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半導体の研究拠点はお互いの知見や経験をぶつけ合う「道場」――すなわち、装置を貸し出す施設ではなく、企業も研究者もときに失敗を持ち寄り、互いの知を磨き合う場となっています。いまや国内外から相談が絶えない拠点へと成長した福岡超集積半導体ソリューションセンターに、2025年に赴任したセンター長の知京豊裕氏はこう語り、その本質を「知識循環」と表現します。鍵を握るのは、多様な知見・知識を融合するための橋渡しを担う「インタープリター」、財務を支える「柔軟な資金調達や産官学金の発想」、そして半導体産業に挑む地域中小企業の支援です。日本の半導体研究拠点はどのように設計されるべきか、知京氏と、PwCコンサルティングの内村公彦、吉本晃が語り合いました。
登場者
福岡超集積半導体ソリューションセンター長
国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)理事長特別補佐
半導体材料研究の第一線で活動し、2025年8月の同センター開設と同時にセンター長に就任
知京 豊裕氏
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー
内村 公彦
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
吉本 晃
※参加者の肩書き、所属法人などは掲載当時のものです。本文中は敬称略。
左から、内村 公彦、知京 豊裕氏、吉本 晃
吉本:
私たちがクライアントのR&D戦略を支援する中で、特に半導体の分野で強く感じていることがあります。オープンイノベーション拠点の価値は、装置や設備だけにあるのではなく、そこに蓄積された知識と経験、いわば「知の資産」にこそあると考えています。ところが、この価値を十分に引き出せている企業は、まだ多くありません。拠点の活用が「装置を借りに行く場所」にとどまってしまい、そこに眠る知見との接点が生まれていないのです。私たちはこのもったいなさに何度も直面してきました。
知京:
福岡超集積半導体ソリューションセンターの前身だった「三次元半導体研究センター」や「社会システム実証センター」は、2011年の設立当初から約3年は期待されたほどの利用がなく、苦しい思い、いわば「冬の時代」だったと聞いています。装置はある程度整っているけれども、それだけで人は集まらないという状態でした。
海外には、世界各地から企業が訪ねてくる半導体のオープンイノベーション拠点があります。こうした拠点にはなぜ人が集まるのでしょうか。それは、その拠点の研究者たちが蓄えてきた知見、つまりプロセスの勘所や失敗の経験といった、言語化しきれない知識に企業が魅力を感じるからです。拠点での情報交流を通じて、企業は自社の知識と拠点側の知見を融合させる。この「知識循環」を求めて、企業は列をなすのです。
オープンイノベーションの生命線は設備ではなく、「知識」です。私たちのセンターの前身拠点では、最初に利用してくださった民間企業の技術者から、ときには助言を受け、ともに失敗も重ねながら、知識を蓄えていきました。やがて、センターに蓄積された知識量が利用者のそれを上回るようになると、「あそこに行けば短い期間で的確な答えが得られる」と信用が生まれ、案件が急増しました。
「時間軸の長さ」も、半導体の開発には不可欠です。例えば2035年の量産開始を目指すとします。先行する装置開発に5年、さらにその前にPoC(概念実証)の完了に5年、合計10年はかかります。だからこそ、なるべく多くの種をいち早くまき、コンソーシアムの場で失敗を経験し、有望な種を選別しなければなりません。「失敗の経験値」は最大の資産であり、差別化ポイントなのです。
内村:
オープンイノベーションの難しさは、半導体産業だけの話ではありません。先ほどおっしゃった「知識循環」、つまり企業の開発部門と研究拠点との間で知識がバランスよく共有され、響き合い、昇華しているか。イノベーションの有無はこれに影響を受けます。私たちもさまざまな業界のクライアントを支援する過程で、その重要性が顕在化するケースを多く目にしてきました。
拠点に蓄えられた知識・経験の価値を正しく評価し、R&Dポートフォリオに「外部の知にアクセスする投資」を明確に位置づけること。この視座に企業側が立てるか否かが、R&Dをベースにした成長戦略の行く手を分かつ分水嶺です。
