DXで直面するカベを突破せよ

DX推進を阻む組織のカベを突破せよ--サービス志向型組織で成果につながるDX

  • 2025-10-10

「全社横断でDXを推進する」とのトップの号令の下にプロジェクトを立ち上げたものの、下記のような状況に陥っていないであろうか。

Aさんは、「DX推進プロジェクトに参加してほしい」と上司から要請を受け、プロジェクトチームにアサインされた。しかし、彼は所属部署の日常業務に追われて、プロジェクトに割く時間がない。他のプロジェクトメンバーもどうやら同じ状況のようだ。結果、プロジェクトは何週間も停滞する。

営業部と企画部は、それぞれ異なる重要業績指標(KPI)と評価基準でプロジェクトを進める。営業部は短期的な売上向上を目指し、企画部は長期的な顧客満足度向上に焦点を当てる。結果、施策に関する合意形成に時間がかかってしまい、効果がなかなか出ない。さらに、プロジェクトの方向性に修正が必要となれば、複数部門にわたる多くの関係者の合意が求められ、調整に何週間もかかり、プロジェクトの勢いは次第に失われていく。

本稿では、こうした「DXプロジェクトの停滞」を引き起こす構造的な原因を明らかにし、目指すべき姿として「顧客起点のサービス志向型組織」への移行を提案する。また、その移行を阻む5つのカベと具体的な乗り越え方についても解説する。

「挑戦しているのに進まない」現象の正体、「効率化」の呪縛

こうしたデジタル変革(DX)の停滞が繰り返される背景には、現状多くの企業が採用している「機能別組織」による弊害があると考える。

機能別組織とは、企画・開発・運用などの業務機能ごとに部門が分かれ、それぞれが独立して目標やKPI、予算を持つ構造である。専門性の追究や業務の効率化、人的リソースの最適化には適している。一方で、部門連携が必要なケースでは、「何を優先すべきか」「どこに時間を割くべきか」といった判断基準が部門ごとに異なるため、合意形成に時間がかかる。

図表1:従来の組織(機能別組織)の課題

では、なぜこのような“組織のかたち”が生まれ、続いてきたのか。その背景には、長年にわたって企業活動で重視されてきた「徹底的な効率化の追求」があると考える。

従来、日本企業は人や設備をできるだけ稼働させ、「空き」をなくすことで、全体の生産性を最大化することを重視してきた。日常的には各部門が専門性を生かしてそれぞれの業務に集中し、組織横断でプロジェクトを実施する際にだけ、一時的に人員・予算・スケジュールを定めて協働する。こうすることで、各部門の通常業務に支障をきたすことなく、管理可能な単位で横断施策を進めることができる。無駄や空き時間をつくらず、効率的に成果を出すという意味では、組織としての合理性もある。

しかし、こうした考え方ややり方は、変化への対応スピードという観点で課題が残る。効率化を追求したが故に、変化に対応する余裕や余力がなくなってしまっている。結果として、冒頭で紹介したような状況に陥りがちである。

求められる「プロダクト思考」と「フロー効率の追求」

筆者らは、こうした構造的な行き詰まりを打破する鍵となるのが、「プロダクト思考」と「フロー効率の追求」だと考えている。プロダクト思考とは、「ユーザーにとっての価値を継続的に届ける」ことを出発点とする考え方だ。最初から正解が分からない前提に立ち、小さく始めて、ユーザーの反応を見ながら改善を重ねていく「価値起点」のアプローチである。

そして、それを支えるのが、フロー効率の追求である。これは、人や設備の稼働率ではなく、価値がユーザーに届くまでの流れ全体の効率を重視する考え方だ。たとえ一時的にリソースが空く場面があっても、ユーザーへの価値提供が早まるのであれば、それを是とする発想である。

図表2:リソース効率 vs フロー効率

変化が激しく、初期の要件通りに進むとは限らないDXにおいては、まずは早くユーザーに価値を届けること、そして、その反応を基に改善を繰り返すことが何より重要である。その点で、プロダクト思考とフロー効率の追求は、DXの実行における「前提」となるべき価値観だといえる。

「プロダクト思考」と「フロー効率の追求」を組織に根付かせるには?

