
Vol.5 AIがもたらすトラストギャップとの向き合い方~マルチステークホルダーによるAIガバナンス~
AIが急速に普及する中、利活用を促すためのAIガバナンスをいかに構築すべきでしょうか。中央大学の須藤修教授に、会計監査におけるAI活用やAIガバナンスの構築支援に取り組むPwC Japan有限責任監査法人の宮村和谷、伊藤公一が聞きました。
2023年12月、PwCあらた有限責任監査法人とPwC京都監査法人が1つになり、PwC Japan有限責任監査法人が誕生した。新体制の下、同法人が重要テーマの一つとして継続的に取り組んでいるのが、時代の変化とともに社会や企業、個人の生活に大きな影響を直接・間接に与える「トラスト(信頼)」の構築・維持・強化についての探求である。PwC Japan有限責任監査法人が描く「トラスト」にまつわるビジョンと、その実現に向けた同法人の取り組みについて、執行役副代表でアシュアランスリーダーを務める山口健志氏と、上席執行役員 パートナーでトラスト・インサイト・センター長の久禮由敬氏に聞いた。
(左から)山口 健志、久禮 由敬
登場者
PwC Japan有限責任監査法人
執行役副代表 アシュアランスリーダー 山口 健志
PwC Japan有限責任監査法人
上席執行役員 パートナー トラスト・インサイト・センター長 久禮 由敬
※本稿は、日経ビジネス電子版の記事広告を転載したものです。
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※法人名、役職などは掲載当時のものです。
「それぞれの法人が従来カバーしていたエリアや業種が一体化し、得意分野が異なる人材が1つの法人に結集したことで、クライアントに提供できるサービスの幅がさらに広がりました。それぞれの知識と経験の掛け合わせによって、これまで以上に質の高い監査業務・アドバイザリー業務の提供ができるようになったことも、一体化したことにより生まれた新たな強みだと言えます」
そう語るのは、24年7月に同法人の執行役副代表アシュアランスリーダーに就任した山口健志氏である。
PwC Japan有限責任監査法人は、監査や保証、その知見を活用した会計、内部統制、ガバナンス、サイバーセキュリティー、規制対応、デジタル化対応、株式公開など幅広い分野におけるアドバイザリー業務を提供しており、「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というPwCのパーパスの実現を目指している。
中でも、同法人が注力し続けているのが、「トラスト」の探求である。
「トラスト」とは何か。一般的には「信用」「信頼」などと訳されることが多いが、同法人が探求対象としている「トラスト」を理解するには、まず「信用」と「信頼」の違いとは何かを考える必要があると、PwC Japan有限責任監査法人の上席執行役員 パートナーで、トラスト・インサイト・センター長の久禮由敬氏は言う。
「『信用』は、主に過去のことや、見える物事に対して客観的かつ一方的に与えられる評価という性格のものが多く、『クレジット』と訳されるケースが多い。例えばクレジットカード等の信用情報は、その人の過去・現在の金融取引の情報に基づき『信用』が一方的・客観的に評価されたものです。一方で、『信頼』は、過去・現在のみならず将来への予測も含め、多方向での主観的な期待や感情で、見えないものに対しても抱かれる性格のものだと考えています」
様々なトランスフォーメーションが進むにつれて透明性の向上とそれを基にした「トラスト(信頼)」が必要とされている領域が増えているのだという。
「様々なトランスフォーメーションのベネフィットを世界中の人々が享受し、最大限に楽しめることは有意義なことです。それと同時に、トランスフォーメーションによって新たに生じる人々の不安や疑念を許容可能な状態にまで低減するためには、未来に対して安心感が得られるような透明感のあるプロセスや取り組み、情報開示をすることが重要になります。社会や企業が、人々から『トラスト』を得ることは、今後ますます大切になっていくと思います」(山口氏)
※AX(Accounting/Assurance/ AI/Agile等)、DX(Digital)、FX(Finance/Forensic)、GX(Green/Governance)、SX(Sustainability、Supply-chain)
