テクノロジー業界のコンサルタントが語る テクノロジー業界の未来トレンド予測から導出する業界課題とその対策

第15回◆リスク時代のサプライチェーンマネジメント ―テクノロジー業界が直面する課題と改革の要諦

  • 2025-10-31

サプライチェーンは、かつては安定調達やコスト削減が大きなテーマでした。しかし、昨今は政情不安や環境対応なども影響するようになり、重要な経営課題の1つとなっています。サプライチェーンマネジメント(SCM)の課題と、それを解決し企業の競争優位性に結び付けていくための取り組みについて、PwCコンサルティングの専門家に話を聞きました。

登場者

田中 大海
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー

内海 要祐
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

大西 裕樹
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー

※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。

(左から)内海 要祐、田中 大海、大西 裕樹

キーワードはレジリエンスとアジリティ

―サプライチェーンを取り巻く環境変化について教えてください。

田中:
テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)業界のSCMは、少し前まではQCD(品質、コスト、納期)に重点を置いていましたが、近年は関税、紛争、環境規制といった新たなグローバルな課題への対応と対策が求められるようになりました。テクノロジー業界でも関税を巡る米中関係や、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰などで深刻な影響を受ける中で、効率追求型のサプライチェーンから、レジリエンス(強靭性)とアジリティ(俊敏性)を兼ね備えたモデルへと転換を図る必要があります。

大西:
レジリエンスは、かつては地震や台風といった天災に備えることに重点を置き、各企業での対策が着々と進んできました。最近はマイナスの影響を抑えたりダメージから回復したりするだけでなく、むしろ企業の持続的な成長につながるプラスの要因と捉え、地政学リスクなどに耐え得る強いサプライチェーンの構築に取り組む企業が増えています。

内海:
アジリティは、経営に影響する変化に迅速に対応するための重要なポイントです。かつてのSCMは、来期や中期の需要を予測して戦略を立て、ずれが生じれば調整するという「安定モデル」でした。
しかし今は、地政学リスクや規制強化、脱炭素など予測不能な事象が頻発しており、「想定外」への対応力そのものが競争優位の源泉になっています。そのため、AIやデータ分析を駆使してシナリオを先読みし、現場と経営のギャップを埋める仕組みを整えることが不可欠です。日本企業では「現場は強いが経営の俯瞰が弱い」という傾向がありますが、経営トップ自らがアジリティ確保に向け旗振りをする姿勢が重要です。

変化に備えるSCMの新潮流とは

―SCMに取り組む企業の動向を教えてください。

田中:
特定の国やサプライヤーへの過度な依存を回避するためにマルチソーシングによって供給元を多様化したり、有事の際に迅速に代替ルートへ切り替えることで物流ネットワークの最適化を進めたりする企業が増えています。

大西:
従来のSCMはコスト削減の手段とされることが多かったのですが、近年では事業の持続性を左右する経営の中核課題と捉えられるようになりました。特にテクノロジー業界は深刻な半導体不足を経験したことから、重要部品の在庫水準の見直しや、代替サプライヤーの探索と認定に積極的に動いています。

内海:
一方で、自社を取り巻くサプライチェーンの全体像の把握には、かつての「QCDの最適化」という比較的シンプルな対応だけでは不十分です。原材料の高騰や地政学リスク、環境規制といった外的要因は一企業からの「号令」だけでは把握できる状況にはなく、非財務データを含む外部情報を統合的に扱う必要があります。AIや生成AIは、こうした複雑なデータの兆候を捉え、供給リスクを早期に見抜く強力な武器になるでしょう。また日本企業ではデータ活用が部門内や自社に閉じやすく、人材不足も深刻です。現場対応のみならず全社的にデータ基盤と人材育成を進めていくことが肝要です。

田中:
勘や経験に頼らず、データに基づく客観的なリスク評価を行い、それに基づく戦略的なサプライチェーン再編へとかじを切る企業が増えています。例えばあるメーカーでは、ブラックボックス化していたサプライヤーの情報を可視化し、地政学リスクが高い地域にサプライヤーが集中していないか、人権問題のようなESGリスクを抱えていないかなど、多角的な観点でデューデリジェンスを強化しています。別のメーカーは、特定ベンダーへの依存度を低減させるためにオープンな技術規格を積極的に採用してリスクを分散させる戦略に転換しています。

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 田中 大海

サプライチェーン改革で直面する3つの課題

―サプライチェーン改革に着手する企業が直面しやすい課題を教えてください。

田中:
3つあると思っています。1つ目は、経営層と現場の認識のギャップです。経営層がサプライチェーン改革の必要性を強く認識していても、現場が日々の業務に追われているとその緊急性や重要性を自分ごととして捉えられません。
2つ目は、組織の壁です。サプライチェーン改革は、調達から販売まで全てつながっていることを前提として、各部門横断で取り組まなければなりません。しかし、生産部門は在庫管理、販売部門は需要予測といったように各部門の課題が優先されたり、部門間の利害が対立したりすることによって個別最適から全体最適へと移行できないケースがあります。
3つ目は、データとリソースの制約です。例えば、二次サプライヤー以降の情報が不足している、改革を推進するためのIT人材が社内にいないといった課題があります。

