「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第8回

製薬・ヘルスケア業界におけるM&Aと事業再編(前編)

  • 2026-03-10

薬価抑制、開発コストの高騰、ドラッグロス、そしてデータ・AIの進展――日本の製薬・ヘルスケア業界は、従来型ビジネスモデルの延長では成長が見通しにくい局面に立たされています。海外展開や医療データ活用、クロスインダストリー戦略など、日本企業が向き合うべき課題は多岐にわたります。

「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」をテーマにした第8回では、ヘルスケア・医薬ライフサイエンスセクターのプロフェッショナルが、「M&A×企業変革」をテーマに、日本企業のM&A動向やM&Aを活用した成長・再編の論点について議論しました。

登壇者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
堀井 俊介

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
河 成鎭

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
石毛 清貴

PwC税理士法人 パートナー
塩田 英樹

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、 石毛 清貴、堀井 俊介、 河 成鎭、塩田 英樹

左から、 石毛 清貴、堀井 俊介、 河 成鎭、塩田 英樹

製薬業界のM&A動向

全体動向:メガディール減少から機能獲得・プラットフォーム志向へ

堀井:
本日は、製薬・ヘルスケア業界における事業再編や投資、税務などの動きを見ていきたいと思います。最初に、製薬業界における昨今のM&A動向について、ディールアドバイザーの河さん、戦略コンサルタントの石毛さんにお聞きしたいと思います。

河:
金利上昇などで資本コストが高まる中、巨額の資金を投じるメガディールは意思決定のハードルが上がっており、減少傾向にあると見ています。一方で、戦略との整合性が高く、投資回収の見通しを描きやすい「手頃なサイズ」のディールは増えている印象です。

昨年を振り返ると、一定の創薬ネットワークを持ち、グローバルから日本市場にパイプライン(新薬候補)を持ち込める企業が、自前の資金だけでは開発継続が難しくなりつつある中堅や比較的小規模な製薬企業を買収する動きがありました。こうしたプレーヤーを対象とするM&Aは今後も増えていくと見ています。

石毛:
私も同意見です。自分なりに整理すると、日系製薬企業によるM&Aにはいくつかの型があると思います。一つは、海外企業を買収し、海外のプラットフォームに軸足を置くかたちで展開していく、いわば「攻めの海外進出」の動きです。もう一つは、自社のポジション強化を目的として、R&D(研究開発)の基盤強化を図るケース。そして近年は、バイオテック企業の買収など特定の技術やライセンス獲得を主目的とする型も見られます。

このように複数の型が併存する状況は今後もしばらく続くのではないかと考えています。

河:
R&Dの基盤強化を狙うM&Aの本質は、「新しい創薬プラットフォームを取りに行くこと」だと思います。創薬が、従来のバイオロジーベースからデータ・AIベースへとシフトする中で、新たな自社の創薬プラットフォームをどう構築するかを模索し、その手段としてM&Aを選んでいると言えます。

必要な要素を全てインハウスで抱え込む戦略の企業もあれば、パートナーシップを組みながらエコシステムとして整えていく企業もある。現時点では、業界全体としてはまだ試行錯誤の段階ですが、こうしたタイプのディールは今後も増えていくと思います。

石毛:
確かに、米欧のメガファーマ同士の統合とは異なり、今の日本のM&Aは「どの機能を獲得するか」「どのパイプラインを取りに行くか」という視点が前面に出ています。どの地域・どの疾患領域で戦うかという戦略を定め、その実現に必要な機能を軸に、切り離すものと外から取りに行くものを整理する。そうした機能軸でのM&Aが増えている印象です。

河:
そうですね、以前に比べてファーマにおけるM&Aは、より戦略的になってきていると感じます。従来はパイプライン獲得というと、「A社からこの薬、B社から別の薬」といった「点」で導入するケースが少なくありませんでした。しかし最近は、創薬力のあるバイオテックに出資し、出てくるパイプラインに対して是々非々でライセンスの取得を検討するような、いわば決まった相手から「線」で導入するライセンスディールも徐々に増えてきています。これも1つのトレンドとして捉えられるのではないでしょうか。

