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2022年2月のロシアによる攻撃開始から4年以上が経過したウクライナは、戦闘の継続と復興、そして経済成長が同時に進行するという、世界でも稀有な状況にあります。攻撃を受ける地域では生活基盤の復旧が急務である一方、通常の暮らしが営まれる地域では商取引や投資がすでに動き出しています。こうした複雑な市場と日本企業はどう向き合うべきか——その問いに、現地を歩いた専門家の一次情報をもとに迫る議論を行いました。
議論するのは、ロシアの軍事・安全保障研究を専門とする、東京大学先端科学技術研究センター准教授であり、PwCコンサルティング合同会社スペシャルアドバイザーの小泉悠氏です。同氏が2026年4月にキーウへの視察を通じて得た現場の感触をもとに「キーウ視察から見るウクライナのニーズと日本企業の可能性」について語り、PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャーで地政学を専門とする富澤寿則、欧州を中心に地政学・経済安全保障リスクの動向分析を担うPwC Japan合同会社 シニアマネージャーの藤澤可南子、外務省ロシアンスクール出身で現在は公立病院の経営強化支援を手がけるPwCコンサルティング合同会社 マネージャーの金野楽とともに、技術・組織・市場という3つの切り口から戦時下のウクライナで起きている変化を「平時の経営」に引き寄せて読み解きます。小泉氏のキーウ視察で得られた知見を起点に、ロシアによる侵攻が続く中でウクライナに生じている技術・組織・市場の変化と、それに対する対応を、平時の産業や企業経営にも波及し得るものとして、日本企業の適応力という観点から整理します。
(左から)富澤 寿則、小泉 悠氏、藤澤 可南子、金野 楽
参加者
東京大学 先端科学技術研究センター 准教授
小泉 悠氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
富澤 寿則
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
金野 楽
PwC Japan合同会社 シニアマネージャー
藤澤 可南子
※法人名、役職などは対談当時のものです。
富澤:
本日は、小泉先生がキーウで得てこられた一次情報を起点に、それが今後の日本の政策や企業活動にどんな含意を持つのかをディスカッションしていきたいと思います。日本にいる私たちは、現地で何が起きているのかを、報道に触れていてもなかなかつかみきれずにいます。そこで今回は、実際に歩いてこられた先生の目を通して、断片的な情報をつないでいけたらと考えています。まずは、ウクライナ現地の状況を見て、それが日本にとってどんな意味を持つとお考えか、聞かせてください。
小泉氏:
私自身、戦時下の国を訪れるのは初めてでした。軍事を専門としていても、戦争はどこか遠くで起きているもの、という感覚がありました。だからこそ、実際に攻撃が日常的に続く、現在進行形で戦争にさらされている国とはどういうものなのか、自分の目で確かめたかったんです。
そしてもう1つ、いま日本は国家安全保障戦略をはじめとする防衛関連三文書の改定作業の最中にあります。今、日本は安全保障環境の変化を受けて、社会全体のレジリエンスも含め、技術の変化に組織や社会がどう適応していくのか。実感を持って考えなければならない局面に来ている——そう感じていたからこそ、現地に足を運ばなければと。
富澤:
まさにその「どう適応するか」が出発点だと考えています。本日は、ウクライナの現場で生まれているイノベーション、復興のビジネス需要、日本企業の関与の可能性という3点を、順にうかがわせてください。
富澤:
ウクライナの現場では、技術と組織の関係が極限まで試されています。その象徴的な例がドローンです。最近「ゲームチェンジャー」と呼ぶ人が増えましたが、私はあまりそうは思っていません。一発で形勢を逆転させる決定打というより、これまで人間の見えなかった範囲のものが見え、情報の取得や判断の在り方が根本的に変わった——その過程こそ、ウクライナの現場発のイノベーションであり、日本にも通じる示唆があると考えています。先生は現場をご覧になって、いかがでしたか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 富澤 寿則
小泉氏:
私の実感も近いですね。現地で繰り返し聞いたのは、ドローンを「特別な道具」とみなす発想からの脱却でした。「特殊な装備ではなく、あらゆる現場で使える標準装備なんだ」と。野球場にバットとミットを持っていくのと同じで、それを抜きにしては今後の安全保障も理解できない、というのが本質です。
一方で、現地を歩いて「最大の特徴」だと感じたのは、個々の技術の優劣ではなく、エコシステムのあり方でした。前線の部隊とドローンメーカーが直接つながり、メーカーが前線まで同行してその場で手直しし、次々と改良版を繰り出していく。ユーザーと開発者が一体になっているような形です。
富澤:
