カーボンニュートラル社会の実現と地方創生~地域資源を活用したサステナブルな街づくり(鹿児島県指宿市の取り組み)~

2022-02-15

人口減少と少子高齢化は日本の大きな社会課題であり、特に2014年の第2次安倍内閣発足時から地方創生の必要性が強く叫ばれています。地域の特徴を活かした自律的かつ持続的な社会の創生を目指す動きが出てきてはいますが、一方で2050年のカーボンニュートラル実現という目標もあり、その難易度は高まっています。本コラムでは地方創生を目指す鹿児島県指宿市における地熱発電を活用した取り組みを例として、地域資産を活用したサステナブルな街づくりについて考えます。

鹿児島県の現状と未来

2021年より実家の鹿児島からリモートワークを開始しました。温泉などの観光資源と豊かな自然、多様な「日本一」を誇る食文化、西郷隆盛をはじめとする偉人と歴史、優しく温もりのある地域社会、地域資源を活用した個性的な産業など、数々の鹿児島県の魅力を再発見することができた一方で、高齢者が総人口の3割以上を占めるといった急速な少子高齢化が進んでいることは身近な問題であり、さらに、気候変動の影響なのか、台風・地震などの自然災害の発生頻度も高まっていると感じています。これらの経験を通じて自身や地域住民のウェルビーイング(心身ともに健康・社会的にも満たされた状態にあること)、望ましい未来の街づくりについて頻繁に考えるようになりました。

資本主義の再定義とサーキュラーエコノミー(循環型経済)による可能性

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は社会経済に危機をもたらし、私たちに資本主義を再定義する機会を与えました。資本主義下の経済成長には終わりがなく、人々は常に競争しながら、永続的な成長を求めます。COVID-19の感染拡大抑制を目的とする人的移動制限措置は、経済活動の減速と、人々のウェルビーイングに大きな影響を与えています。テクノロジーの進展によりVR(仮想現実)やAR(拡張現実)、メタバースといった時空を超えるサービスが台頭するものの、人々は物理的なつながりを求めて移動を再開し、それによりCO2排出量のリバウンドと、感染症流行の再拡大といった負のループが生じています。果たして人々にも地球にも優しい経済成長とはどのようなものでしょうか。

PwCは気候変動や生物多様性、レジリエンス向上などのサステナビリティ課題を解決する鍵として、サーキュラーエコノミー(循環型経済)に注目しています。これは、廃棄物などの無駄を富に変える循環型の経済モデルであり、PwCはエネルギー、ユーティリティ、資源セクターの企業がその発展に大きな役割を果たす可能性があると考えます。サーキュラリティを基本理念として課題に取り組むことで、高付加価値で、競争優位性を確保できる新たなビジネスモデルを創出すると考えます。

図1 サーキュラリティの原則と戦略
資本主義の再定義とサーキュラーエコノミー (循環型経済)による可能性

出典:PwC、「循環型経済への道」、2019年

環境先進都市であるオランダのアムステルダム市は、2050年までに100%サーキュラーエコノミーを実現するという野心的な目標を掲げ、2019年6月に2020年から2025年までのサーキュラーエコノミー戦略を発表しました。その目玉は英国の経済学者ケイト・ラワース氏が提唱する「ドーナツ経済学」モデルです。これは、サステナブル(持続可能)な住民の生活をドーナツの形状に見立てたものであり、ドーナツの穴の内側を社会的基盤、ドーナツの穴の外側を生態学的な境界として、住民が無理なく安心・安全に暮らせるのは、環境面での超過と社会面での不足がない「ドーナツの中身」であると説くものです。このモデルは住民のウェルビーイングを向上し、公平性を保つための理論として大きな注目を集めています。

図2 ドーナツ経済学
図2 ドーナツ経済学

出典:City of Amsterdam “The Doughnut of social and planetary boundaries” (https://www.amsterdam.nl/en/policy/sustainability/circular-economy/)

「泉都」指宿市におけるサーキュラーエコノミー

「ドーナツ経済学」モデルに通じるケースとして、地熱エネルギーを活かしたサーキュラーエコノミーの実現を目指している事例が鹿児島県指宿市にあります。

指宿市には千を超える源泉が確認され、鹿児島県の源泉2,753カ所(全国第2位)の過半数であることから、温泉資源の豊かな「泉都」と言えます。

市内には江戸時代に薩摩藩主を治めた島津家の温泉別荘跡地にある温泉から地域内住民のための共同浴場まで、歴史とともに歩みを続ける個性的な温泉が豊富に存在します。その温泉水は温泉(公衆浴場)や宿泊施設、個人宅で浴用・飲用に利用されるだけでなく、熱帯植物栽培や製塩業、地熱発電にも利用されています。1