ジェネリックと新薬メーカー:異なる再編のトリガー

堀井:
成長のための一つの手段としてのM&Aがあり、その中で複数の分岐や型が生まれてきているように感じます。一方で、必ずしも成長を目的とした「攻めのM&A」だけでなく、事業や製品、ひいては患者を守るための事業継続を担う主体を存続させるといった、いわば救済的な意味合いのM&Aが今後出てくる可能性はあるのか。その点については、どのように見ていますか。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 堀井 俊介

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 堀井 俊介

河:
その点についてはジェネリック業界の方が、より顕著に表れてくるのではないかと思います。

石毛:
ジェネリック業界は、「品質と安定供給を担保しつつ生産コストをどこまで効率化できるか」が勝負どころです。その意味で、日本国内での業界再編には合理性があり、実際にファンド主導で複数のジェネリックメーカーを傘下に収め、効率化を進める動きがトレンドとして見られます。

また、品目統合を巡る規制・制度見直しが進む中で、生産バリューチェーンの領域では「この品目はこのメーカーが実質的に生産を担う」といった形で複数メーカーによるコンソーシアム化も進んでいくと考えています。

河:
一方で、新薬メーカーについて見ると、新薬メーカー同士で、日本のオペレーションや研究開発ケイパビリティ向上を目的としたM&Aは、もはや起こりにくいでしょう。新薬メーカーが獲得したいのはパイプラインですが、そのパイプライン自体が枯渇し、事業として立ち行かなくなる企業も増えています。そうした状況を踏まえると、足元での新薬メーカー同士のロールアップ型再編は想像しづらいと見ています。

石毛:
そうですね。ただ、長い時間軸で見ると、日本の中堅クラスの新薬メーカーがパイプライン枯渇によって厳しい局面に直面し、ポジショニングの見直しを迫られ、最終的に再編へとつながるシナリオもあり得ると思います。

バイオベンチャー・資金調達:米国偏重がもたらす日本のドラッグロス

塩田:
私は、スタートアップ企業の支援をさせていただく機会も多いのですが、日本発の有望なスタートアップであっても国内で十分な資金調達が難しいという声をよく聞きます。その結果、海外で上場し、海外で資金を調達しようと考えるケースも少なくありません。日本では資金調達がしにくいのか、市場構造や制度面に何らかの要因があるのでしょうか。

河:
バイオベンチャーについて言えば、二極化が進んでいるように感じています。一つは、AI創薬など新しい創薬エコシステムに資する企業です。大手製薬とのパートナリングや、認定ベンチャーキャピタル(VC)と連携した政府の投資・補助金枠組みもあり、そうした企業はむしろ日本で資金調達しやすくなっている印象です。もう一方は従来型の創薬ベンチャーです。単一パイプラインに依存し、競争力のある基盤技術を持たないケースでは、資金繰りに困り希薄化リスクの高い資金調達に頼らざるを得ず、株価も上がらないまま体力を削られ、赤字が続き上場企業としての在り方自体が問われる企業も出てきています。

石毛:
グローバルに見ると、日本市場のプレゼンスは低下しており、投資先としての魅力も弱まっています。海外での資金調達と言えば実際には米国を指すことが多く、米国市場は規模が圧倒的で投資も集まりやすい。ですから、企業は「まず米国で開発を成功させ、ローンチして資金回収し、その後他のリージョンに展開する」という戦略を取らざるを得ないのが現実ではないかと思います。

塩田:
米国の薬価政策の背景には、そうした「まずは米国でローンチし、その後他国に展開する」という構図への問題意識があるのでしょう。薬価引き下げの動きはありますが、それでも市場の魅力では米国が最大である状況は当面変わらないと思います。

堀井:
米国の薬価政策動向は今後も注視すべきですが、「米国市場の魅力がなくなる」とは誰も思っていませんし、代替市場も直ちには見当たらない。結果として企業の視線は米国に向き続けている、というのが実情でしょう。

