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2022年2月のロシアによる侵攻開始から3年以上が経過したウクライナは、戦争の継続と復興が同時に進行する稀有な状況にあります。戦場となっている地域と通常の生活が営まれる地域に分かれた複雑な構造の中で、「復興支援」「経済成長」の両面において、日本企業はウクライナ市場とどのように向き合うべきなのでしょうか。ウクライナを訪れて研究を続けるジャーナリストで東京大学先端科学技術研究センターの国末憲人特任教授をゲストに迎え、PwC Japan合同会社グループ 地政学リスクアドバイザリーチームの藤澤可南子が意見を交わしました。前編は、ウクライナ市場の可能性と注目分野について考えます。モデレーターはPwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligenceマネージャーの富澤寿則が務めました。
(左から)藤澤 可南子、国末 憲人氏、富澤 寿則
参加者
東京大学 先端科学技術研究センター 特任教授
国末 憲人氏
PwC Japan合同会社 シニアマネージャー
藤澤 可南子
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
富澤 寿則
※法人名、役職などは対談当時のものです。
富澤:
本対談のテーマは「日本企業はウクライナの現状を踏まえ、どう向き合うべきか」です。ウクライナは戦争と復興、そして経済成長が同時に進行するという世界でも稀有なマーケットです。攻撃を頻繁に受けている地域は復興支援が急務であり、インフラ再建や電力供給の確保など、国際的な支援と連携した取り組みが求められています。一方、通常の生活が営まれている地域では農業やITなどの分野を中心とした経済活動が行われ、成長の兆しが見え始めています。
さらに、世界各国から復興資金が集まり、ウクライナの再建を支える国際的な枠組みが形成されつつあります。日本企業がウクライナに進出する際には、単なるリスク回避だけに着目するのではなく、復興支援の担い手としての責任と、経済成長のパートナーとしての可能性の両面を見据える必要があると言えます。
そこで今回は、ウクライナ情勢に詳しい、ジャーナリストで東京大学先端科学技術研究センター特任教授の国末憲人さんをお招きし、ウクライナ市場における日本企業の立ち位置と今後のアプローチについて議論を深めたいと思います。なお、私の専門領域は地政学、藤澤は欧州を中心に地政学・経済安全保障リスクの動向分析と調査を担当しています。
国末さんはウクライナを訪れて取材を続けていらっしゃいますが、初めにご自身の専門分野とウクライナの現状について教えていただけますか。
国末氏:
私は新聞記者としてパリやロンドンに駐在した後、現在は欧州政治と紛争に関わる調査・研究を行っています。初めてウクライナを訪れたのは2009年、チェルノブイリ原発事故にまつわる取材でした。それから現在までに20回ほどウクライナを訪れており、2022年2月にロシアの侵攻が始まってからも、年に数回はウクライナに足を運んでいます。ウクライナは人口約4,000万人、面積は日本の1.6倍ほどで、そのほとんどが平地です。首都キーウを中心として、東にハルキウ、西にリヴィウ、南にオデーサといくつかの大きな街があります。
東部などの戦闘の激しい地域では、現在もミサイルやドローンが飛び交っています。現地の人々はSNSを使って最新情報を収集し生活を続けていますが、空襲警報の発令・解除が一日に何度も繰り返されることがあります。また、ロシア軍が撤退した後も地雷や不発弾が残されている地域もあり、復興スピードについては地域格差が生まれています。
東京大学 先端科学技術研究センター 特任教授 国末 憲人氏
富澤:
その他の地域については、どのような状況なのでしょうか。
国末氏:
比較的安全とされているウクライナ西部には他の地域から移転してくる企業が多く、ビジネスが盛んです。特にリヴィウはポーランド国境に近いためバスや鉄道など陸路での出入国がしやすく、多くの企業が拠点を構えています。さらに西に行くとスロバキアとハンガリーの国境近くにウジホロドという小さな街があるのですが、ここにも企業が移転し始めていると現地で話を聞きました。さまざまな街を訪れる中で、地域ごとに状況が大きく異なるのが、今のウクライナであるととらえています。
