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COP30(第30回国連気候変動枠組条約締約国会議)への展望と気候変動問題をめぐる世界の動きについて、リオデジャネイロ州立大学のカルロス・ミラーニ教授と慶應義塾大学の舛方 周一郎准教授をゲストに迎えたディスカッションの後編です。前編では、COP30議長国ブラジルのこれまでの歩みと、気候変動問題により生まれている分断と対立、市民・地域・企業・国家が多層的につながるポリセントリックな連携のあり方について考察しました。後編では、新興・途上国間での新たな連携と、日本とブラジルの関係性について考えます。前編に続き、舛方 周一郎准教授とPwC Intelligence シニアマネージャーの相川 高信が議論を進めます。モデレーターはPwC Intelligence シニアアソシエイトの吉武 希恵が務めました。
(左から)相川 高信、舛方 周一郎氏、吉武 希恵
参加者
リオデジャネイロ州立大学 教授
気候変動に関する学際的オブザーバトリー(Interdisciplinary Observatory on Climate Change)所長
Carlos R. S. Milani氏
慶應義塾大学 法学部 政治学科 准教授
舛方 周一郎氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
相川 高信
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト
吉武 希恵
※法人名、役職などは対談当時のものです。
吉武:
前編では、COP30議長国ブラジルの狙いを紐解いてきましたが、後編では30年間にわたりCOPが歩んできた歴史とCOP30の位置付け、ブラジルの他中南米各国の気候政策を巡る動き、さらにはブラジルと日本の連携可能性について考えたいと思います。まず、これまで開催されたCOPでの議論について、相川さんはどのように見ていますか。
相川:
COP30は名前が示すとおり、30回目のCOPとなります。過去30年間にわたり気候変動問題について国際的に議論を進めてきたわけですが、大きな契機となったのが、2015年のCOP21で採択されたパリ協定です。
パリ協定により、気候変動枠組条約に加盟する全ての国が世界共通の目標に合意し、数値目標の設定など行動のための大枠が決まりました。いよいよアクションに向けたフェーズに入ってきていますが、一方で、科学の尊重や情報の信頼性といったテーマがこの段階で強調されなければならない現状については重く受け止めるべきであり、COP30の隠れたアジェンダでもあると感じています。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 相川 高信
吉武:
相川さんが専門とするサステナビリティの観点ではいかがでしょうか。
相川:
気候変動問題では、化石燃料の排出をいかに削減するかが大きなテーマとなっていますが、もう一つの重要なテーマが、森林減少をいかに食い止め、土地利用に伴うCO2排出を削減するかです。これまでは森林減少を削減することに価値を見出す森林炭素クレジットが活用されてきましたが、そもそも森林減少をベースラインとする仕組みが適切なのかという議論もありました。
そこでブラジルがCOP28から提唱しているのが、森林減少の削減ではなく、森林の保全そのものを目指すTropical Forest Forever Facility(TFFF)です。これは熱帯林のある国が、森林を森林として維持することを約束した国に対して資金を分配する新たな仕組みで、COP30から開始される予定です。
吉武:
ここまでのお話から、COP30に懸けるブラジルの熱量が伝わってきますが、一方で、ブラジル政府の環境政策は現在どのような状況なのでしょうか。
舛方:
ブラジルに足を運び、現地調査と専門家との対話を重ねる中で痛感するのは、理念と現実の間に依然として大きな溝があることです。前政権で失った信頼を取り戻すべく、現政権は意欲的な姿勢を前面に掲げていますが、予算制約・制度設計・執行能力などの課題を指摘する声は少なくありません。
もっとも、前政権への国際的批判があったからこそ、いま環境政策を押し出す意義は外交的にも明確となりました。ただし、そもそもブラジルの環境政策は、前政権以前から順調に進んできたとは言い難いです。それでも取り組みを止めることはできません。継続と改善の積み重ねだけが信頼の再構築につながります。
この20年、ブラジルの環境政策を研究してきて実感するのは、かつては経済に関わる議論の周縁に置かれがちだった環境というテーマが、いまや政策の主題の一つとして扱われるようになったことです。「環境を守る」ことの正当性を理解する人や新しい世代は確実に増えています。こうした社会的支持の裾野の拡大は、ブラジルにとって大きな追い風になるはずです。
