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劇的な変化と不確実性に満ちた現代社会において、未来を切り拓いてきたトップランナーは何を見据えているのか。本連載では、PwCコンサルティングのプロフェッショナルとさまざまな領域の第一人者との対話を通じて、私たちの進むべき道を探っていきます。
第6回は、国際自然保護連合(IUCN)日本委員会 副会長兼事務局長として世界、そして日本における自然保護や生物多様性保全、ネイチャーポジティブの動向を発信する道家哲平氏を迎え、PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスのスペシャルアドバイザーを務める千住孝一郎、サーキュラーエコノミーや食のサステナビリティを専門とするPwCコンサルティング合同会社 ディレクターの齊藤三希子、同シニアマネージャーの服部徹とともに、グローバルで喫緊の課題となっている生物多様性保全の重要性と、今企業に求められるアクションについて議論しました。
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。本文中敬称略。
参加者
国際自然保護連合(IUCN)日本委員会 副会長 兼 事務局長
道家哲平氏
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス スペシャルアドバイザー
千住孝一郎
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
齊藤三希子
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
服部徹
(左から)道家哲平氏、齊藤三希子、服部徹、千住孝一郎
服部:本日は生物多様性をテーマに議論していきますが、まずは道家さんから、生物多様性とは何か、なぜ今その保全に向けた取り組みが必要とされているのかについて、ご説明いただけますか。
道家:地球を1つの会社に例えて考えてみましょう。おもしろいことにこの会社には社長がいないのですが、それでも45億年という長期間にわたってサステナブルに運営されてきました。隕石が落ちてきて社員(=生物)が危機的状況(=大量絶滅)に陥るといった経験をしながらも、命溢れる会社として存続してきたのです。
この会社には「山」部や「海」部といった部署内にさまざまな生物ごとのグループがあり、人間もその1つです。それぞれのグループはたくさんのスタッフによって構成されています。人間というグループは、最初は他のグループや部署とともに共生する社会を描いていました。時に他グループから利益をもらいながら、時に迷惑をかけながら、1つの地球という企業の中でやりくりをし、サステナブルな活動ができていました。
ところがその人間グループはどんどん増加し、グループ内で戦争というトラブルを起こすようになり、この50~70年で急速に力をつけ、発言をするようになりました。社長でもないのに、人間というグループにとって効率が良い、管理がしやすい自分本位な行動をとるようになってきたのです。例えば、特定の生物だけを優先して他の種をどんどんなくしてしまったり、部署間の交流を制限するパーテーションを作ったりといった行動です。こうした人間グループの活動が拡大していった結果、現在この地球という会社では約800万の種のうち100万種、8つのうち1つのグループが存続の危機にあります。社長でも何でもない、たった1つの人間というグループが周りのグループに影響を及ぼし、迷惑をかけた結果、会社から退職する人、すなわち絶滅する生物が増えているのです。
これは、私たち人間というグループにとっても生存の危機であり、このままでは経済活動の継続も危ぶまれます。この地球という会社を存続させるためには、人間を退職させるしかなくなってしまいます。そうならないよう、人間も考えを改めるようになりました。
この20~30年、私たちは環境への配慮を始め、環境に配慮した法律や制度、企業の方針などを策定し、反省を見せてきました。しかし残念ながらそれらは「マイナスをゼロに近づける」ことしかできておらず、いまだ負の影響を出し続けています。
これでは危機を止められません。人類は、私たちの子どもたちは、本当にこのまま地球上で生きていけるのだろうか。そうした想いを背景に、1992年に気候変動枠組条約と一緒に誕生した国際条約「生物多様性条約」、2022年12月に、COP15という会議で新たな方針を打ち出します。マイナスをゼロにするだけではなくネイチャーポジティブを目指す世界目標として、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を、196カ国の総意として採択しました。減らすだけでなく、プラスを生み出す。そのために、枠組みの中で23の行動目標を打ち立てたのです。行政やNGOだけでなく、民間企業やそれを支える金融業界なども含め、悪影響を出し続けてきた人間というグループ全体でネイチャーポジティブを目指していこう、という方向に、今世界が舵を切ろうとしています。
国際自然保護連合(IUCN) 日本委員会 副会長 兼 事務局長 道家哲平氏
服部:ネイチャーポジティブは、2023年4月に札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合でも重要なアジェンダとなっていましたね。