石毛:
米国市場は依然として圧倒的に大きく、欧州もひとまとまりで見ると無視できない規模です。そうすると米欧は引き続き外せない市場だと言えます。一方、日本市場のグローバルに占める割合は数%に過ぎません。

河:
また、米国の薬価政策の影響で、日本で先に薬価を設定すると、それが米国市場にも波及しかねないという懸念があり、日本で新薬をローンチすること自体に逆風が吹いていると感じています。

石毛:
こうした市場規模と薬価政策の状況から「日本ではローンチせず、米欧で展開すればよい」という合理的な判断が働きやすく、日本では新薬がローンチされない、あるいは著しく遅れてしかローンチされないといった事態が現実味を帯びてきていると考えています。

河:
その結果として、中国のバイオテック企業による日本市場進出の動きは勢いを増す可能性があるのではないでしょうか。日本でドラッグロスが生じた場合、それを埋める形で中国のMe too型医薬品を受け入れざるを得ない局面も想定されます。欧米メガファーマにとって日本は投資優先度の高い市場ではありませんが、中国企業の視点に立てば、投資が進んでいない分「伸びしろのある市場」と映ります。パイプラインの観点でも、ドラッグロスを埋める役割を中国企業が果たすシナリオも考えられると思います。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 河 成鎭

CRO・CMO・CDMO:サービサー再編とニューモダリティの「鶏と卵」

堀井:
次に、CRO(開発受託機関)、CMO(製造受託)、CDMO(開発製造受託)といったファーマ・サービサーのM&Aについて、どのような変化や動きが起きているかを議論したいと思います。

石毛:
この領域も、やはり大きな転換点を迎えているように感じます。規制の変化を背景に、製薬企業が自社工場を手放す中でCMO市場が拡大し、開発業務のアウトソースが進む中でCRO市場も成長してきました。ただ、ここにきてCROやCMO同士の再編が目立つなど、国内市場だけでは生き残りが難しくなっています。CROでは外資系ファンドの参入も見られます。M&Aを通じたグローバル化で、CROやCMO・CDMOとしての競争力を高める動きは今後も加速すると見ています。一方、国内の小規模プレーヤーは単独で存続することが難しくなってきていると感じます。

河:
私たちもCROやCMOをサポートする案件は多く手掛けていますが、CROでは患者のいる医療機関のカバレッジが競争力の源泉であり、結果としてロールアップ型の再編が進みやすいです。また、知見の集約やデジタル活用によるオペレーション高度化といった要請も背景にあります。

一方、CMOについては、買収の主体というよりはディールの対象となるケースが多い印象です。

サービサーの再編はさまざまなパターンがありますが、最近はケミカルメーカーが10~15年前に投資したライフサイエンス関連ポートフォリオの組み換えを模索する中で、CDMO事業を新たな成長分野と位置付け投資を進めるケースが目立ってきています。

そうしたCDMOのM&Aにもいくつかの型が見られます。一つは製剤開発から商用製造まで一貫して担う欧米の低分子医薬 CDMOを買収し、メインストリームのど真ん中で展開することを目指す動きです。ただし、現実的にはこうした企業は競争が激しく簡単には手に入らないというのが実態です。

もう一つは、日本におけるニューモダリティのCDMOビジネスにいち早く進出しようとする動きです。細胞製品やウイルス製品などニューモダリティに対応するCDMOに注目が集まっていますが、こちらはこちらで特有の難しさを感じています。製薬企業からすると、一定のコスト水準で製造を担えるCDMOインフラがある程度整っていなければ、日本市場にこうした製品の投入を検討できない。一方CDMOからすると、需要が確約されていなければ高リスクな投資には踏み出しにくいという「鶏が先か卵が先か」の状況です。こういったお見合い状態が続いているため、ニューモダリティCDMOは一社単独ではなく、製薬とCDMOのコンソーシアムのようなかたちで進めていかないと、なかなか成立しないのではないかと考えます。


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