「スマートシティで描く都市の未来」コラム

ウェルビーイングなスマートビル

  • 2023-07-18

現代の人間は、生活時間の約90%を室内で過ごしているという統計があり、室内空気質、電灯、音質などの室内環境は、人間の肉体および精神に大きな影響を与えています。これからのスマートシティを考えるうえで、健康によい建物の在り方を検討することは非常に重要です。

一生のほとんどを屋内で過ごす現代の人間に理想的な建物とはどんなものであるのか

NHAPS(米国公衆衛生総監報告調査)によると、現代の人間は生活時間の約90%を室内で過ごしているとされています(図)(*1)。室内空気質、電灯、音などの室内環境は、人間の肉体面および精神面に大きな影響を与えていることから、これからのスマートシティを考えるうえでは、その主要な構成要素である建築環境の在り方を検討することは非常に重要であると言えます。

近年の最も進んだスマートビルでは、個人による寒暖の感じ方の違いを考慮し、その人それぞれにとって丁度良い温かさ、または冷たさの空気を調整して足元から当てることができます。室内の明るさも、PCを扱っている時と、文献を読んでいる時、会議をしている時など状況に応じて自在に調節可能です。会議室の中には、暗騒音レベルや残響時間を考慮し、吸音性が高い材料を使用したり、サウンドマスキングシステムを備えたりするものもあります。

しかし、いまだに多くのオフィスでは、機械式照明や空調システムを利用者が操作不能であることが一般的です。また、エネルギー効率を高めるために気密性が高くなっており、その結果、室内には外気の2~5倍の汚染物質(二酸化炭素や揮発性有機化合物など)が存在する室内環境を生み出します*2

現在の人間が生活時間の90%を屋内で過ごすのとは異なり、何万年もの間、人間は自然な屋外環境のもとで進化してきました。よって、変化の少ない温度範囲や人工的な光のもとで長時間過ごすことは、精神面だけでなく、脳内の化学物質やホルモン分泌、さらにはオフィス外での睡眠行動などにも悪影響を及ぼします*3

健康的なビルは、大きなコスト削減にもなる

雇用主にとっても、このような状況は経済的ではありません。建物のライフサイクルコストには、「1-10-100の法則」と呼ばれるものあります*2。建物の30年間のライフサイクルコストを見た場合、総コストの内訳は1%が施設の設計・建設にかかる費用で、そこに施設の運営・維持に要する費用が加わると10%に達し、入居者の給与、福利厚生、採用、生産性などの人的コストが加わると100%になるというものます。つまり、統合設計・施工や運用・維持の部分の節約のみに焦点を当てたサステナビリティ基準は、「人間」にかかるコストを的外れに軽く捉えており、建物の所有者にとっては大きな潜在的リスクとなります。人間の生産性に影響を与える建物の設計・建設、運用・維持に十分な投資を行うことによって、人的コストの全てが無くなるわけではないのですが、雇用主のコスト削減には大きなメリットをもたらします。そして、事業のライフサイクルを通して、運用面での大幅な節約とオーナーの資産価値にプラスの影響を及ぼすでしょう。

ウェルビーイングな建物の評価システムの普及は国内外で進む

人間中心の建造物構築を支援するのが、2014年に米国で誕生したWELL建築基準です。WELLとは、人々の健康とウェルビーイングに焦点を合わせた建築や街区の性能評価システムです。2017年には、Fitwelという商業ビルの評価システムが、米国疾病管理予防センター(CDC)と米国共通役務庁(GSA)が主導する共同イニシアチブとして新しく作られ、このシステムは利用者の健康維持のための商業内装を対象にしています。WELL、Fitwellというこの2つの基準には対象などに違いありますが、どちらも利用者の健康を改善するための戦略を実施することに重点を置いています*4。また日本では、建物利用者の健康性、快適性の維持・増進を支援する建物を評価する「CASBEEウェルネスオフィス評価認証」が2019年に設立されています。ただし、この評価システムの普及や認知度は国内のみにとどまっています*5

米国では政府主導で健康的な職場創成を企業に奨励し始めている

健康に優しい建物を推進する勢いは近年米国で加速しています。米国にはHealthy Workplaces Coalition(健康的な職場のための連合)という団体があります。この団体は2022年に連邦政府政策の表舞台に登場し、より健康で安全な建物を提唱するため、40以上の組織メンバーとともに発足しました(*6)。それから1年足らずで多くの組織や業界リーダー、業界団体が、健康的な職場を支援する政策を推進するというミッションに賛同し、そのメンバーはほぼ倍増しました。Healthy Workplaces Coalitionは、国の政策立案者を育成し、従業員の健康、安全、幸福を増進するような職場環境創出や戦略の実施に向けて、連邦政府への支援施策の提案を推進しています。Healthy Workplaces Coalitionの積極的な働きかけもあり、健康的な職場創成を企業に奨励する法案は既に12本近くも提出され、米国における健康的な建物政策に対する勢いは一層増しています。

これからの日本のスマートビル・スマートシティはどうあるべきか

世界最大の経済大国、そして世界で最も合理性や経済性を重視する国とも言える米国で、利用者の健康に優しい建物への関心が官民で高まっていることは特筆すべきことです。世界のトレンドを捉えると、日本でもスマートビル、そしてスマートシティの推進にあたっては、人間の健康を考慮した設計・建設、運用・維持を検討すべきでしょう。

  1. Tristan Roberts. 2023. We Spend 90% of Our Time Indoors. Says Who?
    https://www.buildinggreen.com/blog/we-spend-90-our-time-indoors-says-who
  2. Blake Jackson. 2019. WELL and Fitwel – a comparison of health-focused rating systems
    https://www.salus.global/article-show/well-and-fitwel-a-comparison-of-health-focused-rating-systems
  3. International WELL Building Institute (IWBI). WELL Building Standard® “Light Concept, Feature 54 Circadian Lighting Design”
    https://standard.wellcertified.com/well
  4. Steve Todd. 2023. What Are The Differences Between Well Building Standards And Fitwel?
    https://opensourcedworkplace.com/news/what-are-the-differences-between-well-building-standards-and-fitwel
  5. CASBEEウェルネスオフィス評価認証物件一覧
    https://www.ibec.or.jp/CASBEE/WO_certification/CASBEE_wo_certified_buld_list.htm
  6. International WELL Building Institute (IWBI). Healthy Workplaces Coalition Nearly Doubles in Size, Sets Sight on New Policy Opportunities Apr 27, 2023
    https://resources.wellcertified.com/articles/healthy-workplaces-coalition-nearly-doubles-in-size-sets-sight-on-new-policy-opportunities/

未来のモビリティが推進するサステナブルなスマートシティ

執筆者

奥野 和弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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