福岡超集積半導体ソリューションセンター長 知京 豊裕氏
吉本:
「冬の時代」をくぐり抜けてきたとのお話でしたが、これは研究開発拠点の始動時には避けられないことなのでしょうか。
知京:
研究拠点立ち上げの困難さは、多くのスタートアップと共通します。公的資金は最初の着火剤にはなりますが、持続はしません。人件費を含め出費は継続する一方、利用者はなかなか現れません。そこを耐えながら、いかに早く商業ベースの収益体制を築くかが勝負です。
重要なのは、「止めてはいけない2つの仕事がある」ということです。1つは、利用者が求めていることに応えていく仕事です。それを日常で回しながら、2つ目の仕事として、次世代半導体に使える自前の技術を開発し続ける必要があります。どちらか一方でも止めてしまうと、拠点の存在価値は失われかねません。
内村:
拠点の存在価値を守るだけでなく、高めるためにも、「冬の時代」を誰がどう支えるかを、立ち上げの段階から設計しておく必要がありますね。
知京:
拠点の現場を、センターの職員たちは「道場」と呼びます。いろいろな材料を試し、技術を磨き、一定の水準に達すれば、世に問います。また道場は、修業者だけの場ではありません。プレーヤー、審判員、「畳」つまり修練の環境を整える人、それぞれが知識を持ち寄り、循環が生まれる場所です。
実際、私たちのセンター内には貸オフィスがあり、入居企業は私たちと連携してビジネスを展開しています。アイデアを試し、大いに「失敗」してもらい、それを下敷きに成功例を見出していただきます。成功に到達できるよう、私たちは過去の失敗例も示し、支援します。
先行する海外拠点のインキュベーション機能から生まれたスタートアップは、10年後の生存率が一般的なスタートアップの生存率を大きく上回ると言われています。拠点が蓄えた知識と環境を栄養にして始動した企業は、ゼロから立ち上げた企業よりも生き残る確率が高いのです。拠点の役割は、技術を磨く道場であると同時に「産業の苗床」でもあるわけです。
内村:
その道場を一歩出た外側、つまり事業化と資本の設計にこそ、コンサルティング会社が果たすべき重要な役割があります。
最近は産官学に金融を加えた「産官学金」の連携で、成果報酬やストックオプションを絡めた資本投入が議論され始め、財務の持続性が探られています。PwCコンサルティングはさまざまな研究コンソーシアムの支援に関わっていますが、私たちが痛感するのは、この財務の持続性の設計が最初から組み込まれていないケースが非常に多いということです。PoCが示される場があるかどうかで、投資家の判断は変わり得るのです。
道場で磨いた技術の出口戦略も重要です。上場だけが、出口ではありません。個々の知財を大手に買収してもらうバイアウトの道もあります。スタートアップ側の技術戦略と、買収する側の事業戦略の両方を見て、知財の価値が正当に評価される形をつくること。PwCコンサルティングはM&Aやディールアドバイザリーの知見も有していますので、「寒風に耐える道場」の支え方と、そこから生まれる知財の流れとを、一体的に設計するといった支援が可能です。
知京:
「産官学金」の連携は重要ですね。上場を果たすことやユニコーンになることは必須ではありません。一方で「当プラットフォームは5年後に、これだけの価値を有する状態にしたい」とシナリオを書き、必要な資本と知識と人材を募る必要があり、その資金設計を支えてくれるプレーヤーは欠かせません。
吉本:
立ち上げ当初は技術開発に集中してもらい、知見を蓄積した段階で金融業界がリターンを得る、といった循環を設計できれば、「冬の時代」の乗り越え方にも光が差すはずです。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 内村 公彦
吉本:
組織の宿命として、企業内部の縦割りの問題があります。部門間の壁が立ちはだかり、「隣の部門のあの技術は、自社全体の課題解決に有効だ」と分かっているのにうまく連携を図れないケースです。また、R&D部門とビジネス部門が異なる言語で話しているような状況も珍しくありません。この構造的な壁は、社外との連携・融合も困難にします。私たちが「こちらの技術とあちらの課題は、こうすればつなげられる」と発見・助言できるのは、クライアントの組織を横断的に俯瞰できる立場ゆえだと実感しています。
知京:
