制度改革を起点とする保険代理店・保険仲立人業界の再定義【前編】

  • 2026-05-25

保険代理店業界は現在、制度改正と市場環境の変化を契機に、大きな転換点を迎えています。長年にわたりビジネスの前提として定着していた販売モデルを含め、旧来の仕組みやビジネスモデルは見直しが進んでいます。

本座談会では「保険代理店・保険仲立人業界の再定義」をテーマに、保険代理店、保険仲立人(ブローカー)、保険会社、規制当局を含むエコシステム全体を俯瞰しながら議論を深めました。

左から、多田 健太郎氏、菰口 徹氏、中山 順啓氏、長谷川 聖

(話し手)

ハウデングループジャパン株式会社 代表取締役CEO 多田 健太郎氏
英国および日本のマーシュ・マクレナンで計7年のブローカー業務を経験後、保険会社の経営にも携わり、現職。国際ブローカーの視点から、スペシャリティ保険や再保険市場へのアクセスなど多様なソリューションを日本企業に提供する。

丸紅セーフネット株式会社 代表取締役社長 菰口 徹氏
1992年丸紅株式会社入社以来、商社の立場で保険業務に携わる。丸紅グループ内のブローカーの社長やロンドン駐在を経験し、現在は損害保険、生命保険およびスペシャリティ保険を取り扱う総合リスクコンサルタントとして丸紅グループの保険代理店を率いる。

ヤンマー保険サービス株式会社 代表取締役社長 中山 順啓氏
金融機関での勤務を経て、現職。ヤンマーホールディングス財務部を兼務し、CFO傘下でヤンマーグループのリスクマネジメント機能として保険代理店を位置づける。グローバルでの保険手配やキャプティブ運営支援にも取り組む。

(聞き手)

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 長谷川 聖

※社名五十音順・本文敬称略
※法人名・役職などは2026年3月時点のものです。

制度と実態の乖離――代理店業界の課題と可能性

長谷川:
今般の制度見直し*(特定契約比率規制や適切な比較推奨販売の強化、保険会社から代理店への出向・過度の便宜供与の見直しなど)は、代理店の実態やビジネスモデルとの関係でさまざまな議論を呼んでいます。業界の構造的な課題が表面化したとも言えますが、皆さんはその背景をどのように捉えていますか。

*主に2025年5月30日成立「保険業法の一部を改正する法律」、2026年3月30日公布「保険業法施行規則及び金融サービス仲介業者等に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」によるものを指す。特定契約比率規制については、金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」報告書(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20241225/1.pdf)内で経過措置の撤廃等に触れられているものであるが、本座談会実施日においては決定等はされてない。

多田:
日本の保険業界は、保険会社の営業社員と代理店が並立する二重構造で成り立ってきました。営業社員に給与を支払い、代理店にも手数料を支払うため、海外と比べて事業費が大きくなりがちな構造です。近年はこの二重構造の見直しが進み、代理店の自立が求められるようになりました。保険会社はアンダーライティング(保険引受の審査・判断)などの引受機能に特化し、販売機能と分離していく、いわゆる欧米型に近づいていくのではないかと見ています。

ハウデングループジャパン株式会社 代表取締役CEO 多田 健太郎氏

菰口:
商社にも手数料ビジネスはありますが、それと比べると、かつて保険代理店の手数料は非常に高いと感じていました。当時は保険会社の営業と代理店が並存する二重構造で、代理店自身が担う業務はそれほど多くなかった。しかし近年、保険会社の業務が代理店に移管され、代理店の役割は大きく広がっています。一方で手数料水準は見合わなくなりつつあり、人材確保やシステム投資の負担も増えている。代理店ビジネス自体が厳しさを増していることが、業界の現状ではないでしょうか。

中山:
当社はヤンマーホールディングスのCFO傘下にあり、本社財務機能の一部に位置づけられています。保険会社からの出向に頼ることなく、プロパー(新卒入社者)の育成や即戦力の採用によって専門人材の体制を自前で構築してきました。そうした立場から昨今の規制を見ると、必ずしも実態に即していない部分があるように感じます。実体的な業務を行わない代理店への規制自体は必要だと理解していますが、代理店の実情に応じた対応がなされなければ、健全に運営している代理店にまで意図せず影響が及ぶことになりかねません。その点は丁寧な制度設計を期待したいところです。

長谷川:
制度見直しの背景には、グループ内で「保険料を抑えること」自体が主目的のように機能している一部の代理店の存在が問題視されていることがあると想像します。一方で、保険会社の商品を比較しても大きな差が見えにくく、「何を比較・推奨するのか」という根本的な疑問もあります。商品自体が似通っているという構造的な課題は損保・生保を問わず指摘されており、金融庁もその点を厳しく指摘しています。

