「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第8回

製薬・ヘルスケア業界におけるM&Aと事業再編(後編)

  • 2026-03-11

薬価抑制、開発コストの高騰、ドラッグロス、そしてデータ・AIの進展――日本の製薬・ヘルスケア業界は、従来型ビジネスモデルの延長では成長が見通しにくい局面に立たされています。海外展開や医療データ活用、クロスインダストリー戦略など、日本企業が向き合うべき課題は多岐にわたります。

「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」をテーマにした第8回では、ヘルスケア・医薬ライフサイエンスセクターのプロフェッショナルが、「M&A×企業変革」をテーマに、日本企業のM&A動向やM&Aを活用した成長・再編の論点について議論しました。

後編は日本の製薬企業の海外展開や医療データの活用、異業種連携について取り上げます。 

登壇者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
堀井 俊介

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
河 成鎭

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
石毛 清貴

PwC税理士法人 パートナー
塩田 英樹

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、 石毛 清貴、堀井 俊介、 河 成鎭、塩田 英樹

左から、 石毛 清貴、堀井 俊介、 河 成鎭、塩田 英樹

グローバル展開・データ・クロスインダストリーが変える日本のヘルスケア産業

海外展開か日本特化か:オペレーションと税務の設計

堀井:
前編では、個々のプレーヤーやディールの具体的な動きを中心にお話ししてきましたが、ここからは少し視点を変えて、テーマごとに議論を整理していきたいと思います。

最初のテーマとして、「日本の製薬企業の海外展開」についてです。海外展開の必要性は広く認識される一方で、不確実性や実務負担の負荷を踏まえ、あえて踏み込まず日本市場に特化する戦略もあり得ます。海外はライセンスフィーの獲得にとどめ、自社は日本市場に集中する。日本から撤退する外資系企業のライセンスを引き受け、ローカルで開発・販売を担う――そうしたやり方も考えられますが、河さん、いかがでしょうか。

河:
今後はそこも二極化していくのではないでしょうか。一部のトップ企業の他はマザーマーケットである日本への注力に集中する動きを強めていくかもしれません。必ずしも米国を主戦場とせず、ドラッグロスを補完するMe too型を中心に日本市場で勝負する戦略も現実的な選択肢の一つです。

日本の製薬企業がM&Aを通して海外オペレーション基盤を獲得し、そこを起点に事業展開をしていくことは、それほど容易ではありません。日本発のパイプラインが潤沢で「私たちにはこれだけの薬が持ってこられる」という状況でない限り、現地企業が素直に指示に従う関係にはなりにくい。本気で海外市場に打って出るなら、「M&Aよりも、時間をかけて、カルチャーを共有した自社現地組織を作っていく覚悟が必要だ」という話を製薬企業の役員の方から聞いたことがあります。

一方である日本企業の例で、私が面白いと感じている海外展開の進め方があります。いきなりPMI(Post Merger Integration)を進めるのではなく、海外企業を買収した後も一定期間はそのまま置いておく。現地のオートノミーを尊重し、まずは事業を回してもらう。時間がたって、買われた側の心理的安全性やカルチャーへのフィット感が育ってきた段階で「せっかく同じグループなのだから」とボトムアップでシナジーを互いに議論するプロジェクトを立ち上げる。こうしたやり方もあるのだと思いました。海外M&Aやグローバル展開では、欧米企業のやり方をそのままなぞるのではなく、日本企業なりのアプローチを模索することが非常に重要だと感じています。

また、海外展開では、事業運営に加えてそもそもの設計も重要になってきます。

先ほど話に上がったCDMOを巡る動きはクロスボーダーで展開されるケースが多く、日本企業が海外のCDMOを買収するケースでは、税務面の論点がかなり多く出てきます。典型例が移転価格で、取引構造や機能・リスクの整理次第で税務上の評価が大きく変わります。海外展開を進める上では、こうした税務イシューを事前に織り込んだ設計が不可欠だと感じています。

塩田:
CDMOのような案件で最も大きな論点になるのは、まさに移転価格です。実務感覚としては「とてつもなく大きいイシューが一つあって、それ以外はそこまで大きくない」という構図になることが多いと思います。その最大の論点については、APA(移転価格事前確認)などを通じて税務当局との合意を事前に取りに行く対応が一般的です。ただ、最近は国によっては当局間で合意が取れないケースも増えていますし、特に日本と中国のように地政学的な緊張関係がある場合は調整が進まないことも少なくありません。さらに、APAの申請件数自体も増えており、交渉や合意形成に時間がかかる傾向が強まっています。

河:
例えば、米国で製造したものを日本に持ってくる取引構造では、移転価格の事前確認は米国と日本の税務当局が協議するかたちになるわけですね。企業単独で完結する話ではなく、当局間合意が前提となるため、不確実性や時間軸の長さを前提にした設計が重要だということです。事業戦略だけでなく税務当局との関係性やプロセスも含めた設計が、これまで以上に欠かせなくなってきていると感じます。

