消費財メーカーにおけるコマーシャルデューデリジェンスのポイント

  • 2025-10-09

消費財メーカーを買収対象とするM&Aの件数は近年増加傾向にあり、買収対象/被買収対象に日系企業が含まれるM&Aは2021年に58件まで落ち込んだ後、2024年には102件まで増加しています(図表1)。業種別には、最も多くの件数を占める耐久消費財・アパレルが直近の伸びを支えている他、日用品・パーソナルケアも増加傾向にあります。また、案件種別では国内企業同士の買収案件であるIn-Inが増加している傾向を踏まえると、国内における業界再編の機運が見て取れる他、In-Out(国内企業が海外企業を買収)案件も一定数存在することから、海外事業の拡大・新規進出などを目的とするM&Aも行われていることが分かります。

図表1:日本における消費財メーカーのM&A案件数

*CAGR:年平均成長率
※ターゲット/バイヤーのいずれかが国内企業である案件を対象として集計。
出所:S&P Capital IQを基にPwC作成

こうした消費財メーカーのM&Aにおいては、買収前に対象企業を取り巻く「消費者理解」を十分に行う必要がありますが、ニーズの多様化・細分化や変化の激しさゆえ、その実態を捉えることは容易ではありません。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行以降の健康志向の高まりに起因した機能性飲料・機能性食品カテゴリの伸長のように、消費者ニーズの変遷を受けて、これまでの業界・業種の境界線が曖昧になり、業界の実態を把握する難易度も上昇しつつあると言えます(図表2)。

図表2:消費者および企業の変化とテクノロジーの進化

「消費者行動」や「業界動向」を的確に捉え、適切に買収金額・契約条件に織り込むことは、M&Aの成否を分ける非常に重要なポイントであり、故に消費財メーカーのM&Aにおいては「コマーシャルデューデリジェンス(CDD)」の質が非常に重要となります。

※ コマーシャルデューデリジェンス(CDD)とは、買収価格・契約条件・PMI(買収・合併後統合支援)への反映を目的に、市場性・競争環境・内部環境などの観点から対象企業のビジネスを理解し、対象企業/事業の頑健性や期待する買収効果が得られそうかの評価を行う取り組み。ビジネスデューデリジェンス(BDD)と混同されがちだが、CDDではよりトップラインの評価に重きを置いている点で違いがある。

以上の背景から、私たちは消費財メーカーにおけるCDDの要諦を以下2点と考えています。

  1. 対象企業が属する特定市場に閉じず、周辺領域を含めた市場ランドスケープを理解すること
  2. 消費者目線から競争優位性を評価すること

1. 対象企業が属する特定市場に閉じず、周辺領域を含めた市場ランドスケープを理解する

CDDにおける市場性評価のオーソドックスなアプローチとしては、対象企業・製品が属する市場を特定した上で、調査会社などのマーケットデータを参照し、外部有識者などの知見も交えて将来的な市場性を評価するアプローチが一般的です。しかし、先に述べたとおり、消費者ニーズの変遷や、市場同士の境界線が曖昧になるようなケースが増加している昨今においては、より幅広い視点で市場のランドスケープを捉える重要性が増しています。

ここでは、対象市場のみならず、それらに影響を及ぼす周辺領域(新規参入、代替製品/サービス)やバリューチェーンの川上・川下(原材料・素材メーカー、流通・小売、消費者)を幅広く俯瞰し、対象企業を取り巻く市場環境の現状把握・将来予測を行うアプローチが適切です。詳細な動向・影響度合いは業種ごとにさまざまですが、消費財メーカーを取り巻く直近のキートレンドとしては以下のようなものが挙げられます。近年ではグローバルでの動向が国内市場に影響を及ぼすケースも多く、たとえ国内企業同士の買収であったとしても、グローバルの視点でこうしたトレンドを押さえておくことはますます重要になりつつあります。

