制度改革を起点とする保険代理店・保険仲立人業界の再定義【後編】

  • 2026-05-27

保険代理店業界は現在、制度改正と市場環境の変化を契機に、大きな転換点を迎えています。長年にわたりビジネスの前提として定着していた販売モデルを含め、旧来の仕組みやビジネスモデルは見直しが進んでいます。

本座談会では「保険代理店・保険仲立人業界の再定義」をテーマに、保険代理店、保険仲立人(ブローカー)、保険会社、規制当局を含むエコシステム全体を俯瞰しながら議論を深めました。

右上:多田 健太郎氏、左上:菰口 徹氏、左下:中山 順啓氏、右下:長谷川 聖

右上:多田 健太郎氏、左上:菰口 徹氏、左下:中山 順啓氏、右下:長谷川 聖

(話し手)

ハウデングループジャパン株式会社 代表取締役CEO 多田 健太郎氏

ヤンマー保険サービス株式会社 代表取締役社長 中山 順啓氏

丸紅セーフネット株式会社 代表取締役社長 菰口 徹氏

(聞き手)

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 長谷川 聖

※本文敬称略
※法人名・役職などは2026年3月時点のものです。

収益モデルの転換

長谷川:
前編の議論を踏まえると、グループ会社の保険契約に付随する手数料に依存した従来の収益構造からの脱却が一つの論点になります。新たな収益構造の可能性についてお聞かせください。

多田:
代理店はあくまでも保険会社からの委託を受ける立場にあります。企業内でリスクマネージャーの機能を本格的に担うのであれば、「企業内ブローカー」というかたちに転換していくことも、一つの方法かもしれません。

中山:
おっしゃるとおりで、「企業内ブローカー」というかたちも一案なのですが、実際には代理店と同様の規制下に置かれるため、形態を変えても本質的な解決にはなりにくいというのが実感です。当社でもブローカーへの転換を検討したことがありますが、同じ規制がかかるのであれば実効性に疑問が残ると感じました。

ヤンマー保険サービス株式会社 代表取締役社長 中山 順啓氏

菰口:
そうなると、フィーで収益を得るモデルに転換していくという方向も考えられますね。

中山:
代理店手数料に依存しないかたちは、選択肢の一つだと考えています。例えば、保険会社からの手数料をゼロとし、親会社からフィーを受け取るモデルでも当社としては問題ないという認識です。

多田:
まさにブローカーが担うモデルに近い考え方ですね。

中山:
ただ、現状では保険会社側がフィーベースの取引を受け入れにくい構造になっており、実現のハードルは高いでしょう。

長谷川:
収益モデルの転換と合わせて、リスクファイナンスの手段そのものを多様化していくことも重要な論点です。保険会社の新規参入は規制面のハードルが高く、市場としてプレーヤーが増えにくい構造がある中で、再保険やキャプティブ*の活用はどのような可能性を持っているのでしょうか。

* 企業グループが自社のリスクを管理・転嫁するために設立する「自家保険子会社」のこと

中山:
足元では保険会社の引受キャパシティが不足する場面も見られます。企業がブローカーなどを通じて再保険市場にアクセスできるようになると、実質的なリスクの引き受け手が再保険側に移り、プライマリ保険会社の役割は相対的に変わっていきます。いわゆるフロンティング(元受保険会社が契約上の引受窓口となりつつ、実質的なリスクの大部分を再保険に移転する仕組み)の考え方で、企業としては再保険市場を背景に、より柔軟な条件交渉が可能になるはずです。

ただ、現在の収益構造を維持しようとするインセンティブが既存プレーヤー側に働いている面もあり、こうした動きが進みにくい背景があります。

多田:
実務上、再保険を裏側で手配し、元受保険会社にフロント機能のみを担ってもらうかたちも考えられますが、日本ではスムーズに受け入れられる段階には至っていません。海外ブローカーはそうしたスキームを積極的に活用していますが、日本市場との温度差は依然として大きいと感じます。

