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2025年11月、ブラジル・ベレンでCOP30(第30回国連気候変動枠組条約締約国会議)が開催されます。米国のパリ協定離脱表明以降初めてかつ節目のCOPとなることから、国際協調の今後が懸念される一方、議長国ブラジルを中心とした、新たなグローバルガバナンスの構築にも注目が集まっています。COP30開催直前に実施した今回の統合知対談では、ブラジルの環境政策に詳しい、リオデジャネイロ州立大学のカルロス・ミラーニ教授と慶應義塾大学の舛方 周一郎准教授をお迎えし、PwC Intelligence シニアマネージャーの相川 高信とともに、COP30への展望と気候変動問題をめぐる世界の動きについて議論を行いました。前編では、COP30議長国ブラジルの狙いを紐解きます。モデレーターはPwC Intelligence シニアアソシエイトの吉武 希恵が務めました。
(左から)相川 高信、舛方 周一郎氏、吉武 希恵
参加者
リオデジャネイロ州立大学 教授
気候変動に関する学際的オブザーバトリー(Interdisciplinary Observatory on Climate Change)所長
Carlos R. S. Milani氏
慶應義塾大学 法学部 政治学科 准教授
舛方 周一郎氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
相川 高信
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト
吉武 希恵
※法人名、役職などは対談当時のものです。
吉武:
今年の夏も猛暑が続き、気候変動の影響を実感した方も多いのではないでしょうか。一方、2025年9月に開催された国連総会では、米国のトランプ大統領が気候変動を真っ向から否定するような発言を行いました。気候変動問題にどのように取り組むべきか、企業にとっては悩ましい状況が続いていると思います。
今回の統合知対談は「COP30」をテーマに、議長国ブラジルの環境政策や気候変動問題を巡る世界の動向について考察し、ビジネスへの中長期的な影響について考えていきたいと思います。
ゲストには、ブラジルの環境政策について詳しいリオデジャネイロ州立大学のミラーニ先生と慶應義塾大学の舛方先生をお招きしています。PwCからは、気候変動分野での国際協調に詳しい、サステナビリティ担当の相川と、地政学、特に中南米を担当する私吉武がモデレーターを務めます。
はじめにミラーニ先生より、ブラジルの環境・気候政策に関する課題と展望についてお話しいただきます。
ミラーニ:
ブラジルは、地球上の生物多様性の約5分の1を有しており、世界的にも地域的にも、環境や気候の観点において非常に重要な国と言えます。
南米大陸の中央部を流れるアマゾン川。その流域に広がる熱帯雨林地域アマゾンは、その約60%をブラジルの領土が占めています。さらに、セラードと呼ばれるサバンナ地帯や、人口が最も集中し、現在深刻な脅威にさらされている大西洋岸熱帯雨林、世界最大級の湿地帯パンタナール、炭素吸収源であるマングローブ林、そして南大西洋における唯一のサンゴ礁など、重要な生物群系が数多く存在します。
1988年以降、ブラジルの活発な市民社会と強力な科学コミュニティは、環境・気候変動対策の形成において極めて重要な役割を果たしてきました。しかし、近年の自国第一主義の台頭や短期的な経済成長重視の考え方は、環境機関の弱体化や気候対策の妨害につながるリスクを孕んでいます。象徴的な事例が、2019~2022年までのボルソナーロ政権です。
リオデジャネイロ州立大学 教授 Carlos R. S. Milani氏
吉武:
2019年に発足したボルソナーロ政権下では、開発重視への揺り戻しが見られましたね。農畜産業によるアマゾン開発が推奨され、環境関連省庁への予算を削減するなどの施策が実施されました。
ミラーニ:
2019年8月、ボルソナーロ大統領はブラジル国立宇宙研究所が公表したアマゾンの森林破壊に関するデータを批判し、同研究所のリカルド・ガルヴァン所長を解任しました。また、2020年9月の第75回国連総会では、先住民族や複数のルーツを持つ人々、環境NGOが森林火災の原因であるとの演説を行いました。環境犯罪の被害者が、その罪を犯した当事者として非難されたのです。
さらには、熱帯雨林の保護を目的とするアマゾン基金が2019年8月に停止されたことで森林伐採が増加。加えて、欧州や日本など多くの先進国で禁止されている農薬の使用が認可されるなど、環境保護政策が大きく後退しました。結果として、ボルソナーロ政権の4年間で、アマゾンでは年間平均約11,000㎢の森林が伐採されました。