「異なる言語」、まさにご指摘のとおりです。知識循環を起こすには、「インタープリター」つまり翻訳者の存在が決定的に重要です。
業界が違えば言葉が違います。例えば「耐熱性」という言葉ひとつでも、冶金分野と半導体分野では意味や内容が異なります。それをいったん分解して適切な別の言葉に訳せる人が1人いると、それだけで場の活性はまるで変わります。
「ルテニウム」という次世代配線材料の候補があります。集積回路の配線にはこれまで銅が使われてきましたが、回路の微細化に伴い、ルテニウムへの期待が高まっています。ルテニウムが注目される理由は、構造の強さを示す「凝集力」という冶金的な特性と、電子の「平均自由行程」という物理的な特性を併せて理解していなければ見えてきません。電気工学の視点だけではたどり着けない話です。
私が籍を置くNIMS(国立研究開発法人 物質・材料研究機構)でも、構造材料の研究者は当然ルテニウムを知っています。とはいえ、ルテニウムが半導体配線に応用できることまでは把握しづらい。「専門性の壁」は、たとえ同じ建物の中で働いていても越えにくいものです。オープンイノベーション拠点には、そんな壁を突き崩す「インタープリター」の機能も求められてくるのです。
もう1つ、半導体の技術が全く別の産業へ移った好例を挙げましょう。ペットボトルの内側には、酸素を透過させないバリア膜としてDLC(ダイヤモンドライクカーボン)がコーティングされている製品があります。これは元をたどれば半導体のCVD(化学気相成長)技術です。製造ラインのボトルを瞬間的に真空にし、プラズマで薄膜を形成する──わずか10秒ほどの処理ですが、原理は半導体プロセスそのものです。「半導体の薄膜技術が飲料容器に使える」と発想したインタープリターがいたからこそ、この技術移転は実現しました。異分野をつなぐ翻訳者の存在が、ある産業の技術を、まったく別の産業の可能性へと開くのです。
内村:
「インタープリター」の役割は、私たちコンサルティング会社もビジネスの文脈で実践しています。「ある業界の課題に、別の業界の技術を結び付ける」「特定用途の技術の本質を読み解き、より広範な産業に応用できるよう翻訳する」といった働きかけです。
PwCコンサルティングでは、社内にCoE(Center of Excellence)の場を設け、半導体という横串の視点でさまざまな業界を支援しています。自動車、素材、化学、食品といった異なる業界のクライアントと向き合っていると、「こことここはつながる」という着眼・発想が積み上がります。私たちが半導体領域でのファーストコール(真っ先に選んでもらえる相談先・発注先)を目指すのは、こうした翻訳機能を含めた存在になることを見据えているからです。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 吉本 晃
吉本:
インタープリターの存在が「場の活性」をまるで違うものに変える、とのご指摘でした。半導体産業でそれが存分に機能すれば、業種の壁、あるいは企業規模の壁を越えて、新たなチャレンジに乗り出す企業の出現を期待できるのではないでしょうか。
知京:
一例を紹介しましょう。
当センターやふくおかアイスト(公益財団法人 福岡県産業・科学技術振興財団)にも、異業種の地元企業から自社の独自技術を半導体分野で使えないかという相談が来ることがあります。検討の結果、有望な転用方法が特定でき、業界の主要展示会で試作品を披露するに至ったケースもあります。
異業種から半導体産業に進出する地元企業が出てくれば、「うちも何かできそうだ」と動き出す企業が増えるでしょう。九州は自動車産業を中心に技術力のある中小サプライヤーが集積しており、高い技術を持つ中小企業の宝庫でもあります。近年の大規模な半導体投資の動きを受けて、中小の各社が独自技術の一部を半導体に転用できる可能性は高く、こうした事例をショーケースとして積み重ねていけば、地域産業全体の底上げと活性化につながるはずです。
内村:
技術力のある中小企業と半導体業界をつなぐマッチングや事業化の設計に、PwCコンサルティングは今後とも積極的に関わっていくつもりです。
クライアントを支援する中で気付くのは、自社の優れた技術を誰に見せればよいか、どう価値化するべきかに迷いがちな企業が多くあることです。秀逸な技術の生かしどころ、半導体のどの課題にどう応え得るかを、明確に説明できるところまでサポートするのが私たちの使命です。貴センターが技術検証の場を提供し、PwCコンサルティングが「どの市場のどの課題に当てるか」の翻訳と橋渡しを担うことで、半導体産業を支えるエコシステムの形成に寄与できると考えています。