菰口:
現実的なソリューションの一つとしては、キャプティブの活用でしょう。キャプティブであればクロスボーダーの枠組みで運営でき、キャプティブマネージャーやリスクマネージャーの機能を組み合わせることで、一定の対応が可能になります。今後はそうした取り組みがさらに増えていくのではないでしょうか。

丸紅セーフネット株式会社 代表取締役社長 菰口 徹氏

中山:
当社でもグローバルでの保険手配に加え、キャプティブの運営支援まで手がけていますが、体系的なノウハウが確立されているというよりも、実務を通じて学びながら対応しているのが実態です。キャプティブの活用は今後広がっていく方向にあると思いますが、これまでは業界全体として積極的に推進されてきた領域とは言い難く、知見の蓄積はまだ途上にあります。そうした中で、企業としては自ら取り組みながらノウハウを積み上げていく必要がある。一方で、キャプティブを活用したスキームにはオペレーションコストやリスクを最終的に企業側が負担するという構造もあり、企業にとって納得感のある設計にしていくことが課題です。

長谷川:
キャプティブの実効性を高めていくためには、再保険市場へのアクセス環境の整備や、それを支える専門人材の育成が不可欠ですね。その観点から、再保険市場の整備についてはどのようにお考えでしょうか。

多田:
日系の再保険会社が増えていくことも一つの方向性ですが、加えて再保険取引そのものを国内に呼び込む仕組みも検討すべきではないでしょうか。シンガポールや香港のように再保険取引のハブとなる市場を形成し、海外の再保険会社に国内拠点の設置を促すことで、日本国内で取引が行われる環境を整備する。こうした枠組みが実現すれば、国内に資金や機能を呼び込み、業界全体の競争力強化にもつながる可能性があります。キャプティブの活用が進んでいく中で、再保険会社との交渉を国内で行える環境が整えば、日本企業にとっての利便性も高まります。ただし、英語対応を含めた制度インフラの整備や、再保険を適切に監督できる人材の確保など、一定の投資が前提になるでしょう。

長谷川:
市場そのものを整備しなければプレーヤーも生まれにくいという点で示唆的なご指摘です。再保険については日本国内のプレーヤーが極めて限られており、当局も再保険市場全体の位置づけを十分に議論できていない状況なのではないかと想像しています。

菰口:
再保険の観点では、多田さんがおっしゃったように資本が海外に流出するという見方も成り立ちます。現状は海外にリスクを移転する一方向の構造であり、日本側がリスクを引き受ける側に回れていない。本来であれば日本の保険会社がアンダーライティング(保険引受の審査・判断)能力を高め、海外リスクを引き受けることも可能なはずですが、その体制が十分に整っていないのでしょう。これまでの障壁の一つは言語の問題でしたが、今後はAIなどの技術の進展によってハードルが下がっていく可能性もあります。

中山:
企業が再保険にアクセスできるのであれば、元受保険の条件交渉の幅も広がるはずです。ただ、特区的な枠組みで新たな仕組みを構築しようとした場合にも、既存プレーヤーとの利害関係が障壁となる可能性があります。制度面の整備という意味では、当局側の取り組みにも期待したいところです。

M&A・再編の現実と着眼点

長谷川:
前編でも触れたとおり、業法改正を契機に保険代理店業界のM&A市場が動き始めています。実際のM&Aの現場で見えてきた課題についてお聞かせください。

中山:
個社としてはM&Aによる事業拡大の機会があると感じています。一方でM&A市場における競争環境という点では、全てのプレーヤーが同じ条件で臨めているわけではないとも感じます。銀行系を中心とした保険会社グループは、資金力やグループ内のネットワークを生かしやすい立場にあり、独立系の代理店が同じ土俵で競うには工夫が求められる場面もあります。

長谷川:
実際、銀行系グループの動きは迅速な印象がありました。

中山:
環境変化への対応が早かったという点は印象的でした。今後、代理店の再編が進んでいく中で、受け皿が特定のチャネルに偏ることなく、多様な選択肢が確保されることが重要ではないかと考えています。