この2つを組織に根付かせるには、「チーム」のあり方を見直すことが不可欠だ。筆者らは、こうした価値提供を担うチームに求められる特徴として、以下の4つを重視している。

  • クロスファンクショナル:企画や開発、運用、デザインなど必要な機能が1つのチームにそろっていることで、調整に時間を取られず、価値提供に集中できる
  • 小規模:チーム規模を7人程度に抑え、コミュニケーションを円滑にし、意思決定と行動を迅速化する
  • 権限委譲と役割の明確化:チームに意思決定権限があり、責任を持つリーダーが明確であることで、自律的に動ける
  • アジャイルオペレーション:1〜2週間の短いサイクルでユーザーの反応を見ながら改善を重ねる

とはいえ、1つのチームだけでは組織全体は変わらない。重要なのは、小さく始めて、成功体験と学びを積み上げながら、徐々に広げていくことだ。

こうした価値提供を担うチームが複数育っていくことで、最終的には組織全体が「変化に強いかたち」へと再構成されていく。このように、社内外のユーザーに価値提供することに集中できるチームの集合体を、筆者らは「サービス志向型組織」と呼んでいる。

真の組織変革を阻む5つのカベと突破策

サービス志向型組織に向けた展開ステップが描けたとしても、現実には幾つものカベが立ちはだかる。筆者らが現場で幾度となく直面してきたのは、以下の5つのカベだ。

カベ1:経営コミット不足――スポンサーが定まらず、横串の調整が進まない

クロスファンクショナルなチームを組成するには、複数部門をまたぐ調整が避けられない。物理的に組織を再編できることが理想だが、難しい場合は、論理的なチーム編成でも構わない。いずれにせよ、こうした構造を実現するには、経営による明確な旗振りと、最終的な意思決定を担うリーダーの存在が不可欠だ。また、このリーダーには、チームへの権限委譲を進める役割を担ってもらうことも重要となる。

カベ2:クイックウィン欠如――手応えがつかめず、現場の熱が冷める

初動期に小さくとも成果があり(クイックウィン)、「いけそうだ!」という感触を持てなければ、現場の熱量は続かない。そこで有効なのが、短期間で成果を可視化できるテーマでの先行実施である。顧客向けだけでなく、AIを活用した運用の自動化など、社内ユーザー向けの取り組みを対象にするのも効果的だ。こうした成功体験は、「自分たちでもやれる」という実感を生み、次の挑戦への土台となる。

カベ3:型化の遅れ――成功体験が属人化し、横展開の度に再試行

試行(パイロット)がうまくいっても、他部門で再現できない――これは「型化」が追いついていないサインだ。パイロットと同時にガイドラインやチェックリストへの落とし込みを進め、他チームが模倣できる状態にすることが重要である。また、成功チームのメンバーが新チームにコーチとして伴走することも有効だ。この循環が回り出すと組織全体の学習スピードも高まっていく。

カベ4:人材戦略の遅れ――必要な役割に、必要な人がいない

「適任者がいない」「チームが組めない」という声は多く、DXを担う人材がスキル・人数ともに不足しているのが実情だ。特に問題なのは、どの役割が足りていないのかが可視化できていないことである。必要な役割を整理し、現状とのギャップを可視化できれば、採用や育成の方向性を定めやすくなる。また、人材不足が顕著な領域は、外部の支援を受けながら、徐々に内製化を進めるといった段階的な対応も効果的だ。

図表3:必要な人材の可視化と専門家の有効活用

カベ5:既存ルールとの不整合――“整えてから動く”正しさが、変革の敵になる

新しいチームや働き方を描いても、稟議・評価・IT統制など、既存ルールと整合せず足踏みすることは多い。ここで「まずは全ルールを整えてから動こう」としてしまうと、変革は始まる前に失速してしまう。重要なのは、「必要最低限だけ整えて、まずは動く」というスタンスだ。制度もアジャイルに変えていく姿勢が求められる。

まとめ:変化に適応できる組織への一歩を踏み出すために

本稿では、DXが進まない背景にある「組織のかたち」に着目し、サービス志向型組織への転換を提案してきた。重要なのは、単に組織図を変えることではない。顧客や社内ユーザーの変化に俊敏に応え、試行錯誤を繰り返しながら継続的に価値を届ける――そんな“変化にしなやかに適応できる組織”へと運営の前提を見直すことだ。

サービス志向型組織は、そうした組織像に近づくための具体的な方向性である。まずは小さく始め、現場のチーム主導の価値提供を積み上げていく。その一歩一歩が、変化を前提とした新たな時代の当たり前を形づくっていくはずだ。

以上

※本記事は2025年9月3日にZDNET Japanに掲載されたものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。

執筆者

鈴木 直

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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髙澤 良輔

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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財前 遥平

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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