大西:
1つ目と2つ目は日系企業によく見られる特徴と言えるかもしれません。クライアントの現場リーダーとの対話でも、自分の部門を越えてサプライチェーン全体の課題を解決するのは難しいという声を聞きます。この課題を解決するには、サプライチェーン改革の感度が高い経営層自らがトップダウンで動かしていく必要があります。

田中:
トップダウンによるサプライチェーン改革の例ですが、ある企業はCEO直轄のタスクフォースを設置し、各部門からエース級の人材を招集して改革を強力にドライブさせています。その過程では、私たちが提供する簡易診断サービスなどを活用し、スモールスタートでクイックウィンの成果を創出して、現場を巻き込みながら改革の機運を高めています。

内海:
3つ目のデータとリソースに関連して改革が難航する理由の一つは、経営層がサプライチェーン改革の必要性を認識しても、現場は従来業務に追われ「余力での対応」にとどまってしまう点です。調達・生産・販売を横断した全社最適の発想が欠けていることも大きな壁になります。また、IT人材の不足も深刻で、せっかくAIやクラウドを導入してもチェンジマネジメントが進まず「宝の持ち腐れ」となるケースも目立ちます。改革を定着させるには、経営と現場を橋渡しするリーダーシップと、人材育成の長期的視点が不可欠です。

コンサルティングニーズの変化

―サプライチェーン改革に取り組むクライアントからの相談や依頼の内容は、どう変化していますか。

内海:
従来は「コスト削減」「在庫最適化」といった効率性重視の要望が多い傾向でしたが、昨今では脱炭素・生物多様性・人権デューデリジェンス(CSDDDなど)といったESG起点の課題対応が増えています。これは「将来の持続可能性確保」の観点から求められてきたもので、経営を直撃する要素は相対的に少なかったと理解しています。さらにここにきて米国との相互関税対応、輸出規制の強化、物流リスク、地政学といった複層的リスクが相まって、「今期の損益を守る経済安保対応」へと潮目が変わったように感じます。とりわけ電子部品・装置・メカトロニクス・半導体分野は政策・規制・物流リスク・地政学リスクによって部品調達の上流が震源地になりやすく、危機意識がその他の産業よりも強いのではないかと考えます。最近では「地政学リスクを織り込んだ需給計画」や「災害時にどこまで供給を維持できるか」といった実践的な相談も増えています。私たちとしては、非財務データをQCDと統合して全社的にリスクと収益性を評価する枠組みを提供し、単なる効率化を超えて、クライアントが自律的に変革を続けられる状態に導くことを重視しています。

大西:
従来のサプライチェーン改革は、在庫の最適化、データ収集の仕組みづくり、基幹システムの導入といった部分的な課題の解決を求められることが多かったのですが、昨今は収集したデータの活用や、その周辺のソリューションまで含めたワンストップの支援ニーズが高まっています。具体的なサービスとしては、データに基づく客観的なリスク評価、サプライヤーの可視化とデューデリジェンス、技術のオープン化によるリスク分散などです。

田中:
これらのサービスはサプライチェーン全体を網羅するもので、私たちの支援の特徴の1つです。従来のQCDに加えて、地政学リスクなどの非財務情報を統合した次世代SCMを構築します。その際には、サプライチェーンの戦略策定からDXを通じたオペレーション改革まで、実行と定着をエンドツーエンドで推進しています。

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 内海 要祐

多様な専門家との連携が重要

―クライアントからのニーズに対して、PwCコンサルティングはどのような価値を提供できるでしょうか。

田中:
クロスボーダー案件の多いTMT領域の企業にとっては、専門性、テクノロジー、グローバルネットワークを三位一体で掛け合わせる支援も大きなメリットになるはずです。例えば、PwCグローバルネットワークを活用することにより、各国の規制や市場動向に合わせた最適なサプライチェーン改革を提案することができますし、その過程で関税への対策が必要になれば、PwCのメンバーファームで税務関連を担っている人たちとバーチャルな組織を作って支援することもできます。実際PwC Japanグループや、私たちPwCコンサルティングの中でも、部門を超えて専門性を掛け合わせるプロジェクトがあらゆるところで生まれています。壁を越えた連携をイメージするだけでなく支援の現場で実践できることが私たちの強みです。

内海:
外部との連携では、私たちはデジタルプラットフォーマーや政府研究機関とも協力し、災害や地政学リスクが顕在化した際に代替調達ルートや物流経路を即座に可視化できる仕組みを整えています。私たちの特徴は、レポート提供や戦略作り、システム導入にとどまらず、経営の意思決定に直結する「動的なインテリジェンス」の提供を志向している点です。従来型の支援から、リアルタイムにリスクを検知し対応できるマネージドサービスやデータ提供型サービスへとシフトし、今後の価値提供の核にしていきたいと考えています。産官学で多様な専門家とスクラムを組み、より中立的な立場で高度な情報を提供できること、また、その根底として、部門やPwCのメンバーファーム、さらには外部組織との連携を推進するカルチャーを大事にしていることも特徴です。

