
「スマートシティで描く都市の未来」コラム 第89回:ユーザーの課題・ニーズ起点のスマートシティサービスの考え方
スマートシティサービスは国内で多くのプロジェクトが進められており「スマートシティ官民連携プラットフォーム」でも2024年6月時点で286件の掲載が確認できます。多くの実証実験が実施されてきたその次のステップとして、実装化が大きな課題となっています。本コラムでは実装化を進める上で、キーとなりうる考え方を紹介します。
世間を大いに騒がせた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、5月には感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザと同等の5類へ移行され、時代に大きな変化をもたらした事象も終息を迎えつつあります。
しかし、ポストコロナの時代になったからといって、以前の社会に戻ることはないと考えられます。私たちの社会に浸透したリモートワークがこの先になくなるということは、おそらくないでしょう。しかしその一方で、コロナ禍を経たことで、改めて注目されていることもあります。その1つがリアル空間での“体験”です。
このような背景においては、今後はリアルな都市空間の魅力を効率的に向上させるスマートシティの取り組みも1つの潮流となることが予想されます。そして、リアルとデジタルを行き来しながら推進するスマートシティの取り組みにおいては、リアルの情報をデジタルに重畳することが求められます。
リアル空間の情報を、「エリア」として適切に、かつ粒度高く抽出するには、行政単位だと対象範囲が広すぎてしまい、きめ細かなサービスを提供するためには、特定のエリアを対象としたエリアマネジメントの考え方が重要となると考えます。
エリアマネジメントとは、「特定のエリアにおいて、その地域に固有の社会課題の解決やエリアの価値向上を目的として、地域が主体的に行う取り組みのこと」と定義されています*1。また、単一的な敷地内でなく、道路などの公共空間も含む「エリア全体」を対象とした、「地域共通の課題解決や共通の利益を見出す取り組み(共益的取り組み)となる活動」ともされており、行政が主体となるのではなく、エリアの民間事業者などが主体的に活動することで、民間ならではノウハウを活かすことも可能となります。
道路や公園などの公共空間も、行政が管理および規制する空間ですが、一部のエリアマネジメント組織は、行政より都市再生推進法人*2の指定をうけ、行政を補完するまちづくりの担い手として、官民協調による取り組みを推進しています。直近では道路法などの改正により「歩行者利便増進道路制度」(通称:ほこみち制度)*3が創設され、都市再生特別措置法の「まちなかウォーカブル区域」*4の指定と合わせることで、道路空間を柔軟に占用できるようになりました。このような制度を活用し、都市再生推進法人の指定を受けた組織が、公共空間も含めたまちの魅力アップを図る取り組みとして、エリアマネジメントを行っています。
民間事業者が道路などの公共空間の一部を占有し、IoT技術などを活用することによってデータ収集を行うことは、民地内あるいは建物内、サイバー空間上で行うよりも、より大きな制約を受けることとなります。
ここでも、データ利活用の観点で、半公益的な意義をもつエリアマネジメント組織の考え方が重要となってきます。単一の民間事業者では道路や公園などの公共空間をデータ収集のために占用することは難しいですが、エリアマネジメント組織であれば道路などの無余地性の基準*5を撤廃し、空間占用の特例を適用しながら、データを収集するためのセンサーなどを設置できる可能性があります。
国土交通省による「まちづくりのDX」においても、住民ニーズを的確にとらえたきめ細かい都市サービスを継続的に提供していくためには、身近なエリアにおけるまちづくり活動(エリアマネジメント)にデジタル技術を導入し、エリアマネジメントの高度化(エリアマネジメントDX)を推進するとしています。
参照:まちづくりのデジタルトランスフォーメーション実現ビジョン〔ver1.0〕(国土交通省)
以上のエリアマネジメントDXの潮流を踏まえ、今後は、以下のような取り組みを例に、リアルとデジタルを統合したエリアマネジメントの取り組みが一層求められるでしょう。
エリアマネジメントによるエリアの価値向上:エリアマネジメント組織は、まちなかウォーカブル区域などに指定された公共空間において賑わいを創出するため、来街者にとって快適なエリアを作り上げるなど、まちの魅力アップや、価値向上に寄与する取り組みを実行します。
エリアの価値向上のためのデータ取得:エリアの価値向上に向けた取り組みは、公共空間を含めたエリア全体の賑わいを創出することを目指しており、その効果をきちんと把握するためにはデータの取得が必要です。エリアマネジメント組織は共益性に則り、道路や公園などの占用許可特例を利用することで機器設置などを行い、行政のオープンデータに頼らず、エリア指向型のデータを取得することが求められています。
データ利活用によるエリア価値の評価およびモニタリング:データを収集するだけでなく、データに基づいてエリアの価値向上に向けた取り組みをモニタリング・評価することが重要です。エリアのステークホルダーにとって、エリアマネジメントの取り組みそのものが価値あるものであり、まちの魅力や価値の向上につながっていることをアピールすることも必要です。
ステークホルダーから共感を得るツールとしての評価・分析:まちの価値向上につながるインパクトが適切に可視化され、エリアのステークホルダーからきちんと共感を得られるツールとなっていることが重要です。エリアマネジメントの活動・価値については、ステークホルダーからの共感を得て初めて、エリア経営によるまちの価値向上のスパイラルアップが望めます。
エリアマネジメントの持続に向けた財源確保:エリアマネジメントとしての財源を確保するためには、受益者負担の考え方としては、「リアルのまちが良くなった」という共感をきちんと得る必要があり、そのためにはエリアマネジメントのインパクトを持続可能な形で効果測定することが重要です。
また、エリアマネジメント組織が公共空間における活動により利益を得た場合には、公共に還元するという観点から、データ利活用の費用に充てるということも考えられるでしょう。
「まちづくり」を行う、スマートシティの取り組みには、「シティ」と「スマート」の融合が重要と考えます。
エリア経営として都市の「整備」から「運営」への重要性が進む中で、改めて注目を集めるエリアマネジメント。PwCはこの取り組みについて、リアルとデジタルの空間が密接に連携した取り組みとして発展させられるよう、これからも貢献していきます。
参照:国土交通省 エリアマネジメント推進マニュアルより
まちづくりの新たな担い手として行政の補完的機能を担いうる団体を、都市再生推進法人として指定できる
歩行者利便増進道路制度は、賑わいのある道路空間を構築するための道路の指定制度
滞在快適性等向上区域(通称:まちなかウォーカブル区域)は、都市再生整備計画の中で市町村が指定する区域
道路区域外にその占用物を置く余地がなく、やむを得ない場合のみ占用を許可するという基準
橋本 尚一郎
シニアマネージャー, PwCアドバイザリー合同会社
スマートシティサービスは国内で多くのプロジェクトが進められており「スマートシティ官民連携プラットフォーム」でも2024年6月時点で286件の掲載が確認できます。多くの実証実験が実施されてきたその次のステップとして、実装化が大きな課題となっています。本コラムでは実装化を進める上で、キーとなりうる考え方を紹介します。
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