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「日本企業はウクライナの現状を踏まえ、どう向き合うべきか」をテーマに、ジャーナリストで東京大学先端科学技術研究センターの国末憲人特任教授をゲストに迎えた対談の後編です。前編では、ウクライナ市場の可能性と日本の技術が活用できる注目分野、そして日本とウクライナの親和性について議論を交わしました。後編では、市場参入に当たって日本企業に必要な進出戦略とリスク管理を考えるとともに、他国の事例から日本企業がウクライナ市場で成功するためのヒントを探ります。前編に引き続き、国末憲人特任教授と、PwC Japan合同会社 地政学リスクアドバイザリーチームの藤澤可南子が議論します。モデレーターはPwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligenceマネージャーの富澤寿則が務めました。
(左から)藤澤 可南子、国末 憲人氏、富澤 寿則
参加者
東京大学 先端科学技術研究センター 特任教授
国末 憲人氏
PwC Japan合同会社 シニアマネージャー
藤澤 可南子
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
富澤 寿則
※法人名、役職などは対談当時のものです。
富澤:
前編では、ウクライナ市場の可能性と注目分野について議論を展開しました。続いて考察したいのが、「ウクライナ市場を見据えている日本企業の進出戦略とリスク」です。藤澤さんは、ウクライナの地政学リスクについてどのように評価していますか。
藤澤:
ロシアとの戦争は終結の見通しが立っておらず、停戦交渉にいつ入れるかも分からない状況です(2025年7月時点)。もし交渉が始まっても、妥結までには相当な時間がかかることが予想されます。ウクライナでビジネスを行う際、地域にもよりますが、安全保障上のリスクは非常に高い状態が続くでしょう。
具体的なリスクの一つとしては、ロシアおよびロシアと近い関係にあるベラルーシから経済的あるいは軍事的な攻撃を受ける可能性が考えられます。ただし、同じウクライナ国内でも地域によってそのリスクには濃淡があります。そして、日本国内や西欧でビジネスをすることに比べると、ウクライナでのビジネスはリスクが高いと言わざるを得ませんが、リスクをモニタリングし適切に管理することで、ビジネスを進めていくことは可能であると考えます。
富澤:
現在は外務省の渡航制限により、日本企業の社員はキーウ市内での活動に限定され、警備員の同行が義務付けられています。他方、各国の方針を見てみると、英国はウクライナ西部のほとんどの地域への渡航制限を緩和しており、韓国はビジネス目的であればウクライナ全土への渡航が許可される制度を設けています。トルコにおいては、ビジネスだけでなく観光や教育目的での渡航を可能とする方針が採られています。
国によって渡航制限とビジネス支援に対する考え方には大きな違いがありますが、国末さんはこうした現状をどうとらえていますか。
国末氏:
安全保障上のリスクとビジネスチャンスの兼ね合いは、非常に難しい問題です。戦争が続いている以上リスクはゼロにはなりませんし、停戦交渉もそう簡単には進まないでしょう。重要なのは、この状況がしばらく続くと見通した上でチャンスを探っていくことです。自由に動ける状態を100%とするのなら、50~60%くらいのところでもできることを模索する。そうした姿勢でウクライナ市場を見ていくことが、今後のチャンスにつながるのではと考えています。
藤澤:
コンプライアンスの観点から、ウクライナへの渡航には多くの日本企業が障壁の高さを感じているところではあると思いますが、例えば他国で暮らしているウクライナの人材を活用し、欧州やトルコでビジネスを展開するといった戦略も考え得るのではないでしょうか。
PwC Japan合同会社 シニアマネージャー 藤澤 可南子
富澤:
お二人がおっしゃる通り、できないことだけに目を向けるのではなく、できることは何か、どうしたらできるかをまず想像してみるということですね。ちなみに国末さんはキーウ以外の街にも足を運ばれていますが、入国はどのようにされているのでしょうか。
国末氏:
大学の出張として渡航することは認められていませんが、ウクライナ軍が発行した記者証を持っていますので、ジャーナリストとしてさまざまな街に入ることができます。かつてのイラクやシリアへの個人責任による入国と異なり、日本人のジャーナリストや研究家が、キーウ市以外にも渡航している現状があります。入国ルートはポーランドかハンガリーを経由するのがメインとなっています。
