基盤となるエネルギー安定供給を確保するとともに、経済成長を同時に実現するため、主に次の2項目の推進を方針としているとされている。

① GXに向けた脱炭素の取組みとエネルギー安定供給の確保

② 成長志向型カーボンプライシング構想

それぞれの項目を解説していく。

① GXに向けた脱炭素の取組みとエネルギー安定供給の確保

一般的に、気候変動問題への対応としては、GXに向けた脱炭素の取組みが中心となるが、今回の基本方針は、これにエネルギー安定供給の確保を関連させた内容となっている。エネルギーの安定供給を確保するため、ガソリン、灯油、電力、ガスなどの小売価格に着目した緊急避難的な激変緩和措置にとどまるのではなく、エネルギー危機に耐え得る強靱なエネルギー需給構造に転換していく必要がある。

そのため、化石エネルギーへの過度な依存からの脱却を目指し、エネルギー需要における徹底した省エネルギー、製造業の燃料転換などの対応が必要とされている。同時に、エネルギー供給においては、再生可能エネルギーや原子力などエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源の最大限の活用が必要とされている。

今後の対応として、多くの項目が挙げられており、参考資料において「今後の道行き」として多くの事例(水素・アンモニア、蓄電池産業、鉄鋼業、化学産業、セメント産業、紙パ産業、自動車産業、資源循環産業、住宅・建築物、脱炭素目的のデジタル投資、航空機産業、ゼロエミッション船舶(海事産業)、バイオものづくり、再生可能エネルギー、次世代ネットワーク(系統・調整力)、次世代革新炉、運輸分野、インフラ分野、カーボンリサイクル燃料(SAF、合成燃料、合成メタン)、CCS、食料・農林水産業、地域・くらし)および原子力政策の今後の進め方がロードマップ形式で表されている。

脱炭素技術による世界規模でのカーボンニュートラルの実現への貢献が期待されている。新たな市場および需要を創出し、産業競争力の強化を通して、経済を再び成長軌道に乗せ、将来の経済成長や雇用および所得の拡大につなげていく考えを反映している。

② 成長志向型カーボンプライシング構想

「成長志向型カーボンプライシング構想」は、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援(規制・支援一体型投資促進策等)」、「カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ」および「新たな金融手法の活用」により構成されている。

新たな金融手法の活用において「ブレンデッド・ファイナンス」が取り上げられている。サステナブルファイナンス有識者会議第三次報告書(2023年6月)においても、最エネなどへのGX投資は、初期所要額が大きく回収までに時間を要するなどの事情から、民間金融機関による単独融資にとどまらず、プロジェクトファイナンスや証券化、ブレンデッド・ファイナンスなどのさまざまなスキームを案件に応じて適切に活用していく対応が必要である旨が言及されている。

ブレンデッド・ファイナンスは、インパクト投資に相当し、環境などへのプラスのインパクトと民間資金供給拡大の両方を目指すアプローチと考えられるが、さまざまな意味に用いられており、単一の定義はないと考えられる。GX実現に向けた基本方針においては、公的資金と民間資金を組み合わせた金融手法と理解されている。この手法の詳細は、今後の対応において議論されていくとされている。

特徴は、公的資金による譲許的融資を活用して民間資金をさらに呼び込み、資金ブレンドがなければ実現できなかったプロジエクトの実行を可能にする点にある。優先劣後関係に基づく資金の提供に加え、公的資金による一部または全部に対する保証の提供や、市場条件より廉価な保険の提供で、民問投資家が直面するリスクを減らして民間資金を呼び込むしくみも考えられる。ブレンデッド・ファイナンスを広めていくうえでの課題は、リスクを吸収する役割を担う公的資金がどれだけリスク吸収力を確保あるいは高められるかにある。

この他、国際展開戦略や社会全体のGXの推進についても方針に含まれている。

GX実現に向けた基本方針における参考資料として、「今後10年を見据えたロードマップの全体像」が公表された。この概要をまとめたのが前頁図表3である。

図表3 今後10年を見据えた口ードマップの全体像

(4)GX推進法およびGX推進戦略

「GX実現に向けた基本方針」の閣議決定がなされた2023年2月10日に、同方針を実現していくために必要となる関連法案をまとめたGX推進法案も、閣議決定された。その後、国会審議を経て、2023年5月12日にGX推進法が衆議院本会議で可決され、成立した。このGX推進法の概要をまとめたのが図表4である。

図表4:GX推進法の概要

項目 概要

GX推進戦略の策定および実行

  • 政府は、GXを総合的かつ計画的に推進するための戦略(GX推進戦略)を策定
  • GX経済への移行状況を検討し、適切に見直す対応を想定
GX経済移行債の発行
  • 2023年度(令和5年度)から10年間、GX経済移行債(脱炭素成長型経済構造移行債)を発行
  • GX経済移行債は、化石燃料賦課金および特定事業者負担金により2050年度(令和32年度)までに償還
成長志向型カーボンプライシングの導入
  • 2028年度(令和10年度)から、化石燃料の輸入事業者等に対して輸入等による化石燃料に由来する二酸化炭素の量に応じた化石燃料賦課金の徴収
  • 2033年度(令和15年度)から、発電事業者に対する一部有償で二酸化炭素の排出枠(量)を割り当て、その量に応じた特定事業者負担金の徴収(有償の排出枠の割当てや単価は、入札方式(有償オークション)により、決定)
GX推進機構の設立
  • 経済産業大臣の認可により、GX推進機構を設立
  • GX推進機構の業務
    • 民間企業のGX投資の支援(金融支援(債務保証等))
    • 化石燃料賦課金および特定事業者負担金の徴収
    • 排出量取引制度(特定事業者排出枠の割当て・入札等)の運営

(出所)GX推進法および経済産業省「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案【GX推進法】の概要」をもとに筆者作成

GX推進法に基づき、2023年7月28日にGX推進戦略が閣議決定された。GX推進戦略の内容は、GX実現に向けた基本方針に、法律の成立などによる必要な文言の修正を反映しているが、基本的な内容は、GX実現に向けた基本方針と同一である。

財務省は、GX経済移行債の入札を2024年2月14日に行った。初入札は、10年クライメート・トランジション利付国庫債券(第1回)8,000億円であった。年度内に合計1.6兆円のGX経済移行債を発行する。

執筆者

川端 稔

監査事業本部 パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

石川 剛士

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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