吉本:
ともすると大手企業の独擅場と思われがちな半導体産業ですが、サプライチェーンに中小・中堅企業の技術は不可欠です。PwCコンサルティングは、そうした中小・中堅企業も含む地域エコシステム形成を支援する取り組みを今後さらに強化していく方針です。
吉本:
学会などの場で大手企業の研究機関が行う発表の件数が、以前に比べて減少傾向にあるとの話も耳にします。半導体分野での産と学の連携に関し、どんな課題を感じていますか。
知京:
大手半導体メーカーと大学の研究者の方々が発表・意見交換を行う場が日本では限られています。日本の大学の研究水準は、例えば台湾と比べても遜色ありません。足りないのは、研究の質ではなく、研究の成果を「産業につなぐエコシステム」です。
内村:
海外には、大学の研究アイデアをデバイスとして試作・評価し、量産メーカーが受け取れる水準まで引き上げる公的な仕組みを数十年かけて整えてきたという事例もあり、研究と産業の距離を縮める制度設計の参考になります。
知京:
まさにそうです。仕組みの有無が、研究と産業の距離を決めてしまう。だからこそ、企業の方々にお願いしたいことが2つあります。
1つは、「どんな課題を抱えているのか」を明確にしたうえで、私たちのセンターを訪ねてほしいということ。「自社の課題に対し、例えばこういった解決策を探している」と仮説を携えてお越しいただきたいのです。もう1つは、「判断する主体」でいてほしいということです。「何を実現するための技術か」「必要な資源はどれほどか」を見据えた明確な覚悟と決断が、成果への最短距離になります。
吉本:
企業側の「覚悟」の濃淡で、拠点から引き出せる価値がまるで変わってくる、ということですね。
知京:
「まずは試してみたい」というお気持ちは理解できます。ただ、目的と仮説が明確であればあるほど、私たちが提供できる知見の精度もスピードも格段に上がります。私自身の経験ですが、ある海外企業とのプロジェクトでは、狙う技術領域、投入する資金、求める成果物がすべて明示され、毎回のミーティングでマイルストーンをチェックしながら進めました。日本の企業にも、同様の主体性を期待したいのです。
内村:
主体性と同時に、情報共有の「設計」も欠かせませんね。何をオープンにし、何をクローズドに保つか──線引きが曖昧なままでは、企業は安心して参加できません。
知京:
海外の代表的な拠点では、知財の「機密度」に応じて会議への参加レベルを複数の段階に分ける運用が定着しています。厳格に管理する領域と、広く共有する領域を、制度として明確に切り分けているのです。日本にも、こうした「参加設計」の発想が必要です。
吉本:
「協調すべき領域」と「競争すべき領域」の線引きですね。評価条件や測定手法、信頼性試験の方法論といった基盤的な課題は、業界全体で底上げした方が効率的です。一方、製品仕様や差別化設計は各社固有の競争領域にあたります。
知京:
線引きを曖昧にしたまま「オープン」を掲げても、誰も本気では参加しません。先ほど触れた海外拠点の会議レベル設計は、まさに協調と競争の切り分けを制度化した好例です。日本でも、参加企業が安心して知を持ち寄れる枠組みを設計することが、知識循環の出発点になります。
日本には、優れた材料メーカー・装置メーカーがあり、優秀な研究者も存在します。足りないのは、個々のピースをつなぐ仕組みです。官民を挙げた取り組みが本格化する今こそ、半導体産業を復活させるチャンスです。知識循環の仕組みづくりにどれだけ真剣に取り組めるかが、勝負を分けると考えています。
内村:
「つなぐ」役割に、PwCコンサルティングは具体的に関わっていきます。研究拠点を軸としたエコシステム全体の設計支援から、技術戦略・知財設計・事業化支援、さらには異業種間のマッチングまで、研究の成果を産業の成長に変換するプロセスを、ワンストップで伴走できる体制を整えつつあります。
知京:
技術は育っていますから、あとは産業に結びつける仕組みとプレーヤーが整うかどうかです。PwCコンサルティングのように多方面の知見を持ち、オーケストレーションを担える会社が加わることを、私も心から期待しています。
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