
Vol.5 AIがもたらすトラストギャップとの向き合い方~マルチステークホルダーによるAIガバナンス~
AIが急速に普及する中、利活用を促すためのAIガバナンスをいかに構築すべきでしょうか。中央大学の須藤修教授に、会計監査におけるAI活用やAIガバナンスの構築支援に取り組むPwC Japan有限責任監査法人の宮村和谷、伊藤公一が聞きました。
PwC Japan有限責任監査法人は、「トラスト(信頼)」のあり方を追求するグループとしてトラスト・インサイト・センター(TIC)を法人内に設置している。そのTICの中核を担う研究所の一つが、2007年に設立された基礎研究所だ。多岐にわたるX(トランスフォーメーション)の可能性と課題を探り、社会において「トラスト」を形成する方法などを研究する同研究所の取り組みについて、所長の矢農理恵子氏、副所長の山田善隆氏に聞いた。
(左から)山田 善隆、矢農 理恵子
登場者
PwC Japan有限責任監査法人
基礎研究所 所長 パートナー 公認会計士 矢農 理恵子
PwC Japan有限責任監査法人
基礎研究所 副所長 パートナー 公認会計士 山田 善隆
※本稿は、日経ビジネス電子版の記事広告を転載したものです。
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TICは、PwC Japanグループ内の複数の研究所や研究チームの知見・アイデアを結集し、グループ内外のステークホルダーと連携しながら「トラスト」ニーズの所在や対応のあり方を研究するグループである。
そのTICの中でも、幅広い領域について中長期的な視点で研究を行っているのが基礎研究所だ。
2007年7月にあらた監査法人(当時)内に設立された基礎研究所は、今年で設立18年目を迎えた。監査法人が基礎研究のために独自の研究所を持つことは異例であり、非常にユニークな存在だと言える。
同研究所の大きな特徴は、世の中がどのように変化していくのかをマクロ的な視点で捉えながら、未来における会計、監査や保証のあり方を研究している点である。
「将来の監査法人業務に影響をもたらすと思われる経済・社会の基礎的な流れについて、独自の研究を行う常設機関として活動を行ってきました。信頼を支える監査や保証のあり方を研究テーマに掲げているので、設立時の17年前から『トラスト(信頼)』に向き合ってきたと言えます」
そう語るのは、所長の矢農理恵子氏である。
23年12月、PwCあらた有限責任監査法人(当時)と、PwC京都監査法人(当時)が統合され、PwC Japan有限責任監査法人が誕生。同じタイミングで基礎研究所はTICの中核機関の一つとして位置づけられた。
矢農氏は、英国ロンドンの国際会計基準審議会(IASB)で日本人初のプロジェクトマネージャーを務め、帰国後はPwC Japanグループの会計論点の最終判断を行う部門のリーダーや、PwCグローバルネットワークの会計相談を担うグループの日本代表などを歴任。日本の会計基準や国際財務報告基準(IFRS)に関する重要論点の最終承認者として会計基準の適用に係る課題解決に携わり、24年7月1日、基礎研究所の新所長に就任した。
矢農氏の所長就任と同時に、副所長に就任したのが山田善隆氏である。
山田氏は監査の品質管理システムの構築と運用に携わった後、企業の財務諸表の監査や開示支援業務などに従事。その傍ら、日本公認不正検査士協会や日本監査研究学会の役員も務めてきた。学会を通じてアカデミアとのネットワークも構築しており、民間の基礎研究所と学術機関との連携を強化させる役割が期待されている。山田氏も矢農氏と同じく、日本の会計基準とIFRSの適用に携わっている。
「現場での監査業務の経験に加え、監査の品質管理の経験やアカデミアの知見の活用により、基礎研究の幅を広げることを期待されていると感じています」と山田氏は語る。
矢農氏、山田氏による新体制の下、基礎研究所は研究テーマのさらなる拡大と、研究の深化を目指している。
様々なX(トランスフォーメーション)によって生まれる、新たな「トラストギャップ(信頼の空白域)」を探り出し、それを満たすための方法を研究することも重要テーマだ。
基礎研究所はこれまでにも「トラストギャップ」について研究を重ねてきた。
「07年より、監査・保証に関する基礎研究を進めてきました。14年からは、企業のサステナビリティ開示に関する研究も実施してきており、これがサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)に関わる『トラスト』の研究の原点になっています。また、22年には、AIによるトランスフォーメーション(AX)の実装とAIに関する『トラスト』の研究もスタートしました。今日のように、それぞれのX(トランスフォーメーション)が注目されるかなり以前から、未来を見据えて研究を行ってきています」と矢農氏は説明する。
同法人は22年、若手職員を中心に「4つの未来シナリオ」(図参照)を整理した。
図表:2030年の未来社会を描く4つのシナリオ
PwC Japan有限責任監査法人が描く、2030年の「4つの未来シナリオ」
出典:https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/assurance/vision2030.html