こうした経緯から、2023年に始まった第3次ルーラ政権は発足初日より環境・気候分野におけるブラジルの規範や制度、ガバナンスの仕組みの再構築という大きな課題に直面することになりました。
吉武:
第3次ルーラ政権は前政権の政策を見直し、環境分野に積極的に取り組む姿勢を打ち出しています。第1・第2次政権時の森林関連政策に加えて、脱炭素関連ビジネスを成長のドライブにしていくための政策に注力していますが、COP30に向けてはどのような課題があるでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト 吉武 希恵
ミラーニ:
ロシアと米国、米国と中国の地政学的緊張や東欧、中東での戦争が、環境保護や環境政策に大きな課題を突きつけています。また、民主制を採用する西側諸国や新興・開発途上国において権威主義的で気候変動対策に逆行するリーダーが台頭していること、国際紛争や戦争に関連する利害が短期的利益に偏っていること、安全保障の理解が限定的であることも問題と言えます。
さらに、ソーシャルメディアのビジネスモデルを含む、AIのアルゴリズムや集めるデータの偏りが気候情報の信頼性に対して危険な影響を及ぼしています。世界各地で気候政策への反対や妨害が起こる要因の一つは、気候に関する誤情報の拡散です。
こうした背景から、COP30の議長国であるブラジルは、科学や気候変動、気候政策に関する情報の信頼性を最重要課題の一つとして議題に掲げようとしています。
吉武:
COP30にはどのようなことを期待しますか。
ミラーニ:
COP30では、気候資金と適応が主要な焦点となります。多国間の国際機関を支援し、気候変動、生物多様性、砂漠化、SDGsなど、環境と開発を巡る議論をまとめていくための極めて重要な政治的機会と言えるでしょう。また、気候活動家や南米の先住民族、社会運動、市民社会組織、科学者コミュニティが多数参加する場となり、こうした人々にとって豊かなレガシーを残すものになるはずです。
一方、気候変動に対する否定、先延ばし、反対といった妨害についても考慮しなければなりません。これらはパリ協定の実施において、科学と政策の乖離を理解する上で重要な要素となるからです。気候変動対策を妨害する国内外の勢力は、これまでの多くのCOPや気候交渉と同様に、COP30にも姿を現すでしょう。
だからこそ情報の信頼性を確保し、気候に関する虚偽情報と闘い、妨害に抗うことは、あらゆるレベルで気候変動対策の公約や政策を実行するために必要不可欠な条件です。この点においてCOP30議長国であるブラジルが、情報の信頼性を最重要課題に掲げていることは非常に意義深いと考えています。
また、COP30のその先を見据えることも重要です。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、パリ協定が掲げる気温上昇を1.5℃に抑えるという目標について、一時超過(オーバーシュート)を想定したシナリオの検討を開始しました。時間は差し迫っています。地域、国家、国際社会があらゆるレベルで主体的に動く「多中心的な気候ガバナンス(ポリセントリック・ガバナンス)」を実践していかねばならないと私は考えています。
吉武:
最後に、ブラジルと日本の二国間協力の可能性について考えをお聞かせください。
ミラーニ:
ブラジルと日本の外交関係は1895年に始まり、今年で130周年を迎えました。21世紀に入り、両国は戦略的グローバルパートナーシップの下、低炭素農業、土地の再生、森林破壊防止策、再生可能エネルギーなど、気候関連分野においてさまざまな協力を行っています。最近では、日本の首相が2024年にブラジルを訪問し、ルーラ大統領も2025年春に日本を訪れ、覚書を交わしました。日本とブラジルは相互補完的な関係を生かし、二国間協力を今後さらに発展させる可能性があると考えています。
吉武:
ありがとうございます。ミラーニ先生より、ブラジルの環境政策とCOP30への展望、ブラジルと日本の連携可能性について多くの示唆をいただきました。
吉武:
ここからは舛方先生にお話を伺いたいと思います。まずCOP30の議長国ブラジルの姿勢についてはどのように見ていますか。
舛方:
ミラーニ先生のご指摘どおり、ブラジルには「今こそ行動を」「COP30を超えて考える」「情報の信頼性を守る」という狙いがあると見ています。その上で鍵となるのは、交渉の設計力と包摂的な対話基盤の構築の両立です。ブラジルは、グローバルな合意を実施段階へと押し出す役割を担うことになるので、その調整手法と利害調整を注意深く追っていきます。