塩田:
当局間の合意が得られなかった場合のリスクをどう低減するかも重要な論点になりますし、関税が関わると利益率そのものが変わるため、その影響も慎重に見ていく必要があります。どの国で製造し、どこを経由して、どの市場に持っていくかというサプライチェーンの組み方次第で、関税だけでなく移転価格や利益配分も変わる。事業の組み方そのものが税務リスクにつながるケースが以前より明らかに増えていると感じます。

とはいえ、関税やサプライチェーンを踏まえて事業構造をドラスティックに組み替えている例はまだ多く見ていません。不確実性が高く、大きく変えることが本当に最適なのか判断しきれないのが実情です。実務としては、取り得る優遇策はきちんと取りにいきつつも、商流そのものを大きく変えるところまでは至っていないケースが大半だと思います。これまで、関税や通商リスクを十分にモニタリングしてこなかった企業も少なくありませんでしたが、今後は誰が責任を持ってこうした外部環境の変化を把握し、どのような体制で継続的にモニターしていくのかを改めて整理する必要があると考えています。

医療データM&Aの現状:データの獲得から活用へ

堀井:
次のテーマは、製薬企業に限らずヘルスケアも含めた業界全体における「デジタル・データ活用」について話したいと思います。テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)やヘルスケア関連企業が持つ医療データを獲得しにいく動きはここ数年で一気に加速しました。一方で「データを取得したはいいが、どう使いこなすのか」という課題も見えてきています。この点について、どのように捉えていますか。

石毛:
医療データを軸にしたM&Aは今後も間違いなく出てきます。AI創薬のようなTMT寄りのテーマもあれば、デジタルマーケティングやリアルワールドデータ(RWD)といった実務寄りのテーマもあります。ただ、買収自体比較的最近の案件が多く、具体的な戦略や事業上の変化はこれからという印象です。「どこまで使いこなせるのか」はまだこれからであり、価値をどう引き出すかは運用や統合の巧拙に左右されると感じています。

河:
医療データ領域は、本質的にプラットフォーマー型のビジネスですが、問題は具体的に「何のプラットフォーマーになるか」です。製薬企業のR&D、保険分野、医療費削減などさまざまな文脈で価値を生む可能性があります。ただし、そうした複線的な価値創出のストーリーを具体的に描き、そこから逆算した事業構想やデータプラットフォーム構築をやり切れるプレーヤーは日本にはまだ見当たらないのではないでしょうか。

堀井:
5年ほど前は多くの企業が「医療データプラットフォーマーになりたい」という志向を強く持っていましたが、残念ながらトーンダウンしているように思います。

石毛:
そうですね、私も医療データ関連の案件にはいくつも関わっていますが、次世代医療基盤法の改正でデータ利活用が一気に進むと期待されていた割には、現実はそこまで進んでいないという印象です。課題は「カバレッジ」と「深さ」のバランスだと思います。がん拠点センターなどの限られた施設では、さまざまな患者背景のデータを含めて有しているケースもありますが、対象患者数が少なく実務上使い切れない。一方、NDB(ナショナルデータベース)のような全国データは情報量が限られており、創薬や開発に活用するには限界がある。こうした状況を踏まえると、医療データを本格的に産業利用できる段階には、まだ時間がかかるというのが現状だと思います。

河:
ニューモダリティCDMOと同様、医療データの取り組みも一社単独で完結させるのは無理があるように感じています。当初は大手IT企業が旗振り役になるかと思いましたが、そうはなっていません。むしろ商社のようなプレーヤーが前面に立ち、どのデータを集め、価値を誰にどう還元するかという全体構想を描き、関係者をまとめる役割が必要だと思います。医療データ利活用は個社の努力だけでは前に進まず、産業横断での「絵を描く力」が問われているのではないかと思います。

石毛:
データの活用は「ある程度まとまった資金が見込め、共通化しやすい領域」にテーマが絞られていく傾向があり、現実的にはがん領域などいくつかの限られた分野になってしまうと思います。そうした領域ではアカデミアが中心となってデータベース構築を主導する取り組みも出てきており、非常に意義のあるものだと感じています。一方で、同様のデータベースは米国が一歩先を行っており、データ量や蓄積の厚みでも差があります。R&Dの実務で使うとなると米国データベースの方が使い勝手が良いという評価になってしまい、日本としても取り組みは進んでいるものの、グローバルな競争環境の中では難しさが残っていると感じています。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 石毛 清貴

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 石毛 清貴

ヘルスケア×異業種で生まれる新たな価値:投資先にもカーブアウト対象にもなる領域

堀井:
最後のテーマとして、「クロスインダストリー」について議論したいと思います。PwCでは現在、「Value in motion」というテーマの下、さまざまな取り組みを進めています。グローバルでのヘルスケア・医薬ライフサイエンスの文脈において、PwCは「How we care (ヘルスケアをどうするか)の領域でのセクターを超えた協働を通して、新たな産業価値が生まれる」といった考え方を一つの軸としています。患者にとどまらず、消費者・生活者の健康をどう支えるかというコンシューマーヘルスの観点から、M&Aや事業再編、トランスフォーメーションにつながる動きについて、どのような兆しがあるのでしょうか。