大西:
サプライチェーンを持続的に機能させていくには、昨今の地政学などのリスクを即座に検知し対処できるような体制が必要です。従来のような特定課題を解決するための単発のプロジェクトではなく、クライアントが常にリスク情報を可視化できる仕組みを提供し、対応が必要なリスクが検知された際に私たちが即時対応できるような、サブスクリプション型のサービス提供のニーズも高まっていくと考えます。

内海:
リスク分析や突発的な課題に素早く対応していくためには、人月単価制にとらわれず、定額でのコンシェルジュサービスのような支援を通して伴走したり、経営インパクトに対して成果報酬をいただいたりするといったモデルも今後はあり得ると思います。特にサプライチェーン改革は短期での完結が難しいですし、策定した構想が3カ月後には「絵に描いた餅」になる可能性があるほど、変化の早い世界になりつつあります。「秘伝のたれの継ぎ足し」のごとく時間をかけながら、その時代、その時の社会に最適なサプライチェーンを目指していくことが大事だと思います。

多様なアイデアを出せる人が結集している

―TMTのサプライチェーン改革支援では、どのようなスキルや素養を持つ人が活躍していますか。

内海:
サプライチェーン改革はもはやオペレーション改善の域を超え、企業変革のドライバーです。この領域で求められるのはサプライチェーンの専門知識に加え、経営アジェンダと結び付けて「全社にどのように浸透させていくのか」というビジョンを描く力であると思います。業界全体のエコシステムを俯瞰し、産業構造の再設計まで視野に入れる「ビジネスアーキテクト型人材」が今後は生き残りの鍵になるのではないでしょうか。加えて、新技術を実務に落とし込み経営層にストーリーとして伝えるスキルも重要です。

大西:
サプライチェーン分野での経験は重要ですが、そこでのコンサルティング経験よりも、課題解決につながる案を出せる知識や経験の方が、より多様な観点で解決策を打ち出す上では重要かもしれません。「サプライチェーンのプロフェッショナルである」と自負することは、ある意味自分で自分の壁を作ることにもつながります。それを取り払って広げられる人が活躍できる人であり、そのような人が多く在籍している点が私たちの強みだと思います。

田中:
TMTに限らずですが、最強のスペシャリストはゼネラリストなのだと思います。1つの分野を深く掘るほど、その周辺の関連知識も習得する必要があり、結果として本気でスペシャリストを目指すほどゼネラリストになるのではないでしょうか。

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 大西 裕樹

現場主導で変革を加速するSCM支援

―最後に、変化を勝ち抜くSCMを実現していくために必要なことを教えてください。

大西:
サプライチェーン改革で先行するためには、現状維持の思考や姿勢から生まれる「何もしないリスク」を回避しなければなりません。例えば、海外の企業はAIやデジタルツインといった最新デジタル技術を駆使して、レジリエントで高効率なサプライチェーンを構築しています。サプライチェーン専門のオフィサーを設置し、調達、物流、資産、販売など各部門に横串を通そうと取り組んでいる企業もあります。これという正解がない分野だからこそ、トライアルで実績を増やし、知見を貯めながら競争優位性を高めていくことが重要だと思います。

内海:
サプライチェーン改革を加速させる第一歩は、「何もしないこと自体が最大のリスクだ」と経営層に自覚してもらうことです。サプライチェーンを単なる物流や在庫の効率化に閉じ込めるのではなく、成長戦略や産業構造の変革に直結するものとして捉える必要があります。
重要なのはサプライチェーン改革を継続していくことであり、最終的にはクライアントが自社の中で改革し続けられる状態にならなければなりません。そのためには、経営判断の下で組織内の責任と権限を再配置し、意思決定できる人を増やして根付かせていくことが大事です。私たちは、時に伴走者として支え、時に挑発的に問いを投げかけ、クライアントが自律的に改革を続けられるように仕組みと人材の両面を支えていきます。

田中:
企業も私たちも、サプライチェーンという言葉のイメージから抜け出すことが大事だと思っています。サプライチェーンと言うと多くの人は調達と物流をイメージします。サプライが供給を意味する言葉であるため、それは自然なことです。しかし、調達は供給側から見ると販売であり、サプライチェーンはデマンド(需要)チェーンです。その背景にはエンジニアリングチェーンがあります。サプライチェーン改革を調達や物流の課題と捉えると改革の領域が制限されるため、デマンドやエンジニアリングを含むバリューチェーン全体を捉える視点で改革を考え、実行していくことが大切です。
そのような視点の転換も含めて、私たちは、何か課題があった時に「あの人に聞いてみよう」「あの人なら解決してくれそうだ」とパッと頭に思い浮かぶトラステッドアドバイザーを目指し、あらゆる相談を入り口としながらクライアントのサプライチェーン改革を支援していきます。

主要メンバー

田中 大海

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

内海 要祐

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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大西 裕樹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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