同法人が探求しているトラストの概念図。信用と信頼の異同を意識しつつ、社会における重要な課題につながるトラストギャップへの対応について、調査・研究等を続けている
重要な意思決定や判断をする際に、誰が、どのような不安や不信、疑念を抱くのか。世の中で同時並行的に進んでいく様々なX(トランスフォーメーション)の傍らで、どのような「トラストギャップ(信頼の空白域)」が生じるのか。そして、その空白域はどのような方法で解消できるのか。同法人は「トラストギャップ」にスポットを当て、その研究を続けている。
久禮氏は、同法人が07年に設立した基礎研究所の担当パートナーとして、所内・客員の研究員のメンバーと「トラスト」に関する研究を行ってきた1人だ。人々の社会の変化や未来に対する期待や希望、不安や疑念は、Xのあるところに生じやすい。
「新しいXが動き出すと、ワクワクした気持ちや未来に対する期待だけでなく、同時に、それまで感じることのなかった不安や不信も新たに生まれます。しかも現代では、世界中で同時並行的に技術革新が進み、まさに『Society 5.0』が加速しています。内閣府が整理・公表している通り、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会であるSociety 5.0では、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会が実現できるか、が重要な挑戦課題です。持続可能性と強靱性を同時に実現し、国民の安全と安心を確保しながら、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会をどうすれば築き上げられるかが大切になっています。Society 5.0への進化は、様々なトランスフォーメーションが絡んで進展しており、AXやDX、GX、SXといった様々なXが、互いに関係し合いながら未来への期待と同時に不確実性の幅を広げています」(久禮氏)
Xは、新しいイノベーションを生み出し、人々の生活を豊かにしてくことが期待されている。そして、それと同時に、多くの人々が社会の仕組みや企業の活動、生活環境などが急速に様変わりしていることに大きな戸惑いも感じつつある。こうした変化の中で、具体的にどのような形で「トラストギャップ」は生じているのであろうか。
X(トランスフォーメーション)が「トラストギャップ」を増幅させる例として、企業の開示情報に関する信頼性に影響を与える開示や監査のXにおけるAIの活用をイメージしてみよう。
会計(Accounting)や監査(Audit)のXは、それぞれの頭文字を取ってAXと呼ばれることもある。近年では、AIを活用した変革を行うこともあるので、AIやアジャイルな対応も含めてAXと総称することもできよう。
「具体的には、従来は人間が行ってきた情報収集・判断・開示や、監査の一部にAIを用いるというX(トランスフォーメーション)が進展しつつあります。AIの利活用が進展すると同時に『AIに任せっきりで問題が生じないのか』という疑問も生じます。こうした疑問に答えるためには、AIを用いた監査の探求はもとより、『AIそのものに対する監査』をどのように行うか、という新たな挑戦課題も生じています。このように、トランスフォーメーションが起こる前には考えにくかったことや、透明性の低さは、『トラストギャップ』の発生と拡大につながります」と山口氏。
「トラストギャップ」の発生・拡大はDX(デジタルトランスフォーメーション)の領域と密接に関係する。デジタルやAIを活用したコミュニケーションの進歩によって、人対人の「マン=マン・コミュニケーション」だけでなく、人対機械(マン=マシン・コミュニケーション)、さらには機械対機械(マシン=マシン・コミュニケーション)も当たり前になっている。
「マン=マシン・コミュニケーションの典型例として、様々な自動応答システムやチャットボット等があります。それにとどまらず、完全自動運転のような、人が介在しないマシン=マシン・コミュニケーションでリアルタイムのサービス提供やモノづくりが普及していく場合、人々はそれを信頼し続けることができるのか?こうした課題に向き合うため、変革の担い手である社会や企業には、常に変化する状況に対応していく上での基盤となる『トラスト』をどう維持・再構築していくかの検討が求められるのです」(久禮氏)
これは、近年注目度が高まっているGXやSXの領域においても同様で、時代の急激な変化に伴う「トラストギャップ」はあらゆる領域で広がりを見せているのだという。