菰口:
制度の整合性という観点では、保険会社の直資代理店が複数社の商品を取り扱っている点や、出向者の受け入れが認められている点については、整理が必要ではないかと感じています。直資であれば専属チャネルとして位置づけることも一つの考え方であり、代理店全体に求められるルールとの一貫性をどう確保するかは、今後の議論のポイントになるのではないでしょうか。

長谷川:
メーカーである保険会社と販売チャネルである代理店は、本来それぞれの役割を明確にした上で関係を整理すべきだと考えています。両者の関係が密接になりすぎると、利益相反が生じるリスクも否定できません。制度設計の中で、そうした構造的なリスクにどう対処するかは重要な論点です。

多田:
企業内代理店のM&Aにおいて、売り手企業による譲渡先の選択は、親会社のリテラシーによる影響も大きいと考えています。リスク移転の手法や外部の専門家の活用について十分な知見を持つ企業であれば、幅広い選択肢の中から将来も見据えて自社に最適な譲渡先を選ぶことができます。一方で、そうした知見が十分でない企業の場合、選択肢を広げて比較検討するよりも、価格や雇用の条件がある程度満たされれば、既存の取引関係のなかで選択される傾向もあるのではないかと予想しています。

ハウデングループジャパン株式会社 代表取締役CEO 多田 健太郎氏

長谷川:
M&Aのアドバイザーとして関わる立場から、主に二つの観点が重要だと考えています。一つは、売り手企業において業法改正への対応やリスク回避といった短期的な理由だけでなく、自社にとって企業内代理店をどう位置づけるのかを改めて整理する必要があるという点です。リスクマネジメント機能を内製化する機会を失う可能性もあり、慎重に検討すべきだと考えています。もう一つは、企業内代理店は本業と比較すると規模が限定的で売却対価も相対的に大きくないケースが多いため、価格だけでなく従業員の処遇や統合後の働きやすさ、事業の継続性といった複合的な要素で判断することが重要だということです。

中山:
日本企業における保険への意識を高めていくことは、引き続き重要な課題です。当社で取り扱う保険料は数十億円規模で、グループ全体の売上と比較すれば割合は小さいのですが、ヘッジしている保険価額の合計は売上の10%に相当し、営業利益よりも多いのです。企業の収益に与える潜在的なインパクトは非常に大きいにもかかわらず、保険は損失が顕在化しない限り注目されにくい側面があります。だからこそ、リスク管理のノウハウを持つ機能を手放す判断をする際には、その影響を多面的に検討することが大切ではないかと考えています。

菰口:
M&Aにおいては買収後の運営を安定的に回していくことが最も重要です。当社では15年で30件以上のM&Aを手がけてきましたが、比較的スムーズに統合を進められているのは、継続性を何よりも大切にしているからだと自負しています。買収先の従来のやり方を尊重し、人材にも引き続き活躍してもらい経営に関与してもらうことで、組織としての調和を図っています。

M&Aの検討にあたっては、例えば「従業員を引き続き受け入れ、より良い環境を提供できるか」を重視する企業もあれば、リスクマネジメント機能の高度化を重視する企業もあり、意思決定の軸は一様ではありません。

多田:
当社としては、企業内代理店とのM&Aにおいて一定期間の協業を経た上で関係を深めていくかたちが望ましいと考えています。一般的な入札プロセスでは限られた情報の中で意思決定を迫られることも多く、十分な相互理解が難しいまま統合に至ってしまうこともあります。可能な限り事前に対話を重ね、企業文化や方向性について認識をすり合わせた上で進めることが重要です。

長谷川:
M&Aにおいてはブランド戦略も重要な検討事項だと思いますが、その点はいかがでしょうか。

中山:
メーカー系の代理店がM&Aを進める上で、ブランドの違いは考慮すべきポイントの一つです。他社の職域に対して当社ブランドでアプローチする場合の受容性や、買収後の社名変更が顧客との関係に与える影響など、検討すべき要素は少なくありません。ブランド戦略と事業展開の整合性は、今後の重要な論点だと思っています。