人々がより良い未来(シナリオ1)を手に入れるためには、世の中の仕組みに対する「トラスト」が欠かせない。逆に「トラスト」が失われてしまうと、ディストピア化する社会(シナリオ4)に陥ってしまう。
「トラストギャップ」を埋め、より良い社会のために、いかにシナリオ1の未来に導いていくかを研究することが、基礎研究所のミッションなのである。
では、基礎研究所は具体的にどのような研究活動を行っているのか?一例として、AIによるトランスフォーメーション(AX)に関する研究活動について聞いた。
「AXに関しては、AIを利用して財務諸表を監査するといった監査法人業務におけるAI利用に限定せず、『社会でAIが活用されていくために、AIに関するどのような‟トラスト”が必要になるのか?』というマクロ的な視点で研究活動を行っています」と語るのは山田氏である。
ディスラプティブ(破壊的)な力を持つAIは、企業に大きな競争優位性をもたらす可能性がある。そのため、AIへの関心は年々高まっているが、一方で倫理的な問題や、アウトプットの信頼性に対する問題をどう解決するのかといった点がAI利用推進のボトルネックとなっている。
「差別的な情報やフェイク情報まで拾って、問題のあるアウトプットをしかねないAIをいかにコントロールするのか。制度面でも、技術面でも、確かな制御方法が確立されているとは言えません。そこに『トラストギャップ』があると考えており、私たちは、それを埋めるための研究を続けています」と矢農氏。
日本政府は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させ、経済発展と社会課題の解決を両立させるSociety 5.0の実現を提唱しているが、これを実現するためにも、AI利用に関する「トラストギャップ」を埋めていく取り組みは不可欠である。
山田氏は、「法整備によって『トラストギャップ』を埋めていく方法もありますが、立法には長い時間がかかります。AIのような変化の速い領域においては、俊敏(アジャイル)な対応ができる自主規制や品質・認証規格、第三者保証など、法規制以外の方法も組み合わせて考える必要があります。そうした中で、どのような組み合わせが有効なのかを研究しています」と語る。
AXについては、TICを通じて同法人の他のチーム、さらには、学術機関や企業など同法人外のエコシステムと連携しながら研究活動を行っているという。
矢農氏は、「AIを取り巻くエコシステムの中では、国家によるAI規制に関する議論も進展していますが、一方で我々監査法人のような保証サービスの提供者が役割を果たすことができる領域もあると考えています。アジャイルな視点で様々なパートナーと協創することによって、AXの中での『トラスト』の実現に貢献していきたい」と語る。
基礎研究所が長年取り組んでいるもう1つの重要テーマが、SXと「トラスト」との関わりである。
企業が経済価値だけでなく環境・社会価値を追求することが、市民やマーケットから評価されるようになった今日、サステナビリティに関する活動およびその報告は欠かせないものになっている。国際的にサステナビリティ報告に関する法制化が進み、報告に対して第三者保証を義務付ける動きも広がってきている。
そこで課題となるのが、報告すべき活動の範囲だ。
「自社の活動だけでなく、サプライヤーや人的資本などの“上流”、さらには物流や最終消費者などの“下流”まで、バリューチェーン全体がどれだけサステナブルかという点に関心が向けられるようになっています。バリューチェーン全体を俯瞰すると、『トラストギャップ』があちこちに広がっており、それを埋めるための方法が求められているのです」と山田氏は語る。
基礎研究所は、未来の監査業務のあり方として、企業の経済活動だけでなく、環境・社会活動についても、バリューチェーン全体にわたる「トラスト」を形成するための方法を研究しているという。
「バリューチェーン全体にわたる保証を行うためには、保証サービス提供者の適切な連携も必要になります。他のプレーヤーも巻き込んで、サステナビリティ報告に対するトラスト形成のためのエコシステムを形成することも重要な研究テーマの一つです。10年先を見越して、社会の変化の中で発生する空白域を予想し、それらを埋めるための考え方を研究しています」と山田氏は説明する。
他のX(トランスフォーメーション)にも言えることだが、SXとAXには相互に関連し、作用し合う部分もある。例えば、企業が発信するサステナビリティ情報は、AIなどの新しいテクノロジーによって利用価値が高められることも多い。
矢農氏は、「様々なX(トランスフォーメーション)が重なり合うことで、『トラストギャップ』もどんどん増え続けています。10年先を見越して、社会の変化の中で発生する新たなトラストニーズに対応し、『トラスト』社会の構築に貢献するための考え方を追求していきたい。『社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する』というPwCのパーパスに沿って、法人内外のパートナーと共に研究活動を続けていきます」と抱負を語った。
AIが急速に普及する中、利活用を促すためのAIガバナンスをいかに構築すべきでしょうか。中央大学の須藤修教授に、会計監査におけるAI活用やAIガバナンスの構築支援に取り組むPwC Japan有限責任監査法人の宮村和谷、伊藤公一が聞きました。
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