EUにおける企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の日本への影響 ~自社のサステナビリティへの取り組みを見直す機会と捉え、今すぐ着手を~

2023-10-12

※本寄稿記事は日経ESG 2023年9月号寄稿記事を基に再構成、了承を得て掲載したものです。

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5万社が開示、日本企業も
EUの「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」を読み解く

約5万社にサステナビリティ情報の開示を求めるEUのCSRDが発効した。
2024年度から段階的に適用が始まる見込みで、日本企業も対応が必要になる。

昨今、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」という言葉をよく耳にするものの、欧州連合(EU)の規制がなぜ日本において話題となっているのか。そう疑問に思われている読者の方もいるのではないだろうか。EUでは現在、「非財務情報開示指令(NFRD)」により、気候変動への取り組みなど非財務情報の開示ルールが策定されている。しかし、2050年までに気候中立(温室効果ガス排出実質ゼロ)を目指す野心的な目標を掲げる欧州グリーンディール政策において、より実効性のある開示ルールが求められることとなった。議論の末に策定されたのがCSRDであり、23年1月5日に発効した。EUの新しい開示ルールが日本企業にどう影響するのか。CSRDの特徴といえる「適用範囲」「ダブルマテリアリティ」「第三者保証」を踏まえて解説する。

子会社や支店が対象に

CSRDが注目を集めている理由の1つが、適用範囲の広さである(図表1)

図表1 CSRDの適用対象となる企業とその適用時期

対象となる企業は約5万社とみられ、大きく3つのカテゴリーに分かれる。

1つ目は、「EU事業者」である。EU域内で設立された企業または企業グループ(以下、企業と総称)のうち、一定の基準を充たすものが大企業とされ、CSRDの適用対象となる。上場、非上場を問わず売上高や従業員数といった基準のみによって決定される。そのため、日系企業の欧州子会社で一定規模以上ところがこのカテゴリに該当する可能性が高い。

日本企業にとってより大きな影響がある、と考えられるのが2つ目の「第三国事業者」である。EU域外で設立された企業でも、域内に前述した大企業や一定規模以上の支店を持ち、かつ域内で一定規模以上の売上高を計上している場合は対象となる。CSRDでは企業グループとしての開示が求められるため、仮に日系企業が対象企業となった場合、グローバル連結で開示する必要がある。

どのカテゴリーに該当するかで適用時期が異なる。EU事業者として欧州子会社が対象になると、原則25年から適用される(25年のデータを26年に開示)。第三国事業者に該当する場合は28年から適用開始となる(28年のデータを29年に開示)。開示に当たっては様々な事項を検討しなければならないため、準備にかけられる時間は意外と少ない。早急に動き出す必要があるだろう。

1000超の指標を提示

CSRDは対象企業といった枠組みのみを規定しており、開示内容の詳細は欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)が策定する欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)により規定される。

図表2 ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)

ESRSは大きく2つの「セット」より構成される(図表2)。現在、検討されているのは、EU域内の企業に対して適用されるセット1である。12の基準があり、2023年8月末までに最終化される見込みだ。一方のセット2は、業種別や第三国事業者向けの基準が含まれる予定だが、本稿の執筆時点ではまだ草案が公表されていない。以下、セット1について詳しく見ていく。

環境への影響評価が必須

横断的基準(サステナビリティ全般)、環境、社会、ガバナンスに分かれた12の基準はそれぞれ、「ガバナンス」「戦略」「インパクト・リスク・機会(IRO)管理」「指標と目標」の4つの要素で構成される。例えば、環境では気候変動の基準として、温室効果ガス排出量といった開示項目が示されている。

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みや、今年6月に公表された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の気候変動に関する基準と共通する開示項目も多い。ただし、ESRSは生物多様性や循環型経済、従業員、顧客、事業活動など幅広い課題を取り扱っている。日本企業が対応を進めているTCFD開示や、有価証券報告書でのサステナビリティ情報の開示と比べると、対象範囲が大きく広がる。

このように、ESRSの開示項目は多岐にわたり、データポイントと呼ばれる最も細かい指標の数は1,000を超える。ただ、企業は全ての項目を開示することは求められていない。サステナビリティに関する事項と自社の事業との関わりを見極めるマテリアリティ評価によって、開示項目を絞り込んでいくことになる。

CSRDに対応する上でと切っても切り離せないのが「ダブルマテリアリティ」である。マテリアリティには、企業が環境に与える影響を表すインパクトマテリアリティと、サステナビリティに関するリスクや機会を通じて企業が被る影響を表す財務的マテリアリティの2種類がある。(図表3)

図表3 ダブルマテリアリティ

マテリアリティには、インパクトマテリアリティと財務的マテリアリティの2種類がある。CSRDでは、2つのマテリアリティを評価し、開示項目を検討する必要がある

筆者がサステナビリティに関して議論している企業では、財務的マテリアリティに主眼を置いているところが多い。だが、CSRDへの対応では財務的マテリアリティに加えて、インパクトマテリアリティについての評価が求められる。ESRSでは、マテリアリティ評価の基本的なプロセスが示されているが、インパクトマテリアリティ評価の方が複雑である。しかも、財務への影響額という1つの単位で比較可能な財務的マテリアリティと違い、自社が環境や社会に与える様々な影響を1つの単位で比較するのは容易ではない。