それは、平時の企業活動にそのまま持ち込めるものなのでしょうか。
小泉氏:
いえ、これは戦時下の国家だからこそ成立している面があります。平時に同じことをやれば、発注者と特定メーカーの密着は調達の公正性という問題になる。ですから、そのまま持ち込めとは言いません。しかし、むしろ、緊急時にこうした高頻度の共同開発ができる枠組みや法的基盤を、平時から設計しておく——その発想が重要なのだと思います。
さらにもう1つ特筆すべきは、このエコシステムを支えていたのが現場への権限委譲だということです。軍の現場向けに、ECサイトのようなデジタル調達の仕組みがあり、前線の部隊が必要なものを必要なだけ注文すると数日で届く。中央集権的な調達では取りこぼす細かなニーズを、オンデマンドで満たすわけです。
金野:
その資金は、ウクライナ軍の中央の管理部門を通じてではなく、前線の部隊そのものに直接入ってくるのですか。
小泉氏:
そうなんです。部隊が自分たちの名前で支援を募り、物資を調達していく。その自律性が、調達の速さと柔軟性を生んでいました。これをそのまま平時に持ち込むのは難しいにせよ、考え方としては、現場の責任者クラスにある程度の調達裁量や予算を持たせ、緊急時にはそれができる枠組みだけは用意しておく。意思決定を現場に近づけることは、どんな場面で、どんな組織にも通じる課題だと思います。
東京大学 先端科学技術研究センター 准教授 小泉 悠氏
富澤:
一方で、仕組みや道具が揃ったとしても、それを現場が本当に使いこなせるかどうかは、また別の問題のようにも思います。そのあたりはいかがでしたか。
小泉氏:
まさに、そこが次の難所です。象徴的な話があって、ある現場では早くからドローンを大量に買い込んでいたのに、使い方がわからず倉庫に積んであった、というエピソードがあります。道具は手元にあるのに、組織の側が追いついていなかったんです。
藤澤:
道具を持つことと、使いこなすことは別だ、と。
小泉氏:
はい。これは技術導入につきものの普遍的な課題です。機関銃が登場した当初も、最後まで「役に立たない」と抵抗し続けた軍隊がありました。どれほど優れた技術でも、使う本人が「これがなければやれない」と腹の底から納得し、編成や運用まで変えていかなければ、宝の持ち腐れになる。現地の人が、うまいことを言っていました。「誰も、自分の家が燃え始めるまでは水をかけない」と。痛みが我が身に及ぶまで、人も組織も本気で変わろうとしない。だからこそ、演習やデモンストレーションで「ついていかないとこうなる」という未来を体感させ、納得を生む仕掛けが必要なのだと思います。
藤澤:
「技術を組織に根づかせる」というお話は、防衛に限らず、いまあらゆる産業で必要とされていることだと思いました。生成AIが一気に伸びたこの瞬間を考えても、先端技術はどんどん身近になっている。現場の声を開発にまっすぐつなげ、PDCAを高速で回す——これは日本企業が苦手としてきたところです。同時に、ウクライナが得たイノベーションの強みを学んでいくにはどんなきっかけが要るのか。現場そのものではない、私たちコンサルタントのような立場に何ができるのか。先生のお考えをうかがえますか。
小泉氏:
極めて重要で、難しいテーマですね。旧ソ連圏を見てきた経験で言えば、もともと「変われない国」と語られていた国が大きく変わった背景には、世代交代と、組織を率いる層の若返りがありました。前例にとらわれない身軽さは、従来型から抜け出すとき決定的に効きます。ただ、レガシーの価値を否定はしません。問題は、レガシーだけで終わってしまうこと。レガシーと並行して、破壊的なイノベーションを起こせるチャンネルをつくれるかどうかなんです。
金野:
いまの「身軽さ」に関連してですが、こうしたイノベーションの駆動力となっているのは、トップや指導層の気質——若返りや柔らかさなのでしょうか。それとも、足元に火がついた切迫感のほうが大きいのでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 金野 楽
小泉氏:
両方でしょうね。世代交代で発想が入れ替わる効果は否めないし、同時に切迫感があるからこそ、それだけの速さで回っている。若返りという下地に切迫感が重なって、初めてあのスピードが出る。逆に言えば、平時の組織がそれを学ぶなら、身軽さという下地を、危機が来る前に意識してつくっておくしかない、ということでもあります。
富澤:
こうした変化の速さを踏まえると、あらゆる産業においても、国などの要請を待つのではなく、企業側から「これをやればこういうことができる」と、課題と打ち手をセットで提案していくことが重要ではないかと思います。実際には、それができていないことが散見され、裏を返せば大きな盲点であり、むしろ機会でもあると感じています。
藤澤:
それはまさに、コンサルティングの価値提供にも通じます。相手が課題を言語化できていないときに、こちらから論点と打ち手を設計して持ち込めるか——その能動性を、今度はビジネスの現場に引き寄せて考えたいと思います。