  • 素材メーカーの影響力増大:グローバル大手を中心に合従連衡が進んでおり、素材探索・機能開発・製品開発などのR&D(研究開発)・NPD(新製品開発)機能を強化する傾向にあります。これにより、単なる素材売りから半製品のような状態での提供が可能となってきている他、こうしたマーケット・レディ・ソリューションは新規参入者を中心に多く取り入れられ、最終製品市場における影響力を増大させています。
  • 小売の巨大化:オンライン/オフラインともに小売のメガプレーヤー化が進行し、買い手の交渉力がさらに増大しつつあります。また、流通・小売による消費者データの囲い込み・利活用が進むと、消費財メーカーの自社チャネル構築難易度は上昇し、さらに小売への依存度が高まる可能性があります。
  • 新規参入の増加:素材メーカーによるマーケット・レディ・ソリューションの増加により新規参入ハードルは下がる傾向にあり、異業種からの参入・インフルエンサーブランドなどの新興系プレーヤーが増加しています。
  • 「市場の裾野」が拡大:健康志向の高まりに起因する機能性食品・飲料の増加や、美容カテゴリにおける内外美容・メンズ美容のトレンドなど、裾野の拡大につながる動きが多く観測されています。こうしたトレンドは市場ポテンシャルを高める反面、周辺市場からの浸食も受けやすくなり、代替品の脅威が増大することもあります。

2. 消費者目線から競争優位性を評価する

通常のCDDでは、開示資料・Q&A・マネジメントインタビューを通じて対象企業のビジネスの概況を捉えつつ、有識者インタビューやデスクトップリサーチなどを組み合わせることで、対象企業の競争優位性の評価を行います。消費財メーカーのCDDにおいてもこうしたアプローチは非常に有用である一方、最終的な購買者である消費者の動向により大きな影響を受ける事業特性ゆえ、「消費者視点」での競争優位性評価がより重要となります。

競争優位性の評価においては、まず直接的な競合を正しく捉える必要があります。マーケットデータ上同じカテゴリに属する主要企業を直接競合と捉えるケースも散見されますが、必ずしもそうした選び方が適切とは限りません。対象企業のブランド・製品は、必ず何かしらの消費者ニーズに対応して購買・使用されており、消費者がそのニーズを持った際に想起される企業・ブランド・製品が直接的な競合となります。

こうして直接的な競合を把握した上で、対象企業および競合に対する消費者のイメージ・評価の調査を行い、対象企業の強み/弱みの把握を図ります。評価を行う観点は場合によってさまざまですが、一般的によく使われる項目として以下のようなものが挙げられます。

  • 消費者行動:購買チャネル、購買時に重視する要素、購買決定要因
  • 認知・イメージ:認知度、ブランド・製品イメージ、およびそれらを構成する特徴
  • 使用状況:製品使用率、使用者の評価、継続使用者/離脱者の割合、およびその理由

また、こうした「消費者目線」での競争優位性評価に、対象企業からの開示資料などを基にした事業理解を組み合わせることも重要です。消費者のライフスタイル・日々の購買ジャーニーの中で、対象企業がどの部分を押さえることができており、どのような仕組み(組織・体制、ナレッジ・ノウハウ、システムなど)で実現しているかを理解することができれば、当該項目が真に競争優位性と呼べるものなのか、構築難易度・模倣可能性などの観点からどの程度の頑健性を有するものなのかを評価できるようになります。

消費財メーカーCDDにおける消費者調査の重要性

消費財メーカーのCDDにおいて「消費者理解」はあらゆる観点から重要であり、故にCDDプロセスの中で「消費者調査」を効果的に活用することが望ましいと考えます。内容は、「消費者行動」「認知・イメージ」「使用状況」を中心に確認することが一般的ですが、総花的な調査を行うことでかえって実態が掴みづらくなるケースも多く存在します。

ここでは、過去の事業経験・有識者インタビュー・デスクトップリサーチなどによって事前に事業理解を深め、論点・検証したい仮説の絞り込み・明確化を行った上で、設問・選択肢に反映させる調査設計を行うことが一連のプロセスにおける肝となります(図表3)。