山口氏は「『トラスト』を構築・強化すべき領域はどんどん広がり、個々の領域において、掘り下げるべき課題も深くなっています。その領域を『広さ』と『深さ』の両面で具体的に捉え、課題に向き合っていかなければなりません」と語る。
2030年までに起こり得る社会の変化と「トラストギャップ」の俯瞰図。同法人がカバーするサービス領域のすべてが、変革の時代における「トラスト」の構築と密接に関わっている
出典:https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/assurance/vision2030.html
AX、DX、GX、SXなど、広範な変革の領域に広がっている「トラストギャップ」のすべてをカバーするには、やはり広範な知見とノウハウが求められる。PwC Japan有限責任監査法人は、それに十分対応できるケイパビリティを備えるべく、様々なステークホルダーと対話を行いつつ、日々努力を重ねている。
「当法人は、企業に対する信頼の付与、信頼構築や課題解決の支援、信頼基盤の共創といった監査法人としてのサービスを長年にわたって提供してきました。カバーしている領域は、財務・会計にとどまらず、オペレーション、デジタル、経営管理・ガバナンス、社会・環境など広範囲にわたります。財務だけでなく、非財務関連の『トラスト』構築まで支援できるのが、大きな強みだと言えます」と山口氏は説明する。
PwC Japanグループ内には、「トラスト」に関連する調査・研究や、分析、提言、対話などを行っている研究所やシンクタンク、組織横断の専門チームが多数ある。
基礎研究所もその一つだ。07年に設置されたこの研究所は、約17年にわたって、会計監査やサステナビリティ、テクノロジーなどに関する研究を行ってきた。いずれの研究テーマもAXやDX、GX、SXといった昨今のトランスフォーメーションに関わるものばかりだ。「PwC Japan有限責任監査法人のユニークさの一つは、長年にわたって継続的に研究活動を続けていることです。課題ごとのインパクトに対する目利き力を持った多様な人材がお互いの強みを生かしつつ切磋琢磨することで、10年先の世の中を見据えながら、『トラストギャップ』を発掘し、それに向き合うためのより実効性の高い打ち手を検討することができるようになると考えています」と山口氏は語る。
基礎研究所の他、AI監査研究所、PwC総合研究所合同会社など、グループ内のシンクタンク、研究チームの知見・アイデアを結集し、社内外のステークホルダーと連携しながら「トラスト」のあり方を追求していくトラスト・インサイト・センター(TIC)がPwC Japan有限責任監査法人内に設置され、久禮氏がセンター長に就任した。
「各研究所やチームの研究成果を集約し、外部と連携しながら、PwC Japanグループが有する『トラスト』に関する経験・知見を結集した組織です。社会全体に大きな影響を与え、未来を左右する大切な課題について研究し、人々が安心して眠れて本業・本分に集中できる社会をつくることに貢献し続けることがTICの役割です」(久禮氏)
PwC Japan有限責任監査法人は、「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というPwCのパーパスの実現を目指し、具体的な方策として2030年ビジョン「Assurance Vision 2030」を設定した。このビジョンの底流にあるのは、「トラストギャップ」に向き合い続け、その対応を検討する姿勢だ。
「『トラスト』はワンウェイで構築できるものではありません。一方通行の発信にとどまらず、TICが社内外のハブとなって、双方向・多方向でのコミュニケーションを大切に積み上げながら研究成果やアイデアを共有する、マルチステークホルダー型の活動を目指していきます。自分たちやクライアントだけでなく、社会の不安を取り除くために新たな『トラスト』の構築に取り組んでいきたい。パブリックインタレストを追い求める社会の重要なチャネルとして、私たちは『トラストギャップ』に向き合い続けてまいります」と山口氏は語った。
AIが急速に普及する中、利活用を促すためのAIガバナンスをいかに構築すべきでしょうか。中央大学の須藤修教授に、会計監査におけるAI活用やAIガバナンスの構築支援に取り組むPwC Japan有限責任監査法人の宮村和谷、伊藤公一が聞きました。
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