慶應義塾大学 法学部 政治学科 准教授 舛方 周一郎氏
相川:
厳しい現実がありつつも、環境問題に対するブラジル市民の理解は着実に進んでいるのだと理解しました。
加えてお聞きしたいのですが、ブラジルに関しては先住民に関する問題がたびたび取り上げられます。先住民の存在は、国際政治や環境問題に関する議論にどのような影響を与え得るのでしょうか。
舛方:
先住民族を巡っては、ブラジル国内でもその存在と権利を擁護する側と反発する側で二分されています。さまざまな議論がありますが、COP30はこの現実に制度面から風を通す機会になり得ます。
森林・河川から都市に至るまで多様な暮らしを営む先住民族は、災害などの気候危機の影響を不均衡に受けやすい当事者です。そのため机上の議論にとどめず、彼ら・彼女らの周りでいま何が起きているかを実態として把握し、法律や制度に組み込むことが要になります。
国際交渉でも前例があります。COP21パリ会議では前文に先住民族の権利が明記され、その流れが、先住民族・地域コミュニティプラットフォーム(LCIPP)の具体化につながりました。ボリビアなどが掲げてきた「母なる大地の権利」の価値観も、こうした議論の背景に位置付けられます。ブラジル国内でも、2023年1月に「先住民族省」が新設され、先住民族出身の女性が初代大臣に就任しました。権利保護を前進させるための制度基盤づくりが始まっています。COP30でブラジルが先住民族の権利・知の位置付けを具体の条文・運用に落とし込むことができれば、その国際政治的な意味は大きいでしょう。特に、自由意志・事前・十分な情報による合意(FPIC)などの包摂的な設計と履行を前に進めることができれば、国内の分断を和らげ、市民からの信頼の裾野を広げる一助になるはずです。
相川:
もう1点質問させてください。ブラジルと他国との関係を考えると、米国、欧州、日本を含め、多くの国がブラジルから農産品を輸入する立場となっています。一方、EUでは2023年6月より森林減少ゼロの実現に向け、欧州森林破壊防止規則(EUDR)が施行されています。いわば「森林破壊を伴う製品はEU市場に入れさせない」というルールですが、こうした動きはブラジルにとってどのような影響を与えているのでしょうか。
舛方:
これも極めて重要なトピックです。これまで農産物の不正取引や不適切な慣行は、サプライチェーンの深部で可視化されにくく、不都合なリスクやコストは一方的に途上国側に転嫁されがちでした。近年はトレーサビリティ(追跡可能性)と透明性は高まり、誰がどこでどのように関与しているのかが開示されやすくなりつつあり、問題の所在も段階的に明白になってきています。
森林をむやみに伐採せず、いまある農地をいかに効率的・かつ高度に活用するかという流れは素晴らしいことだと思います。他方で、こうした議論の中に、当事者である地域住民・生産者の声を意思決定にきちんと組み込んでいくことも欠かせません。サプライチェーンに関わる多様な関係者が継続的に対話し、より適切な合意を積み上げていけるかが、今後の課題となるでしょう。
吉武:
気候変動問題については、多種多様なアクターが意思決定の議論に含まれることが重要であると再認識できました。こうしたポリセントリックな仕組みの一つが、途上国同士が協力や連携を図る「South-to-South」ではないでしょうか。
2023年9月にインドで開催されたG20では、開催国インドに加え、ブラジルと米国が旗振り役となり、バイオ燃料の生産と利用の拡大に向けて「世界バイオ燃料同盟」を発足させました。3カ国の他、シンガポール、UAEなど26カ国が参加しており、その多くが新興途上国であることから、South-to-Southの象徴的な出来事の一つと言えます。
グローバルサウスと呼ばれる国々では、再生エネルギーの導入や電気自動車(EV)の充電ステーションの整備が道半ばというケースが多いですが、一方で、ブラジルやインドなどの新興国が自国の資源を生かしながらモビリティ分野の脱炭素化を進める方法として、バイオ燃料が共通の鍵となっています。
「それぞれができる現実的な方法で脱炭素に協力する」という南南協力の動きが広がっていますが、舛方先生は現状をどのように見ていますか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト 吉武 希恵
舛方:
まさにポリセントリック(多中心的)な連携が進み、欧米中心の国際秩序の枠組みが再編されつつあることを実感しています。一部の国が規範を設定する力(ルール・アジェンダ形成)を独占的に握っていた時代は過去のものとなり、これまで相対的に立場の弱かった新興・途上国の交渉力と実行力は確実に増してきています。