加えて、ステークホルダーへの説明もある。どのサステナビリティ課題を重要と判断したか、あるいは重要ではないと判断したのか、それはなぜか。CSRDでは第三者保証が求められることから、こういった点を社外の保証付与者に対して明確に伝える必要がある。従来のマテリアリティ評価は得てして、主観的な判断によることが多かったように思われる。

会計監査と同等の保証も

CSRD対応の特色として最後に挙げるのは、第三者保証が求められる点である。これまでもESG格付けで評価を高めるため、CO2排出量などの個別の指標に関して第三者認証を受けているケースはある。しかし、CSRDでは開示内容全般について第三者保証が必要になる。当初は限定的保証であるが、将来的には合理的保証へ移行することが計画されている。両者の定義は概念的なものだが、合理的保証は現在の会計監査と同程度の保証水準を担保することが求められる。

会計監査は、財務諸表の数値を監査する手続きの策定に際して、その数値情報の収集プロセスや、内部統制が適切に機能していることを前提としている。理論上は内部統制が機能していない場合であっても合理的保証は可能とされているが、そのためには非常に多くの監査工数と時間を要する。従って、将来の合理的保証への移行を考えると、サステナビリティ情報の作成プロセスや内部統制の整備といった点を踏まえて対応する必要があるだろう。

もう1つ、保証付与者が誰になるかも今後の焦点になる。CSRDはEU各国の法律に反映され、それぞれの事情も加味される。だが、一般的には、監査・保証に関する知見や財務情報と非財務情報のコネクティビティ(接続性)を踏まえると、現行の会計監査人とする可能性が高いと予想される。なお、昨今は会計監査の実効性を高めるために、自己のレビューを防止する観点から監査人の独立性が強く求められている。監査人が被監査会社にできるアドバイザリー業務の範囲がますます狭まっている。サステナビリティ情報に関しても同様の道をたどるのは想像に難くない。CSRD対応に際して外部のアドバイザーを選定する場合には、この点を考慮に入れる必要がある。

CSRDの適用企業の判断やマテリアリティ評価の結果は第三者保証の対象となると考えられる。手戻りを防止するためにも、候補に考えている保証付与者と早い段階でコミュニケーションを取るといいだろう。

現状を把握し、合理的に

CSRDへの対応は大変そうだと思われているかもしれない。しかし、「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」という言葉が示す通り、イメージに振り回されることなく、具体的に何が課題となり得るかを明確にすることが重要である。

では、CSRDの特徴を踏まえ、日本企業はこれからどう取り組んでいけばいいのだろうか。

まず、CSRDの適用範囲の広さに関しては、財務諸表の数値や従業員数、資本関係図があれば、どの企業が対象になるかを洗い出せる。本社とEU拠点の役割を明確に設定しつつ、関連する企業や部署を早期から巻き込んでいくことをお勧めする。

CSRDはサステナビリティ情報に関する開示であるため、サステナビリティ推進担当が中心となって対応するケースが多いと思われる。一方で、財務諸表の数値や資本関係図については経理・財務担当が持っているなど、他部署の協力を仰ぐ必要が出てくるだろう。

ダブルマテリアリティについては、社内の意思決定に時間を要するマテリアリティ評価を、CSRDのためだけにやり直すのは現実的ではないと思われる。まずはESRSで規定しているマテリアリティ評価のプロセスと自社の従来のプロセスを比較するのが肝要だ。その上で、自社のプロセスに現状、含まれていない点を、次回のマテリアリティ評価に反映させるのが合理的といえる。

限られた期間で対応するために、場合によってはマテリアリティ評価に先行して、ESRSと自社の開示項目とのギャップを分析するケースも想定される。本来であれば、自社にとって重要でない開示項目の検討は不要とも思える。だが、サステナビリティ情報開示のトレンドを把握する機会と捉え、一旦全ての基準を把握するという割り切りもあっていいだろう。第三者保証への対応では、マテリアリティ評価や情報収集プロセス、内部統制に関して、エビデンスとしての文書化が求められる。

一見すると、CSRDはEUで降って湧いた開示規制のように思えるかもしれない。だが、対応を進めてみると、CSRDが新たに求めている事項は、これまでのサステナビリティの取り組みに欠けていたものを情報開示の点から補完しようとしているのが分かってくる。例えば、マテリアリティ評価を実施し、重要なサステナビリティ課題に関しての方針、行動、目標、指標を開示するとしよう。そのためには、企業価値を示す財務と、環境や社会へのインパクトの両側面を加味しながら、サステナビリティと結び付けた価値創造ストーリーを策定せざるを得なくなる。さらに、開示情報について第三者保証を得ることで、そのストーリーは信頼性のある、強固なものとなる。

基準や規制の策定に当たっては、パブリックコメントの募集など、適正なプロセスを経るものである。言い換えれば、基準や規則で求められていることはステークホルダーの期待を最大限に反映したものとも考えられる。コンプライアンス対応といった受け身の姿勢ではなく、CSRDを通じてステークホルダーが真に企業に問うていること、求めていることは何かを見極めるのが大切である。それが、自社の企業価値やサステナビリティの取り組みの質を高め、社会に自社の存在意義を認められることにつながるのではないだろうか。

執筆者

田原 英俊

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

中村 良佑

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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