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VPP(Virtual Power Plant:仮想発電所)の実現は、電気事業者にとって長年にわたり重要なテーマの一つとなっています。近年は、社会情勢の変化、脱炭素化の進展、エネルギーの分散化、AIの台頭を背景に、VPPの重要性と実現可能性が一段と高まり、本格的な社会実装に向けた動きが加速しています。
この動きを後押ししているのは、太陽光発電設備をはじめ、蓄電池、電気自動車、ヒートポンプ給湯機など、さまざまなDER(Distributed Energy Resources:分散型エネルギーリソース)の急速な普及拡大です。電力を消費するだけでなく、発電や充放電の機能も備えたDERが広がることで、需給バランスが崩れやすくなり、系統混雑(送配電設備の容量制約により、電力の流れが制限される状態)や周波数・電圧変動など、電力系統の不安定化リスクも高まります。一方で、DER自体がこうした課題の解決に資するアセットとしても期待されています。とりわけ、DERを個別に制御するのではなく、一つの発電所のように束ねて統合運用するVPPは、需給バランスの維持や系統安定化に貢献する手段として注目されています。
これまで、VPPおよびDR(Demand Response:電力を消費する側が電気の使用量をコントロールして、電力の需要と供給のバランスを調整する仕組み)の普及に向けて、規制やガイドラインの整備、技術実証が進められてきました。その結果、高圧分野ではDRが電源や容量市場の発動指令電源として一定の役割を担うまでに広がっています。さらに、2026年度からは家庭用太陽光発電や電気自動車などに代表される低圧リソースの需給調整市場への参入が始まりました。急速に拡大する低圧リソースを含むVPPの本格展開により、高圧・低圧の両分野でVPPを活用し、より高度で効果的な需給調整を実現するための多様な収益化(マネタイズ)の可能性が広がっています。
VPPは、アグリゲーターと呼ばれる複数のDERを束ねて制御・取引を担う事業者が運用し、小売電気事業者の需給調整や一般送配電事業者の調整力確保に必要なエネルギーを供給することで収益を生み出します。具体的には、JEPX(Japan Electric Power Exchange:日本卸電力取引所)の価格高騰時にVPPを通じて需要家リソースを活用し、小売電気事業者が市場からの電力調達を回避したり、供給力が不足する局面でVPPを発動指令電源として電力を供給したりすることで、収入を得るユースケースがあります。また、将来的には一般送配電事業者が管理する局所的なエリアにおいて、電圧上昇や系統容量を超える逆潮流によって生じる系統混雑に対し、DERを活用して混雑を解消するユースケースなども想定されています(図表1)。
現在、いくつかのユースケースが想定されているものの、これらを実装するだけではビジネスとしては不十分です。VPPビジネスを成功に導く重要なファクターは、より多くのDERを束ねることで単位あたりのコストを低減する「規模の経済性」と、特定の種類に偏らず多様なDERを束ねることで柔軟かつ臨機応変な供給力を確保する「範囲の経済性」にあると考えられます。この場合、自社単独で対応するのか、パートナーとの協業で対応するのか、どのように規模と範囲を拡大していくのかが戦略を策定する肝となります。この前提の議論として、VPPに参入するアグリゲーター事業者は、なぜVPPに取り組むのか、何をもって差別化するのか、将来的に自社はどう在りたいのか、今まさにこれらの問いに向き合うことが求められています。
次章では、これらの問いに答えるヒントとなるよう、VPPが進化することでもたらされる電力業界構造の変化、特に小売電気事業モデルがどう変わるのか考察します。
図表1:VPPのユースケース例
VPPが普及していくことで、供給者と需要家を仲介する小売電気事業者のビジネスモデルや果たすべき役割・責務は根本的に変化し、業界構造そのものが変革していきます。近い将来、小売電気事業者が担う供給力の確保や同時同量の達成といった業務プロセスが、AIなどのテクノロジーの進化により完全に自動化されるだけでなく、需要家側のAIエージェントが小売電気事業者の機能そのものを代替するようになることも想定されます。
こうした業界構造の変化は、小売電気事業モデルの進化に応じて段階的に進むと考えられます。以下では、その進化のプロセスを4つの段階に分けて整理します(図表2)。
図表2:小売電気事業モデルの進化ステップ
第1段階は、自社電源、相対契約、市場取引を組み合わせた適切な調達ポートフォリオを基盤に、主に3段階従量料金を前提として電力を供給するモデルです。この場合、固定料金であることから、アグリゲーターがDERを制御する経済合理性は限定的です。小売電気事業者の付加価値は、主に電力調達、需給管理、リスクヘッジ、マーケティングに集約されます。