富澤:
確かに、現地ではミサイルやドローンによる攻撃に備える必要がありますが、ウクライナ西部に関しては比較的攻撃が少なく、紛争以前からビジネス基盤が整っており、日本企業にとって多くのチャンスがあります。警備員の同行の必要性はもちろん、日本政府による渡航制限内容の再評価、そして企業の事業活動に応じた柔軟な措置の導入については、前向きに議論が進むことを期待したいですね。とはいえコンプライアンスの問題もあるわけですが、改めて藤澤さんはどのようにお考えですか。
藤澤:
先行する欧州や韓国などの企業に遅れることなく日本企業がウクライナ市場に進出していくには、「チャンスはつかみつつもリスクは軽減する」という視点を強く意識することが重要なのではないかと考えています。正しい情報を集め、精緻に分析し、適時の意思決定につなげること、これを日々繰り返すことが企業には求められるのではないでしょうか。
富澤:
おっしゃる通りですね。PwC Japanグループとしても企業の皆さまのビジネスの参考となるような情報発信を今後も続けていきたいと思います。
富澤:
日本企業がウクライナ市場でチャンスを獲得するに当たり参考にしたいのが、ビジネスに限らず各国で進んでいる同国内での取り組みです。国末さんの研究から戦争下のウクライナ市場における他国の成功事例を教えていただけますか。
国末氏:
ここでは二つの事例をご紹介します。ウクライナ南部には2023年に世界遺産に登録されたオデーサ歴史地区があるのですが、戦争の被害を受けた文化財の修復に協力しているのがイタリアです。政府主導のもと、ミラノ工科大学やローマ国立近代美術館の専門家たちがこのプロジェクトに関わっており、文化財保護技術の先進国であるイタリアの技術を活用した成功事例と言えるでしょう。
自国の特性を生かすという点では、先ほども名前が挙がった英国、韓国、トルコなど、さまざまな国がウクライナへの支援や関与を強めることは間違いありません。一つひとつの動きをつぶさに追うことはなかなか難しいですが、情報収集を続けている中で、こうした動きが全体としてかなり加速している印象を受けています。
もう一つの事例が、台湾です。台湾の医療チームがウクライナで支援活動を行っています。実は昨年、その医療チームとたまたま現地で会って交流する機会がありました。依然として攻撃が続いている地域でしたので、当人たちの苦労は計り知れませんが、この取り組みもまた非常に心に残っています。しばしば言及されるように、ロシア・ウクライナ戦争の行方は中国の台湾に対する態度にも影響する可能性があり、台湾にとって人ごとではありません。一方で、ウクライナと台湾は正式な外交関係がありませんので、医薬品供与などの支援は、ポーランドなど別の国を介して間接的に行うなど、工夫して取り組んでいるということでした。
東京大学 先端科学技術研究センター 特任教授 国末 憲人氏
富澤:
ありがとうございます。ご紹介いただいた事例はいずれも各国の技術力が発揮されたケースであり、日本企業のウクライナ進出において参考になる取り組みだと考えます。
ここで私からは、ウクライナ市場との新たな関わり方の可能性について言及したいと思います。2025年7月10~11日にイタリアでウクライナ復興会議が行われましたが、その前日には日本貿易振興機構(JETRO)と経済産業省の共催で「日・ウクライナ官民ラウンドテーブル」が開催されました。その目的は、ウクライナの復興支援と日本企業のビジネス機会創出を図ることです。日本とウクライナの他、リトアニア、チェコ、トルコの政府関係者や企業などが参加し、いくつかの日本企業も参加しています。
この会議ではウクライナから日本企業に対して連携への期待が語られた他、ウクライナを支援する国同士の経済協力の可能性についても議論が行われました。日本企業のウクライナ市場への関わり方は、復興を直接支援する、あるいは支援国同士が手を取り合うなど、さまざまなアプローチができると考えています。
富澤:
さて、最後にご意見を伺いたいのが、ウクライナ市場で成功するために最も重要な要素は何か、という問いです。国末さんはどのようにお考えでしょうか。
国末氏:
難しい問いですが、長期的な視野を持つことが重要なのではないかと考えます。ウクライナ市場に入っていく上でさまざまな障壁があるのは事実ですし、短期的に状況は変わらないとなると、すぐにビジネスチャンスをつかめるとは考えにくい。ただし10年、20年というスパンで見ていけば、ウクライナ市場には大きなポテンシャルがあります。