富澤:
貴重な情報をありがとうございます。日本からはなかなか見えづらいですが、同じウクライナ国内でも地域によって、日常生活やビジネスの在り方は想像以上に違うようですね。
国末氏:
そうですね。東部はビジネスどころではないためほとんどの企業が退いていますが、西部の街では近隣の欧州諸国とほとんど変わらないような暮らしができて、ビジネスに注力できる環境があります。その地域の人々を見ていると、空襲警報が出たら毎回必ず避難するというわけではなく身に迫る危険かどうかを自分たちで判断した上で行動しているのが分かりますし、空襲は夜間に多いこともあり、ビジネスを止めることはほとんどありません。危険が全くないとは言えませんが、人も企業も増えているウクライナ西部はある種の「復興景気」のような状態になっており、ビジネスチャンスが多く生まれていると言えるでしょう。
富澤:
藤澤さんは、PwC Japan合同会社の地政学リスクアドバイザリーチームの一員として欧州の動向を調査していますが、EUはウクライナの現状をどのように見ていると考えますか。
藤澤:
地理的近接性を生かし、ウクライナの復興需要をとらえようとする欧州の企業は多いと考えています。またEUおよび欧州各国政府も、ウクライナの復興に協力するという名目で自国の企業を積極的に国外展開し、ビジネスチャンスをつかみたいという意識は高いと見られます。ただしウクライナに近い国ほど、民族問題などさまざまな火種を抱えており、ウクライナへの支援だけに力点を置くやり方では自国民の支持を得るのは難しくなります。この辺りのさじ加減が、特に東欧諸国は悩みどころではないかと考えます。
ドイツよりポーランド、ポーランドよりウクライナのほうが賃金が安く、ウクライナの人材を活用したいと考えている欧州企業は多いのではないかと見ています。一方、戦地への派遣や国外避難で労働力人口が減少していることを踏まえると、望むだけの人材を十分に確保するのは難しいでしょう。特に建設業など労働集約的な産業では、人材の確保は大きな課題であると見られます。
PwC Japan合同会社 シニアマネージャー 藤澤 可南子
富澤:
ちなみにウクライナの人的コスト競争力の高さは、IT・デジタル産業においても顕著です。一例として、2020年当時のウクライナのIT技術者のうちソフトウェアエンジニアの平均年収は約2万5,000ドルとなっており、米国の約4分の1(10万8,000ドル)にとどまっています。これは年収に比例してパフォーマンスが劣るということを意味するのではなく、教育水準の高さを背景に、ウクライナには能力の高い人材が多くいることが分かっています。実際に、ウクライナにはソ連時代から継承された高度な理数系教育システムや科学研究施設があり、世界で活躍するソフトウェア開発企業やスタートアップがウクライナから数多く誕生しています。
藤澤さんの指摘の通り、復興支援や経済成長に向けて人材をいかに確保するかという課題はありますが、ウクライナでビジネスを行っていく上で人的コスト競争力は注目すべきポイントの一つと言えるでしょう。
ここまでのお話をまとめると、ウクライナ西部については同国の経済発展の基盤となるようなエリアとしてとらえることができる一方、ウクライナの多くの地域では復興が求められているということですね。現地では、どのような分野での復興ニーズが多いのでしょうか。
国末氏:
やはり建設業に関連したビジネスの復興ニーズが多く、最近ではパワーショベルやブルドーザーなどの重機のニーズが高まっています。これは戦場で塹壕を掘ることが目的ですが、戦闘が終わったらすぐに復興に使えるという利点があります。実際にSNSを通じてウクライナの人々から日本の技術に対する期待の声が上がっており、今後さらに建築分野の復興ニーズは高まると言えるでしょう。
富澤:
日本に対する期待の表れとして、2024年2月に東京で行われた日・ウクライナ経済復興推進会議では「ポータブルパネル橋設置事業」に関する覚書が締結されました。橋梁が破壊されても短期間かつ簡易な手法で設置できるポータブルパネル橋は、日本が持つ高度な橋梁技術を活用できる機会であり、道路や物流の早期復旧など、ウクライナのインフラ再建に大いに貢献できると考えます。橋梁部材を扱う中小企業メーカーが参入を希望していると聞いたこともあります。