150℃未満の地下温水や温泉などの熱を利用する「バイナリー発電」は地熱発電に比べて参入ハードルが低いため地熱資源の有効活用手段として注目を集めていますが、指宿市には2つのバイナリー発電所が存在します。

1つは山川バイナリー発電所であり、山川地熱発電所で発電に利用できずに地中へ戻す熱水(還元熱水)を利用して沸点が低い媒体(ペンタン)を熱して蒸発させ、その蒸気でタービンを回して発電します。2018年2月から運転を開始し、最大出力約4.99メガワットの国内最大級のバイナリー発電所です。2

もう1つはメディポリス指宿発電所です。メディポリス指宿は年金保養施設跡に建設されたリゾート滞在型陽子線がん治療施設であり、2011年以降4,000件超の治療実績を有しています3。粒子線加速装置などがん治療に使用する装置は大容量の電力を必要としており、温泉の地熱を活用して発電した電力を売電することで費用を補填したいという経営判断からバイナリー発電所を建設し、2015年2月から操業を開始しています。出力は1.5メガワットに上り、これは約2,500世帯分の使用量に相当します。また、そのCO2削減量は年間3,000トンで普通乗用車1,300台分に相当します4。さらに、源泉からの余剰蒸気を利用し、温室ハウスでマンゴーの生産やきのこの栽培を行っており、ホテル内レストランや近隣のスーパーのほか、インターネットを通じて販売を行っています。

図3 山川バイナリー発電のしくみ
図3 山川バイナリー発電のしくみ

出典:山川バイナリー発電所のしくみ (https://www.kyuden.co.jp/var/rev0/0322/1052/s3y1c68m9g.pdf)

地域資源を活用したサステナブルな街づくり

2022年1月に、指宿と並ぶ温泉地である霧島の栗野岳温泉で、地熱発電所の建設が新たに計画されているとの報道がありました。近隣にキャンプやグランピング、露天風呂付きのコテージと、農業体験ができる観光施設を併設する予定で、2024年度の開業を目指しているとのことです(出力は最大4,990キロワット)。

昨今の温泉(公衆浴場)は利用客の高齢化と減少、燃料費・光熱費の上昇、施設・設備の老朽化、後継者不足といった経営課題に直面しており、鹿児島県内でも多くの温泉が惜しまれながら廃業しています。

バイナリー発電所と医療、観光レクリエーション施設の併設は、コロナ禍における価値観の変化や働き方改革の推進により今後ますます進展すると予想されるリモートワークやワーケーションの有望拠点として、無理なくサステナブルに稼ぐ力を地域にもたらすのではないでしょうか。例えば、発電による収入を得ることで、地域住民の足となるコミュニティバスを導入したり、移動型のスーパー・銀行・診療所・学校・共同浴場などを運営したりすることが可能となり、住民の利便性を高めるだけでなく、見守りとして機能し、安心・安全で活気のある街づくりを実現するためのサステナブルな手段になると考えられます。

PwCでは新たな経営ビジョンThe New Equationを策定しました。PwCはこの経営ビジョンのもと、「人」がリードし「テクノロジー」が支える未来の実現を目指しています。「人」が持つ発想力や経験と、「テクノロジー」がもたらすイノベーションを融合させ、より速く、よりスマートに、より良い成果を実現し、バリューチェーン全体にわたって信頼を構築することを支援します。カーボンニュートラル社会における地域資源を活かした地域住民のウェルビーイングを実現するサステナブルな街づくりにご関心のある方はぜひご相談ください。

1 指宿市考古博物館 時遊館 COCCOはしむれ 図録「泉都指宿一度はおいで~世界に誇る海浜温泉~」

2 九州電力プレスリリース
http://www.kyuden.co.jp/press_h180223b-1.html

3 メディポリスパンフレット
http://medipolis-ptrc.org/pdf/mediolice_pamphlet_202112.pdf

4 日本経済調査協議会新エネルギー地域再生研究会“海外に向けたがん先進医療の提供と地熱発電による地域復興”
https://www.nikkeicho.or.jp/new_wp/wp-content/uploads/handout04.pdf

執筆者

枝元 美紀

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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