道家:同会合のコミットメントとして、ビジネス・金融のレベルで、生物多様性やネイチャーポジティブにどのように取り組めばいいのかを学び合うアライアンスを作ろうという方針が打ち出されました。ポイントは単に「環境」というだけでなく、生物多様性・ネイチャーポジティブにフォーカスしていることです。G7では財務大臣・中央銀行総裁会議でも議論されました。
日本は今回の議長国としてG7の枠組みの中でこうした議論を推進したほか、2022年12月に昆明・モントリオール生物多様性枠組が発表されてから世界でもいち早く、2023年3月に環境省が第6次生物多様性国家戦略を策定しており、積極的な取り組みを進めています。
服部:千住さんはPwC Japanグループのサステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスにおいてサステナビリティの課題に関するクライアントの声を聞く立場にありますが、ネイチャーポジティブとビジネスという観点ではどのようにお考えですか。
千住:まず、生物多様性に対してビジネスが作り出せる価値とは何なのかを考え、その答えを見つけ、それに基づいて行動することが必要だと思っています。
そのために重要なのは、気候変動・コミュニティ・生物多様性(Climate, Community and Biodiversity:CCB)に同時に取り組むことです。気候変動に対しての取り組みは生物多様性よりも少し早く始まっていますが、この2つは独立したものではありません。また、気候変動や生物多様性の減少によって生活に直接的な影響を受ける人々がいるという、コミュニティの観点も求められます。この3つを一緒に考え、アクションを起こしていく必要があります。
気候変動と生物多様性の関連でいえば、WWFジャパンの調査*1によると、2020年の時点で絶滅危惧種は約4万種であり、そのうち気候変動が絶滅危惧の要因の1つと考えられている種は約4,000種に上ります。ネットゼロの実現によって気候変動を止めることは、生物多様性のためにも必要だと言えます。
また、世界の人口は、人類が狩猟採集生活をしていたころの52万人から、農耕・牧畜の開始によって徐々に増えた後、産業革命というターニングポイントを経て爆発的な増加を遂げ、現在は80億人に達しています。これほどの人口増加が地球に与えてきた負担・負荷は計り知れません。この負の影響を逆転させることができるのか――これは人類に与えられた極めて大きな問いです。その答えを考えるうえで、ネイチャーポジティブは重要な要素となります。
1年間に絶滅する種の数は、恐竜の時代にはわずか0.001種、産業革命の時期を含む1600~1900年には0.25種、産業革命後の1900~1975年、CO2を排出しながら産業が発展していった時期でも1種なのに対し、1975~2000年にはなんと4万種に急増しているとされています*2。その主な要因は、人間の衣食住を支えるための経済活動です。今地球を使っている80億人の衣食住は、生物多様性から生まれる恵み、生態系サービスから成り立っています。この状況が続く限り、人間が必要とする自然の恵み、生態系サービスはどんどん失われていきます。
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス スペシャルアドバイザー 千住孝一郎
服部:これほど大きな課題に対して、誰がどのように取り組んでいけばよいのでしょうか。
千住:国、企業、個人のそれぞれにやらなければいけないことがあると思います。生物多様性の影響を受けない、または生物多様性に依存しない人や企業はないはずです。間接的なものを含めれば、地球上の誰もが影響も依存もしているでしょう。人類史上、あらゆる組織・個人が1つの目標に向けて一斉に取り組むというのは初めてのことではないでしょうか。
この取り組みは、今すぐ始めるべきです。今取り組まなければ、私たちの子どもや孫を含めた次世代の人たちは、いま私たちが享受している自然の恵みや生態系サービスを享受することはできなくなります。私たちの今からの活動は「次世代を守る=未来を守る」活動なのです。
1年間に4万種が絶滅しているのですから、1年たりとも遅らせるべきではありません。生態系は「系」、すなわちシステムです。システムの中から1要素を抜いた時、システム全体がどういう形の変異を見せるのかは予測がつきません。1つぐらい種が減ってもこの生態系は大丈夫だろう、と考える人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。今すぐに取り組みを始めるべきなのです。
服部:既に自然のキャパシティを超え、定員オーバーの状態でさらにどんどん食いつぶしてしまっているなかで、超過分を削ることができないのであれば、私たちのビジネスや生活のあり方を建て直すことが求められている。これはセクターを問わず、全員が考えながら進める必要があるということですね。
千住:生物多様性への取り組みは、人類始まって以来のムーンショット(難易度が高いが、成功すれば多大なインパクトをもたらしうる挑戦)です。しかし、だからやらなくてもよいということにはなりません。ムーンショットでも、やるだけの理由があると私は思っています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 服部徹