多田:
特定契約比率などの一律規制については、趣旨は理解しつつも、運用面では慎重な検討が必要だと感じています。本質的に重要なのは「お客さまに選ばれる存在かどうか」という点であり、代理店が顧客から選ばれるだけの能力・スキル・サービス体制を備えていれば、結果として親会社グループ内からの手数料売上が大半を占める結果となっても、それ自体が問題とは言えないのではないでしょうか。また、法人と個人を同一の枠組みで扱うことについても、整理の余地があると考えています。法人、とりわけ一定のリテラシーを持つ企業担当者との取引はプロ同士の関係ですので、個人向けとは異なる比較推奨のあり方が検討されてもよいのではないかと思います。

菰口:
当社では損害保険会社24社と乗り合い、商品選定委員会を設けて継続的に見直しを行っています。比較推奨の取り組み自体は重要だと考えていますが、金融庁のルール見直しの動向を踏まえると、選択肢が多いこと自体がかえって運用負荷につながる側面もあります。真摯に取り組んでいる代理店ほど負担が重くなるという状況が生じるとすれば、制度の目的と実務のバランスについて改めて議論が必要ではないかと感じています。また、法人領域でも企業の財産・事業リスクを対象とした保険と従業員向け保険(職域)が混在しており、一律に整理することは容易ではないという実務上の課題も感じています。

中山:
当社の場合、比較推奨が求められる領域は限定的です。リスクマネジメント分野は従来から対応していますし、商品付帯分野ではテーラーメイドの設計が中心で比較対象が存在しません。比較推奨が実質的に関わるのは団体自動車保険など一部に限られますが、商品間の差が大きくない中では、実務上の重要性は高くない状況です。こうした実態を踏まえると、業態や取扱領域の特性に応じた柔軟な対応の枠組みがあると、より実効性の高い制度になるのではないかと感じています。

規制改革が開く再編・再構築の機会

長谷川:
こうした課題の根底には、グループ内で「適切なサービスに対して適切な対価を支払う」という考え方が徹底されてこなかったことが関係しているように感じています。今まで保険代理店のM&Aは「起きそうで起きない領域」で、グループ内再編や資産の現金化の一環として行われるケースはあったものの、第三者同士によるフェアなM&Aはそれほど多くなかったという印象です。しかし現在は、業界構造への問題意識の高まりや業法改正の動きもあり、これまで閉じていた市場が動き始めています。こうした変化を踏まえ、今回の業法改正を「チャンス」と捉えているのか、それとも「リスク」と捉えているのか、お聞かせいただけますか。

菰口:
率直に「チャンス」と捉えています。代理店ビジネスにおいて規模の拡大は成長の重要な手段の一つであり、このタイミングは絶好の機会です。課題を抱える代理店が出てくるのであれば、その受け皿となることも視野に入れており、社内でもそのための体制整備を進めています。

丸紅セーフネット株式会社 代表取締役社長 菰口 徹氏

中山:
「チャンスかピンチか」で言えば、今はある意味「チャンス」だと思っています。日本の製造業は、保険によるリスクファイナンスについて戦後一貫して無頓着でした。保険会社が一律かつ公平に保険を充ててくれた時代はすでに終わっています。ついに日本も、TCOR(Total Cost of Risk)を公表しリスクファイナンスのコンセプトが企業価値に反映される時代になりました。「企業内代理店=雇用の受け皿」という考え方を捨て、保険会社やブローカーと対等に交渉しリスクマネジメントを担える存在へと進化する契機です。

多田:
ブローカーの立場からも、企業内代理店のあり方が見直される中でビジネス機会は広がっていると捉えています。ただし、単に市場が開放されたからといって自動的にビジネスが伸びるわけではありません。国際ブローカーとしてどのような付加価値を提供できるのかを明確にしながら、差別化を図っていく必要があると考えています。

企業内代理店の存在意義と進化の方向性

長谷川:
企業内代理店の今後のあり方は一様ではなく、外販強化による事業拡大、グループ内リスクマネジメント機能への特化、あるいは事業見直しなど、複数の方向性が考えられます。企業内代理店は本来どのような役割を担うべきなのか、お聞かせください。

中山:
企業内代理店のあり方は「親会社が代理店に何を期待しているか」によって大きく変わります。当社のような製造業の企業内代理店は、コストセンターや機能会社であることは当然として、企業のリスク管理を担うプロフェッショナルであるべきです。保険会社から商品を受け取り単に横に流すだけの機能で満足することは、本来あり得ません。

ヤンマー保険サービス株式会社 代表取締役社長 中山 順啓氏

菰口:
親会社が収益を求めるならプロフィットセンターの方向性になりますし、まず機能会社としての役割が期待されるなら、その方向に進めばよい。コストセンターとしての代理店も否定されるものではなく、それが金融庁に適切に評価されればよいと考えています。例えば、職域の団体保険のように契約者の意向が明確な場合には、形式的な比較推奨を求める必要はないでしょう。

当社の場合、親会社である丸紅は「代理店はプロフィットセンターである」と明確に位置づけており、グループ内にとどまらず外部顧客にもサービスを展開し、事業として成長させることが当社のミッションです。その方針の下で20年近く取り組みを進めています。