菰口:
現在は「丸紅」の名称を維持していますが、今後さらに幅広い受け入れを進めるのであれば、特定の色を持たないブランドのほうが適しているのではないかという考えも社内にはあります。

リスクマネジメントの再評価と今後の展望

長谷川:
リスクマネジメントの重要性に対する認識をどのように高めていくべきでしょうか。大規模災害などの局面で、適切なヘッジによって企業が安定的に事業継続できた事例が可視化されることで、理解が進む可能性もあるかもしれません。

中山:
日本ではリスクマネジメントの評価のされ方に特徴があると感じています。例えば大規模なシステム障害が発生した場合、リスク管理体制やBCPの実効性について振り返ることが重要ですが、実際には障害発生後の現場対応や復旧努力に注目が集まりやすい傾向があります。事前の備えとしてのリスク管理の取り組みそのものが、より適切に評価される文化を醸成していくことが、今後取り組むべき課題の一つだと考えています。

多田:
リスク管理に対する経営層の意識を高めていく上では、株主代表訴訟のような仕組みも一つの契機になり得ると思います。リスク管理の体制について経営者個人の責任が問われるような事例が共有されることで、経営層やリスクマネージャーの意識にも良い意味で変化が生まれるのではないでしょうか。

長谷川:
上場企業に対する監督機能という観点では、株主が果たす役割は大きく、リスクマネジメントのあり方についても問い直す契機になり得ます。特に持ち合い株の解消が進む中で、保険会社を含む機関投資家が株主としてどのような責任を果たすのかは重要な点です。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 長谷川 聖

菰口:
商社は大きな損失を経験することもあるため、リスクに対する感度はそれなりに高いと思っています。近年は株主の影響も強まっており、株主を意識した経営の重要性が社内でも一層意識されるようになっています。

長谷川:
それでは最後に、皆さんそれぞれの今後の方向性についてお聞かせください。

多田:
スペシャルティ分野の保険、キャプティブや再保険市場の活用など、国際ブローカーとしてお客さまに提供できる付加価値をより明確に示しながら、差別化を図っていきたいです。また、グループ内の大規模乗合生保代理店とのシナジーを追求し、個人マーケットにおいても積極的なサービス展開を考えています。国内市場全体としては、日本は自然災害リスクの高い国であり、元受だけでリスクを抱えることは難しく、再保険を前提としたリスクシェアリングの仕組みが不可欠です。再保険市場やその仕組みに対して、当局や業界関係者がこれまで以上に関心を持って取り組むことで、日本の保険業界はさらに進化できるのではないでしょうか。

中山:
今般の環境変化は一つのチャンスと捉えています。リスクマネジメントは企業のコア機能であり、メーカーとして長年培ってきた現場の安全管理やリスク管理の知見を生かすことには大きな意義があります。単なる買収ではなく、そうした知見を共有しながら企業全体のリスク管理水準を高めていくような連携が望ましいと思っています。

菰口:
当社単体でお客さまのニーズを全て満たすことは難しいため、丸紅グループ全体の機能を活用しながら総合的に対応していくことを志向しています。保険代理店機能に加えブローカー機能、個人向け生命保険、キャプティブといった機能を組み合わせた包括的なサービスを提供していきたいと考えています。こうしたフルラインアップを生かし、売却を検討されている代理店やその親会社に対して、より付加価値の高い提案を行っていきたいと思っています。

長谷川:
本日の議論を通じて、M&Aのアドバイザーとして関わる立場からも、売り手・買い手双方においてより深い検討や対話がなされることの重要性を改めて感じました。保険業界は保険会社、代理店、ブローカー、当局といった多層的な要素で成り立つ複雑な業界です。だからこそ、今回のような議論を通じて相互理解を深め、業界への関心を高めていくことが、より健全な市場の形成につながるのではないかと感じています。本日はありがとうございました。


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