いま、大使館や商工会議所、JICAといった公的機関が「ウクライナにはビジネスチャンスがある」と発信を強めています。先生は現地を歩かれて、ビジネス需要をどのあたりに感じられましたか。いま必要とされているものと、停戦後に必要になるものをうかがえればと思います。
小泉氏:
まず意外だったのは、生活に根ざした分野です。今回はキーウしか行っていませんが、キーウは空襲が来る以外は基本的に「日常」で、外食事情も以前よりずっと良くなっていました。本格的なラーメン屋も何軒も営業しているんです。
金野:
戦時下でも、そうなのですか。
小泉氏:
はい。旧ソ連時代に外食サービスが限られていた背景もあってか、外食への情熱はとても高い。ウクライナに限らず旧ソ連圏全般で、サービス業への需要はわりに高いのではないかと感じます。
もっとも、規模で言えば本丸は復興需要です。キーウの外に出ると街は各所で壊れており、需要は極めて大きい。とりわけ皆が口をそろえたのが、地雷・不発弾の除去——デマイニングでした。これをやらないと、生活も耕作も始まりません。当面の生活を取り戻す応急的な除去と、国土全体を回復させる長期的な除去の二層があり、後者には息の長い技術と体制が要ります。
富澤:
その地雷除去の分野で、日本にはすでに静かに貢献している企業があると聞いたことがあります。地雷除去用に機材を改造し、供給する会社が、現地の復興需要に応えている。このような企業が確かに存在し、日本のものづくりの強みが活きているということです。エネルギー分野でも、すでにガスタービン発電機が供与されていると聞いています。規模の大小を問わず、日本企業はもう動き始めている。一方で、紛争当事国に関与することで予期しない反作用を受けるリスクも、現実として織り込んでおく必要があります。
小泉氏:
ほかにも、医療もまた、需要の大きい領域です。攻撃が日常的に続くなかで、それに対応できる救急医療のキャパシティは、日本でも支援できるところだと思います。
藤澤:
そうした支援には、ビジネスになる部分とならない部分がありそうです。人道支援やウェルビーイングに関わる領域を、ビジネスとしてどう位置づけるか、という論点ですね。
PwC Japan合同会社 シニアマネージャー 藤澤 可南子
小泉氏:
おっしゃる通りで、人道支援をどうビジネスにするかは、なかなか難しい。そこをどう設計するかは、参入を考える企業が必ず突き当たる問いでしょう。
藤澤:
復興需要については、すでに競争も始まっています。大きな需要があることは誰もが知っていて、米欧の企業も狙っている。そうしたなか、現地発の企業はどんな存在感を放っていましたか。
小泉氏:
内側からいろいろなものが生まれてきている感じがありました。あるイノベーション拠点でピッチイベントを見せてもらうと、AR(Augmented Reality=拡張現実)を使った工場の作業訓練から、ごく簡便な検査の技術まで、登壇者はみな英語が流暢で、最初から海外で売ることを前提にしている。すでに世界的な評価を得ている企業もある。困難な状況にあってなお、世界市場を見据えた企業が次々と生まれている。それが、この市場のもう1つの顔だと感じました。
藤澤:
これは、先ほどの世代交代に伴う技術利用の意識変化とも地続きだと思います。若返りが、商習慣やガバナンスのあり方を西側のビジネススタンダードへと近づけている。その地殻変動が、現地では着実に進みつつあるように見えます。そう考えると、日本のかかわり方も、「一方的に援助する」発想から変えていく必要がありますね。
日本には、限られた土地で収量を高める農業技術やものづくりの蓄積があり、現地には、データをリアルタイムに扱うデジタルのノウハウがある。両者を持ち寄れば、たとえばスマート農業のような新しい価値が生まれる余地は大きい。大事なのは、それを「教える側」と「教わる側」に固定しないことです。双方向で補い合い、現地で生まれた知見を、日本側がむしろ学ぶ姿勢を持てるか。そこにこそ、本当のパートナーシップの可能性があると考えています。
小泉氏:
その「学び合い」が最も具体的になりうるのが、IT・デジタルの領域でしょうね。現地には、高度な理数系教育の蓄積を背景に、世界で通用する技術人材が育っている。人材の交流や共同研究を通じて、双方の強みを持ち寄る関係をどこまで築けるか。それが、今後の連携の深さを左右していくのだと思います。
技術は単体ではなくエコシステムとして機能すること。優れた道具も、組織が必要性を真に認識して使いこなさなければ宝の持ち腐れになること。現場と開発をつなぐフィードバックの速さが、適応の速さを決めること。そして、危機が我が身に及ぶ前に動ける組織だけが、変化を乗りこなせること——今回のディスカッションを通じて浮かび上がったこれらの論点は、いずれも特定の場所や状況に限った教訓ではありません。先端技術が次々と「当たり前」へと変わり、変化への適応の速さが問われる時代において、今回浮かび上がった論点は、多くの企業が直面する課題を含んでいると言えます。
遠い場所で起きている出来事を、自社の明日の課題に照らして考える——その想像力こそが、不確実な時代を生き抜く企業に求められているのではないでしょうか。
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