多田:
企業内代理店のあり方は、成り立ちを踏まえる必要があります。もともと保険会社が企業に代理店の設立を促し、販売拡大につなげてきた経緯があり、企業側も安定収益や雇用の受け皿として便利に使ってきました。それが今になって自立を強く求められるようになった。買い手側のリスクマネージャーのリテラシー向上が急務である中、企業内代理店がスキルや経験を高め、リスクマネージャーとして企業内で信頼される立場を確立していくことができれば、特定契約比率といった議論も不要になるでしょう。

菰口:
企業のリスクマネジメントの観点では、保険でカバーできるのはリスク全体の一部、いわゆるリスクファイナンスの領域に限られます。それ以外のリスクをどう把握・管理するかという機能と、保険を扱う機能が連携する、あるいは一体として運営されることが重要です。そのような体制を企業内に持った上で代理店を位置づけていくことが、今後のあるべき姿だと考えます。

長谷川:
本来、企業にとって自社のビジネスリスクをどう把握し管理するかは極めて重要なテーマであり、代理店はその機能を果たしていく存在であるべきです。グループ全体のリスクマネジメントを担う機能は、コストセンターという位置づけであっても果たしていかねばならないのだろうと思います。

ブローカーの役割と日本市場の特殊性

長谷川:
規制改革によって企業内代理店のあり方が見直されつつある中、ブローカーにとっての事業環境はどのように変化しているのでしょうか。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 長谷川 聖

多田:
かつて日本でブローカーのシェアが伸びない理由として、企業内代理店の存在が大きいと言われていました。大企業向けビジネスでは企業内代理店と連携して手数料を分けるかたちになることも多く、ブローカー単独での市場拡大は難しかった。しかし今回の規制改革で企業内代理店のあり方が見直される中、ブローカーにとってビジネス機会は広がっています。

一方で、これまで乗合代理店が複数社から見積もりを取るなど、ブローカーに近い役割も果たしてきたため、単に市場が開放されたからといって自動的にブローカーのビジネスが伸びるわけではありません。ブローカーがシェアを拡大するためには、乗合代理店では提供が困難なサービス領域を持つ必要があります。例えば、表明保証保険、クレジット・ポリティカルリスク保険といったスペシャリティ領域、キャプティブ関連のサービス、再保険市場や資本市場の活用も含めた専門性の高いソリューションなどです。

菰口:
「日本の保険市場は欧米と比べるとかなり特殊である」ということが、さまざまな問題の背景にあると思います。市場シェアを少数の上位企業が占めることや、商品やサービスの多様性も海外と比べると十分ではありません。こうした環境でブローカーがどう価値を発揮するのかは、以前から課題でした。元受市場において直ちにブローカーの役割が大きく広がるかという点については、正直なところ懐疑的です。日本の保険会社側の変化が伴わなければ、ブローカーの強みは十分に発揮されないのではないでしょうか。

中山:
ブローカーの活躍の場が限られていたという点は菰口さんのおっしゃるとおりだと思います。ただ、足元では保険会社の引受キャパシティが不足する場面も見られ、従来の主要保険会社だけではリスクを引き受けきれないケースが出てきています。外資系保険会社へのアクセスという観点から、ブローカーのネットワークが活用される余地はあると考えています。

ただし本社財務の立場から見ると、外資系保険会社の活用には慎重な判断も求められます。日系保険会社は大口契約を継続的に維持する傾向がありますが、外資系は方針変更により撤退する可能性もある。リスクヘッジの手段自体の安定性も重要であり、ブローカーの活用余地を感じつつも、両者のバランスについては検討が必要です。

長谷川:
海外の保険会社のスタンスについてはどのように理解すればよいでしょうか。グローバルで一貫した基準の下リスクを判断しているのか、それとも国・地域によって異なるのでしょうか。

多田:
海外の保険会社、とりわけ再保険会社のスタンスは一様ではありません。収益性が見込めないと判断すれば引受を止めたりキャパシティを絞ったりと、機動的かつドラスティックに方針を変更するプレーヤーも多いです。一方で、日本の保険会社は海外の再保険市場では「長期的な取引関係を重視してくれる存在」として捉えられ、日本の保険会社も長期的な取引関係を尊重する再保険会社を選んでいます。東日本大震災のような大規模な再保険金の支払いが発生した場合でも、その後の再保険取引を通じ、時間をかけて支払再保険金に見合った再保険料が再保険会社によって回収されていく関係が築かれてきました。外資系保険会社や再保険会社と取引するにあたって、そうしたパートナーを適切に見極めていくことで、中山さんが指摘されたような懸念をクリアできる面があります。どのマーケットと組むべきかという目利きを提供することも、ブローカーとしての重要な役割の一つです。

中山:
ブローカーに業務を委ねること自体は有効な選択肢ですが、企業内に評価・判断できる機能がなければ、ノウハウが蓄積されず、提供されるサービスの妥当性を見極めることも難しくなります。外部に委ねる場合であっても、企業としてのリスク管理能力をどう維持するかという視点は不可欠です。


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