図表3:消費者調査の実施イメージ

調査の目的・主要確認事項

調査結果サマリー

なお、消費者調査を実施する場合にはそのリードタイムにも留意が必要です。一般的なデューデリジェンス(DD)プロセスがおよそ1.5カ月であるのに対して、調査会社・規模・形態・時期によっては設計~準備~実施~集計・分析に1カ月程度かかるケースも多く存在します。DDにおいては中間報告で主要論点を可能な限り検証し、レッドフラグの有無、重要な残検証論点の確認を行うことが一般的であるため、対象企業の評価を大きく左右する消費者調査の結果が出揃っていないとディールの進捗に影響を及ぼすことも懸念されます。したがって、消費者調査はDD開始前~開始直後のタイミングから速やかに設計・企画を進め、可能な限り前広にプロセスを進めることが必要です。また、消費者行動の理解、実際の使用者/離脱者からの評価をさらに深掘りしたい場合は、消費者調査に加えてデプスインタビュー(※N=1インタビューと呼称されることもある)を実施することで、より解像度の高い仮説構築・分析実施につながります。この場合、消費者調査との前後関係を意識しつつ、より長い調査リードタイムが必要となるため、より余裕を持ったスケジューリングができると望ましいでしょう。

消費財メーカーCDDにおける心構え

消費財メーカーのCDDにおいては、周辺領域を含めた「市場ランドスケープ」を明らかにし、正しい直接競合を把握の上、「消費者目線」から対象企業・事業の競争優位性を評価することが重要です。一方で、どれだけ緻密に分析・評価を行ったとしても、予想外の環境変化が起こり、当初想定していたような事業環境でなくなるようなリスクをゼロにすることは困難です。COVID-19の流行、地政学リスク、特定製品による健康被害リスク、特定原材料の高騰のように想定外の事象は近年も多数発生している他、生成AIをはじめとする技術革新のように、その進展度合いと事業環境への影響度を正確に測ることが難しいファクターも存在します。

故に、「予想外の環境変化」は起こり得るものであるという前提の下、対象企業がそうした変化に柔軟に対応できるかどうかを事前に検証しておくことが重要です。消費財メーカーにおける検証ポイントとしては、適切にリスク分散が図られているか(特定の地域・ブランド・製品に過度に依存していないか)、消費者ニーズの激しい変化に対応できるケイパビリティがありそうか(マーケティング・製品開発機能における組織・体制・ケイパビリティ、製品開発ライフサイクルなど)、すでに予測されている環境変化に対してどのような対応を取っているか(デジタル化、AI、サステナビリティ、エシカルなど)といったものがあり、他のDDワークストリームと適切に役割分担を行いながらも、CDDまたはBDDで主要論点の多くは検証が可能であると考えます。

また、DDでは期間・リソースに制約が生じることを見越して、事前にある程度の調査を完了させておくことも有効です。DDプロセス開始前にデスクトップリサーチ・有識者インタビュー・消費者調査を組み合わせたプレDDを実施する、自社のM&A戦略でショートリスト掲載された企業について事前に簡易的な消費者調査も含めて事業理解を深めておく、事業に関連する業界のグローバルトレンドやその主要プレーヤー動向は日常的にチェックを行っておく、などの前広な対応ができると、よりスムーズなDDの実施につながる他、自社の戦略仮説に対する有力なインプットとなるでしょう。こうした事前スタディのさまざまな場面においても、CDDの要諦は重要となります。

最後に

大きな市場・競争環境の変化が引き続き予測される中、消費財メーカーにおいてもM&Aを活用してさらなる成長を目指す局面は増加することが想定されます。

的確なCDDを行うことは、適切な買収価格の設定のみならず、買収後のPMIをより効果的に行う観点でも重要であり、M&Aの成功に大きく寄与できるものであると考えています。

執筆者

松尾 航平

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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有馬 大貴

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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石橋 和英

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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