COP30の実施段階に向けた課題の1つは、2035年を見据えた各国目標(NDC3.0)を「理念」から交渉可能な条文へとどう翻訳できるかです。エネルギー転換(脱炭素化)について、どこまで具体的な数量目標まで落とし込めるかが争点となります。
併せて気候資金の現実的かつ検証可能な目標水準の設定、カーボン市場の制度設計と運用、気候変動問題への適応の指標体系とガバナンスの再設計も中核課題となるでしょう。
慶應義塾大学 法学部 政治学科 准教授 舛方 周一郎氏
吉武:
一方、ミラーニ先生が言及された「妨害」について、ブラジルはどう向き合うべきだとお考えでしょうか。
舛方:
気候変動の対策は「こうすべきだ」という規範的な主張をするだけでは実現できません。ブラジルの環境政治を長く研究してきた経験からも、科学的根拠をもって説明したとしても、経済的利害や政治的圧力、制度設計の不備など、対策を阻む要因が存在することが分かっています。
重要なのは、正しさを伝えることに加え、その正しさを受け入れない/受け入れられない社会の構造や当事者を理解することです。それを踏まえて初めて、気候変動の対策を有効に講ずることができます。
社会の多様な規範や慣習を理解し、翻訳して運用に落とし込むには、市民・企業・自治体・NGO・大学などの共創が不可欠です。国の司令塔機能だけでは十分ではなく、重なり合う意思決定を通じて社会全体を動かす、まさにポリセントリック(多中心的)な統治の設計や実施が重要となります。
「異質な他者」との協働は理解が出発点であり、それが信頼や共創を生みます。差異を排除の根拠とする現実がある中で、むしろ「お互いに違うことこそが大切なのだ」と理解を深めることで可能性は広がるはずです。COP30が、多様な当事者の連携を促し、合意を履行へ進める一歩になることを期待しています。
相川:
ミラーニ先生と舛方先生のお話を踏まえ、COP30について議論を深めたいと思います。米国のパリ協定離脱や国連総会でのトランプ大統領の発言、さらには中国やインドの存在感の高まりといった外部的な要因によって、これまでのCOPに比べて、COP30は新たな意味合いを持つ場になるのではないかというのが私の考えです。
COPの正式名称は「締約国会議(Conference of the Parties)」であり、国際交渉の場です。温室効果ガス(GHG)削減目標や気候資金が主なアジェンダとなり、各国の利害が衝突する場であるという見方が従来は強かったように思いますが、COP30に向けてブラジルが打ち出している包摂的な考え方や社会変革への姿勢は、ブラジル独自のアプローチだと言えます。
具体的には、生物多様性、砂漠化、土地の劣化といったトピックから、科学の尊重、情報の信頼性に至るまで、幅広い観点で気候変動問題を捉え、議論を深めようとしていることがうかがえます。
この2025年において、ともすれば理想主義と言えるようなアプローチをなぜ取れるのかという疑問が浮かんできますが、一方でブラジル国内の政治状況や国民の声を無視することはできない複雑な事情があることも理解できます。舛方先生は、この点についてどうお考えでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 相川 高信
舛方:
ブラジルが独自のアプローチを試みる背景には複数の状況変化があります。第一に、国際情勢の急激な変化です。分断や対立が各地で噴出する中、偽情報の氾濫を背景に情報の信頼性がかつてない重みをもつようになり、その要請がブラジルの姿勢にも反映されていると考えます。
第二に、国内情勢の変化があります。ミラーニ先生の指摘のとおり、前政権期の環境軽視は国際社会でのブラジルの存在感を大きく損ないました。政権が交代したいま、気候問題に積極的に取り組む姿勢を前面に掲げることには、失われた信頼の回復という明確な外交目的があります。
他方で、ブラジル国内の気候対策は進展とともに受容と拒否の二極化を伴っています。だからこそ、「異質な他者」を排除せず、包摂的な取り組みへと広げていくことが、より広い社会の支持を得る近道です。多様な当事者を制度的に位置付け、対話と共創を積み重ねるその先にこそ、社会的な合意を実施へと押し出す推進力が生まれるはずです。COP30が、その一歩を後押しする場になることを期待しています。
吉武:
ありがとうございます。前編では、ブラジルの気候対策の専門家であるミラーニ先生と舛方先生に、気候変動問題に対するブラジルの姿勢や取り組み、COP30の注目ポイントについて伺ってきました。後編では、グローバルサウスを中心とした新たな連携のあり方や日本とブラジルの関係性について深掘りしていきたいと思います。
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