第2段階は、市場価格連動の料金プランを前提に、アグリゲーターが家庭用蓄電池や電気自動車の車載蓄電池を市場価格に応じて充放電制御し、需要家の電気料金を削減するモデルです。アグリゲーターは、その削減効果の対価として収益を得ます。したがって、このモデルでは、専業アグリゲーターにとっては、需要家の電気料金を削減するほど、削減額を原資とする収益機会が広がります。一方、小売電気事業者にとっては、需要削減がkWh販売量(販売電力量)の減少につながり、kWh販売で得られる収入を押し下げる可能性があります。小売電気事業者にとって有益な施策は、小売電気事業者が調達する電力価格の高い時間帯に蓄電池からの放電を行い、調達コストの低減につなげることです。この場合、小売電気事業者とアグリゲーターの双方が便益を享受することが可能となります。それゆえ、この施策を実現するには、小売電気事業者が起点となり、自らVPPソリューションのオーナーとして小売・VPP双方に最適な料金プランやインセンティブの設計を行うことが不可欠になります。
第3段階は、プロシューマー向けの運用支援サービスを通じて、需要家リソースを容量市場や需給調整市場などに接続し、その柔軟性を金銭的価値に転換するモデルです。今後、需要家は単に電力を消費するだけの存在ではなくなり、電力の発電・充放電・需要抑制といった能力を電力システムに提供する側でもある「プロシューマー」にシフトしていくことが想定されます。その時、小売電気事業者に求められるのは、プロシューマーの保有リソースを踏まえ、そこから得られる便益を最大化する「コーディネーター」としての役割です。一部の大規模需要家だけでなく、より小規模な需要家においてもエネルギー利用が複雑化していく中では、小売電気事業者が需要家ごとの利用形態や保有設備を踏まえた最適な運用支援を通じて、顧客生涯価値(LTV)の最大化に貢献していくことが必要です。需要家リソースを管理・制御することを可能にするVPPは、小売・需要家双方の便益を最適化する基盤となり、事業競争力の中核へと位置付けが変わることが想定されます。
第4段階は、需要家側にAIエージェントを配備し、AIエージェントと連動する小売プラットフォーム(プラットフォームの核となるリテールOS<Operating System>)を通じて、市場、発電所、他の需要家との間で自律的に電力を調達・制御するモデルです。制度・技術面で一定の前提が必要となりますが、AIエージェントを需要家のHEMS(Home Energy Management System:家庭内のエネルギー利用を管理・制御するシステム)やDERに実装することで、電力取引などをより高度に最適化していくことが可能になります。
VPP事業者・小売電気事業者にとって重要なのは、このAIエージェントが単なるHEMSの高機能版ではないという点です。従来のHEMSが主に需要家内の見える化やDER制御を担ってきたことに対し、AIエージェントは宅外とも協調して調達・制御・売電を行う判断主体となります。具体的には、市場価格、発電所の供給状況、近隣需要家の余剰電力、自宅の太陽光発電設備(PV)・蓄電池・電気自動車(EV)などの状態を踏まえ、最適な取引と制御をごく自然に、自律的に行う存在となります。
従来の小売戦略が「いかに大量に安く売るか(販売量)」に重きを置いていたのに対し、今後は「いかにDERを有するユーザーのさまざまなニーズに対応できるか」が重要になると考えられます。つまり、電力システムのデジタル化、DERの普及、AIの高度化が進む中で、小売電気事業者は、単に料金メニューを提供する事業者ではなく、プロシューマー、発電所、電力市場をつなぎ、社会に最適でありながら個人にとっても最適な取引を実現するプラットフォーム事業者へと進化していきます。このため、これからの電力小売で問われるのは、均一なサービスではなく、AIエージェントを駆使したユーザー理解と多様なニーズに応える能力であると考えられます。
電力システム分野では、規制・制度設計、技術の進化、需要家を取り巻く環境が絶えず変化しており、それに応じた戦略の見直しと、戦略に沿ったタイムリーな対応が不可欠です。検討すべき領域は、規制・制度、ビジネスモデル、業務提携、技術、システムオペレーションなど多岐にわたります。特に、既存事業を持つ事業者にとっては、既存の需給管理システムやCIS(Customer Information System:顧客情報管理システム)をVPPの観点からどのように進化させるかを具体的に検討することが重要であり、構想を絵に描いた餅に終わらせず、実行を見据えた地に足のついた検討が求められます(図表3)。
図表3:VPP事業推進上の課題例
PwCコンサルティングは、電力ビジネスおよび分散型エネルギー資源の領域において、戦略策定から実行までを一貫して支援できる体制を整えています。VPP、さらにはその先にあるビジネスモデル変革の実現に向けて、貴社に寄り添い、パートナーとして伴走します。
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