この夏、ブラジル、インド、南アフリカ、中国での現地調査を通じて感じたのは、欧米の政策決定が制度疲れや社会的分断で停滞し、袋小路に入った局面がある一方、新興国は多くの矛盾や課題を抱えながらも試行錯誤と適応を重ねながら変化を続けているということです。自国内で大きな変革の推進力を持つ新興国に対しては、国際社会にも大きな変化を生むだろうという期待が高まっています。
環境・貧困・民主主義といった地球規模課題の議論においても、解決の糸口は、成長途上の国々が積み上げる政策実験と南南協力のネットワークの中に見出せるはずです。多様な当事者が関与し得る設計に刷新することで、変化を持続的な改善へとつなげていけたらよいのではないでしょうか。
相川:
気候変動問題との向き合いでは、さまざまなアクターによる共創が重要となる一方、いかに科学を信じ、科学の力を活用すべきかという議論があります。COP30でも「科学の尊重」が議題の一つとなっていますが、舛方先生はこの点についてどうお考えでしょうか。
舛方:
科学は有用なものですが、万能ではないという前提に立っています。これまで数えきれないほどの失敗やリスクを乗り越えて現在の科学が確立されてきたことを考えると、今後もさまざまな課題や限界が現れるのはむしろ健全な兆候でしょう。
例えば、科学的なデータに基づいて投資が期待どおりの成果を生まないことはあります。しかし失敗からしか得られないものもまた多くあります。もちろん科学を用いる研究者や専門家には社会への責任が伴いますが、こうした失敗は長い時間を経て学びに変わるといった大きな可能性を秘めています。科学者がこれまで行ってきた不断の営みこそが、社会がより良い方向へと進んでいくための確かな道筋だと考えます。
吉武:
ここからは日本とブラジルの関係について深掘りしたいと思います。両国は今年、外交関係樹立130年を迎え、3月にはルーラ大統領が日本を訪問しました。首脳会談では、日本とブラジルの首脳が隔年で相互訪問することに合意した他、84件の覚書が締結され、政治、経済の両面において両国間の関係強化が図られています。
ブラジルは日本にとって非常に大きな意味を持つ国です。経済面では、コーヒー、鶏肉、トウモロコシ、鉄鉱石など、ブラジルは農畜産物や鉱物の主要な供給源の一つとなっています。また、ブラジルは2.1億人の巨大な市場を持ち、また欧米向けの工業製品の生産拠点も集積しており、640社ほどの日系企業が進出しています。
最近では脱炭素に向けた投資の動きも活発です。大統領が訪日した際に署名された覚書の中には、ブラジル国内で土壌劣化により農作物の生産ができなくなった農地を、日本企業の土壌改良材やバイオスティミュラント技術を活用して回復させるプロジェクトが含まれています。また、ブラジルのバイオ燃料と日本のハイブリッド車の先端技術を結び付け、持続可能なモビリティの実現を目指すといったプロジェクトも動き出しています。
経済に加えて、サステナビリティや脱炭素の文脈においても、日本企業にとってブラジルは今後重要なパートナー国となってくるのではないかと考えています。
舛方:
ご紹介のとおり、日本とブラジルには長い交流の歴史があります。これまでは経済分野の取り組みが中心でしたが、安全保障や環境といった新しい課題でも連携の可能性が広がり、いま関係強化が進んでいると感じています。
私がブラジルの環境政策について研究を始めたころ、二国間で環境を巡る議論がここまで活発になるとは想像しておらず、嬉しい驚きをもって受け止めています。とりわけ2020年代に入ってからの国際情勢の大きな変化が、両国の結び付きを一層強めているのだろうと思います。
吉武:
米国のトランプ大統領が気候変動に否定的な発言をする場面もありましたが、中長期的な視点で考えれば、サステナビリティへの取り組みは企業にとって今後も重要になっていくと考えます。最後に舛方先生より、日本企業の皆さんに向けてメッセージをいただけますか。
舛方:
ぜひ現場を見ることを大切にしていただきたいと思います。私はブラジルを見続けて20年になりますが、世界が大きく変化する中で、ブラジルもまた絶えず姿を変えてきました。
世界地図を平面的に眺めるだけではなく、地域に入り込み、何度も足を運んで人々と交流していくことが、その国や地域を立体的に理解する近道だと信じています。そうした積み重ねの中で、初めて見えてくる世界があるのだと感じることがよくあります。世界は日々刻刻と動いています。その変化を自らつかみ、他者を理解することに努め、この世界の発展に還元していく機会に変えていくーそのような気持ちでお仕事に取り組んでいただければ嬉しいです。
吉武:
今回の統合知対談では、COP30への展望と議長国ブラジルの狙い、ポリセントリックな連携のあり方、日本とブラジルの協力関係など、さまざまな観点からディスカッションを行うことができました。ありがとうございました。
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