服部:取り組みの必要性について、千住さんからは私たちの子どもや孫といった時間軸が示されましたが、道家さんはどれぐらいのスピードが求められると思われますか。
道家:国際社会では、気候変動で実施している取り組みを自然環境にも展開しようという動きが進んでいます。気候変動ですでに主要な論点は検討されているため、進展は非常に迅速です。気候変動に関する情報開示の枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を策定した際には、アイディアの段階から6~7年かけて議論がなされましたが、その自然環境版である自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は立ち上げから採択まで3年ほどでした。また、温室効果ガスの排出削減目標を設定するよう求めるScience Based Targets(SBTs)についても、同様に自然資本に関する目標を設定するSBTs for Natureが2023年5月から始動しています。気候変動と比べると2~3倍の速度で進んでいると言えますね。
服部:それだけ急速に手を打たなければまずいという危機意識が共有されているということでしょうか。
道家:そうです。例えば海洋汚染の問題も、これまで公海はどこの国にも属さないため規制の対象外だったのですが、2023年3月には公海保護の国際協定の合意が成立しました*3。現在、海洋プラスチック汚染の条約作りも進んでいます。業種を問わず、今まで動きのなかった領域も含め、数年ごとに新たな規制やルールが生まれるといった状況です。
服部:自然環境を考える時には100年や1,000年といったロングスパンで考えがちですが、生物多様性やネイチャーポジティブに関しては数年単位で物事を捉えて舵を切っていかなければならないのですね。
道家:気候変動も自然環境も、取り組みの成果や全体としてプラスに近づいていることを実感できるまでにはどうしても長い時間がかかります。だからこそ、今すぐ舵を切って、多くの活動を集積していかなければ、間に合わなくなってしまうおそれがあります。
千住:生物多様性には特有の難しさもあります。もし1つの企業が大気汚染や水質汚染を起こしたら、すぐにアクションを起こしますよね。大気汚染や水質汚染の場合は明確な基準値があり、その基準値を超えたら違反になるからです。一方、生物多様性は基準値がどこにあるのかが見えづらいうえ、1つの工場が汚染を発生させたという局所的な話ではなく、全世界で80億人全員が関与していることなので、対策は容易ではありません。したがって、闇雲に動き始めるのではなく、現実に即したプランをしっかり作る必要があります。
服部:こうした状況で、企業がすべきことは何でしょうか。
千住:自社のビジネスが生み出す価値は何なのか、誰のためにその価値を生み出し続けるべきなのかを考え、実際のアクションにつなげていく必要があるでしょう。多くの企業は、調達という形で自然に依存しています。自然に依存している調達は全て、10年後・20年後・30年後のことを考えると、今大きな変換点を迎えているはずです。そのことに気がつき、取り組みを始めている企業も出てきていますが、一方でそうした課題意識を持てていない企業は既に多少なりとも買い負けの状態に入ってきています。
道家:企業にはまず、「これまでのビジネスは自然から何かを取り出し、利用し、エネルギーとお金を使って加工してお客様に届ける」、つまり「自然を消費している」という認識を持ってほしいと思います。これをポジティブにするには、自然から得た報酬を、自然を取り戻す方向にも使っていかなければなりません。
服部:「作って、使って、そして戻す」ところまでセットでビジネスだということですね。
道家:はい、そのためにこそ、戦略や影響評価、開示が必要なのです。
服部:逆に言うと、「戻す」ことを念頭に置いて全体を再設計することが求められますね。
齊藤:生物多様性に負荷をかけないように原料を変えていくことはとても重要です。ただ、そこは消費者の側にも意識の転換がないとなかなか進まないように思います。私は兼業でバイオマス素材の開発に携わっているのですが、企業に売り込みに行っても「消費者に需要がない」と言われてしまうことが多々あるのです。
一方で、素材に関してはこれまでになかったような技術もどんどん出てきており、細菌類から樹脂や燃料を作るといったことも可能になってきています。コンサルタントとして、今までの常識にとらわれず、非常識な発想を現実化するような提案をすることで、企業の変革を支援していきたいですね。
道家:「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の23の行動目標は、全てを実現することが大事です。各企業にはそのうちの1つでも2つでも多く達成していくことで、ネイチャーポジティブな社会の実現に向けた原動力になっていただきたいと思います。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 齊藤三希子
*1 WWFジャパン「地球温暖化による野生生物への影響」
*2 環境省「絶滅のおそれのある野生動植物種の生息域外保全」
*3 2023年6月19日に国連で「海洋生物多様性協定」として採択