そのように考える理由の一つは、ウクライナが戦時に開発した技術などを応用して復興後には経済的な発展を遂げて有力な市場になりうると考えているからです。そこに日本企業がどう関わっていくかはまた難しい問題ですが、ウクライナが持っている技術をうまく日本に応用できる可能性はあると考えています。
また、戦争が続く中でインフラ再建が並行して進んでいけば、ビジネス環境も徐々に変わっていきます。中でも注目しているのが鉄道です。世界的に見て線路の幅(軌間)にはいくつかの種類があります。ウクライナではロシアと同じ「広軌」が採用されていますが、欧州と同じ「標準軌」に変えるための建設プロジェクトが進行中です。これにより欧州の列車がウクライナへ乗り入れできることになり、物流の円滑化や輸送力の向上が期待できます。
日本企業に対しては、復興に向けた新たなインフラとして高速鉄道の建設を望む声もあります。戦争と復興が続く中で起こる変化を見つめながら、ウクライナという国と長期的に向き合っていく姿勢を持つことが重要ではないでしょうか。
富澤:
そうすれば多様なビジネスチャンスが見えてくると言えそうですね。
藤澤:
おっしゃる通りだと思います。従来、ウクライナにおける日本企業の活動と言えば、自社製品のメンテナンスなどを行う拠点を設置するというのが主なものでした。今後は、こうした拠点に加えて、ウクライナが強みを持つIT分野の生産拠点を新たに設置するといった可能性も考えることができます。
富澤:
実際に、日本の中小企業からJETROへのウクライナ進出に対する問い合わせが非常に増えているという話も伺っています。これまでウクライナと関係がなかった中小企業が、戦争が終わった後のウクライナの経済発展を視野に入れることで、自社が持つ技術力を同国の発展の起爆剤として活用できる可能性は大いにありそうですね。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 富澤 寿則
国末氏:
まさに従来の常識にとらわれず機動力を持って柔軟に動けるという意味では、中小企業には大きなチャンスがあると考えます。これは学会でもよく出る話題なのですが、私たちはこれまで、ウクライナという国をロシア経由で見ることに慣れてきました。ウクライナは「ロシアの隣にある小さな国」という意識が強かったわけです。しかし、実際には人口は4,000万もいて、日本より面積が広く、優れた教育システムがあり、優秀な人材が数多く育っています。
今こそ、ウクライナと向き合うために私たち自身の意識改革が必要なのではないでしょうか。それによりこれまで見えていなかったチャンスが見えてくるということも考えられるでしょう。
富澤:
ありがとうございます。本対談を通じて、ウクライナという市場が持つ複雑さと可能性、そして日本企業が果たし得る役割について多角的な視点で考えることができました。最後に国末さんと藤澤さんから、改めてどのようにウクライナとらえるべきかについてコメントをお願いいたします。
藤澤:
国末さんがおっしゃるように、これまでウクライナはロシアに付随する市場のように見られがちでしたが、紛争前後からウクライナ自身は欧米寄りの姿勢を強めています。今後ますます「欧州の東端の国」という性格は強くなっていくでしょう。私たちも同様の意識を持つ必要がありますし、日本企業は自社戦略の中でウクライナ市場をどう活用するかという視点が求められていくと考えています。
国末氏:
戦争が終結したその先にどんな未来が訪れるかを考えると、ウクライナを将来のビジネスパートナーとして見据えることで、日本企業にとってビジネスチャンスが広がっていくのではないかと予測します。大事なのは、ロシアとウクライナ、それぞれの国を冷静に見つめ続けること。私自身も調査を続けていきたいと思います。
富澤:
ありがとうございます。ウクライナとのビジネスについては今からスタートできる余地が広がっていると言えますし、それは結果として、ウクライナの背景にある欧米とつながっていくことでもあります。
ウクライナを単なる復興ビジネスの対象としてとらえるのではなく、日本とウクライナを「未来の経済パートナー」としてどう位置付けるか――この視点が、今後の日本企業の進出戦略において極めて重要になると言えそうです。日本企業のウクライナとの向き合い方について、示唆に富む議論となりました。ありがとうございました。
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