藤澤:
復興ニーズに関する欧州の動きですが、今年7月にイタリアで行われたウクライナ復興会議の様子を見ていると、欧州の企業も積極的にビジネスチャンスを模索している、あるいはすでに動き始めていることがうかがえます。この会議では100億ユーロの復興資金の拠出が確約されましたが、そのうち23億ユーロについてはEUの執行機関である欧州委員会が支援し、残りは民間企業からの資金調達によって構成されることが見込まれています。いかにEUがウクライナを大きな市場としてとらえているかがよく分かります。
富澤:
ウクライナの復興に向けて資金が集まりつつある中で、再生の兆しが見られる分野や、注目すべき分野について国末さんのお考えをお聞かせください。
国末氏:
「農業」「IT」の二つの分野に注目しています。
まず農業について。元々ウクライナは石炭と鉄鋼の生産が盛んな国として有名でしたが、現在までに状況は大きく変わり、農業がこれまで以上に大きな核になっていくと見ています。ウクライナの小麦輸出量は全面侵攻前、世界の約1割を占めていましたし、ヒマワリ油については世界の輸出量のほぼ半分を担っていました。労働人口の約2割が農業に関わっていることからも、農業分野のさらなる発展の余地は十分にあると考えます。
富澤:
ここでカギを握っていると考えられるのがドローン技術です。例えば、ウクライナのドローン技術と日本の農業技術を掛け合わせることで、IoTを活用したスマート農業を実現し、生産性や品質の向上などが期待できるのではないでしょうか。こうした日本とウクライナの連携の在り方について、藤澤さんはどのように考えますか。
藤澤:
日本には「狭い土地で収量を増やす」「品種改良などによって作物の品質を上げる」といった農業技術があり、ウクライナの復興と発展に大いに寄与できると考えます。一方で、日本がウクライナに教えるだけではなく、日本がウクライナから学ぶ、その相互作用が重要だと言えます。ドローン技術の活用方法も知恵を出し合って一緒に考えることで、より良いアイデアが生まれるはずです。日本が一方的に援助するという形ではなく、日本とウクライナが互いに持っているものを共有し、双方向で補完し合える対等な関係を築いていくことに期待を寄せています。
国末氏:
おっしゃる通りですね。それぞれの足りないところを埋め合い、ビジネスを通じて高め合っていく関係をつくっていくことが重要です。農業に限らずあらゆる分野において、ウクライナの強みや特性を学び、生かしていく姿勢が日本には求められるでしょう。
富澤:
日本の社会課題の一つに過疎地域における物流システムの維持・構築がありますが、例えばここにでもウクライナのドローン技術が応用できる可能性があると考えられます。お二人のお話にあったように、「支援する」だけでなく「学び合う」という認識を日本が持てるかどうかが、今後のビジネス展開において重要になってきそうです。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 富澤 寿則
国末氏:
もう一つの注目分野である「IT」でも、この考え方は欠かせません。先ほどもお話が出ましたが、IT先進国のウクライナでは優秀な人材が育ち、欧州をはじめ海外で活躍する人が多数います。そのような背景から、ロシアによる侵攻が始まる以前より、ウクライナで日本語を習得し、IT専門家として日本企業に就職する人は多くいます。
そもそもウクライナは、他の国に比べて日本語教育が非常に進んでいます。首都キーウにあるほとんどの大学には日本語のコースがありますし、私が客員教授を務めるキーウ工科大学には「ウクライナ日本センター」が設置され、日本語教育や日本文化イベントなどが活発に行われています。このようにウクライナと日本は親和性が高く、今後連携を深めていくための土壌はかなり整っていると言っていいでしょう。
富澤:
国末さんならでは貴重な視点を教えていただきました。後編では、日本企業がウクライナ市場に入り込む上での「進出戦略とリスク管理」にも焦点を当て、ウクライナ市場との向き合い方についてさらに議論を深めていきたいと思います。
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