石毛:
コンシューマーヘルスケアは今後も動きが出る領域だと思います。OTC医薬品、化粧品、サプリメント、健康管理支援などでは、これまでもM&Aが継続的に行われてきましたし、今後も続くでしょう。ファンドの関与によって既存の延長線上にとらわれない発想で事業や成長戦略をアップデートし、新たな成長機会を見いだしたケースもあります。

重要なのは、同じ業界の中だけで完結するM&Aに限定しないことです。異なる業界の専門性が入ることで新たな視点や価値が生まれ、業界全体が活性化することも考えられます。今後はクロスインダストリー型のM&Aや、それに伴うトランスフォーメーションが進むことで、より面白い展開が生まれてくると感じています。

堀井:
そうですね。グローバル全体のトレンドでもありますが、ヘルスケア業界は一つの業界チームでありながら、同時にクロスインダストリーとしての役割をますます強めてきているように感じます。例えば、ヘルスケア×オートモーティブ、ヘルスケア×TMTといった組み合わせは、もはや珍しいものではありません。また、金融との関わりも重要です。

石毛:
業界や企業の立ち位置によって、ヘルスケア業界との向き合い方は大きく変わってくると思います。ポートフォリオの一部をカーブアウトして別の成長領域に再投資するケースもあれば、逆に投資先としてヘルスケアを位置付けるケースもある。インシュアランスの領域では介護やヘルスケアデータへの投資が活発です。一方、ケミカル系などヘルスケア周辺の製造業では、医薬品CDMOや製薬事業を保有してきたものの、現在はむしろ切り離しの対象と捉えはじめている例もあります。

ヘルスケアは一律に「投資先」あるいは「非コア」と整理できるものではなく、各社の状況次第でカーブアウト対象にもなれば、あらためて投資すべき成長領域にもなり得ると考えています。

日本企業へのメッセージ

M&Aを「特別な出来事」から「変革のツール」へ

堀井:
最後に、製薬・ヘルスケア業界の経営者の皆さまへのメッセージをお願いします。

河:
以前に比べると、先端分野を見極めて投資したり、現時点ではまだ顕在化していないシナジーを見越して買収に踏み切ったりと、非常にストラテジックなM&Aが増えていると思います。それを成功させるには「M&Aありき」ではなく、そもそもの事業戦略の解像度をこれまで以上に高めていく必要があります。特に自社が従来手掛けてこなかった領域では、事業ビジョンが曖昧なままでは意味のあるM&Aは成立しない時代となりました。事業会社単独で完結するのではなく、コンサルタントを含めた外部とのコラボレーションやパートナリングがこれまで以上に重要になると思います。

石毛:
M&Aを単なる規模拡大の手段ではなく、成長や変革のための手段としてこれまで以上に積極的に活用していくことが重要です。難易度は高いものの、国内成長にとどまらず、海外展開も含めたM&Aを通じて企業成長に取り組み、成果を上げる事例が今後もっと増えてほしいと考えています。

塩田:
日本企業は、良くも悪くも「各社個別」での取り組みが多く、欧米大手と比べると差を付けられている面があると思います。「日本企業独自のエコシステム」を生かし、「みんなでやろう」という機運を醸成して積極的に海外市場に打って出ていくことも必要ではないでしょうか。欧米のやり方をそのまま模倣して海外展開を進めるのは簡単ではありません。だからこそ、日本流の海外展開やビジネス拡大のアプローチをどう描くかが鍵となります。私たちもその部分を積極的に、率先してサポートしていきたいと考えています。

PwC税理士法人 パートナー 塩田 英樹

PwC税理士法人 パートナー 塩田 英樹

堀井:
日本企業はいまだにM&Aを「特別な出来事」として捉えがちで、経営戦略の一つとして割り切れていないように感じます。「M&Aされる」というと、「会社がなくなる」など、ネガティブなイメージが先行しがちなケースも見受けられます。しかし資本市場で事業を営む以上、それは自然の摂理でもあります。グローバルに出ていくのであれば、それくらいの覚悟やメンタリティが必要でしょう。

「絶対に成功するM&A」は存在せず、当初描いたシナジーが出ないことも珍しくありません。重要なのは、そこで終わるのではなく、買収後どうやって成功に持っていくかという次のフェーズに意識を向けることだと思います。M&Aを「成功か失敗か」で単純に評価するのではなく、事業としてどう磨き直していくか。その視点を企業活動に根付かせることが、日本企業に求められています。PwCが掲げる「Transact to Transform(M&Aを通じた変革の実現)」の核である、企業変革の継続的な実行を、私たちも同じ視点から支援していきたいと思います。


{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